第0.1話 勇者に歴史あり
ドーズ=ズパーシャが旅立ち、魔王ゴアを倒したにもかかわらずその事実を隠し、レイブ村から勇者を輩出する掟を作らせたことで、ケインが旅立つまでの200年間で実に40人もの勇者が村を出た。
ドーズより後の勇者たちはドーズが作った勇者の証と呼ばれるミサンガの呪いにより、村に帰ることができないまま悉くその生涯を終えた。
彼らが如何なる人生を送ってきたか、村の人間には知る術がなく、ただ帰って来ない以上、どこかで尊い犠牲のひとつとなっているのだろうとぼんやり思うしかなかった。
村の外で彼らが何を成したのか、何を成そうとしたのか、何を成せなかったのか、何も成さなかったのか、一切、レイブ村の人間は知らないのだ。
だが、この世界でたった一人だけ、知る者がいる。
40人の勇者が送った、それら全ての人生を。
ドーズが死んだという報せを受けた5年後、厳正な審査を何度も行った末に二代目勇者として旅立ったのは、ドーズよりも年上のリュッケ=バーランドであった。
旅立つ以前のドーズに劣らぬほどの強さに鍛え上げた彼は、勇者に選ばれてから旅立つまでに、年齢制限を16歳から25歳までに定めるなど、『勇者としての適性』を当時の長老たちと共に纏め上げ、もしも自分が魔王ゴアを倒せなかった場合に決めなければならない三代目以降の勇者を審査する際の基準とした。
選ばれる前に審査基準を長老たちと話し合わなかったのは、自身も審査される側であるが故に公正さを欠くと判断した為であり、そうした生真面目で平等な思想の持ち主である彼は村人からの信頼を欲しいままにしていた。
村から出てもそれは変わらず、各地で蔓延る魔獣たちを討伐しながら、彼は名声を集めた。
ところが旅立って2年が経ったある日、リュッケは魔王ゴアが既に先代勇者ドーズに倒され、戦死したと思われていたドーズも未だ健在で残党狩りに勤しんでいることを知った。
すると、途端に彼はやる気を失ってしまったようで、とある町で出会った娘との間に子供を作ると、そのままその町に居座り、勇者を引退し農家へと転向してしまった。
自らの使命がなくなっていたこと以上に、年下の勇者に出し抜かれていたという事実が彼のプライドを大きく損ねてしまったらしい。
以来、彼は81歳まで生きたが、その町に居着いてからは一度として他の勇者に接触することなく、まるで初めからそうであったように、農家としての生を全うした。
続いて三代目勇者に選ばれたのは、ドーズの姪のチャム=ズパーシャであった。
女だてらにズパーシャ家でもドーズの再来と呼ばれるほど当時最も強く気丈な人間である彼女が選ばれるのは必然と言えた。
村から出て早速魔王ゴアが既に倒されている事実を知ったが、それでも彼女が勇者の使命を忘れることは決してなく、魔獣の残党狩りを二代目勇者リュッケが途中でやめてしまった分、チャムは肉体的な限界が訪れた26歳までの8年間で20万を超える数の魔獣を討伐し、引退後はグラブ国に移住、後進の育成に努めた。
四代目勇者に選ばれたギャギィ=ズパーシャは、チャムの弟である。
村にいた頃は一度もチャムに勝てなかったギャギィは、チャムの健在を知っても彼女に会おうとはしなかった。
チャムが魔獣狩りで名を馳せているのがコンプレックスだったようで、彼は彼女が引退した後も魔獣狩りを続け、旅に出て14年後、36歳でついに彼女を超える25万匹もの数を討伐した。
だが、自身の限界を知らぬままに戦い続けた代償は大きく、彼は小さな村で病床に伏せ、翌年には二度と剣を握れない体となっていた。
友人たちに姉には報せないで欲しいと頼み、勇者として姉を超えられたことを誇りに思うと告げた後、若くして彼は息を引き取った。
極めて小規模な葬儀が数日後行われたが、彼の友人たちは、見慣れない女性からカーネーションの花束を受け取ったという。
五代目勇者としてフオン=グリューが旅立った頃は、チャム、ギャギィ姉弟が最も精力的に活動していた。
魔獣が人を襲うことも少なくなっており、それもあってか、フオンは途中から旅を楽しむようになり、魔獣との接触をほとんどしようとしなかった。
