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第43話 勇者ケイン=ズパーシャVS剣狂ショーザン=アケチ

 目の前に広がる炎の海を見て、ショーザンは嬉しそうに笑いながら刀を振る。

 剣主体での戦いはどうしてもショーザンに軍配が上がる。

 なるべく距離を置き、短期決戦で仕留めるのがケインの理想だったが、やはり火炎魔法はショーザンに通用するものではなかった。

 ショーザンが無数の突きを放つと、炎は主人を斬ってくださいと言っているかの如く道を譲り、そこを悠然と進むと、それを予測していたケインがいかにも迎撃の準備が整っているという表情で待ち構えていた。

 ショーザンにとってはそのままお構いなしに斬りかかっても良かったのだが、それならばとあえて戦法を変え、ケインの目の前からすぐ後退したかと思えば、角度を変えて再接近し、また別の場所へと移動、更に再接近を繰り返した。

 何度もそうしていく内に、ショーザンは加速し、ケインが目で追い切れないほど素早く接近と移動を繰り返すようになっていた。

 ショーザンがケインを斬るタイミングを計っていた時、ケインは不敵に笑うと、浮遊魔法でショーザンの頭上遥か高くへと飛んでみせた。

 浮遊魔法を使えないショーザンは、空中では接近直後の移動は不可能。

 出鼻を挫いたつもりのケインだったが、それでもショーザンは止まらない。

 加速した勢いをそのまま空へと向け、ケインめがけて跳びかかった。

 そう来た場合ケインならどう動くか、一人だけわかっていた者がいた。


「かかったな」


 ゴアがそう言った時、ケインは猪突するショーザンに向けて大きく口を開いた。


「『老婆焼殺砲(バババーン)』!!!!!」


 突然口から発射された火炎魔法に対応が間に合わず、ショーザンは全身炎に包まれるも、構わず斬りかかる。

 そのある種の意地とも言える攻撃に敬意を抱きつつ、ケインも剣で応じた。

 炎が二人を覆い尽くし、外からでは姿を見ることもできないほど大きな一つの大火と化していた。


「サラミババアの炎……ケイン、やはり俺の知らねえところでどんどん強く、危険になってやがるな」


 オーロが独り言つ間に二人を包む炎はそのまま地面へと降り立ち、なおも勢いを強めたまま燃え盛る。

 剣と刀のぶつかり合う金属音が中で響き渡り、それだけが二人の健在を示していた。


「どっちだ!?どっちが優勢なんだ!!」


 苛立ちを隠せないライガがそう言うのも無理はない。

 言葉に出さないだけで、誰もがその思いを胸にやきもきしていたのだから。

 やがて太陽が完全に沈み、辺りが暗くなった頃、金属音が聞こえなくなった。


「け、決着か!?ケイン!!!」


 立ち上がってケインの無事を確かめようとするライガを制し、オーロが笑う。


「まだだぜ、グラブのガキ。二人ともまだくたばっちゃいねえ。勝負は……こっからだぜ」


 炎が勢いを失くして消えた時、そこにはオーロの言葉通り、未だ健在のケインとショーザンが鍔迫り合いに興じていた。

 ケインの体にはいくつもの刀傷が刻まれており、炎の中で劣勢に立たされていたという事実を物語っている。

 対するショーザンは、炎に焼かれつつも大きな痛手には至らず、斬られた様子も見られない。

 ショーザンの知らない攻撃パターンで主導権を掴むというケインの策は敢え無く失敗に終わったが、その悔しさを表情には出さない。

 むしろ余裕を持った笑みをあえて見せることで、精神的な優位を保とうとしていた。


「おやぁ……あんたの一手を潰してやったつもりなんですが、まだ余裕があるみたいですね?」


「確かに策は潰されたさ。でも、あんたもこの鍔迫り合いで俺を圧倒できずにいる。あの時はもっと、どうしようもない差があったはずなのに」


「…………」


「少なくとも力じゃあ、俺とあんたにそこまでの差はないってことさ」


「……力はね。ですがケインさん、剣術という観点で見たら、まだあんた、私の足元にも及びませんよ」


 そう言うなりショーザンは刀で剣を弾き、ケインの体勢を崩す。

 咄嗟に構え直すケインに再度接近したショーザンは、刀ではなく右脚のつま先をケインのみぞおちに叩き込んだ。


