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四十代目勇者ケイン=ズパーシャが最強になるまで  作者: M.P.HOPE
旅立ち 世界の真実と魔王ゴア
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第4話 デカくて優しいサラミ婆さん

 飯屋を探し求めて歩くケインだったが、実のところ最初から行く方向は決まっていた。

 ウェルダンシティに着いた時から、今まで嗅いだことがないほどのかぐわしい匂いが、彼の鼻孔をくすぐっていた。

 その匂いの正体が飯屋だという確証はなかったが、ともかくそこに行くことに決めていたのだった。

 歩きながら、ソバ屋や焼肉屋などの看板が目に入ったが、それらを誘惑とも思わずにひたすらその匂いの方へ向かう。

 しばらく歩くと、匂いを放つ店の前までたどり着いた。

 店の中は灯りがともっており、人の笑い声が聞こえる。


「よかった…人の家だったらどうやってご馳走になろうかと」


 そんなことを言いながら、ケインは店の看板を見る。

 看板には「ゲキウマサラミ」と書かれている。

 名前は胡散臭いが、これだけいい匂いがしているのだ、まず間違いないだろう、とケインは考えた。

 ただ、問題もある。

 バッグから巾着袋を取り出し、中の金貨を確認する。

 先程ククにあげた分が減り、残金4万9500ジェジェ。


「足りるかなぁ…」


 一食の相場は大体30ジェジェ前後。

 村でそう教わったケインだったのだが、それでも不安で仕方がない。

 これほど食べる前から「絶対美味いやつ」と感じる匂いに立ち会ったことがない。

 改めて残金を確認しつつ、計算する。


「村で一番高いステーキの店が150ジェジェ。それの100倍美味いとして、それになんらかのサービスがついたとしても……2万ジェジェはない。……はず!」


 そう言った後に、先程のククの言葉を思い出す。


「いっぱい謝って許してもらいますから!」


「……もし足りなかったら、そうしよう」


 意を決して、店の扉に手をかける。

 扉がほんの少し開くと、中から先程までよりも更に猛烈な勢いで、かぐわしい香りが彼の鼻を直撃する。

 瞬間、彼の頭の中から、金銭面の不安がたちどころに消えていく。

 これは絶対に美味い。

 ただそれだけを思いながら、扉を思い切り開いた。


「イラッシャァァァァァアアーーーーーーーーーイッ!!!!!」


 雷でも落ちたかのような凄まじい声に、一瞬固まる。

 店内を見渡すと、カウンター席が5つ、少し離れて4人掛けのテーブル席が4つある。

 テーブルは満席だったが、カウンターには誰も座っていない。

 店全体の雰囲気は、賑やかな大衆食堂といった様子だった。

 尤も、今賑やかなのは一人だけであったが。

 客は一人残らず頭を抱えていた。

 今の爆音で動じていない人がいたら逆に驚くな、とケインは思った。

 カウンターの向かいの奥、厨房からまた声が聞こえる。


「ハイィ!!!カウンターならァ空いてるよォォォーーーーーーーッ!!!!!」


 先程よりはマシだったが、それでも凄まじい爆音だった。

 そりゃ誰もカウンターには座りたがらないだろうなと思いながらも、料理への期待感に勝てず、ケインはカウンター席に座る。

 座ると同時に、厨房から老婆がこちらを見ていることに気付く。

 声の主、ゲキウマサラミの店主だった。

 白髪を団子状に結び、つぎはぎだらけの服の上から黒いエプロンをかけている。

 一人で切り盛りしているのか、他の従業員の姿は見えない。

 大きな鍋の前で丸椅子に座り、さっきまでの大声とは裏腹に、今度はじっとケインを見つめる。

 早く注文しろ、とでも言いたげに。

 手元にメニューがあることに気付いたケインは、急いで手に取り、ページをめくる。

 めくって間もなく、ケインは今まさに嗅いでいる匂いすら忘れてしまうほどの衝撃を受けた。


「全部、時価…?」


 時価。

