第49話 レイブ村へ
ライガたちと別れてから、ケインはククを背負ってレイブ村へと飛んだ。
高所を飛んでいると、いつものようにククは歌いはじめたが、最早ケインはそれには慣れっこで、ついには歌詞を覚えて一緒に歌うようになっていた。
「ブレイバァー!!あなたのぉ手を握りぃ返すぅたびにぃ!私も何かぁできるぅ気がしてくるのうぉううぉううぉうハイっケインさん!!」
「うぉううぉううぉうブレイバァー!!いつかぁ君にぃ吐き続けてきた嘘をぉう!今日はぁ!ひとつくらいはぁ~……ホントにしたいぃ~!!」
特にこのデュエット『ブレイバーズ』はケインもお気に入りだった。
ところが、レイブ村まであとほんの少しというところに迫った頃、ククは突然歌うのをやめた。
何かに怯えているのか、ケインの背で小刻みに震えているのだ。
心配になったケインが地面に降りても、ククはケインの背にしがみついたまま離れようとしなかった。
「クク、どうしたんだい?」
「わ、わからないんです。さっきから、誰かに見られてるような、そ、そんな感じがして……」
体の震えは徐々に大きくなり、ケインの背を必死に掴んでそれを堪えようとしていたククだったが、とうとう見かねたケインはククの中にいるゴアに向かって言った。
「……おい、おまえが出てこないとこれじゃあククは治まってくれそうもないぞ。出てきてくれよ」
それを言い終わる前から、既にゴアはククに代わって表に出ており、ケインの背から降りるとその場でしゃがみこんだ。
クク以上に震え、顔を青くさせながら。
「ふ、ふふ……ふ。こ、こうもまじまじと見つめられるのは……中々、気分が悪いものだな」
無理に笑顔を作ってはいるが、その怯えに魔王の面影はなく、それほど怯えさせる者は他にいないと、ケインはその正体に当たりをつけていた。
だが、ケインにゴアの震えを止めてやれる術はない。
傍にいてやる程度のことしかできずにいると、ゴアはすがるようにケインの袖を掴みながら言った。
「け、ケイン、悪いが俺もウェルダンシティに連れて行ってはくれんか?ち、ちょっと、おまえの村に行くのは、む、無理なようだから……」
ケインとしては、無理にゴアをレイブ村まで同行させる理由はない。
これほど怯えた者を連れて行くのも気が引けるので、一度ウェルダンシティに寄ろうと踵を返した、その時だった。
「ぎっ!?」
奇声と共に、ゴアは何かに掴まれたように硬直した。
そのまま動かず、ケインには聞こえない声にじっと耳を傾けている様子だったが、ついにはその声に返答し出した。
「い、いや、貴様としても、ケインと二人きりの方が良いだろ?俺が行ったところで、何を話すと言うのだ……えっ、え?誑かした?だ、誰が誰をだ……ふ、ふん。妙なことを……」
そんな調子で、体を震わせ怯えながらも、口調だけは普段通り威張りちらして返答を続けることおよそ5分。
会話をやめ、震えも止まったゴアは立ち上がり、顔中に広がっている冷や汗を除けば、いつもの胸を張った尊大が人の形をしているような姿勢に戻っていた。
「で、『あの人』は何て?」
「俺も一緒に村に来い、だとさ。歓迎するわけでもあるまいに、強引な奴だ」
「……行くのか?」
「行かねば後々何をされるかわかったもんじゃないからな。奴の顔を見るのは御免蒙ると言いたいところだが、会えるのなら俺も色々聞いておきたいこともあるしな」
強がりを言いながら再びおぶさったゴアをしっかり掴むと、いつものようにケインはゴアに影響が出ない程度の速度で飛んだ。
「うぅぅわ」
真夜中近くのレイブ村上空。
村に張られていた結界を通り抜けたゴアは、その不快感に声を漏らした。
ケインも結界に踏み入った感覚は言い表し切れないものがあったが、魔に生きる存在であるゴアにはそれ以上だったようである。
