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第36話 死を糧に

 スコットの死を受け入れられずただ泣き叫ぶライガとシーノ、動揺するだけのシマシマとクク、そしてスコットを殺したショーザンにケインは目を向けており、青影は脱出する隙を見出すことができた。

 突きつけられた剣を払い除け、丘の上にいるショーザンと並び立つ。

 だが、その表情には驚きの色が露わになっている。


「ショーザン殿が来られるとは聞いておりませんでしたが、一体何用で?」


「あんたが海賊さんたちやデュナミクと遊んでるって聞いたもんですから、私もちょっくら遊ばせてもらおうと思いましてねえ。飛び出てみたはいいものの、どこで遊んでるのかを知らずに出ちまったもんで、ふらふら迷ってたんですよ。したら、間がいいのか悪いのか、あんたらが帰ってくるのと、この人たちが近づいてるのが感じ取れまして。海賊さんたちに会えなかったのは残念ですが、おかげで素晴らしい殺し合いができましたよ」


 目を閉じながら、ショーザンは青く光る刀身を指で優しく撫でる。

 青影は頭巾越しでもわかるほど怪訝そうな顔で尋ねる。


「……この事、ヨリミツ王はご承知なので?」


「知らないんじゃないですかねえ。ナイショで出てきちゃいましたから。今頃は大騒ぎでもしてんですかね」


 一切悪びれる様子もなく言い放つショーザンに、青影はため息をついた。

 だが、青影が今ショーザンを責めることはできない。


「……貴殿が現れねば、拙者は今頃、余計な連中をヒノデに連れ帰らねばならぬところでした。戻った暁には、勝手に国を飛び出た件については擁護につかせていただきましょう」


「そりゃあ良かった。お互い王様に怒られずに済みますね。と、別にそっちはどうだっていいんですがぁ……」


 ショーザンは薄く目を開ける。

 まるでケインたちを値踏みするように。


「一人は論外として、羽生えたトカゲさんも、そこの二人もそれなりにやれそうですが、ケインさん、あんた本当に強くなりましたねぇ。私が思ってた通りの強さに育ってくれましたよ。あの時死なせなくて本当に良かったぁ」


 古いオモチャを遊び尽した子供が、新しいオモチャを見つけた時のような笑顔でショーザンは言う。

 既にスコットのことは頭のどこにもない。

 それを思い出させるかのように、ライガは顔を上げてショーザンを睨む。


「よくも……!!よくもスコットを……!!あんた、俺たちの恩人だと思ってたのに……!!!」


「んー?」


 ショーザンは首をかしげる。

 ライガたちとスコットが仲間であることは容易に想像がついていたが、ライガとシーノに初めて会った時、ショーザンは目を瞑ったままだった。

 あの時助けたグラブの戦士だということに、ショーザンの考えは結びついていなかった。

 その完全にとぼけた反応も、ライガとシーノの怒りを掻き立てた。


「よくもスコットをォォオオオオオ!!!!!」


「やめろライガ!!!!!」


 飛び出そうと踏み込んだライガを、ケインの一喝が止めた。


「シーノも!!今あいつと戦うのは俺が許さない!!!」


 先に釘を刺されたシーノだが、ライガ共々暴発寸前まできている。

 無論、ただの一言で納得して引き下がる彼らではない。


「止めるなよケイン!!!俺たちが今!!ここで!!!スコットの仇を討たねえでどうするんだ!!」


「討てると本気で思ってんのか!?スコットが勝てない奴に、俺たちが今全員でかかって、本当に勝てるのか!?よく考えろ!!!」

 