 仕入れた時の価格の変動で、値段が定まらない商品に使われる表示方法だと、ケインは聞いたことがあった。

 特に、そういう店はとんでもなく高くつくから絶対に行くなと母には口酸っぱく言われたものだった。

 その恐怖の価格表示「時価」が、今まさに、この店の全てのメニューに表示されているのだ。

 だが、それさえも忘れてしまうほどの更なる衝撃が、今一度ケインを襲った。

 衝撃の正体とは、そのメニューに記載された名前だった。


「なんだよ……これ……」


 マッシヴヒヒーンの刺身。

 ゴウキンダックのコンフィ。

 チマツリサーモンのムニエル。

 スプリントクラブ鍋。

 等々。


 メニューに記載されている食材の全てが、低級魔獣とは比較にならない強さを持つ中級、あるいは更に強大な上級魔獣の名前だったのだ。

 その名前を全てケインは退魔指南書で見たことがある。

 いずれも、「極めて美味」の注釈付きだった。

 一度は食べてみたいと思っていた魔獣たちだが、それほどの強大な魔獣を、どこで仕入れたのか。

 勇者以外に、これらの魔獣を仕留められる人間が、果たして存在するのか。

 或いは、歴代の勇者が―――――。


「何ィ、注文するんだい!!?」


 その声に驚き、前を向いた途端、ケインは座ったまま飛び上がりそうになった。

 老婆がカウンター越しの真ん前に立っている。

 最初に比べるとかなり声量は大人しかったが、それでも人を驚かせるには十分すぎるほどであった。

 が、ケインを真に驚かせたのは、老婆の大きさだった。

 最初見た時はやや離れた位置で座っていたからわからなかったが、老婆の身長は、明らかに常軌を逸していた。

 ケインがこれまでの人生で出会った一番身長の高い人間といえばザックだったが、この老婆は、どう見てもザックより更に頭二つ分はデカい。

 この老婆こそが魔獣ではないかと疑ってしまうほどだった。


「何ィ、注文するんだいィ!!?」


 老婆が繰り返す。

 店に入って僅か数分、驚きの連続でケインの頭は混乱していた。

 メニューを再度開くと、またしても驚きの名前が記載されており、思わず声を上げてしまう。


「2Dドラゴンのから揚げぇ!?上級魔獣の中でも特に強いって言われて…」


「かああああああしこまりましぃぃぃぃぃっった!!!!!」


 老婆は勢いよく厨房へ向かう。


「ああ!今の違う!違います!!」


 ケインの声は届かず、老婆はせっせとから揚げを作る。

 既に下ごしらえは済ませており、油の入った鍋に粉をまぶしたドラゴンの肉を放り込む。

 豪快に油の弾ける音が店内をこだまする。

 その音を聞きながら、ケインは静かに目を閉じた。





「おぉおまちィイイ!!!!!」


 声量とは裏腹に、静かにから揚げが乗った皿がケインの目の前に置かれる。

 香ばしい肉と油のかおりに、ケインは唾を飲みこむ。


「い、いただきます」


 恐る恐るフォークを突き刺し、口へ運ぶ。

 ひと口かじった途端、ケインの目から涙が溢れ出た。

 美味過ぎる。

 これまでに食べたどんな食べ物にも勝る味が、口中に広がる。

 噛む度に歯と舌が喜びを訴え、その喜びが鼻から抜けていくと、自然と笑みがこぼれた。


「……うぁぁ」


 言葉にならない声をあげると、ケインはまたから揚げを頬張る。

 これまで生きてきた中で、最高の食事を堪能しながら、ケインは思った。

 あー、これ絶対すげえ高いわ、これまで食ったのより1000倍は美味いわ、と。





「5万ジェジェ」


「あー……」


 食後しばらくして。

 ゲキウマサラミが閉店時間になり、他の客が帰った頃。

 恐れていたことが現実になった。

 今食べたから揚げによる幸福感に満たされながら、ケインは現実的な問題に直面していた。

 巾着袋の中の金貨を、再度確認する。

 足りない。

 もう一度、念のため、枚数を確認する。

 足りない。

 もしかしたら、二回とも数え間違えたかもしれないので、もう一度確認する。

 何度確認しても500ジェジェ足りていない。

 老婆の顔を見る。


「5万ジェジェ」


