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第50話 ドーズ=ズパーシャの一生 その①

『ドーズ=ズパーシャの一生』なんて本が、世界のどこかでかは忘れたけど売られているらしい。

 二十代目勇者ユンバ=パラタータが読んだという記憶から、ぼくも中身を見せてもらったが、あまりの出鱈目ぶりに思わず吹き出してしまったものだ。

 ぼくがどう生き、どう死んだのかなんて、知っている人間はただ一人、ぼく自身しかいない。

 それを好き勝手に、魔王ゴアに勝ったという事実だけで人物像を作り上げただけの、くだらないジョーク本だった。

 だから、せめてこれから知ることになるかもしれないケインのために、間違いのない事実を刻んでおこうと思う。

 最強の勇者ドーズ=ズパーシャがどう生き、どう死んだのかを。






 ズパーシャ家の末っ子、それがぼくの始まり。

 それなりの正義感と力を持った父親と、それなりの優しさと美貌を持った母親、そして3人の兄たちに囲まれて暮らした。

 村に襲い来る魔獣たちをぼくたち子供に近づけさせないよう、父を含めた大人たちは必死に戦う日々を送っていた。

 4歳になった頃、低級魔獣プリケツスネークがぼくの目の前まで迫るという、ささやかな事件があった。

 それをぼくはわけなく殺し、食べた。

 生まれて初めて魔獣を倒したその日、ぼくたち家族は、ぼくに特別な力があることに気付いた。

 将来を期待した父と一番目の兄は喜び、母は憂い、年が近かった二番目と三番目の兄は妬んだ。

 翌日、またしてもささやかな事件が起きた。

 二番目と三番目の兄がぼくを連れ出し、人目のつかないところで暴行をはたらいたのだ。

 数十分後、偶然見つけた一番目の兄が止めに入ったとき、目に飛び込んできたのは異様な光景だっただろう。

 ぼくはけろりとした顔で全くの無傷、汚れすらついていないのに、好き放題に殴る蹴るしていた二人の兄の手足は擦り剥け、二人とも涙を流していたのだから。

 二人の兄はそれきり、ぼくを遠ざけるようになった。

 平凡な二人の力と頭では、強すぎる弟という存在はとても扱いきれるものではなかったらしい。

 それをぼくは悪いとは思わなかった。

 特別な力を手にしているのだから、平凡な二人に合わせて我慢しなければならないのはぼくの方だ。

 一方で、一番目の兄はぼくをよく構うようになった。

 ぼくが道を踏み外さないよう、正しい道を歩めるよう、使命感を持って接していたように思う。

 それにはとても感謝しているけれど、自分の強さを自覚した時から、自分が何を成すべきかは理解していた。

 魔王ゴア討伐。

 物心ついた頃から聞かされていた、村に魔獣がやって来る諸悪の根源。

 村だけでなく、世界中で魔獣が人を襲っている惨状を打破するため、魔王ゴアを討伐することこそがぼくが力を手にした理由であり、ぼくが生きる意味だと悟った。

 しかし、いくら強いと言っても、あくまで4歳の幼児としてはというだけの話。

 魔法を扱う術を心得ている大人たちと比較すれば、当時のぼくは飛び抜けて強いというわけではなかった。

 だからぼくは、村を出るその時が来るまで、己を鍛え続けた。

 村にやって来る魔獣を倒す日々を送りながら。






 14年が経ち、18歳になったぼくは村を出発する決意を固めた。

 それまでに何か悲惨な過去や重大な事件があったのではと勘ぐられるかもしれないけれど、別になにもない。

 魔王への敵意と闘志を高め、日に日に増す村人たちからの期待に応えようと、ただ鍛えただけだ。

 村を出る直前、留守の間に魔獣が襲ってこないよう、村の周囲に結界を張った。

 実のところ、18歳になるまで村から出られなかったのは、この結界術を身につけるのに時間がかかったからというのが大きい。

 魔獣や、強い力を持った悪人が村に近づけなくなるこの結界の効力を確かめてから、家族をはじめとする村人たち皆に挨拶を交わし、いよいよ出発した。

 一番目の兄はもちろん、二番目と三番目の兄も、この時ばかりは話をしてくれた。


「死ぬんじゃないぞ」


「気を付けてな」


 ほんの少しの会話だったけれど、二人はちゃんと弟として見てくれていることを実感した。

 嬉しくなって、去り際に堂々と宣言してみせた。


「あなたたちのためにも、ぼくは魔王を倒してきます」






 襲われている人を助けながら魔獣を倒すというのは思ったよりも時間がかかり、魔王までの道のりは一年かかった。

 人々からの感謝には笑顔で応じ、善意で謝礼金をくれる場合は彼らの生活に影響が出ない程度の額を受け取った。

 命を張った激戦こそが日常だった。

 けれども、そんな中にあってもぼくの力量は全くと言っていいほど上がらなかった。

 ぼくの力は村で鍛えた18年間で完成してしまっていたらしい。

 代わりに出会いがあった。

 同じ魔王討伐を志す友、強さそのものに憧れ、弟子入り志願してきた子供、敵対する立場にありながら、助命を乞うて同行まで願い出てきた魔獣……。

 そして何より、最愛の妻となる少女サヤ。

 彼らとの出会いは、ぼくの旅を実り多いものにしてくれた。

 戦いばかりだった旅に確かな安らぎを与えてくれた。

 出会い、別れる度に、魔王を倒す意志をより強固なものにしてくれた。

 魔界に入る直前、サヤのお腹に子供ができたと告げられた時、その意志が最高潮に高まったのを感じた。

 勝つしかない。

 意志は闘気となって、魔界に足を踏み入れたぼくの全身を包んでいた。

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