世界中で人々と触れ合いながら、たまに困った人の悩みを解決する、非戦闘的な勇者をフオンは目指した。
元々闘争心に欠けたところがあったようで、魔王ゴアがいないことを知ると、その傾向はより強くなっていった。
ところが、旅立って4年目になって海で漁業を手伝っていた彼は、時化に襲われた拍子に魔界に迷い込んでしまい、瘴気を少し吸っただけでそのまま衰弱死してしまった。
肉体や魔力の鍛錬を怠っていた彼の体は、瘴気への耐性を完全に失くしていたようである。
ドーズの息子チャック=ズパーシャが勇者となったのは六代目の時。
既に家庭を持ち、子宝にも恵まれていた中での抜擢であった。
ドーズは望んでいなかったようだが、彼の血を引くとあっては、村からの期待は極めて大きかった。
そのプレッシャーをまるで意に介さない、呑気とも取られかねない胆力の持ち主であったチャックは、魔王を倒す使命よりもむしろ魔獣の生態そのものに関心があったようで、旅先で出会う魔獣を殺さずに、なんと飼育を試みていた。
しかし、魔獣が生きるには瘴気が不可欠。
瘴気が魔界等で自然発生するものと人間の死によって生まれるものの二種類があることを知った彼は、同時にそれらを摂らないでも生きていられる魔獣を探し始めた。
この時点で、最早彼の頭の中に魔王ゴアのことは一切なかったらしい。
一部の魔獣は瘴気がなくても魔力を失うだけで餓死はしないことを突き止めたチャックは、その後も魔獣について熱心に調べ上げ、ついに35歳の時、『飼える魔獣、飼えない魔獣』という本を出版した。
世界各地で売りに回ったが、期待していたほどの売り上げにはならず、叔母のサラ=ポプランに一冊寄贈すると、今度はダンテドリ島に向かった。
何故魔界以外でそこだけが瘴気を自然発生させるのか、その謎を調べるためである。
だが、それを解くことはついに叶わなかった。
上級魔獣であっても彼の敵ではなかったが、興味本位で覗き込んだ火山の火口でうっかり足を滑らせたことで、いともあっさりと彼の生涯は幕を閉じたのだった。
終生出会うことのなかった父と同じで、浮遊魔法を使えなかったのである。
七代目勇者ズズン=スノウは、ズパーシャ家や他の歴代勇者と違い、勇者候補にさえなったことのないスノウ家の人間だった。
スノウ家にとっては念願の抜擢ということで、彼の使命感はこれまでの勇者よりも強かった。
しかし、当時はまだギャギィが活躍していた頃で、ズズンは知らなかったがドーズも魔王ゴアを捜しながら魔獣を狩り続けていたため、ズズンがすぐに倒せるような低級魔獣はおろか、中級魔獣もほとんど姿を見せなくなっていた。
結局、ズズン自身が思い描いていたような活躍をすることはできず、戦い以外に何か能があるわけでもない彼は、酒と賭博におぼれて落ちぶれていった。
それでも、若くして致命となるような不運とは無縁だった程度には神に嫌われていなかったらしく、65歳で肝臓を患って死去するまで、一切の借金も背負うことなく博徒であり続けた。
いつになっても勇者が誰一人として帰って来ず、更にドーズの結界に守られ続けていた弊害か、魔獣の脅威を村人が忘れ、半ばただの村の一行事になりつつあった掟の下、八代目勇者に選ばれたのはゴーシュ=バチカルであった。
誰よりも聡明だった彼は、勇者の証が実は村に帰れなくなる呪いなのではと疑問を抱き、身に着けるのを冷然と拒否したが、一応は持ったまま旅立った。
ゴーシュは呪いへの疑惑どころか、魔王が既にこの世にいないことや、ドーズをはじめとする勇者たちが未だ生きていることに、旅立つ以前から感づいていた。
旅立った直後に彼の疑惑は確信へと変わり、これまでの勇者とは違って村に帰ることもできた彼だったが、村に帰ろうとは微塵も思わなかった。
彼は村の風習も、それに愚直に従う村人たち自体も嫌っていたようである。
魔獣の脅威がないことを知ると、彼は平和な社会で各地の開拓に従事した。
レイブ村にいた頃に鍛えた肉体や魔力を惜しげもなく利用する彼の姿に魅せられ、後を追った人々の活躍もあって、次第に数多くの村が出来上がった。
