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第48話 種族を越えた情

 海賊キャプテン・オーロが魔女の森にいる頃、ケイン一行は温泉が湧いているのを見つけ、そこの側で休んでいた。

 先にククとシーノを温泉に行かせた後、二人が戻るまで待っていると、ライガが思わぬことを言い出した。


「んじゃ、行くか、ケイン」


「行くって、どこにだよ?」


「女が風呂に入ってんなら覗くのが男の仕事だろ」


 十数分後、二人が戻って来た。


「さっぱりしましたー」


「お待たせー。ケインたちも………どうしたのその顔?」


 シーノが指差したケインとライガの顔は、殴り合いによって腫れに腫れていた。

 疑念が晴れないシーノをよそに、ケインとライガ、そして全身が浸かれるように小さくなったシマシマも温泉へ向かった。

 この上なくくだらなくも互いに男として譲れないもののために戦ったこの事情を、彼らが口外することは決してなかった。

 ひとたび温泉に浸かると、これまでの旅で取り切れなかった疲労感も、先程の殴り合いによってできた腫れも、嘘のように引いていった。


「う゛ぅう」


「おっさんみてーに唸るなよケイン」


「……にしても、よくこんな温泉が綺麗なまま、デュナミクに乗っ取られずに残ってるもんだな」


 気恥ずかしさを誤魔化すようにケインは呟いた。

 デュナミク王国が侵攻を進めているのは、現状人の住む土地に限られている。

 それは手っ取り早く労働力と拓かれた土地を確保するためであり、人の手が加えられていない場所を制圧、開拓するのは後回しにされていた。

 それ故に未だデュナミク王国による被害を被っていない人間も少なからずおり、黒魔女クラリや、彼女と同居している元勇者親子のブンとスカーもその一例と言える。

 束の間の安息を満喫したケインたちは、例によってシマシマから魔獣の肉を貰って夕食を済ませ、明日に備えて寝る支度を始めた。

 途中、ライガがシーノを連れてどこかに行ってしまったが、遠くには行っていないことをシマシマに確認してもらったので、ケインは後を追わなかった。

 布団代わりにシマシマにもたれ、ヒノデ国で手土産に青影から貰った大きな布を腹にかけ、ケインとククは夜空を見上げた。

 シマシマが寝息を立て始めたので、ケインとククは久方ぶりに二人きりになった。

 改めてそれを意識すると、ククに言葉をどう投げかけていいものか、ケインはつい先ほどまで当たり前のようにしていたことさえできずにいた。

 レイブ村で育った17年間、ケインには異性との異性らしい経験が全くない。

 歴代の勇者には父ガンギのように既婚者もいたのだが、ケインだけは異性と友人関係以上になったことがない。

 それは免疫のなさに直結し、ククへの想いが募れば募るほどに深刻化していたのだった。


「お星さまキレイですね」


「へっ?あ、ああ。そうだね。ははは…」


 明らかに動揺した返事にククは一切疑問を抱かない。

 ケインはこの時ほどククが鈍感でありがたいと思ったことはなかった。

 ところが、意識的に星空へ顔を向けていると、いつの間にかククに顔を覗き込まれていた。

 それに気付いた途端、心臓が跳ね上がるように鼓動し、顔が炎王カウダーに焼かれているかのように熱くなった。


「そ、そういえば、ゴアはどうしてる?」


 焦ったケインが咄嗟に切り出した話題に、ククは即答した。


「まだずっと籠ってますね。外に出たくないって言ってます。私もあんまり交代したくないからいいんですけどね」


「そ、そっか」


 ヒノデ国を出る前にククに交代して以来、ゴアは一度も表に出ていない。

 ケインも特にゴアを必要としておらず無理に呼びかけようともしなかったが、あれほど頻繁に出ていた主人格が出なくなるのは少し心配ではあった。

 尤も、ゴアが出たがらない理由も見当はついていたのだが。

 更には、ショーザンが死んだことでゴアに戻った魔力は、ククにも影響を及ぼしていた。

 クク自身の200年前までの記憶は戻っていないが、ゴアの記憶を共有できるようになったことで、これまでと比較すると頓珍漢な受け答えはしなくなっており、高揚すると大声で歌いだす悪癖などは変わらないものの、ある程度スムーズな会話ができるようになっていた。


