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第45話 海賊オーロからの挑戦状

 ショーザン=アケチが事切れたのを確認してから、不意に圧し掛かった疲労感に耐え切れず、ケインはその場にへたり込むと、直後、歓喜のあまり飛びついてきたライガとシーノの重みも加わり、勝利の喜びよりも前にそれに苦しめられる破目になった。


「いてえ、いてえってライガ、シーノ……」


「やったな!!やったなケイン!!!」


「おめで……ううん、ありがとうケイン!!!本当に!!本当にありがとう!!」


 シーノの感謝が何に対してなのかはわかっている。

 スコットの、仲間の、仇を討てたことに対してだ。

 それでも、ケインはその感謝を今ひとつ受け止め切れずにいた。

 ケイン自身が、感謝していたからだ。

 他ならぬ敵手、ショーザン=アケチに対して。


「すぅー……はぁー……」


 わざとらしくケインに聞こえるよう、ゴアは深呼吸を繰り返していた。

 ケインがショーザンを倒したことでゴアに何を齎したのか、それを再認識させるために。

 シマシマはケインが勝った喜びで顔をほころばせながら、ゴアが吸うための瘴気を取ってしまわないように息を止めていた。


「美味い?」


「美味い。だがそれよりも力がみるみる蘇る感動の方がでかいな。すぅー……はぁー……」


「そんな美味えのかよ?俺にはなんも……ちょっと埃っぽいくらいなんだけどなあ」


「ライガだけじゃない、おまえたち人間ではこの味は楽しめんさ。すふふふふぅ~……あ」


「どうした?」


 ゴアは瘴気を僅かだけ魔力に変換し、あとは体内に貯蔵していたが、変換した魔力をククに充てていた。

 ククが表に出なくてもゴアが何を見ているのかを共有できるよう、そして中にいるククがゴアに向かって話せるよう、魔力を使ったのである。


「ククが出たがっとる。おまえの無事を見て、心底喜んでおるぞ。俺は食休みするから、相手してやれ」


「え?あ、おい……!」


「ケインさああああああん!!!」


 ククがそれまでに最後に見たケインの姿は、ギガライコーに重傷を負わされた時のものだった。

 その心配が晴れ、さらにショーザンを倒したことを知ったククは、交代するなりケインに飛びつき、慌ててケインは彼女を抱きとめた。


「よかったぁ!!ケインさん、大丈夫なんですよね!?」


「ヴェヘヘヘヘヘヘ」


 まだショーザンから受けた傷も癒えてはおらず、疲労困憊のケインだが、そのあまりにだらしのない笑い声が彼の健在を証明していた。

 ケインたちのやり取りの側では、剣狂の亡骸を囲って、ザクロと天守五影が佇んでいた。

 正式な手順を踏んだ間柄ではないとは言え、父を喪った娘をどう扱えば良いものか、5人の忍びは答えを持ち合わせていなかった。

 誰が先に声をかけるか無言のまま探り合っている中、最初に口を開いたのはザクロ自身だった。


「父は、元々始末されるはずの人間でした。ギガライコーによって、海賊オーロ諸共。その計画は破綻しましたが、父は死ぬ運命から逃れられなかった、ただそれだけのことです」


 冷淡な言葉だが、それも仕方のないことだと赤影は思った。

 歪に形成された親子、接した時間は合計で丸一日分にも満たない。

 まして父は父らしいことを何一つせぬまま己の欲を満たすためだけに生きた狂人、ショーザンなのだ。

 狂人が欲のままに生き、満たされて死んだだけ。

 それに対して悲しむなど、例え娘であろうともできようはずもない。

 極め付けにその娘というのが、科学技術の力によって生み出された、戦闘用の訓練以外何も教わっては来なかった人工生命体。

 欠落している感情に、悲哀というものに入り込む余地などありはしない、そのはずだった。


「そう……ただそれだけ、それだけなんです」


 それでも、ザクロは泣いていたが、赤影は特に意外には思わなかった。

 仲間の仇であるショーザン=アケチの死を、残された4人の仲間も、自身も、誰一人として喜んでいないことに気付いたからだ。


「人たらしやなあ、あのおっさん」


 緑影が呟いた一言が的を得ているように赤影には思えた。

 対峙したケインも、嫌っていたはずの天守五影も、ショーザンには少なからぬ敬意を確かに抱いていたのだから。


「そういえば、八百輝璃虎(ヤオキリコ)の鞘はどこだ?」


 桃影がそう指摘した通り、ショーザンが腰に差していた鞘がなくなっていた。

 天守五影が辺りを見渡してみると、鞘だけでなく、八百輝璃虎も先程ショーザンが落とした場所から姿を消してしまっていたが、どちらもすぐに見つかった。

 それまで大人しく戦いを見ていたオーロが、いつの間にか拾っていたのだった。


「本当に面白えシロモノだな。持ち主の気分に合わせて色を変えるのか。オマケにあの人斬りが使ってたにしちゃあ、刃こぼれも錆も、細かい傷も見当たらねえ。ちゃんと手入れするような奴じゃあねえだろうし、この刀の能力ってことなんだろうな」