「私たちが……今やらなくちゃ……!!!」


「あいつと戦うより!!!俺たちが全滅するのを避ける方が大事だろ!!?」


 ライガたちが振り返ると、ケインは下唇を血が出るほど噛みしめていた。

 自分たちが今感じている怒りや悲しみ、それに並ぶほどの怒りを、ケインは必死に堪えている。

 それを理解した時、ライガもシーノも涙をより溢れさせながら、今にも飛び出しそうな己の脚を手で押さえた。


「あーあー、賢いこと言っちゃってまあ。ケインさん、あんたちょっと前までもっと頭の良くない人だったじゃないですかぁ。正直になりましょうよ。私を殺したいでしょう?お仲間さんたちと一緒に、私に向かっていきたいでしょう?」


 もう早く殺し合いたくてたまらない様子で、ショーザンは両手を広げる。

 彼の感情に合わせて、刀もギラギラ光っているようにさえ見えた。

 ケインがこれからどうこの場をやり過ごそうかと考え始めた時だった。


「見つけたぞおめえらぁ!!よくもさっきは兄弟(きょうでえ)たちをやりやがったなぁ!!!」


 森から怒り心頭の男がやって来た。

 さっきまで戦っていた連中の生き残りらしい。

 両腕の大砲をケインたちに向け、鎧を身に纏っている。


天府羅(テンプラ)の威力、思い知らせてやっかんなあ!!!」


「テンプラってのはねえ、中身も肝心なんですよ。尤も、中身が多少ダメでも衣で誤魔化しがきくって意味で名付けたんなら、あの『技術屋さん』も中々な感性してますね」


 ショーザンが言葉と共に、侮蔑の籠った目を向ける。

 男はショーザンのことを知らないのか、砲口をショーザンに向け直して言った。


「なんだおめえ、オラが不味いっちゅうんか?ぶっ殺すぞ?」


 ショーザンの刀が輝く。

 その場でショーザンが斬撃の風圧だけを飛ばしたのだと認識できたのは、ケインとシマシマ、そして隣で見ている青影だけだった。


「おめえから先に吹っ飛ばしてやっ―――――」


 男の首が胴体から零れ落ちる。

 部下を殺され、青影はショーザンに食って掛かる。


「貴殿、流石にこれ以上の粗相は……!」


 しかし、息をするのと同じくらい当たり前のように殺しをやってのけ、それを不服に感じていたのは、他ならぬショーザン自身だった。


「じゃあこれからはちゃんと注意しといてくださいね。私の邪魔をするのなら、私が殺したくなるような力を身につけてからにしろ、ってね」


 青影に緊張が走る。

 ショーザンの口角は上がっていたが、目が全く笑っていない。

 鎧で強くなっているだけで、中身がまるで伴っていない者を殺したことに対する憤りは、先程スコットを殺した悦びを帳消しにしてしまうほどでさえあった。


「さて、口直しといきましょうか。ケインさん、そっちが来ないんなら、こちらから行かせてもらいますよ」


 ショーザンは笑顔を作り、刀をわざと見えるようにゆっくりと振る。

 今にも丘を駆け下りて襲い掛からんばかりだ。

 ケインはというと、この場をやり過ごす算段がついていた。

 ただし、最低限の犠牲を伴うやり方で。

 それを小声でシマシマに伝えた。


「シマシマ、俺がなるだけ時間稼ぐから、その間にククとライガとシーノを連れてできるだけ遠くに逃げろ」


