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第54話 不利こそが公平

 互いに相手を『敵』とみなしたケインとドーズは、それぞれ右手に持つ剣を向ける。

 しかし、剣先が迫っていながらも、ケインにはその実感がどうしても得られなかった。

 目の前に確かにドーズがいる、その感覚はある。

 それなのに、ドーズ本人や手に持っている剣に触れられる気がまるでしない。

 質感が、全くないのだ。

 ケインの戸惑いを見抜いたドーズが微笑みながら剣を収め、あくまで格上としての振る舞いを見せる。


「勝負になるのか、そう思っているね?相手は既に死んでいる幽霊なのに、自分と戦うことなど可能なのか、そう心配しているね?」


 ケインは答えないが、目つきから図星だろうと判断したドーズはそのまま続ける。


「確かにぼくは幽霊だ。肉体は既に死に、霊体だけを魂の器としている。だけどね、戦うだけならそれで十分なんだ」


 そう言ってドーズは、ケインの体に手を突き出す。

 ケインにはやはり触れられたという意識はあっても、その質感がない。

 言葉として発せられるより前に、ドーズが説明した。


「何も感じないだろう?それはぼくに攻撃の意思がないからだ。もしぼくが君に害を及ぼそうと思って触れれば……」


 ドーズの拳が素早くケインの腹を突き抜ける。

 不意の出来事に反応が遅れたケインは、直後にやってきた強烈な不快感と痛みに似た衝撃に襲われた。


「う……っく」


「今のは霊体から君の魂に直接害意が送り込まれたことによって発生したダメージさ。実際に殴られた時のような肉体の損傷はないけれど、魂が受ける負担はそれとほぼ変わらない。逆に君が害意を持って攻撃すれば、肉体を持たないぼくでも魂が直接傷つけられて……」


 ドーズの言葉は、ダメージから立ち直ったケインの拳によって遮られた。

 ケインがどう動くのか、何をするのかを見極めていたドーズだったが、決して避けることなく甘んじてその攻撃を受け容れた。


「……この通り、ダメージも通る。つまりこの戦いは、肉体的強さも魔力も伴わない、魂と魂のぶつかり合いというわけだ」


 ケインの拳から後ずさって距離を置きながらドーズは言う。

 条件は五分。

 あくまでそう主張するドーズだが、どうしてもケインには納得しがたいものがあった。

 ドーズの持つ魂の強さについて。

 肉体を失ってから100年以上も経過している幽霊の魂が、肉体的には全盛期と言っても良い自分の魂を相手取ることなど、果たして可能なのか。

 このまま戦ったとして、それは公平(フェア)な勝負と呼べるのか。


「心配せずとも良い」


 ケインの懸念をドーズより正確に読み切っていたゴアが、二人の戦いに巻き込まれないよう結界を張りつつ声をかけた。

 ショーザンの死によって得た魔力を、貯金を取り崩すように使うゴアの姿は、ドーズの目には矢鱈に滑稽なものに見えた。


「中級魔獣に『ゴーストゴート』という奴が昔おってな。そいつらは肉体を持たず、霊体だけで動く唯一の種だった。攻撃手段はさっきドーズがやったように、相手の魂を直接襲うといったものだ。魂の強さが肉体の強さに影響されるようなことはほぼない。むしろ魂の強さこそが、肉体の強さに影響を及ぼすのだ」


「……そう。ぼくの強さは肉体を捨てたことで逆に捨てる直前よりも増している。全盛期に限りなく近い状態と言って良いだろうね」


 彼らの言葉に少しずつ闘志を露わにするケインを見て、ドーズは初めて魔王ゴアに感謝した。

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 先程のゴアの言葉は全て、ケインを戦いに赴かせるための作り話だった。

 勝負の条件が公平なものでないのなら、ケインは戦おうとは思えない。

 相手に戦闘の意思がないのなら、ドーズも戦おうとは思えない。

 だが戦いそのものが決して避けられないものであるのなら、それを導くのが役目だろうとゴアは考え、咄嗟に嘘をついたのだ。

 ドーズに引導を渡したいという私情も多分に含まれてはいたが、この不器用な三者がつけられる決着のつけ方は戦いしかないと、ゴアは真に理解していた。

 その甲斐あって、若き勇者は再び剣を祖先へと向けていた。


「なるほど……魂の強さが肉体の強さによって影響しないのなら、俺が遠慮する理由はありませんね」


 否。

 魂の強さが肉体の強さに影響されないというのも、ゴアの嘘である。

 肉体の強さが魂の強さに影響されるという話は本当だが、そもそも生物がその生涯を終えるまでずっと付き合うことになる自らの肉体、それがなくなった魂が、強さに影響が出ないわけがない。

 霊体を器として現世に留まったとしても、着実に衰弱し、緩やかな死へと向かっていくのみである。

 生前の病は肉体を捨てたことでなくなり、それによる強さの回復こそ確かにあったが、現在のドーズの強さは全盛期からは程遠い。

 それでも、ドーズにとってこの勝負はこれ以上ないほどに公平(フェア)であった。

 勝負を仕掛けた張本人として、不利(アンフェア)を主張するわけにはいかないから、ということでは決してない。

 最強の勇者として生まれたドーズ=ズパーシャには、不利(アンフェア)こそが公平(フェア)なのだ。


「さて、一応勝負の方法は決めておこうか。倒してゆっくり5数えるまでに相手が起き上がらなければ勝ち、とかでいいかな?」


「それでいいですよ」


 互いに相手を殺す意志はない。

 己の正義を証明するため、相手に負けを認めさせることだけを目的としており、そのためには命に危険が及びすぎない方が良いのだ。

 だが、極力殺さない方向に持っていこうとしているとはいえ、互いが放つ闘志はまさに真剣勝負のそれ。

 並々ならぬ迫力を伴う闘志に中てられ、結界の中であってもゴアは震えが止まらなかった。


「んじゃあ……そろそろ始めましょうか!」


 そう言ったケインが剣を両手にしっかり握りしめた時、彼の眼前からドーズの姿が消えた。

 霊体としての姿を消したわけではない。

 純粋な速さによってケインの視界から逃れただけだ。

 目の端にドーズらしき影を見つけた瞬間、そこから拳が飛び出し、ケインの体を一瞬にして幾度も貫いた。

 声を発する間もなく。

 反撃に出ようとする暇もなく。

 ケインは膝から崩れ落ち、そのまま床に倒れ伏した。


「どれだけ弱ろうが、やはり奴はドーズ、か……」


 震えつつも、ゴアの心は決まっていた。

 この部屋に入った時から、彼は己の死を逃れようのない宿命として受け容れていた。

 ドーズ=ズパーシャを相手に、何者も勝ち目などないことを知っていたのだから。

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