その村々はやがて一つとなり、クドモステリアと呼ばれる国となった。
だが、国が出来上がるのをゴーシュが見届けることはなかった。
過労が祟ったのか、彼はギャギィよりも早い26歳の若さでこの世を去った。
ゴーシュの聡明さと生真面目さを見て、長老たちは今度は逆の発想で試してみようと、強さ以外は愚鈍で怠惰なシュッツ=グリューを九代目勇者に選んだ。
シュッツ自身、選ばれた理由を自覚しており、特に志を持たないまま旅立ち、何をするでもなくその日食べる分だけの食糧を集めながら各地を転々とした。
数ヶ月経った頃、妙なところで勘は冴えていたようで、自分が生きていられるような世の中なら、きっと賢いゴーシュも生きているはずだと思い立ち、ゴーシュの行方を追い、彼のおこぼれでのんびりと生きることに決めた。
一月もしないうちに開拓に努めるゴーシュを探し当てたが、自身もそれに参加させられてはたまらないと、シュッツは逃げるようにその場を去り、山奥に捨てられていた空き小屋で生活するようになった。
ところが、いざ開拓地が村としての形を成しはじめた頃、その村のひとつで指導者という立場に名乗り出たのがそのシュッツであった。
自らで何かを成そうという意志も頭脳も持ち合わせていなかったが、力だけはそれに足りうる器量として備えていた彼に異を唱える者はいなかった。
ゴーシュが生涯を懸けて作り上げた村を国として纏め上げ、シュッツはとうとうクドモステリアの初代国王となった。
何か国政を積極的に行うでもなく、祀られるだけの神輿同然だったが、それに見合う風格と力の持ち主だった彼は、50歳で玉座を譲るまでは王として過ごした。
九代目には選ばれなかった雪辱を果たし、十代目勇者となったガガチ=ランサには、魔王討伐以上に大切な夢があった。
レイブ村のあらゆる技術力は、ドーズが旅立つ以前から全く進歩していない。
特に医療面においてそのことを重く見たガガチは、世界中の医術を学んで、村にそれを伝えようと考えていた。
元々村に伝わっていた医術は全て頭に叩き込んでいた彼にとって、魔王のいない世の中では思う存分に実行できる夢だったが、不幸だったのは、村に帰ることはできなかった一点に尽きる。
それでも世界を回り、医術を吸収した彼は、更に独自に研究、発展させていき、ついには当時不治の病とされていた『フレア筋砕病』の治療法をも確立させるほどになっていた。
ガガチ=ランサの名は、今も歴史の教科書を開けば必ず目にするほどである。
魔王討伐の使命を心に抱かない勇者が立て続けに輩出される中、十一代目勇者に選ばれたシュザリア=バーランドは、初心に立ち返り、魔王ゴアを倒すことただそれだけを思って旅に出た。
だが、既に倒されている魔王ゴアを討伐することだけを思う者がどうなるかは、七代目勇者ズズンが辿った道。
事実を知った彼は、ズズン同様落ちぶれていったが、一人の娘に恋をしたことがきっかけで立ち直った。
娘が住む村の用心棒として雇われた彼は、その娘と結婚し、ごく一般的な家庭を築いた。
以来、シュザリアが生涯住み続けたクドモステリアは、その後訪れた脅威からも彼の活躍によって守られることとなった。
十二代目勇者シャカシャ=ホイップが旅立つ少し前、死期を悟ったドーズ=ズパーシャは消息を絶ち、人知れず眠りについた。
それをきっかけに、世界では再び魔獣が蔓延るようになりつつあった。
魔獣たちを指揮していたのは、『龍王ヒーラ』と名乗る2Dドラゴン。
かつて勇者ドーズが魔王ゴアと戦った際、ゴアに勝ち目がないと判断し、他の上級魔獣を連れて逃亡した生き残りである。
魔界に残らなかったのは、ドーズによる残党狩りを恐れたためだろう。
水面下で少しずつ人間を攫って捕食することで力が弱まるのを防ぎつつ、天敵たるドーズが死ぬのを辛抱強く待っていたこの魔獣は、念願叶ってついに地上へと姿を現し、行動を始めた。
地上征服に向けて魔獣たちを次々に差し向け、世界を混乱に陥れたのだ。
シャカシャも奮戦するが龍王ヒーラには敵わず、旅立って2年目の冬、敢え無く散った。
