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第42話 一割という勝機の重み

 ギガライコー、もとい崩壊したヨリミツ城の残骸を片付けるのには時間がかかった。

 オーロと、念のために病院へ送られたヨリミツとエーサイ以外の全員で協力してどうにか終わらせたのが、夕方近く。

 その間にヒノデ国の地下に避難していた民衆や建物は全て元に戻され、民衆は長年ぶりの太陽を心ゆくまで楽しんだ。

 中には所有していた土地や山々が更地と化しており、途方に暮れていた人もいたが。

 意外なほどオーロは片付けが終わるまで大人しく、略奪の類もほとんど行わなかった。

 ただ一度だけ、着物屋からサイズに合う中で最も高価な品を奪ってはいたのだが、その代金は赤影の懐から支払われた。


「海賊は奪うものだぜ。金なんか払ってんじゃねえよ」


 オーロはそう文句を言ったが、これ以上事を荒立てたくない赤影は必死の説得の末、どうにかなだめることに成功した。

 片付けが終わった後、一行はギガライコーが吹き飛ばした山の跡地へと移動した。

 ケインとショーザンの戦いを見届けるために。

 それまでの戦いで負った傷や作業の疲れを癒すため、ショーザンはヒョウタンに入っていた『鶴慈湯(カクジトウ)』を半分だけ飲み、ケインへと投げ渡した。

 先に自分から飲むのは、毒ではないことを証明するためでもある。

 最初からそんな疑いを微塵も持たなかったケインだったが、その意図を理解した時、若干苦笑しつつそれを飲んだ。

 その様子を見ていたザクロが、刀を眺めながら待っている父へと問いかける。


「父上、訊いてもよろしいですか?」


「どうぞ」


 つい先ほど殺し合ったばかりの親子に、遺恨は全く見られない。

 互いに元々そういう類の感情が欠落しているためでもあるが、ただ純粋に、ザクロは殺しという一点に特化した素質を持つ父を尊敬していたのだ。

 故に、その父が殺そうとしている相手が、ザクロにとって不足だった。


「あの男、先の戦いで手合わせした限りでは、私にも及ばぬ程度でした。そんな男に拘る理由を知りたいのです。何故私は殺さず、あの男を殺そうとするのかを」


 尋ねられたショーザンの顔は穏やかだった。


「どうしてなのか、上手く説明し辛いんですが……ザクロ、おまえは確かにケインさんより強い。あの人もさっきの戦いの中で成長して強くなったが、それでもまだおまえの方が強いでしょう。けどね……おまえじゃダメなんですよ。おまえとじゃあ、『そこ』にたどり着けないんです。ケインさんとだったら……ケインさんとだったら、たどり着ける気がしましてねぇ」


「『そこ』?どういうことです?」


「人斬り、準備はできてるかよ?」


 親子の会話は、海賊オーロによって打ち切られた。

 若干不服そうにしながらではあったが、ザクロはそれ以上何も言わずに引き下がった。


「ええ、私はいつでも殺しの準備は万端ですよ」


「ケインはよう、強いぜ」


 オーロの視線の先に、入念に体をほぐして戦いに備えるケインの姿があった。


「今はまだまだお前さんの方が上だ。その更に上には俺がいるがな。だがお前さんが思ってるより、多分俺が考えてる以上に、あいつは強ぇ。戦いの中でどんどん成長していきやがる。しかもまだ成長途中ときたもんだ」


「知ってますよ。あの人はちょっと目を離した隙に強くなる。横にいるお仲間さんもそうでしたがね。あの人は特別……私をワクワクさせてくれる」


「いつまでも格上ぶってっと、お前さんの方が喰われちまうぜ。越えられる前に、とっとと喰っておかねえとな」


 オーロはそれだけ告げると、ケインの方へと近づいて行った。

 その背中には目もくれず、赤く輝く刀をただ眺めながら、ショーザンは口元を歪めた。


「……知ってますよ。喰われかねない相手じゃなきゃあ、私が喰う意味がねえ」


 体をほぐし終え、シマシマにバッグを預けたケインの背後にオーロが立つ。


「おいおい、敵に背中晒してどうすんだよケイン」


「……あんたが背中から撃つような人だったら晒したりしないよ」


 振り返ったケインの顔は、闘志に満ち溢れ、たった今からでも戦いを始められると言っているかのようだった。

 闘志に中てられ、一瞬オーロは殺気立ったが、すぐに我に返って笑みを向けた。


「海賊の心得、『決闘の立ち会いは公平に』だ。お前さんにも一言言っておきたくってな」


「何を?」


「わかってるとは思うが、お前さんはまだあの人斬りより断然格下だ。だが、お前さんが持ってて、あいつにはねえ手札(カード)ってのは多い。忘れるなよケイン、勝負ってのは、持ってる手札(カード)の強さと種類で決まるもんだぜ」


