第52話 ドーズ=ズパーシャの一生 その③
魔王を捜す旅に出て50年が過ぎた。
魔王はもう死んでいるのではないかと結論を出してもおかしくはなかっただろうけど、依然として感じていた視線が、どうしても疑念を晴らしてくれなかった。
むしろ年々募るばかりだったそれは、ついに確信へと変わり、間違いなく魔王は復活すると、そう思うようになっていた。
いや、初めからそう思っていたのかもしれない。
ぼくに『その時』が訪れても良いように、勇者の掟を作ったのだから。
そして、ついに『その時』が迫っていることを実感した。
「あんたが死ぬって?ドーズさん」
ぼくは真っ先にサラが経営する料理屋に行っていた。
何度か会っていたけれど、だからこそ伝えるべきだと思った。
「ああ、今日明日ってことはないだろうけれど、多分もうすぐだ。君は……長生きしそうだね」
初めて出会った時と比べて、サラは随分と大きく成長していた。
実力的にも、物理的にも。
「いやちょっと大きくなりすぎじゃないかい?成長期なんてとっくに終わってるだろ?」
「はっはっは。魔獣ばっかり食ってたらいつの間にかこんなことになっちまったよ。あんたもそうしてりゃあ良かったのに」
「そうしたけど伸びなかったんだよ、ぼくは。いや、身長はまあいいとしても、強さまで抜かれるとは思ってなかったなあ」
「あたしは確かに強くなったけどさ、魔王を倒した時のあんたに比べりゃ、まだまだのはずだよ。…………でも、あたしのが今は強いんだね」
「ああ、もうぼくは、最強じゃない」
そう、強さに陰りが見えたことで、ぼくは自らの死期を悟った。
最強であり続けた代償は、病という形で降りかかってきた。
サラが調べたところによると、バンパパイヤの血は寿命を延ばす働きがあるらしいけれど、病を癒す働きまでは持っていなかった。
「もしも魔王が復活したら、君が倒してくれないか」
「おあいにく様。この町に来るってんなら別だけど、あたしは世話してる子供たち守んので精一杯だよ。後輩たちに任せることだね。そのために掟なんか作ったんだろ?」
「そう……なんだけどね」
サラと別れてからも、彼女が言ったその言葉が頭から離れなかった。
ぼくがいなくなった後でも大丈夫なように作った勇者の掟。
そこに大きな落とし穴があった。
魔獣の残党狩りを精力的に行わなければならなかった頃の勇者はともかく、今の時代の勇者が外の世界で育つ機会というのはほとんどなくなってしまっていた。
戦うべき魔獣が、魔界以外にほとんど存在していないのだから。
それに気付くことができなかったのは、ぼくがレイブ村にいた頃既に強さを極めてしまっていたことにある。
誰もがぼくのような強さを持っているわけもないことなんて、とっくの昔に知っていたはずなのに、強くなる機会が失われることに気付くことができなかった。
更に誤算だったのは、ぼくと同等の実力を持った勇者が、ついに一人も現れなかったことだった。
最強を自負してはいたけれど、まさかそれほどにぼくという存在が特別なものだったとは、思いもしなかった。
魔王ゴアが復活しても、対処できる人材がいないのだ。
このままではいけない。
そう思い、レイブ村へと戻った。
もちろん村人には一切見つからないよう、姿を隠してだ。
旅立つ前に張った結界は、効力を残してはいたけれど、少し弱まったような印象を受けた。
兄たちはまだ生きているか、サヤはどうなったのか、気にはなったが会おうとも思わず、教会の隠し部屋へと向かった。
金貨を仕舞ってある隠し部屋の更に地下、そこにある部屋に結界を張った。
瞬間、長年苦しめられてきた視線が途絶えた。
ぼくの死を待っている魔王が、結界によってぼくを見失ったのだと確信した。
これでぼくが死んでも魔王は復活しない。
そう安心するのは早いと思い直したのは、そのすぐ後だった。
人の死全てが奴らの糧になるのなら、どれだけ時間がかかっても、魔王はぼく以外の人間の死を糧にして復活しようとするだろう。
だとすれば、今より更に実力が落ちる勇者しかいない世界に復活した魔王が、容易く世界を掌握するなんて事態にだってなりかねない、いや、きっとなるだろう。