 刀を鞘に戻しては抜き、その度に変わる色を見て楽しんでいた。

 桃影は血相変えて指差した。


「き、貴様!!返せ!!!それは我らがヒノデの国宝、八百輝璃虎だぞ!!」


 オーロは刀を今度こそきちんと鞘に戻すと、桃影に鋭い視線を向けた。


「あぁ?国から追い出した奴が使ってたモンを今更返せってのはねえだろうよ。その持ち主が死んだ今、こいつはもうあの人斬りのモンですらねえ。こいつは……」


 言いながら、刀をケインへと投げ渡した。


「お前さんのモンだぜ」


 受け取ったケインは、どう答えていいのかわからない。

 ショーザンが虹と呼んでいたこの刀、決して安い代物ではないことぐらいは理解していただけに、ヒノデ国に返した方が良いのではないかという思いが強くあった。

 誰に何を問うべきかを探っている間に、ザクロがケインに近づいてきて言った。


「父も、きっとその刀を手放すなら、あなたにあげたいと思うでしょうね」


「そう……かな?」


「お前さんが持つなら誰も文句言う権利はねえさ。連れてってやれよ。あの人斬りから何かを受け継ぐのが嫌だってんなら別だがな」


 意地の悪い笑みでオーロは言った。

 天守五影も止める様子がない以上、もうケインには拒む理由はなかった。

 刀を鞘から少し抜き、その刀身を確かめる。

 刀は、今のケインに相応しい金色に輝いていた。

 再び鞘に戻した時、手元にひらひらと紐が降りてきた。

 青影が投げ渡した物であった。


「その服では差せる場所があるまい。紐で吊るすがよかろう」


「……ありがとう」


 ケインが腰に紐を結ぶ間に、どこからともなくコンリード・バートン号が現れ、オーロはそれに飛び乗った。


「いい雰囲気だがよ、俺がこの国を滅ぼすために来たっての、忘れてねえだろうな?」


 敵意剥き出しに言い放つオーロにザクロや天守五影が向き直り、臨戦態勢を取る。

 だが、ケインは忘れていなかった。

 オーロはケインとショーザンの戦いを見届けて、今日のところは終わりにすると言っていた。

 それを今更反故にするような男では決してないことを確信し、その場を動かなかった。

 まだケインの背中に抱きついているククの感触を味わっていたいから動かないわけでは、断じてない。


「海賊オーロ……貴殿を相手に、ギガライコーやショーザン殿なしに我々が勝てるはずもあるまいが……勝てるか否かは問題ではない。ヒノデ国を脅かす者がいる限り、それを死を賭して止めるが我らが役目よ」


 赤影の言葉に呼応し、天守五影はそれぞれに氣を放出して威嚇する。

 その様子をオーロは鼻で笑い、どこから取り出したのか、チーズを頬張ってみせた。


「お前ら賢い忠義者のつもりだろうが、記憶力は良くねえな?ケインはちゃんと覚えてるってのによ。俺はこの国を滅ぼす。確かにそう決めた。だがそれは今日じゃねえ。ケインと人斬りの戦いを見届けたら今日は終わりって言っちまったからな。だがよう、ケイン!!あくまで今日はってのは、わかってんだろ!?」


 大声でチーズが飛び散るのもお構いなしにオーロは続ける。


「俺がこの国から出たら、こいつらはまたドームで国の周りを塞ぐだろう。だが俺は無理にでもこじ開けて、思いっきり暴れに暴れる。あんまり俺が暴れすぎると女王がその隙に乗じてやって来るかもしんねえが、そんなことは関係ねえ。ケジメだけはきっちりつけねえとな。なあ、ケイン?」


「……何が言いたいんだい、船長」


「そろそろお前さんとも決着つけたくなったんでな、この国をダシにしようと………あー、なんで俺ってこう正直なんだろうなあ」


 頭をかいてぼやくオーロを見て、ケインは思わず笑ってしまった。

 だが、ケインには早く確かめたいことがあった。

 ショーザンとの戦いの最中、聞こえてきた声。

 あの声を聞いた瞬間から、彼はある場所を認識するようになっていた。

 それまで全く認識できていなかった、あの場所を。


「……少し、時間をくれないかな?どうしても行きたい場所ができちゃったんだ」


 拒否されて当たり前の提案だとケインは思っていた。

 あの声はケイン以外誰の耳にも届いていない、ましてやそれがどこから発せられたかなどわかるわけもないと。

 それだけに、即座に返されたオーロの答えには些か驚かされた。


「行ってこいよ。遅くても三日ありゃあ着く距離だろ」


「えっ……どうして」


「一週間、この国には手ェ出さねえでおいてやる。それまでにあの…………とにかく、時間ならそれだけやりゃあ十分なはずだぜ。それ以上は待ってやらねえから、早くするんだな。この国がどうなってもいいんなら放っておいても構わねえが、お前さんはそんなことはしねえだろ?」


 そう言い残して、オーロはコンリード・バートン号の船首に立ち、そのまま船と共に飛び去った。

 それを見送ったケインはククを背負ったまま立ち上がり、シマシマへと近づく。

 一歩踏み出す度にククの柔らかな感触にだらしなく笑ってしまう。


「べへへ」


「勇者ってそんなやらしい笑い方していいのか?」


「いいんじゃないの、ケインがしてるなら」


 ライガとシーノの言葉は無視して、シマシマへと飛び乗るなり声をかけた。


「ライガもシーノも早く乗って!ククに合わせて飛ぶなら、確かにオーロの言う通り三日はかかるはずだから」


「ケイン、飛ぶのはいいけど、一体どこに……」


「レイブ村だよ」


 旅立った時から見失い、帰ることができなくなっていたレイブ村。

 遥か遠くにあるはずのその村がどのくらいの位置にあるのか、今のケインの目にははっきりと映っていた。

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