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第37話 それぞれの夜明けに

「確かにここらでドンパチやってた跡がある……どこ行きやがった?」


 ケインたちが去った後の岩山の上を飛ぶ海賊船が一隻。

 キャプテン・オーロは注意深く辺りを見渡し、争いの元凶を探していた。

 既にケインたちを乗せたドラゴン、シマシマが飛んでいたのは肉眼で確認していたが、彼らと争っていたのがそこに散らばっている死体どもだけだとは思えない。

 必ず集団の頭がいる、もしかしたらあの人斬りもいるかもしれない、そう睨んでいた。

 それでもその頭がどこかへ行ったような形跡は一切なく、現状人の気配もない。

 気が付くと辺りはもう暗くなってしまっていて、ここから西にあるヒノデ国に今から行っても日が沈んでいる時間であることには変わりなかった。


「しゃあねえ、夜はニンジャのホームグラウンドって聞くしな。夜明けまで連中の首は繋げたままにしといてやるか。あのドームも……」


 視界に入っているドームへ激しい視線を送る。

 拳を握る手に自然と力が入っていた。


「日が昇る前には風穴開けてやるぜ」


 その後、オーロは軽い食事をとってから船内で早めに寝ることにした。

 夜明けと共に始まる激戦、その予兆を彼は感じ取っていたのである。




 オーロは気付いていなかったが、彼が見ていた場所の地中深くにある人が歩けるほど大きな空洞、そこに青影やショーザンは潜っていた。

 空洞はヒノデ国まで続いており、それを作った張本人たる黒影を先頭にして、彼らは帰路を急いでいた。

 黒影は事前にショーザンが国を飛び出すのを見越していた赤影の命を受け、専用の探知機で彼の位置を初めから掴んでいたのだった。


「助かったぞ黒影。兵を喪った状態で危うく海賊と戦闘になるところだった」


「HAHAHA。『土遁(ドトン)遁練(トンネル)のジュッツー』、うまくイきマーシたネ」


 爽やかな笑顔を見せる黒影の装束は、土埃で汚れに汚れている。

 ヒノデ国からここまで高速で掘り進んだ苦労の証だったが、そんなことは目を閉じているショーザンの関知するところではなく、不快そうに咳き込みながらぼやいていた。


「こんなとこに避難させなくったって、私だけでも置いてってくれれば海賊さんと遊んでたのにぃ」


 一瞬、ショーザンへ視線を向けた青影だったが、すぐに前へ戻すと指の関節を鳴らした。

 忍者同士にしか聞きわけられない極秘の暗号である。


『ああ言っているように、ショーザンだけは置いていっても良かったのではないか?』


 同様の暗号で黒影も返す。


『土壇場で野合される危険がある。こいつはあくまでヒノデで死んでもらわねば』


 二人はそれきり暗号は出さず、無言でショーザンを連れてヒノデ国へ向かった。

 ショーザンは彼らに対してはなんの思いも抱くことなく、ケインや海賊オーロ、そしてつい先頃剣を交えたあの正体不明の怪物を斬る期待に胸を高鳴らせていた。

 自身が祖国に殺されようとしていることは知らずに。






「で、海賊はこちらに来る心配はないのか、ゼブラ?」


「向こうも気付いてはいるみたいですが、どうも興味そのものがないっぽいですね」


「舐められたものだな。まあ来ぬのなら来ぬで危険が及ばぬということだから、別に良いが」


 ヒノデ国のドームが目と鼻の先に見えている洞窟の中、ケインたちは身を潜めていた。

 情報を整理し、今後どうすべきかをケインとゴア、そしてシマシマは話し合う。

 未だ立ち直れていないライガとシーノは、洞窟の外に見える雨をぼんやりと眺めていた。

 その二人に慰めの言葉をかけられないことに歯がゆさを覚えつつも、ケインはあくまでゴアたちとの話し合いを優先した。

 ショーザン=アケチがヒノデ国に戻っていたという事実、そして海賊オーロも近づいていたという事実、それらに大きな焦りを感じていたのだ。


「奴が戻るというのは確かに予想外だ。だが、それで俺たちが今後の方針を変えることがあってはならん。少なくとも、俺はそう思う」


「……あいつがいる場所に乗り込むのか?さっきはどうにかやり過ごしたけど、全滅の危険が常に付き纏うことになるぞ?」


「それは奴がおってもおらんでも変わらんだろう。あのニンジャが、別に奴を除くヒノデ最強の使い手だったわけでもあるまい。どの道、命を賭けねば、マキシマムサンストーンは取り戻せんのさ」