続く十三代目勇者ツプゥ=グリュー、十四代目勇者コッコ=グリュー兄弟に至っては、どちらも旅立って間もなく、村を出てすぐに中級魔獣ハラボテゴブリンに殺された。
この頃、レイブ村の勇者取り決めの儀は村から出られる唯一の機会として志願者が殺到し、頭を悩ませた長老が二人を選んだ根拠は、勇者を輩出した回数の多いグリュー家の人間だったというただそれだけである。
厳正とは呼べぬ審査の下に選ばれた二人が立て続けに犠牲となるのはごく自然のことであり、ツプゥより5年後に旅立った弟コッコが兄の死を知ることなく逝けたのは、むしろ幸福だっただろう。
龍王ヒーラが地上支配を目前に控えていた頃、レイブ村では勇者取り決めの儀が、志願者同士で剣を交える現在の形式に変更となった。
それに変わってから最初の勇者となったのが、十五代目勇者ヴァン=パラタータである。
初めての形式に戸惑いつつも、彼は旅立つ前から精神面で鍛えられ、肉体面は村においては比類なき強さを持っていた。
魔王ゴアの死と龍王ヒーラの存在を知った彼は、倒すべき相手が違うだけだと前向きに捉え、龍王討伐のために奔走した。
彼の念願が叶うのは、それから6年後、十六代目勇者ギューン=ランサと合流してからになる。
軍を成していた龍王率いる魔獣たちと、ジューゲン共和国の軍隊との戦争に二人の勇者も加わった。
後に『ガボン島戦争』と呼ばれる、その名を冠した島が消滅するほどに苛烈さを極めたこの戦いは、80日余りを経て、龍王ヒーラの死によって終結した。
人間側の犠牲も決して少ないものではなく、ギューンもそのひとりであった。
だが、魔王に次ぐ脅威が収まってみると、人々からの名声を一身に得たのは、ジューゲン共和国の軍隊長バーキャ=メッキ=フェニックスであり、ギューンをはじめとする犠牲者やヴァンのような功労者に対して与えられたものは、功績に見合っていると言えるものではなかった。
それでもヴァンは一切の抗議をせず、ジューゲン共和国に龍王軍の残党狩りを託すと、ヒノデ国に移住してギューンのために墓を建てた。
彼が以後勇者として剣を振ることはなく、余生は鍛冶職人として刀剣を作り続けた。
稀代の刀匠と謳われ、後にケイン=ズパーシャの手に渡ることとなる名刀『八百輝璃虎』を作った鍛冶職人キリコ=ドマは、彼の一番弟子である。
魔王ゴアに続き、龍王ヒーラまでもが倒され、十七代目勇者に選ばれたマゼンマ=ホイップに回ってきた役目は、またしても魔獣の残党狩りであったが、それさえもジューゲン共和国の軍に奪われてしまった。
ところが、それだけに飽き足らず、バーキャにとって勇者という存在は、既に目障りなものとなっていたようである。
マゼンマはジューゲン共和国によって捕縛された後、独房の中で銃殺されてしまった。
これに増長したのか、バーキャは秘密裏に国軍の一部を私兵とし、各地に基地を構え始めた。
当時世界最高峰の軍事力で各国に圧力をかけ、バーキャはその地位を世界的なものとしようとしていたらしい。
悪名として広まらぬよう、決して彼自身が表立って動くことはなかった。
そんな思惑を知る由もなく、十八代目勇者ドド=ハマン、十九代目勇者ベベコ=バチカルまでも、バーキャの手によって始末された。
二人の勇者の死はジューゲン共和国の指導者によって伏せられたが、これがきっかけでジューゲン共和国はバーキャの専横を知る。
バーキャはジューゲン共和国と対立することになり、各地で巻き起こる戦争の引き金となった。
その鎮圧に生涯を捧げたのが、二十代目勇者ユンバ=パラタータである。
伯父譲りの強さを持ったユンバは、バーキャの軍勢に個人で匹敵するほどの力を持っていた。
ジューゲン共和国の助力を得て辛くもバーキャに勝利、討伐した彼は、そのままバーキャの私兵が引き起こしていた戦争を止めるべく尽力した。
バーキャの晩年における行いの非道さ、そして未だ事態の元凶がバーキャにあることを知らぬ各国への彼の絶大な影響力を鑑みたジューゲン共和国の指導者により、バーキャは英雄として魔獣に殺されたと世界へ公表された。
更に指導者は、今の事態は龍王ヒーラの部下であった残党の魔獣たちが引き起こしたもので、ユンバはそれを阻止するために動く勇者であると主張した。