 既に他の客が帰ったためなのか、それとも見抜かれているのか、老婆は人並みの声量で、淡々と金額を告げる。

 ククの言葉を再度思い返す。


「いっぱい謝って許してもらいますから!」


 あの時ククに金を渡していなければ、という考えが一瞬よぎったが、すぐに振り払い、少しばかり自責の念に駆られる。

 どう謝っても踏み倒せそうにはない。

 ケインはそう確信した。

 確信したと同時に、どう乗り切るかを考える。

 足りない500ジェジェをどう補うか。

 金になりそうなものでどうにか賄えるだろうかと、バッグの中や身につけている物の中に思いを巡らせる。

 靴は高級品だがあくまで村の中での話で200ジェジェにも満たず、服は古着屋で仕立ててもらった安物。

 バッグももちろんそうだし、中に入っているものは1ジェジェにもなるかどうか怪しい。

 あとは。

 剣?


「いや駄目だろそれは!!」


 思わず叫ぶと、老婆が首をかしげる。


「なんだい大声出して」


 さっきまであんたのが大声だったけどな、と言える立場ではないので、ここは堪える。

 もうこれしかない、と思い、両手と頭を地面につける。


「ごめんなさい!!4万9500ジェジェしか持ってないんです!!500ジェジェ足りないんです!!」


「なぁんだってぇ…?」


 老婆の声色が低くなる。


「本当にごめんなさい!!皿洗いでもなんでも何日だってやりますから!!足りない分働いて返させてください!!」


 懸命に頭を下げ続ける。

 しばらくそうしていると、老婆が口を開いた。


「頭上げな」


 老婆の優しい口調に、言う通りに頭を上げる。

 老婆の口元は微笑んでいた。


「悪いけどね、皿洗いは間に合ってんだよ」


 厨房を見ると、流し台で5人、6歳か7歳ほどの子供たちが、せっせと食器を洗っていた。

 店を営業している間には見なかったが、どこから現れたのか。

 そう疑問を口にする前に、老婆は続けた。


「店の奥。上に続く階段があるだろ?あの子たちには営業中はあの上で勉強なりしてもらってるのさ」


「あなたの子供さんたちですか?」


「んなわきゃないだろ。みんな孤児だよ。15歳くらいになるまではあたしが面倒見てやってんのさ」


「なんでそんな……」


「しょうがないだろう?あたしの作る飯があんまり美味そうな匂いを遠くまで送るもんだからさ、みんなあたしを頼って来ちまうんだよ」


 そう言いながら、老婆は嬉しそうに笑う。


「来ちまったんなら、しょうがないんだよ」


 その様子に、ケインも笑った。


「しょうがない…ですか」


「でも、あんたは別だよ!!」


 途端に老婆は睨み付ける。

 ケインの体が固まる。


「お…お店の掃除とか……」


「掃除もあの子たちがやってくれる。だからこの店であんたにやってもらうことはない」


 じゃあ一体何をすれば、とケインが言いかけたが、老婆はにやりと笑いながら続けた。


「でも店の外でのやることはある。あんたにはそれを手伝ってもらうよ」


「そ、外で?」


「明日の夜明け前にそれがあるんだ。上に部屋があるから、そこ行ってもうとっとと寝ちまいな」


 老婆はそう言いながらケインの背中を片手で押すと、厨房に入っていった。

 ケインは振り返って言う。


「お、おばあさん!俺は何をすれば……」


「サラミ!サラミ婆さんだよあたしゃ。サラミの姐さんだとなお良いね」


 厨房の流し台で子供たちと一緒に皿を洗いながら、サラミ婆さんは言った。

 一人の子供が、サラミ婆さんに自分が洗った皿を見せる。


「サラミばっちゃ!どう?」


「おぉ~ピッカピカだねぇ。上手になったじゃないか」


 サラミ婆さんはにっこり笑うと、優しく子供の頭を撫で、子供も嬉しそうに笑った。

 ケインに振り返った時、サラミ婆さんの口元は笑顔のままだったが、その眼つきは鋭かった。


「さあ!あんたは早く寝ちまいな!魔獣狩りは体力勝負だよ!!」

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