「そのマキシマムサンストーンのことだけど…」


 ケインは青影が言っていたことを話した。

 究極の兵器、マキシマムサンストーンによって、それが起動できるようになったということを。


「究極の兵器か。なんとも胡散臭い呼び名だな。それに利用されとるわけか」


「それが本当に究極って呼べるほどの代物なんだとしたら、起動させると不味い。なんとかして止めないと、最悪、デュナミクや海賊との戦争になる」


「ふん、もうなるだろ」


 鼻で笑いながら、ゴアは森の方向を指差す。


「そこまで来とるんだろ、海賊オーロが。デュナミクとはまだにしても、海賊との戦争にはもうじきなるぞ。裏を返せば、それが俺たちがマキシマムサンストーンを取り戻す最大最後の好機であるということだ。混乱に乗じて、だがな」


「それは……確かに」


 ケインも納得した様子で、前向きに思考を働かせることができた。

 オーロがヒノデ国に向かっているとシマシマから聞いた時、背筋が凍る想いだったケインだが、実際、マキシマムサンストーンを取り戻しに行くことだけに集中さえすれば、それはむしろチャンスなのだ。


「でも…海賊を利用することになるな」


「そこは言っても仕方あるまい。戦力不足はどうしようもないのだから、利用できるものはきっちり利用………腹減ったな」


「まだ話してる途中なんだけど」


「もう大体固まったし、良いだろ。ゼブラ、食糧出せ」


 言われるまま、シマシマは体内に保存してあった食糧を人数分取り出した。

 中にはゴアのためにサラミ婆さんが用意しておいてくれたライスボールもあり、ゴアは非常に喜んだ。


「あの老婆、俺からの好感度を稼いでどういうつもりなのだろうな?」


「そんなんじゃないだろ…」


 ケインは食糧を均等に切り分け、ライガとシーノの前にもそれぞれ置いた。

 二人はそれには見向きもせず、ただぼんやりとしたままだった。


「おい、残された戦士よ。そのままで良いからとにかく聞け」


 見かねたゴアが声をかけた。


「俺たちは明日、あのドームをどうにかして、ヒノデ国に突入する。その時おまえらがまだ腑抜けておるようなら、俺たちは躊躇なくおまえらを見捨てて行く。そんなザマでは使い物にならんだろうからな」


 冷淡にそう言葉をぶつけるだけぶつけ、ゴアはライスボールにかぶりついた。

 いたたまれなくなったケインはしばらく二人から視線を外していたが、再度目を向けた時、二人は洞窟から姿を消していた。

 幸い雨は止んでいたが、それでも今いなくなるのはケインにとっては不安でたまらない。

 洞窟の外に飛び出して探しに行こうとするケインを、ゴアは呼び止めた。


「ほっとけ。戻って来ぬなら、あいつらもそれまでだ」


「なんでそんな風に……!」


「あのままではあいつらは『枷』になる。『支え』にはならんからな」


「仲間ってのは!!そんな損得でなるもんじゃないぞ!!」


 突然の怒鳴り声に驚き、ゴアはバランスを崩して倒れた。

 思わぬところで弱さを見せられ、怒鳴った張本人のケインもついゴアを優しく起こしながら続けた。


「あいつらが『支え』を必要とするなら、俺たちがそうならなくちゃいけないんだ。どっちがどうとかじゃない。皆が対等、それが仲間なんじゃないか。仲間のために……」


 そう言いかけた時、脳裏をよぎるスコットの影。

 不意に喪失感に駆られ、胸が締め付けられる。

 自分よりも付き合いの長いライガとシーノの方がずっと辛いだろうとは思ったが、涙を抑えられなかった。


「……俺たちが、俺たちが付き合わせなきゃ、スコットも死なずに済んだかもしれないのに…」


「二度とそれを言うなよ」


 言いながらゴアはケインの腹を殴っていた。

 ゴアなりの全力だったが、ケインには蚊に刺されたほどの衝撃もなく、むしろゴアの手の方がダメージが大きかった。

 自らの手を擦りながら、ゴアは続ける。


「スコットのことを思うのなら、そんなこと二度と言うな。おまえはあいつらのためにも戦おうと心に決めたのだろう?あいつらだって同じだったはずだ。スコットに対してそう思うことは、スコットの決意を侮辱するのと同じことだ。俺たちのためにも戦おうとしたスコットを愚弄したのと同じことだ。おまえがもし死んで、スコットが同じことを言ったら、おまえはどう思う?」