「ケインさんって、いつも私に優しくしてくれますよね」


「え?そりゃあ、まあ……」


「それって、私がゴアくんと繋がっているからですか?」


「えっ」


 思わぬ言葉に顔を向けると、ククは申し訳なさそうに俯いた。


「ごめんなさい。ケインさんがそんな理由で優しくするような人じゃないって、わかってるのに。ケインさんは誰にだって優しい人なんだって、わかってるのに。初めて会った時から、ケインさん、ずっと私のこと守ってくれてるじゃないですか。それなのに、私、なんにもできない。ケインさんだけじゃなくって、シマシマさんにも、ライガさんにも、シーノさんにも、なんにもしてあげられない。それが悔しくって、ついひどいこと言っちゃいました」


「気にしないって、そんなの」


 言葉だけを返すケインだが、本心では更に頭を撫でるなりして安心させてあげたいと考えている。

 だが、異性としての意識が彼の手を縛りつけ、地べたから持ち上げさせてくれない。


 早く撫でろ。

 そんなことして嫌われたらどうする。

 いつもやってきたことだろう。

 実はいつも嫌がられてたかもしれないぞ。

 そんなことはない、いつからこんなにビビリになったんだ。

 どんな強敵と比べたって嫌われる方がずっと怖い。


 心の中での自問自答が止まらない。

 狂気の人斬りショーザン相手にも臆さず立ち向かった勇者が、少女への対応ひとつにどうしようもないほど怯えていた。

 それでも、ククを助けようと動く一番の理由、それだけは伝えておきたかった。

 誰よりも特別な想いを抱いていることだけは。

 これから先の戦い次第では、それを伝えられる機会を永遠に失う破目にもなりかねないのだから。

 意を決し、体ごとククへと向けると、ククも目を合わせてきた。


「俺は世界を、みんなを救おうと頑張ってる。でもさ、その中でも、一番好きな人のことは……その人だけは、なにに換えても守りたい、そう思っているよ」


 今のケインにできる、精一杯の告白の言葉だった。


「………えっケインさん、今好きな人いるんですか?」


「あれぇ!!?伝わらないかなあ今ので!?」


 ククのあどけないまん丸の瞳が、本当に何も伝わっていないことを物語っていた。

 ケインは心底落胆したが、ここでめげるわけにはいかないと奮起するのにそれほど時間はかからなかった。

 この子にはもっと直接的な言葉でないといけない。

 君が好きだと、ストレートに言わないと伝わらない。


「クク、俺さ……」


 似たようなことを既に一度言ったのだから、二度目だってわけはないだろう、そう自分に言い聞かせ、再度向き合った、その時だった。


 想いを伝えて、その後、どうする?