「かっ……!!」


 息が止まり俯くケインの真上でショーザンの刀が輝く。

 蹴り込んだみぞおちを踏み台に、ショーザンはケインの頭上を取ったのだ。

 決着を惜しみつつも、躊躇することなくショーザンは刀を振り下ろす。

 だが、負けじとケインも蹴り込まれた足を右手で掴んで無言のまま雷撃魔法を発動していた。

 動きを止められたのはほんの一瞬だったが、刀はケインの首を少し傷つけるだけに留まり、ケインは雷撃に苦悶の表情を晒しているショーザンを地面に叩きつけた。


「ぬがっ!!!」


「……っぷはぁ!!!ハァ……ハァ……!」


 叩きつけた直後にケインは手を離し、ショーザンから距離を置くと呼吸を整えて次なる一手に考えを巡らせ始めた。

 ショーザンは雷撃のダメージで体を僅かに痙攣させていたが、すぐに回復すると起き上がっていつものにやついた笑みを浮かべている。

 やはり剣の勝負では勝ち目はなく、火炎魔法や雷撃魔法でも決め手にはなり得ない。

 何より、それらを使うということをショーザンは知ってしまっている。

 手数の多さではケインに軍配が上がるが、その中身を把握されてしまっていては、数も意味を持たない。

 だが、ショーザンに通用する威力であろう攻撃と、ショーザンが未だ知らない手段を、それぞれ一つずつケインは持っている。

 勝負をかけるならそれしかない、ケインの決意は固まった。


「今度は掴まれるなんて間抜けはしませんよ、ケインさん!!」


 またしても猪突するショーザンに、ケインも右手を突き出して応じる。


「『ボンボヤージュ』!!!」


「懲りない人だあ、そんな術で私を殺れないことはわかってるはずでしょう!?」


 放たれた炎を左右に斬り分けながらショーザンは止まることなく進む。

 それこそがケインの狙い通りであることにも気付かずに。


「『リスペル・バ・ビル・ブルル』!!!!!」


 再利用呪文によって左右の炎が振動波へと変貌を遂げ、再びショーザンへと向かう。

 それは、意識の外からの一撃。

 ショーザンの死角を完全に突いた攻撃だった。

 左右からの振動波が炸裂するその瞬間まで、ショーザンは気付くことさえできなかったのだ。


「ぐおおおおおあああああああああ!!!!」


 ショーザンの絶叫がこだまする。

 仮にそれがケインの手から直接放たれたものであったのなら、決してこの結果にはならなかっただろう。

 ショーザンが知らなかった再利用魔法を用いたからこその成果であり、この振動波だけがショーザンに対して一撃で勝負を決められる技だった。

 尤も、振動波に使われた魔力はあくまでも火炎魔法を再利用した分だけの魔力。

 長時間拘束することはできず、すぐにショーザンは解放された。

 それでも、その効果は絶大なものだった。

 見た目には大した変化はないが、肉体にかかった負荷は尋常を超え、体中の骨があちこち粉砕し、筋肉や臓器がミキサーにかけられたようにかき回されている。

 デュナミク王国が独自に編み出した必殺とさえ呼べるこの魔法をあと数秒でも浴びていれば、如何にショーザンと言えど絶命は免れなかっただろう。

 既に足元は震えが止まらず、虚ろな目は焦点が合っていない。

 トドメの一撃を容赦なくケインは放った。


「『バ・ビル・ブルル』!!!」


 だが、それをショーザンは躱した。

 碌に動くこともできないはずの身でありながら、躱した。

 振動波を喰らった直後に庇い投げ捨てていた刀を拾い上げ、ケインへと向き直る。


「いやぁ………おど、ろきま…した、よ。ケイン………さん……」


「……俺が驚いてるよ」


 ショーザンの体がどういう状態にあるか誰よりも把握できているケインにはそう返すより他にない。

 喋った拍子に、ショーザンは目と鼻と耳と口から血を垂れ流し、見届けていた天守五影やザクロたちはここでようやくそのダメージの深刻さを理解した。

 それとほぼ同時に、全員があることに気付いた。

 ショーザンの刀を持つ手が、逆手から順手に握り直されている。

 ケインはショーザンが順手持ちで構えていたのを一度見たことがある。

 自分と最初に戦った時の、本気ではない構え。

