第55話 勇者ケイン=ズパーシャVS勇者ドーズ=ズパーシャ
「1……2……3……」
ドーズが決着のためのカウントを進め、4を告げようという時、ケインはかろうじて立ち上がった。
落としてしまった剣を拾う隙はないと判断し、顔をドーズに向けたままダメージの確認と回復を図る。
先程拳によって貫かれた感触は、全て魂に直接与えられたものだ。
肉体的な損傷は一切ないにもかかわらず、既に息が乱れ、足も痙攣を起こしてしまっている。
この時ようやく、ケインは今戦っている相手が『最強』であることを認識した。
魔力はなくともその最強に揺るぎはない。
魂だけでドーズは、スコットよりも力強く重い拳を、ショーザンよりも速く鋭く放ったのだ。
それでもケインが立ち上がれたのは、彼の魂がショーザンと戦った時よりも遥かに強いからに他ならない。
「……自分ではない『何か』のために戦う時、人はいつも以上の強さを発揮する。今の君のようにね」
即座に勝負がつかなかったことを意外には思わず、冷静にドーズはそう告げる。
ケインのすぐ後ろでただ見ているだけのゴアこそが、その『何か』であることも見透かしている。
そう、ショーザンと戦った時以上にゴアを守るという目的が強調されたこの戦いは、ケインの魂に確かな強さを与えていた。
それがドーズにはたまらなく不快でもあった。
勇者が、ましてや自分の子孫が、魔王のためにと己の限界を超えた強さを引き出している。
魔王を倒すために生きてきたドーズに看過し得るはずもない。
嫌悪感を向けられていることを悟ったケインが、不敵に笑ってみせる。
魂と魂による戦いならば、僅かでも精神的優位を取ることは肉体を持つ者同士が戦う時以上に重要なものであると、本能的に理解していた。
「そうだ……ゴアのために、ククのために……そしてこれから救うべき世界のために、俺はいくらでも強くなってみせる!最強のあなたさえも超えて!!」
足の震えは止まっていた。
ゴアやククという『支え』が、ケインの全身に再び溢れんばかりの力を授けていたのだ。
彼らのためにと想いを込めた右拳が、ドーズへと放たれる。
余りに無防備にさらけ出されたその胸元へ、ケインの拳は突き刺さる、はずだった。
霊体であるドーズと肉体を持つケインが接触すれば、先程ドーズが攻撃したように、一方を一方が貫く、その構図になるはずだった。
だが、そうはならなかった。
ケインの拳は、ドーズの胸に触れはしたものの、そこから先へは行かずに止められていた。
「これが魂による『防御』だ。肉体を伴わない攻防は、ある意味でより純粋な強さだけを求められる」
「ぐっ……!」
歯軋りするケインをよそに、より憎悪を露わにしているのはドーズの方だった。
「何故ぼくが最強だったのか、どうやら君はまだ理解できていないようだね」
「え……」
「言っただろう?自分以外の『何か』のために戦う時、人はいつも以上の力を発揮すると。何故ぼくが最強でいられたのか……それは……ぼくがそうだからだ」
胸に当てられていた拳を払うようにして、ドーズの手刀がすり抜ける。
手首を切断されたような感覚に襲われたケインが咄嗟に手を引っ込めると、それよりも素早く懐へとドーズが潜り込んできていた。
腹部へと迫る膝を咄嗟に腹筋を固めて防ごうとしたケインだったが、魂同士の反発によって壁まで飛ばされてしまった。
すぐさま体勢を整えて反撃に出ようと前に出るが、またしてもドーズがいない。
後ろから気配を感じて振り向くと、ドーズは先程収めていたはずの剣をいつの間にか再び両手にしっかりと握りしめている。
その剣が、何度も容赦なくケインへと振り下ろされ、彼の魂を直に斬り裂いた。
「誰かのため?世界のため?ぼくは常にそれだけを想って戦い続けてきた。常に自分以外のためだけに戦ってきたいつだって。今だって。純粋な強さだけで語るなら、ぼくより強い者はいくらでもいただろう。だけど、最後に勝つのはぼくで決まりなんだ何故ならぼくは、世界のために戦う『最強』の勇者なのだから」
諭すように捲し立てながらの攻撃は、ケインの魂を着実に傷つけていた。
ケインは攻撃されつつも、どうにか反撃しようと、倒されたと同時に剣を拾いながら立ち上がり、ドーズの剣に合わせようとする。
だが、ドーズの剣に対してケインの剣は防御の役割を果たせず、攻撃しようとしても傷ひとつ負わせられず、ただ主人の手に握られているだけの存在と化してしまっていた。
「くぁっ!!!」