 その言葉に驚き、シマシマも小声で反発する。


「ダメだよケイン!それじゃあ、ケインはどうするんだよ!?」


「俺も、どうにかして生き延びる。とにかく、今はおまえたちだけでも逃げるんだ」


「聞こえてますよぉ」


 口を挟んだショーザンは、機嫌が良くなったのか本心からの笑顔に戻っていた。


「やっぱりそうでなくっちゃあ、ケインさんらしくねえ。そこの人たちが逃げ切るまで、せいぜい頑張ってくださいよ」


 その言葉を皮切りに、ケインとショーザンの戦いが始まる、はずだった。

 ケインの肩にそっと手が置かれる。

 それに目を向けたケインが見たものは、これまで見た誰のものでもない黒い手だった。


「よく言ったぞケイン。だが、おまえの策には三つ欠点がある」


 声と手の主はゴアだった。

 既にククと交代していたらしいが、その肌の色は普段の褐色とは程遠いどす黒いものだ。

 いや、肌だけではない。


「一つ目は、ゼブラが全力で逃げてしまっては、ククが耐えられん。何度も言っておったろうが。切羽詰まってそこまで考えが回らんかったか?」


 髪が一気に足元まで伸び、その直後に体も大きくなっていく。


「二つ目、おまえが死んでしまっては意味がないだろう。おまえこそが俺たちに必要な存在だということを理解しておるか?勇者とは、死にたがりのことではないのだぞ?」


 体の形が整い、すらりと細長い成人男性のような体型に変質を遂げる。

 普通の人間と違いがあるとするならば、そのどす黒い肌と、内に秘める強烈な魔力だ。


「三つ目だ。殿を務めるのなら、おまえよりも適任がおる」


 ゴアの姿は、かつての魔王としてのものに戻っていた。

 シマシマを除いて、誰もがその様子に心底驚き、動きを止める。


「なんですかあんた……一気に成長する子供さんなんて、私は初めて見ましたよ」


 生まれて初めてと言っても良いほどに目を丸くしているショーザンだが、それ以上に驚いているのはケインだった。


「おまえ……その姿、どうして……」


「スコットから瘴気を貰った。外骨格も作りたかったが、贅沢は言っておれん。奴から逃げるためにここで使い果たすぞ。もって2分程度が限界だから、それまでにできる限り遠くに逃げろ」


 既にシマシマはライガとシーノを自分の背に乗せていた。

 ケインも首元を咥えて背中に乗せ、羽ばたく。

 それを止めるべく、ショーザンが動こうとした、その時だった。


「『魔王ダークビーム』!!!!!」


 ゴアの右手から放たれた黒い光線が、ショーザンを襲う。

 刀で斬り払おうとするも、それも虚しくショーザンは光線に飲み込まれて遥か後方へと吹き飛んだ。


「ショーザン殿ォォオオオ!!!」


 青影は一瞬ショーザンの身を案じたが、これでショーザンが死ぬのならばそれはそれで構わないと思い直し、目の前の怪物から逃げることを優先した。

 青影がゴアから離れるのとほぼ同時に、シマシマもケインたちを乗せて飛び立ち、ヒノデ国に向かって全力で飛ぶ。

 逃げろと言われたのだからヒノデ国からはむしろ離れるべきではないかとはシマシマも思ったが、後々になってゴアに、逃げるのはあくまであの場からという意味でだ、と言われては敵わないと思ったが故の行動だった。

