第51話 ドーズ=ズパーシャの一生 その②
魔界でもぼくの強さは少しも揺るがなかった。
バンパパイヤの群れをなぎ倒し、その長である『氷王ロズ』も難なく撃破した。
「ゴア様……お役に立てず散る無能の身、お許しをいただこうとは思いません……!せめてこの命、生まれ変わって再びお仕えできる機会を祈って……!」
敵の言葉には一切耳を貸すつもりはなかったけれど、氷王のその言葉は妙に耳に残った。
ともあれ、城を駆け上がり、一切の傷も負うことなく戦い続けた。
あっという間に最上階の玉座まで来たぼくは、ついに魔王ゴアと対面した。
黒い鱗のような外骨格に身を包み、それを更に禍々しい魔力で覆われた、ぼくがイメージしていたそのままの姿から発せられた言葉には、迫力と威厳が満ち満ちていた。
「よう来た勇者よ。ここに来られた人間でそこまで綺麗なツラを拝んだのは初めてだぞ。名を訊いておこうか。俺に殺される者の名をな」
「ぼくはドーズ=ズパーシャ。お前を殺す者の名だ、魔王ゴア」
ついに始まった戦いに、魔王はどことなく集中力を欠いているように見えた。
恐らく先程倒したバンパパイヤがよほどの腹心だったのだろうと解釈したぼくは、魔界の瘴気に体を蝕まれるのもお構いなしに、魔王が調子を取り戻すのを待ちながら戦った。
世界の命運をかけた戦いなのはわかっていたけれど、それでも魔王が精神的に不利に陥っている状況は、どうしても看過し得なかった。
ようやく戦いに集中できるようになったのを見計らい、ぼくも本気を出した。
そこからは早かった。
瘴気を摂り続けることで魔王は回復することができるが、そんな暇も与えずに攻撃を浴びせた。
最後の一突きを魔王の胴体ど真ん中に叩き込むと、たちまち奴は消滅した。
ぼくは人類の存亡をかけた戦いに勝利したんだ。
だけど、勝利したのに、ぼくの心は晴れなかった。
いくらぼくが最強だからといって、その勝利はあまりに容易すぎた。
ひとつの疑念が浮かんだ。
「魔王ゴアは本当にこれで死んだのか……?」
翌日、サヤが待っている町まで戻ったぼくを、人々が温かく迎えてくれた。
ぼくが勝利したのだと、魔王が死んだのだと喜び、祝っていた。
それを否定しようとは思えなかった。
もしかしたら、ぼくの取り越し苦労に過ぎないのかもしれないのだから、無理に彼らの幸福に水を差す真似はしたくなかった。
その晩、眠ろうとしていると、どこからか視線を感じた。
振り向いても誰もいなかったけれど、突き刺すような視線だけは絶えず感じていた。
その時思い出したのは、以前同行を許していたバンパパイヤに教えてもらったことだった。
魔獣は人間の死も糧とする、強い者であるほどにその質は高まる、と。
魔王ゴアはぼくが死ぬのを待っているのではないか。
疑念は募るばかりだった。
三日後、今は亡きソレナリッチ王国から使いが来た。
魔王を倒したぼくを王様が称えたいと言うのだ。
甘かった。
この町以外には魔王を倒したことは隠して、世界中の危機感を保たせるつもりだったのだけれど、最上の吉報とはこうも迅速に伝わるものなのかと面食らった。
満面の笑みでそれを聞いていた人々の手前断るわけにもいかず、サヤとその妹サラを連れてソレナリッチ王国へと向かった。
ソレナリッチ王国に着くと、王様が表彰状と共に莫大な謝礼金をぼくにくださった。
拒否しようかとも考えたけれど、これからやりたいことへの資金にもなるかもしれないと思い、ありがたく頂戴した。
その夜、サヤとサラには言っておかなければならないと思って二人を呼び出し、打ち明けた。
魔王ゴアを倒しはしたけれど、それで死んだという確証をぼく自身が持てないでいるということ。
そのために何をしようとしているのかということを。
二人は、特にサヤは、ぼくの心中を汲んで同意してくれた。
背中を押されて気が楽になったぼくは早速行動に出た。
細い紐の数々に魔力を込め、それらを組み上げてミサンガを作った。
後に勇者の証と呼ばれるミサンガだ。
次に、サヤたちを連れてレイブ村へと向かった。
サラは近くのウェルダンシティが気に入ったようでそこに留まり、以来そこに住み着くようになった。
レイブ村へは最初サヤだけ入ってもらい、そこでこう説明するように言っておいた。
「私はドーズ=ズパーシャの妻、サヤ=ズパーシャと言います。ドーズは果敢に魔王に挑みましたが、あと一歩のところで力及ばず倒れてしまいました。本日私がまいりましたのは、彼が生前私に残していた遺言をお伝えするためです。まずは、これをお受け取り下さい」
ぼくが張った結界のおかげで外の情報は一切知られておらず、村人たちはサヤの言葉をそのまま信じてくれた。
持たせておいたミサンガと謝礼金の一部、そして旅の道中出会した魔獣の特徴と対処法を記した『退魔指南書』をサヤは長老に渡し、ぼくが考えた『勇者の掟』を話した。
それらは全て行方をくらませている魔王ゴアを完全に討ち果たすためのものだった。
魔王はぼくが死ぬまで表に出てこない可能性が高いと考え、5年に一度勇者が輩出される習慣が必要になると確信していた。
世界各地に散らばる魔獣の残党狩りも行うことで勢力の拡大も防ぎ、腕を磨かせることで魔王再来時における彼らの実力をぼくにも引けをとらないものにする。
魔王が今は姿を隠しているという事実はあえて伏せ、更にはぼくが戦死したと伝え、これから旅立つ勇者たちのモチベーションも保つ。
そして、魔王がぼくに倒されたという話を外の世界で聞いたとしても、村に戻ってそれを伝えてしまって以降勇者が輩出されなくなる、なんてことがないように、魔法をかけたミサンガを勇者には身に着けさせることによって、魔王が本当に死ぬまで村には帰れないようにする。
まさに完璧な計画だと信じて疑わなかった。
真夜中、ぼくは残りの金貨を持って村に忍び込んだ。
謝礼金は旅立つ勇者たちに少しずつ渡す、慰労金として使うためだとサヤを介して長老に伝えた。
長老が教会の隠し部屋に謝礼金を仕舞うのを見届け、隠し持っていた残りの金貨もそこに置き、更なる結界を張った。
万が一邪な心で金貨を取りに来る者が現れないようにするためだ。
二度と会えないかもしれないからと、サヤと口づけを交わし、別れを告げてから再びぼくは旅立った。
魔獣の残党狩りをする傍ら、魔王ゴアを捜す旅に。
『勇者の掟』にとんでもない欠陥があるとはその時考えもしなかった。