後の世にこの年代に関する資料がほとんど残っていないのは、その影響である。
結局、ユンバはその争い自体は極めて小規模に治めることに成功したものの、世界的に秩序は乱れに乱れ、バーキャのような野心家が蔓延る世の中へと変貌していった。
ユンバが旅立って、僅か3年間でのことである。
二十一代目勇者キン=リブスが旅立つ頃には、魔獣ではなく、人間の悪党が各地で暴れ、規模を問わず争いが頻発していた。
山には山賊が、海には海賊がいるというのが当たり前になったのも、この頃である。
その5年後、二十二代目勇者サクリ=スノウが旅立ったが、なんとその翌日に村に帰郷した。
サクリは勇者の証を、巻き付けていた左腕ごと失くした状態であった。
村人たちが問い詰めると、サクリを襲ったのは他でもない、先代勇者キン=リブスであったという。
キンはサクリに、自らを勇者から除名するように長老たちへ伝えろとだけ言うと、左腕を斬り落とし、そのまま村へと帰した。
当時の長老は、キン=リブスの名を村から抹消し、以後その名を口にする者は誰もいなくなった。
一方のサクリは、帰される前にキンの手で傷の手当てはされていたものの、精神的ショックが原因で病弱となり、その一年後に風邪が元で死亡した。
レイブ村に帰郷した現時点で唯一の勇者となっており、何故キンがサクリの腕を斬ったのかについては現在も判明していない。
なお、二十一代目勇者は村の記録ではサクリとなっており、次に選ばれた者こそが正式な二十二代目勇者と定められた。
その二十二代目勇者に選ばれたウィン=ホイップと、二十三代目勇者ボズボー=バーランド、二十四代目勇者ガリリ=ズパーシャは、サクリ=スノウの死を間近で目の当たりにしており、魔王よりもむしろキン=リブスを討つことを目的に旅立った。
だが、いずれもキン=リブスの情報は、サラミ婆さんから旅立ってすぐに店に立ち寄ったという程度のものしか得られなかった。
そして、彼らは直後、キン=リブスについて考えている場合ではないことを知る。
数年前まではばらばらの派閥で活動していた海賊が、ひとつに纏まって各地を襲うようになったのだという。
それらを束ねた人物こそ、空飛ぶ海賊船コンリード・バートン号を操るキャプテン・オーロであった。
特に世界征服などを企んでいるわけではないが、面白半分で世界を混乱の渦に叩き込むその力と思想は極めて危険であり、勇者たちはそれを討つため、海へ向かった。
いずれも、海にたどり着くことさえ叶わず、ウィンは盗賊団に襲われ、ボズボーは道中飢え死に、ガリリはジューゲン共和国の内乱に巻き込まれ、それぞれ命を落とした。
キャプテン・オーロに最初に接触したのは、二十五代目勇者にしてガリリの兄ブシヤ=ズパーシャである。
弟と勇者の座を懸けて争うことを良しとしない、優しさを持った勇者であった。
だが、ブシヤは旅立ってすぐに世界の状況を知ると、ズパーシャの名を捨て、様々な偽名を名乗るようになった。
村に帰れないのなら、どこか永住できる地を探し、その地に馴染める名で過ごそうという考えに基づくものである。
オーロと出会った際に名乗ったのも、ブジーア=フォルツァートという名であり、目的もオーロを討伐することではなく、陸地での活動を彼に認知させるために媚びを売ろうというものであった。
オーロは彼のことをすぐに忘れたが、結局彼は以後ブジーア=フォルツァートの名で過ごし、当時のデュナミク王国にいたマフィアを半壊させると、それを乗っ取り、フォルツァート・ファミリーを結成した。
それから輩出された勇者は、レイブ村の人々が知る由もないが、更なる暗黒の時代を迎えることとなる。
ユンバ=パラタータが旅立った頃から魔獣は魔界やダンテドリ島以外、影も形もいなくなっていたが、そこから更に、争いを引き起こしている人間を止めるための力を身に着ける機会も、そうしなければならないという情報も得られないまま旅立つ破目になったのだ。
村の中では強いと扱われていても、外の世界で通用するほどの勇者は輩出されなかったのである。