 シマシマが自分の思いをくみ取ってその通りに動いたことを確認してから、ゴアは既に見えないほど遠くまで吹き飛んでいるショーザンめがけて追撃を放つ。


「『魔王ツインブラスト』!!!!!」


 両手からそれぞれ放たれた黒い光線が、遠くで着弾して爆炎を上げる。

 魔力の動きを感じ取ったゴアが舌打ちした。


「ちっ、避けられたか」


「何も私が死ぬの確認もせずに逃げることないじゃないですかぁ、青影さん」


 ショーザンは走り出した青影に追いつき、肩に腕を回している。

 服は焼け焦げてボロボロ、自身も傷だらけになっているが、ひとまず命にかかわるような怪我は負っていない。

 青影は苦笑することしかできなかったが、後ろから近づく気配に振り返ると、余計に顔を引きつらせて叫んだ。


「ショーザン殿!!!あれ!!あれ!!!!」


「わぁかってますよ。こりゃあ思ってもみない収穫だ」


 ショーザンは青影を前に突き飛ばし、振り返ってゴアと対峙する。


「『魔王パーディションデスサイズ』!!!!!」


 ゴアの右手から赤黒い大鎌が生み出され、それを両手に持ち、斬りかかる。

 大鎌と刀がぶつかり合い、火花を上げる。

 激しい攻防、両者は一歩も譲らない。


「……ふっ、くくくく……!!」


 攻防の最中、ショーザンは思わず笑い声を漏らす。

 立て続けに強者に巡り会い、それらと殺し合える悦び。

 しかも、限りなく自身に近い、或いはそれ以上の相手と一日に二度も出会うという経験は、滅多にないことだった。

 その悦びは、彼の刀をより高みへと近づけた。


「ふはははははははっ!!!」


「ぬぅっ!!」


 劣勢を悟り、ゴアは上空に逃げる。

 不要になった大鎌を消してから、尖った十本の指を突き出した。


「『魔王ミリオンシューティングスター』!!!!!」


 十本の指からそれぞれ光弾が放たれ、咄嗟にショーザンはそれを避ける。

 さっきまで自分がいた場所に光弾が着弾すると、それは猛烈な爆炎となって吹き上がった。


「逃がさんぞ!!!」


 指からの光弾はなおも放たれ続け、ショーザンを襲う。

 華麗にそれを避け続けながら、ショーザンはゴアが自分から少しずつ距離を置いていっていることに気付いた。


「逃がさんぞ、ですか。逃げてるのはどっちなんでしょうかねえ」


 ショーザンは逆に距離を詰め、光弾の嵐を掻い潜っていく。

 ゴアは光弾の勢いを一層強めながら後方へと下がる。

 攻勢と守勢、一見するとゴアが攻勢でショーザンが守勢に思えるが、実際のところは真逆の攻防であった。

 ゴアの魔力が完全に底を突く直前、ついにショーザンは光弾を完全に見切って跳躍し、ゼロ距離にまで詰め寄った。


「楽しめましたよ。では、さようなら」


 刀がゴアの顔面を捉え、横一線に斬り裂いた。

 顔半分を失ったゴアは、飛ぶ力も失くして紙切れのように地へと舞い降りていく。

 しかし、ショーザンはその手ごたえのなさに違和感を覚え、着地と共にゴアの亡骸を掴む。

 すると、亡骸は炭屑のようにぼそぼそと崩れ落ちてしまった。

 遠くから様子を見ていた青影が、ショーザンに近づいて尋ねる。


「やった……のでしょうか?」


「いやあ、やり過ごされましたね」


 ショーザンは笑顔だが、心のどこかにやりきれない消化不良感を残していた。


「こんな素晴らしい人、どこで拾ってきたんですかねえ、ケインさん」







「『魔王パワーマリオネット』、ドーズにやった時よりも粗末な、魔力だけで作った俺の分身だ。強さしか見んようなあの狂人にはあれで十分」


 ショーザンたちからもうかなり離れた場所にて。

 シマシマの口から這い出てきたゴアがそう言った。

 姿は再び少年に戻り、魔力は欠片も残っていない。


「いつの間にシマシマの中に入ってたんだよ?」


「おまえとゼブラが喋っておる間だ。瘴気を魔力に変換して、元の姿に戻る……のはちょっとまずい気がしたんで、その魔力を囮に使うことを考え付いた」


 シマシマは飛ぶ速度をゴアに合わせて緩めている。

 そよ風に当たりながら、ゴアは久々の戦いの余韻に浸っていた。


「あの剣士、俺の分身に勝ちおったぞ。時間切れいっぱいまでやるつもりだったのだが、その前にやられるとは想定外だった。あれはスコットも勝てぬわけだな」


「おい……」


「なんだ」


 ケインに小突かれ、ゴアは振り向く。

 ライガとシーノは、持ち前の明るさを完全に失い、明後日の方向を向いている。

 スコットを喪った喪失感からは、到底立ち直れそうにない。


「……ふん」


 ゴアもそう鼻を鳴らしたきり、シマシマが安全だと判断した洞窟に着くまで、何も言わなかった。

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