「……まだ死ぬわけにはいかないな」
そう悟ったぼくは、残っていた魔力を全て部屋に解き放った。
人間が魔法を操るようになってからの歴史で、誰も成し得ていない『死の克服』。
肉体の劣化や、それに伴う魔力の低下を止める術はついにぼくも会得できなかったけれど、それらをあえて捨て去ることで、魂と器の霊体だけを保存することを考えついた。
保存できる期間は、結界内に閉じ込めてある魔力がなくなるまで。
それが過ぎればいよいよ本当に消滅してしまうけれど、ぼくの力が衰えたとはいえ、まだ少なく見積もっても800年は留まっていられるはずだ。
800年も待っていれば、魔王の復活に立ち会うこともできるだろう。
結界から外へは自由に出られないけれど、ぼくが作ったミサンガを介して、勇者に呼びかければいい。
ついにぼくは、幽霊になることで完璧な魔王復活対策をとることができたのだった。
それすら穴があったことに気付いたのはそれから100年余り経ってのことだった。
試しに呼びかけてみた勇者が、全く反応してくれなかったのだ。
次に選ばれた勇者にも、その次の勇者にも呼びかけたけれど、同じく反応はなかった。
唯一、元二十一代目勇者キン=リブスだけが、返事こそはしてくれなかったけれど、不快そうな反応を見せていた。
それでわかったのが、ぼくの呼びかけに応じるには、特別強い力が必要だということだった。
更にまずいことに、世界は魔王も魔獣もいなくなったことで、欲のままに動くようになった人間の手によって大混乱に陥っていた。
勇者たちはそれに追われて右往左往し、わけもわからずに死んでいくなんてことも珍しくなかった。
世界はぼくが生きていた頃よりどんどん悪い方向へ向かっている。
魔王も復活しない。
世界の危機を勇者が村へ知らせようとしても、それもぼくの手によって阻まれてしまっている。
既に肉体的には死んだ身だったけれど、それを知ってぼくは、生まれて初めて己を恥じた。
ぼくは確かに強かった。
だけど、それは強さだけだ。
強いからこそ考えることも正しいだろうと行動していただけの、ただの阿呆だった。
無駄にこの世に留まっていられる時間を延ばしただけの幽霊と化した無能にできることは最早何もない。
そう絶望していた時、奇跡が起きた。
四十代目勇者にして、ぼくの子孫であるケイン=ズパーシャが、正義を失わないまま、呼びかけに応えられるだけの強さを手に入れたのだ。
心底喜んだ反面、とても重大な問題もあった。
共に行動していたのが、あの魔王ゴアだったのだ。
ぼくが姿をくらませたことで復活が遅れ、しかも魔力を失った状態で復活してしまった魔王に、あろうことかケインは協力していたのだ。
当然、それを看過しておくことはできない。
しかしどう呼びかけたものか困っている時、ケインはとても強い人斬りと死闘を繰り広げていた。
絶体絶命の窮地に立たされたケインが諦めようとしているのを感じ取り、ぼくは呼びかけるならここしかないと思い、実行した。
「いいや、君がここで死ぬなんてことが許されるわけがない」
それがきっかけで、なんて自惚れたことを今更言うつもりはないけれど、ケインは見事勝利した。
祝いの言葉をかけてあげるついでにここに来るように言うつもりで様子を窺っていると、彼の方からこちらに向かおうとしているらしいことを聞いた。
久しぶりに誰かと対面して話ができるというだけで心躍った。
そしてそれ以上に、魔王に協力しようとする勇者と、失敗続きだったぼくの正義、どちらが正しいのか、答えを見出せずに苦悩しながら、彼らが来るのを待った。
100年以上もその時を待っていたのだから、たかだか3日程度、待つ内にも入らなかった。
結界によって閉じ込めていた部屋の扉が開いた時、ぼくはかつての自分を意識した。
誰に対しても優しく、安心させるように話していた頃の自分を。
魔王はともかく、ケインは敵じゃない。
彼に余計な心配や緊張をさせないために、精一杯の優しさを込めた。
「やあ。待っていたよ、ケイン」