ともあれ、その感覚に体を慣らしてから、二人は人気のない教会へと降り立った。
これから会う人物以外、ケインはこの村で、誰にも今は会いたくなかった。
己に課した使命、世界に平和を取り戻すという使命をやり遂げるまでは、母やザックにも会いたくなかったのだ。
その意味で、夜にたどり着き、しかも『かの人物』がいるであろう場所に他に誰もいないというのは、ケインには好都合であった。
ゴアやククを誰かに見られて怪しまれたくないという思いも多分にはあったが。
「それで、ここに奴がおるのか」
ゴアは訝し気に教会を見つめる。
ケインも来たことがないこの教会は、長い間誰も近づきすらしていないのか、壁面は苔むしており、木製の扉にはヒビが入って、触っただけで崩れてしまいそうなほど老朽化が進んでいる。
夜に目が慣れてきたケインは、教会の側に下へ続く小さな隠し階段があるのを見つけた。
「……いるなら、こっちだろうな」
あまり見えていないゴアは、手で触りながら階段を確かめる。
「狭いな。一人ずつしか通れそうにないし、暗くて俺はほぼ何も見えん。よし、先に行けケイン」
「その『よし』は俺を先に行かせる口実ができたからの『よし』か?」
「いいから、行ってっ」
「魔王がぶりっ子すんな」
結局ケインが先に階段を下りるのを、後ろからケインの服の裾を掴みながらゴアが続く形となった。
ゴアは暗く何が潜んでいるのかわからない階段に怯えているわけではない。
そんなことはケインは百も承知だったのだが、見た目相応に怯えるゴアの姿はどうにも可笑しく思えた。
間違って踏み外さないようゆっくりと下りていくと、またしても結界が張られていた。
「入るなってことかな」
「逆だな。俺たち以外入るなってことだ」
ゴアの言った通り、結界は難なく通過でき、その先には更に下へ続く階段と、ひとつの部屋があった。
部屋の中を覗き見たケインたちは、その奥に金貨が山ほどあるのに気が付いた。
二人で協力してもとても持ちきれないほどの、大量の金貨だ。
「奴の遺産か。世界の英雄ならば、それ相応の褒美を受け取っておってもおかしくはあるまい」
ケインは、旅立った日に長老から貰った金貨のことを思い出していた。
あの金貨もここから出していたのだとすれば、もしかしたら長老は真実を知っていたのかもしれないと、そう考えていた。
だが、金貨にはまるで興味がないゴアは、そんなケインの考えはお構いなしに裾を引っ張り、早く階段を下りるよう促した。
『かの人物』に会えばわかることだろうとケインも己を納得させ、再び階段へと足を運んだ。
真っ暗な中で階段を下りることおよそ5分。
「ぎゃぁ」
「うわあ!!」
ついに疲労で集中力が切れたゴアが足を踏み外し、前にいたケイン共々階段から転げ落ちた。
幸いだったのは、気付かぬ間にほとんど下りきっていたことと、下敷きになったケインの体が人より遥かに頑丈だったことである。
「いってぇ……気を付けろよな」
「な?俺が後で良かっただろ?大事な俺の体が傷だらけになるところだったんだからな」
落ちたリアクションもそこそこに、ケインは起き上がった直後にゴアの頭を軽く叩くと、先にある扉に目をつけた。
同じくそれを見たゴアは、そこから感じ取った気配に体を強張らせた。
「……おるな」
「ああ……いる」
とっくの昔に死んでいるはずの人物だが、扉の奥に間違いなくいるという、下手な生者よりも存在を確信させる物々しい気配だった。
ケインが扉を開くと、火もないのに明るい部屋の奥に、その人物がいた。
半透明で、体を宙に浮かせたその人物は、優しい声でケインに言う。
「やあ。待っていたよ、ケイン」
初代勇者ドーズ=ズパーシャは、子孫と宿敵を笑顔で迎え入れた。