 クク自身が言ったように、彼女は魔王ゴアと繋がった、言わばもうひとつの人格。

 想いが伝わり、それにククが応えてくれたとして、魔王と二心同体である少女と、この先どう付き合っていけばいいのだ。

 頭に浮かんだ疑問に、ケインは答えを見つけられない。

 言い淀んでいると、ククがケインの胸に体を預けてきた。

 不意のことに心臓の鼓動が早まったが、彼女の寝息を聞き、すぐに鼓動も静まり返った。


「どんまい」


 途中から起きていたらしいシマシマが、背中越しにそう言った。


「……ありがとう」


「けどさ、告白したところでどうすんのさ?クク様と一緒になるってことは、ゴア様と一緒になるってことなんだぞ?」


「うん、俺もそれ考えてたんだけどな……」


「よりによって魔王の別人格と勇者とはなあ。カウダーとかが知ってたら笑ってただろうなあ」


「笑われたよ!!そりゃもうめっちゃくちゃに!!!」


 切れ気味にツッコんだケインは、ククが寝ていることに気付き、そっとシマシマにもたれさせてから、声を潜めた。


「こういうの、おまえが魔界にいた頃もなかったのか?いや、ククと人間がって意味じゃなくて、魔獣と人間ってことだけど」


「ないよ、そんなの。……俺とサラミさんだってそういう関係にはなれてないのにさ」


「え、今なんて?」


「……まあ、ちゃんと考えとくことだね。後悔しないように」


 信じ難い内容だったので思わず聞き返したケインだが、シマシマは特にそれ以上何も言わず、そのまま眠ってしまった。

 諸々の問題を先送りにしてしまうようで気は進まなかったものの、ケインも起きていても仕方がないと、眠りについた。






 一方、ケインたちから離れたライガとシーノだったが、近くの原っぱに着くと、ライガは特に何を話すでもなく、その場に寝転がってしまった。

 しばらくそうしているライガをただ見ていたシーノも、やがて痺れを切らした。


「いつまでそうやってんのさ?」


「……どうやらケインの勇気出した告白も、あの天然お嬢さんにはスカされちまったみてーだな」


「あ!私はちゃんと聞かないようにしてたのに!耳がいいからって盗み聞きしていいわけじゃないんだからね!」


「シーノ、俺は別にケインが告ると思ったからおまえを呼び出して離れさせたわけじゃないぜ」


 体を起こしたライガの目は真剣そのものだった。


「あの人斬り、俺たちにとっちゃ恩人で、スコットの仇でもあるショーザンを、ケインは倒しちまったな」


「うん」


「スコットでも勝てなかった相手に、ケインは勝ったんだ」


「何が言いたいのよ?」


「ケインはさ、こないだ会ったばかりだと、俺たちと大して変わらない強さだったはずなんだ。今だってスコットとケイン、どっちが強いかって、はっきりとケインの方が強いってことはないはずだぜ。なのに、スコットは負けて、ケインは勝った。スコットにはなくてケインにはあるもの、その差って俺たちになくてケインにあるものってことだと思うんだ。それって何だと思う?」


「……私たちにはなくて、ケインにはあるもの……」


 シーノも真剣に考え、ライガと向かい合って座った。

 だが、目の前のライガが既に答えを見つけられているのか得意げに笑っているのがどうにも腹が立ち、まともに思考することができずにいた。


「……ライガはわかってるの?ケインにあるものって」


「へへ、わかってるからこうしておまえを呼び出したんじゃねーか。んじゃ、言うぜ。俺たちになくてケインにはあるもの。それはな……」


 ライガはわざとらしく咳払いをし、そして自信満々に、


「エロだ」


と言い放った直後、顔面にシーノの拳がめり込んでいた。


「ごめん、今のは冗談。本題はこっからだ」


「最初から本題言いなさい」


「つまり、引き出しの多さだよ」


「……戦い方ってこと?」


 言われてみればシーノにも腑に落ちるところはあった。

 出会った日が浅いこともあり、ケインの戦いを何度も見ているわけではないが、ショーザンとの一戦を思い返せば明らかにそれは自分たちやスコットとは異なるものだったからだ。


「ケインは肉弾戦でも俺たちに近い戦闘能力を持ってる上に、剣や魔法で色んな戦い方ができる。しかも、それらの中からひとつをメインに絞って戦うんじゃなく、すぐに切り替えることもできるんだ」


「確かに。でも、あれを私たちが真似するなんてのは無理だよ。ケインは小さい頃からそういう、色んな戦法で動けるように訓練したからそうできるんだろうし、ずっとこの拳だけで戦ってきた私たちに、引き出しの多さなんて……」


「俺もそう思うさ。だけど、ケインだって昔から炎を口から出すような戦い方をしてたわけじゃあねー。聞いた話だと、あのサラミ婆さんがそうしてるのを見て、試しに真似てみたらできたんだそうだぜ」


「えっ、サラミお婆ちゃんってそんなのできたの?あの大声は只者じゃないとは思ってたけど」


「それ聞いて俺はピンときたんだ。俺たちが今より強くなるヒントが、サラミ婆さんにあるんじゃねーかってな」






 次の日、ライガとシーノは早速行動に出た。


「ウェルダンシティに?」


「ああ。別に大したことじゃあねー。ケインがレイブ村で用事を済ませてる間だけ、サラミ婆さんにちょっと鍛えてもらいに行くだけだ」


「海賊オーロと戦いに行く時になったら呼びに来てよ。私たちも行くから」


 二人の提案をケインは拒否しなかった。

 ケインの方も、レイブ村へ行くのに二人を必要とはしなかったし、二人がそれほど強さへの熱意を高めているのなら、むしろそれは喜ばしいことだと思ったからだ。

 道に迷わないようシマシマが二人を乗せ、ウェルダンシティに一時的に戻ることになった。


「ケイン、クク様やゴア様のこと頼んだよ」


「シマシマも、二人に間違いがないようにな」


 シマシマの上でライガとシーノが手を振り、ケインとククも同様に返した。


「ケイン!!ククと二人っきりになったからって、用事そっちのけでシケこむんじゃねーぞ!!」


 去り際のライガの一言を大声でツッコもうとしたケインだったが、ムキになる方がククに余計なことを言われそうだったので踏みとどまった。


「ケインさん、私たち湿気ってないですよね?ちゃんと乾かしましたもんね?」


 いつもの天然発言が、今は無性に愛おしかった。



 かくして、ライガとシーノ、そしてシマシマは、ウェルダンシティへと向かい、ケインとククはレイブ村に向かうこととなった。

 だが、ウェルダンシティにデュナミク王国の魔の手が迫ろうとしている事実を、この時点ではまだ誰も予想だにしなかった。

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