「……ごめん」


「ふん、お互いさま、というやつだな」


 神妙な面持ちでシマシマは聞いていたが、ケインを安心させるために耳打ちした。


「あの二人、遠くには行ってない。洞窟の外で話してるみたいだよ」


「ありがとう、シマシマ」


 とはいえ、ケインがライガたちにしてやれることはない。

 彼らの中で気持ちの整理がつくまでは、何も。


「ドーズの奴は」


 寝転がり、唐突にゴアはそう切り出した。


「ドーズの奴は、俺の前に現れた時、一人だった。どうだったのだろうな?」


「何が?」


「奴にとって、仲間とは何だったのだろうな?『支え』か、『枷』か」


 その問いかけに、ケインは答えることができなかった。

 ゴア自身は答えを持っていた。

 恐らくは『枷』。

 たった一人で現れたということは、つまりはそういうことなのだろう、と。

 仲間とは互いに支え合うもの、それがケインの考え。

 どちらが正しいか、それはゴアにもわからない。

 だが、少なくとも、ドーズは強かった。


「自分より弱い仲間を『枷』って思うのは、寂しいよ」


 ぽつりと呟いたケインに、ゴアは何も言わなかった。


「俺たちは、おまえらの『枷』にはならないぜ、ケイン」


 ケインたちが洞窟の入り口を向くと、ライガとシーノが立っていた。

 自らを奮い立たせ、決意を固めた戦士の目をしていた。

 置かれたままだった食糧にかぶりつきながら、ライガは言う。


「スコットに会う前から、俺たちは親を亡くして、その仇を討つことを考えて生きてきた。仇が一人増えたんなら、それを討つために備えなきゃいけねえ。今よりもっと、強くならなきゃいけねえ」


「一緒にマキシマムサンストーン、取返しに行こう。あのファッション盲目サイコ野郎に、一泡吹かせてやるんだ」


 ライガとシーノは何度もおかわりを要求し、シマシマはその都度応えた。

 彼らが士気を高めているのを見て、ケインもある決意が固まった。


「なあゴア、一つ決めたことがあるんだけど、いいかな?」


「良いぞ」


「まだ何も言ってないんだけど」


「言いたいことはわかっとる。いずれそうせねばならんのだから、それが早まったくらい、なんてことはないだろう」


 ゴアが快諾したケインの決意。

 それはヒノデ国で、ショーザン=アケチと決着をつけることだった。

 ライガとシーノには悪いと思いつつも、ケインは自分の手でショーザンを討つべきだと、そう考えたのだ。

 ショーザンがヒノデ国に殺されようとしていることも知らずに。






 二時間後、青影たちが帰還したと報告を受け、ヨリミツ=マドカはひとまず安堵した。

 無断で国を出たショーザンについては、一切咎めることなくそのまま放置、それに異論を唱えたのは、海賊襲来に向けて最後の準備を終えたエーサイ=ドマだった。


「何の処罰も与えぬままでは、兵士たちの士気に影響しますぞ?」


「構わん。兵士と言うても、大半は兵法のヘの字も知らぬ機械(カラクリ)の中身。それに士気と言うても、今回戦うのはあくまで究極の兵器と『天守五影』ら僅か数名。そもそもショーザンを罰せられる人間などおらぬ上、あやつはどうせもうじき死ぬ運命にあるのだ。今あやつの罪を咎める理由が見当たらぬな」


「であればよろしいのですが…」


 ヨリミツは機嫌良く酒を飲み干し、ドーム内に輝く人工満月を指差して言った。


「夜明けまではあと八時間はあるな。私も夜明け前までは寝ることにしよう。それまでにドームの北側を完全に開放しておけ」


「……畏まりました」


 城下では『天守五影』が集まり、最後の打ち合わせをしていた。


「青影、おまえ自分で名乗る時、名前言いよるんか?」


「青影だけでは短すぎるからな。お主もそうしたら良いではないか」


「いや、名乗りとか要らんやろ、わしら忍者やねんで?」


「ワターシはナノリしたいデース!」


「棟梁はどう思う?」


「短い方が……格好良いと思っていたのだが…」


「いや棟梁も名乗りはしたいんかい!」


 打ち合わせに全く必要のない議題に頭を悩ませる4人に、桃影はより一層頭を抱えてしまっていた。


「俺はこんな連中の一員になってしまったのか…!」





「いい感じに仕上がってますね、ザクロ」


 見本に忠実に、黙々と鍛錬を続けていた娘に、ショーザンは声をかけた。

 負傷した体は既に治療を受け、元通りになっている。


「もう何時間もしない内に、戦争が始まりますよ。飲みなさい」


 ヒョウタンを渡し、中に入っている水をザクロに飲ませる。

 中身はくすねてきた万能薬『鶴慈湯(カクジトウ)』だ。

 人工生命体とはいえ、肉体は人間そのもの。

 当然疲れるし、回復もする。

 それをショーザンは理解しており、それをザクロは未だ理解していなかった。

 ならば、実感させるのが手っ取り早い。

 肉体の疲労が取れ、氣が充実するのを感じたザクロは、ショーザンに頭を下げた。


「礼はいいから、ちょっとくらい仮眠しときましょうか」


 ショーザンはその場に寝転がると、あっという間に寝息を立て始めた。

 その様子をザクロは不思議そうに眺めていたが、人工満月が消灯したのに気付くと、妙な恐怖心に駆られ、ショーザンの隣にすり寄るようにして眠りについた。

 ドームが少しずつ、頂点から解放されていく。

 ヒノデ国が13年ぶりに日の出を見る時、それは海賊オーロとの戦争の幕開けであることを、これから戦う者たちは誰もが理解していた。

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