「未来永劫ぼくは『最強』であり続ける。そうでなければならないんだ。それでしか真の平和は訪れることはないのだから。この戦いは、君にそれを思い知らせるためだけの戦いなんだ。君がそれを心の底から理解し、ぼくに協力する意思を見せることだけが、この戦いを終わらせるたったひとつの手段なんだ」
執拗な攻撃を防ぐ術はなく、ケインは何度も倒れた。
それでも、ゴアが見ていることに支えられ、その都度ケインは立ち上がる。
ここで自分が負け、ドーズに体を明け渡せば、まず最初にゴアは殺される。
決してそれをさせないために、立ち上がる。
見かねたゴアが、己に張った結界を解こうと手を伸ばした。
「何やってんだよ」
いち早く察知し、ゴアの結界に触れながら、ケインは憤怒の目を向けた。
守る者がその守護の手から離れようとしているのに、憤っていた。
「ケイン……もうやめろ。これ以上やっても無意味だ。ククのことは残念だろうが、俺はもう良い。おまえがここまでやってくれただけで、俺は……」
「うるせえ!!黙って守られてろ!!!」
絶対にその結界を解くなと手でジェスチャーを送りつつ、再度ドーズへとケインは向かっていく。
倒されては立ち上がり、何度それを繰り返しただろうか。
またしてもケインが立ち上がった時、ドーズは右手に持つ剣を引き気味に、突きの構えを取っていた。
「大したものだよ。ぼくが思っていたよりもずっとずっと頑丈だった。その意志もね。どうやら君に魔王を諦めさせることはできないようだし、特別にこの技で決着としよう」
「あ……あの構えは……」
その構えに200年前の光景を思い出したゴアは再び身震いする。
200年前に自分との戦いに決着をつけたのも、その技であった。
ドーズが唯一技と呼ぶ、故に絶対的な自信を持つその技が、皮肉にも子孫へと放たれた。
「『勇気ある者の一撃』!!!!!」
「逃げろケイン!!!」
ゴアの叫びも虚しく、ドーズの剣が深々とケインの心臓の位置へと突き刺さった。
それは、かつてショーザンが奥義と定めた技と同じく、ごくシンプルな攻撃だった。
シンプルであるが故か、ケインにはその一撃で崩れ落ちながら様々な光景が脳裏に過った。
懸命に鍛え上げ、その技を確実に勝利へと導くためのものとして技名をつけるドーズの姿。
生前、魔王を倒した際、唯一実戦でその技を使用したドーズの姿。
肉体があったその頃の威力は、まさに天をも斬らんばかりのものだったであろう。
それに驚嘆することも、今貫いたその技に身悶えることもケインにさせなかったのは、即座に舞い込んできたひとつの感情。
それは、ドーズの想い。
苦しみ。
世界を救うことだけを胸に戦ってきた彼の、数々の苦悩だった。
旅で見てきた数多の死。
その中には、妻サヤの親兄弟も含まれている。
魔王を倒したことで終えたはずの旅が、魔王は倒せていないのではという疑念から再度始まり、そのために妻と挙式も行えなかった。
息子の誕生にも立ち会えなかった。
彼の親や兄たち、妻の死に目にも会えず、息子には先立たれ、それでも世界のためにと、涙する時間さえ惜しんで行動を続けた。
肉体が死してもなお、ドーズはそれを続けようとしている。
子孫たちを踏みつけにしてでも。
それによって自分の心がどれだけ痛もうとも。
自分などのことよりも、世界の方が遥かに救うべき存在なのだからと。
自分以外に世界を救える存在など、誰一人としていないのだからと。
「そんなの……寂しすぎるよ」
ドーズの想いを見た時、既にケインは立ち上がっていた。
殺しはしないまでも意識は奪ったと確信していたドーズは驚きを隠せない。
倒すどころか、ケインの体はまるで弱っていない。
先程まで猛攻を浴び続けていた者とは思えないほどに、その心身には力が満ちている。
「馬鹿な……勝負はついていた!今の一撃で決まっていた!!今の今まで!!君に!!!そんな力はなかった!!!」
生まれて初めてドーズが声を荒げたのも無理はない。
ドーズがこれまで感じたことのない力を、ケインは持っていた。
振り返って笑顔を作るケインを見て、ゴアは驚いた。
「ケイン……?」
「ごめんな、ゴア。おまえやククや、世界よりも先に、救わなきゃいけない人ができちゃった」
「誰のことを言ってる!?」
激昂しつつ不意打ち気味に剣を振り下ろしたドーズだったが、その剣がケインを通り抜けることはなかった。
ケインの肩の上で、剣はそれ以上微動だにしなかった。
再びドーズへと顔を向けたケインの目からは、涙が流れていた。
「もちろん、あなたですよドーズ様」
魂同士の反発が起き、ドーズの霊体は吹き飛ばされる。
すかさず体勢を整えたドーズの目の前で、ケインは堂々と剣を構えてみせた。
「あなたのために、俺はこの戦いに勝ちます」