「それと……使い方、だな」


 口を開いたゴアにオーロは目を向ける。

 ゴアの正体など知る由もなく、彼の目にはただの生意気な子供にしか映らない。


「おう、ゲロ吐きボウズ。知った風なこと言うじゃねえかよ」


「ゲロ吐きボウズじゃない。魔王ゴアだ」


「お、おいコラ!」


 ゴアの名乗りにオーロは眉をひそめたが、それもすぐに忘れたように元の笑顔に戻った。

 魔王ゴアの復活を信じられる人間は、ましてやゴアがこんな小さな子供の姿になっていると理解できる人間は、そう多くないのだろうとケインは思った。


「んじゃあボウズ。いっちょこのケインお兄ちゃんの戦いぶりを、海賊キャプテン・オーロ様と一緒に見物してようじゃねえか。勝利を祈ろうぜ」


 見た目そのままの子ども扱いで、オーロはゴアと共にシマシマの腹を背もたれにして座り込んだ。

 その隣にはライガとシーノが座っている。

 万が一、ゴアに対してオーロが何かしようとしても、対抗できるように備えて。


「本当は俺がスコットの仇を取りたかったけど、ここはおまえに譲るぜケイン。絶対勝てよ!!」


 ライガは言葉と共に拳を突き出し、ケインはそれに拳を合わせて応える。


「負けないでね。ケインとスコット二人分の仇討ちは流石に荷が重いから」


 続いて冗談を飛ばすシーノとも拳を合わせ、ケインは二人から力を貰ったような気分になった。

 シマシマは首を伸ばして顔を近づけ、何か言いたげだったが、特に何も言わなかった。

 ケインとショーザンの実力を感知しているシマシマにとって、この戦いは不安でしかないのだろう、そう感じたケインは、せめて少しでも安心させてあげたいと、優しくシマシマの頭を撫でた。

 その後、ゴアと向き合う。


「もし俺が負けて、そんで死んじゃったらさ。俺から出る瘴気ってどれくらいおまえの力を戻せるのかな?」


「今のおまえだと、スコットの時ほどは戻らんだろうな。だがおまえのことだ。戦いの中で実力を増し、スコットの時以上の力を戻してくれるだろう。と言っても、それだとあの剣士に殺されるがな」


「へへっ」


「ふふふ」


 笑い合う二人を、オーロは怪訝な顔で見ていた。

 二人は決して負けよう、死のうなどと考えてはいない。

 だが、念のための再確認だった。

 ケインが死ねばゴアも死ぬという、覚悟を確かめ合ったのだ。


「おまえと初めて会った時、おまえはあの剣士にまるで及ばんかった。ほんのわずかな可能性もなかったくらいにな。だが、今なら勝てる。一割くらいの確率でな」


「ああ」


 そう一言だけ言って、ケインは背を向けた。

 ショーザンへと向かって歩くケインを見て、オーロは言う。


「おいおいボウズ、激励にしてはあんまりじゃねえか。たった一割ってお前さん…」


「海賊のくせにみみっちいことを言うのだな。一割もあれば…」


「立派な勝算だ」


 ケインは背中に携えた剣を抜き、ショーザンと向かい合った。

 二人を囲うようにして、シマシマにもたれながら座るオーロたちが、天守五影が、そしてザクロが見ている。

 だが、既に二人にとって、見物人のことなどどうでも良かった。

 相対する敵との決着こそが、二人の中での全てだった。


「始めましょうか、ケインさん」


「ああ」


 ショーザンは刀を右の逆手持ちで構え、深く腰を落とす。

 ケインは剣を左手に構え、右手は魔力を込め、いつでも後退できるように備える。


「では……いきますよ!!!」


 ショーザンが一歩を踏み出すのを、ケインはしっかりと見ていた。

 かつては後ろに回り込まれたことにさえ気づけないほど、絶望的な力の差があった。

 それが、今はこうして動きを捉えることができている。

 あの時ほどに、今の二人の実力に開きはない。

 だが、勝利と言う結果を得なければ、それも意味を成さない。


「『ボンボヤージュ』!!!!!」


 火炎魔法を撃ったケインの胸中には、ショーザンに勝つという思いただそれだけが、熱く、右手から放出された火炎よりも熱く、燃え滾っていた。

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