 今度もまた本気を出すまでもないという意味でその構えに直したとは、とても思えない。

 何をするつもりなのかと身構えた時、ショーザンが咳き込んだ。

 鮮血を飛び散らせながらも、その顔は悦びに満ちている。

 刀がこれまで見せなかった黒い色に染まっていくのにケインが気付いた時だった。


「やっぱりあんたとなら……たどり着けそうですねぇ。最初が……『死閃火蜂(シセンヒバチ)』」


「ん…?」


「その次が『絶屠舞雷(ゼットブライ)』、そして『猟天牙(リョウテンガ)』、『壊刀嵐巻(カイトウランマ)』、蹴りから始まるさっきの動きは『襲墜毒蠍(スコオピオン)』……」


 初めショーザンが何を言っているのか理解しかねていたケインだが、そこまで言われてようやくそれらが先程までのショーザンの動き、即ちショーザンの技の名前だと気付いた。


「これらは昔、私が足りない頭を使って生み出した我流……いわばアケチ流の奥義として名付けたものなんですがぁ……師匠に怒られて以来、名を呼ばないようにしていたんです」


「師匠…?」


「ええ。15年前、私が心の底から尊敬し、故に斬った師匠です。私が勝手にそう慕っていただけで、彼自身はそう思ってはくれていなかったでしょうがねぇ」


 ショーザンが師と慕うソウク=タジマを殺害する場を見ていた桃影は、思わず眉をひそめた。


「彼はこう言っていました。奥義とは『それさえあれば相手を確実に仕留められるもの』だと。相手を弄ぶ小技ではなく、研鑽を重ねた、己が最も信頼できる切り札だと。そう教えられて、私はアケチ流の奥義をひとつだけに絞ることにしました。それが……これです」


 ゆっくりと刀が持ち上げられ、上段構えよりも明確に、これからどう動くのかを宣言するような構えを取った。

 ソウク=タジマを殺した日から15年、ショーザンが奥義と定め、研鑽を重ね続けた技。

 袈裟斬りの構えである。


「――――――――――!」


 瞬間、ケインの目に広がった光景。

 それはショーザンの袈裟斬りによって左肩から右側の腰にかけ、一直線に切断されるケイン自身の姿だった。

 それを見たのはケインだけではない。

 ゴアも、オーロも、この戦いを見ている全員が、その光景を目の当たりにした。

 ケインとショーザンとの間には、まだ距離がある。

 到底刀が届く間合いではないにもかかわらず、誰もがその光景を見たのだ。

 実際のケインはまだ斬られていないというのに、鮮明に頭にこびりついて離れない。


「な……なんだ今のは……!?夢?幻…?」


「いいや違うぜ、グラブのガキ。今俺たちが見せられたのは、これから起こる未来。あと数秒か、或いは数分か…とにかく、あの人斬りが刀を振り下ろした時に起こる未来そのものだ」


 オーロの顔は笑っているが、その頬には汗が伝っている。


「やっぱり……あんたで良かった、ケインさん……。あんたと目いっぱい()りあい……限界まで追い込まれたおかげで……この技がやっと……やっと……完成した……!!」


 心の底から湧き上がる悦びにショーザンは口を歪ませる。

 ケインはと言うと、頭に刻み込まれているこの不快なビジョンから逃れようとするが、僅かでも体を動かす度に、イメージはより激しく、かつ濃密に、脳髄にまで入り込もうとしてくる。


「タジマ殿が今わの際におっしゃった……極めた者の剣は、構えに入った時から『一撃』を確約する、と。ショーザン=アケチ……あの男、タジマ殿の技をその境地に昇華させたのか……!」


 桃影の言葉に赤影も頷く。


「それも、我々の目にも見える、最早逃れ得ぬ未来として確定させたのだ。これから先、何事が起ころうとも、今なお我々が見えているこの光景は現実のものとなる。剣術というものが生まれてからこれまで、如何なる剣豪であってもその境地にまでは至らなかっただろう……まさに神業……」


「この奥義の名は……『葬駆(ソウク)』。我が師に捧ぐ、唯一にして最高の奥義です」


 ショーザンとケインの距離が徐々に詰まるのを見て、ゴアが静かに目を閉じた。

 ケインの敗北を悟ったのだった。

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