第56話 愛を握るは誰のために
ドーズからいくら反撃を貰おうが、もう大した痛手にはならず、続けざまの攻撃で確実に相手を消耗させていく。
ケインは今、自分でも驚くほどの強さを持って戦っていた。
普段以上に体力を消耗するように戦っているにもかかわらず、即座に元通り、いや、それ以上の力が湧き出してくる。
剣同士がぶつかり合うと、ドーズの持っていた剣が反発作用によって弾き飛ばされた。
つい先日、似た現象が彼の身に起きていたことを、ケインは覚えていた。
炎王カウダーのためにギガライコーに立ち向かった、あの時である。
「あの時……俺はこんな風に、誰かのためにならなんだってできるって、そんな自信と、やれるだけの力がどんどん湧き上がってた……そして、今も……!!」
「違うッ!!!」
これまで出したことのない必死の形相と声で、ドーズは吼える。
先程以上の力を引き出したドーズの足蹴りによる反撃は、ケインの手から剣を叩き落とすことに成功した。
それでもケインは止まらない。
剣がなくとも、攻撃の手段はいくらでもあるのだ。
「『バーリービーボ』!!!!!」
激しい雷撃がドーズの霊体を貫く。
苦悶の表情を見せながらも、ドーズは退くことなく両手を広げて迫っていく。
「肉体のない相手に魔法は意味を持たない!!!痛みはあるけれど、雷撃で動きを止めることは!!!できない!!!!!」
言葉通りに雷撃には怯むことのなかったドーズの前進は、拳によって阻まれた。
腹を貫かれて膝を一瞬折ったドーズへと、すぐさま拳の雨が降り注ぐ。
痛みと焦りが心を押し潰そうと圧し掛かるのを、ドーズは言葉と共に振り払う。
「あの時の君の力、それはさっきまで君が使っていたものと同じだ!!今の力とは似てはいるけれど、だけど、違う!!その力の源、見極めるまでぼくは決して負けない!!!」
ケインの猛攻に対して踏みとどまると、ドーズは一心不乱に拳を振るった。
使命と矜持。
そしてケインの持つ力が本当にそうであるならばという、期待。
かつての『最強』は、それらに支えられながら、自らが持たないケインの力に抗う。
そこから繰り広げられた二人の殴り合いは、肉体を持つ者と持たない者による戦いでありながら、激しい魂と魂の反発によって、肉体を持つ者同士のそれと何ら変わらぬ様相を呈していた。
「ラアアアアアアア!!!!!」
「ウオオアアアアア!!!!!」
部屋の中心で、互いに一歩も譲らない。
魂の攻防である以上、防御体勢をとる必要もなく、ただ相手より多く、速く、強く、殴るのみ。
拳に想いを乗せて行うそれは、口に出す以上に、対話だった。
「ぼくを救うと言ったな!?魔王より、世界より先に、ぼくを救うと!!君に救われるような存在に見えたのか!?これから世界を救う存在である、世界を救うべき存在である、このぼくが!!!」
「今だってそう見えてますよ!!そうすることが使命なのだからと、自分にしかそれができないのだからと、苦しみ喘いでいるようにしか、俺には見えない!!幽霊になってこの世にしがみついてまで、あなたが望むものなんてもう無いのに!!!あなたは自分が『最強』であることさえ望んではいないのに!!!あなたの勇者としての使命はもう!!!終わったのに!!!!!」
「終わっていない!!!世界を永遠に平和にしない限り、ぼくの使命は終わらない!!!その使命は魔王なんかに任せられはしない!!!他の勇者にだってできやしない!!!!何故なら、ぼくが『最強』なんだから!!!『最強』として生まれてしまったのだから!!!」
「だったら!!!!!」
二人の拳が重なり合う。
閃光が走ったかと思えば、二人は衝撃で部屋の両端にそれぞれ弾き飛ばされていた。
壁に激突してよろめいたドーズの見上げた先に、足元に転がっていた剣を拾い上げ、勇者が構えていた。
自身と同じ、右腕を引いたあの構えを。
「だったら、あなたを倒して、俺が最強になります!!あなたの使命は俺が引き継ぎます!!」
「ぼくの構え……どうやら本気で引き継ごうとしているようだね……それじゃあ!!」
ドーズもまた、剣を拾って先程の構えを見せる。
それに呼応して、部屋中に充満していた魔力が、彼の下へ集まってきた。
「やはり使えたか!霊体を維持するためだけでなく、己の力として!!」
結界の中でゴアがそう喚いた通り、魔力を吸収し、ドーズの力は更に底上げされた。
霊体でありながら、その力は最早肉体を持っていた頃の全盛期と比較しても遜色はない。
しかしケインは動じず、ただ相手を見据えてしっかりと構えている。
「これを使ってしまっては、ぼくはもうこの姿のまま留まってはいられない……けれど、そんなことはどうだっていい。勝とうが負けようが、この戦いが終われば、この姿ではいないのだから!!!」
ドーズとケイン、二人が同じ構えで相手の目を見る。
ケインの目に宿る光を見つけた時、ドーズはこの先に待つ結果を確信し、飛び出した。
「『勇気ある者の…………」
同時にケインも飛び出していた。
ドーズの剣に合わせて、叫ぶ。
「一撃』!!!!!」
激突する二つの剣と剣。
競り合いにはならなかった。
ぶつかり合ったまさにその瞬間、ケインの剣はドーズの剣を粉々に打ち砕きながら突き進み、ドーズの胸をも刺し貫いた。
突き刺さった剣から、ドーズは流れ込むケインの想いを読み取った。
それはケインにとっては、なんら不思議のないありふれたものだったのかもしれない。
だが、ドーズにとっては、こと戦いにおいては一度として持ち込んだことのないひとつの感情。
即ち、愛情。
ケインの目に宿っていた光の正体である。
その想いを噛み締めるように目を閉じながら、ドーズは前のめりに倒れた。
「……1……2……」
5まで数えて起きなければ決着。
事前に決めておいた方式に従い、ケインがカウントを進める。
ドーズは仰向けに寝がえりをうつと、ため息混じりに呟いた。
「必要ないよ。わかった」
その後大きく息を吸うと、穏やかに笑いながら言った。
「ぼくの負けだ」
かくして、ケイン=ズパーシャとドーズ=ズパーシャ、二人の勇者による決闘は終結した。
最強の勇者ドーズ=ズパーシャの、最初で最後の敗北によって。