二十六代目勇者バグオン=ダイナは、海賊の力に慄き、以後誰とも関わりを持たずに静かに過ごした。
二十七代目にして三代目勇者チャム以来二人目の女勇者となったリーシャ=スノウは、海賊たちに捕らえられ、オーロの慰み者として献上されたが、オーロの趣味ではなかったためか即売りに出され、奴隷として各地をたらい回しにされた後、自ら命を絶った。
二十八代目勇者ギャッツ=パラタータは、世界の混乱を手近なところから鎮圧しようと試みたが、運の悪いことに出向いた町が直後に海賊の襲撃に遭い、その巻き添えで死んだ。
二十九代目勇者グールー=ランサは、ウェルダンシティに着くなり早々に世界平和を諦めると、料理屋を営む傍ら町内のボランティア活動に従事し、現在もそれを続けている。
三十代目勇者チャベ=ホイップもまた、グールー同様にすぐさま世界を救うことは諦めたが、旅立つ勇者をウェルダンシティで迎え入れ、引き留めるための活動を開始した。
三十一代目勇者ベギリン=バチカルと三十二代目勇者ズドンガ=ハマンを引き留めることに成功したが、三十三代目勇者ザザン=バーランドの説得には失敗し、更にはベギリン、ズドンガまでも、逆にザザンによって連れて行かれてしまい、それを期に勇者を引き留めるのはやめ、以後は宿屋の店主として働いている。
ザザン、ベギリン、ズドンガの三人は、協力して各地の争いの鎮圧や悪人の退治を行っていたが、戦争屋としての一面を持っていた当時のヒノデ国王ミツナカ=マドカの怒りを買い、その刺客である忍者によって殺害された。
三十四代目勇者ボンカー=ダイナは、世界の状況を知るや否や海賊オーロに直談判し、海賊の仲間入りを果たした。
オーロによってグリージョの名と船を一隻与えられるが、後に剣狂ショーザン=アケチによって殺害されることとなる。
三十五代目勇者スカー=グリューは、運良く争いに巻き込まれず、海賊からの襲撃も受けずに、魔女の森に迷い込み、家主の黒魔女クラリの許可も得ずにそこで定住することにした。
たまにクラリに追い出されては世情や歴史を調べたが、その度に現状の恐ろしさを痛感して戻ってくるを繰り返し、ついには外に出ることそのものを拒むようになった。
三十六代目勇者クォーツ=バチカルは、都会への憧れから、ピンク共和国に移住することを決意するが、たどり着いた直後にデュナミク王国の襲撃に遭いそのまま死亡した。
三十七代目勇者ガンギ=ズパーシャは、ケイン=ズパーシャの父である。
世界の真実を知った彼は、自分の力で出来る範囲で平和を取り戻そうと決意するも、直後にデュナミク王国の兵士が盲目の剣士によって殺害される現場を目撃した。
それを看過できず戦いを挑んだが、まるで歯が立たず、更に相手から、
「あんたぁ、そんな強さで私が殺したくなると思いますかぁ?」
と痛烈な言葉を浴びせられ、悔しさに打ち震えた。
魔女の森に『願いが叶う秘宝』が存在することを聞いた彼は、そこに赴き、スカーと再会。
黒魔女クラリから秘宝と言われる果実『黒き禁断』を受け取り、件の剣士や海賊オーロなどにも負けない力を願ったが、想いの力が足りず、逆に果実に取り込まれ、消滅した。
三十八代目勇者カチーカ=バーランドは、強さも、勇気も、運も持ち合わせていない勇者であった。
勇者の証による呪いでレイブ村を見失った直後、彼は発狂し、その拍子に足を滑らせて川に転落すると、パニック状態で岸に上がることができず、そのまま溺死した。
三十九代目勇者ブン=グリューは、同じような境遇だったこともあってか、父と全く同じ道を辿り、魔女の森に迷い込み、スカーと涙ながらに再会した。
話を聞かされても全てを信じようとはしない頑固さも父譲りであり、外で調べては怯えた様子で帰ってくる様もまたそうであった。
そして、ブンが旅立った5年後に四十代目勇者ケイン=ズパーシャが旅立つことになるが、彼ら歴代勇者ひとりひとりの人生を事細かに知る人物が、ただ一人だけ存在する。
その人物、ドーズ=ズパーシャは、ケインがレイブ村にいる己の存在を感知し戻ってくるのを、今か今かと待ち焦がれていた。




