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第35話 雨の死闘、そして惨劇

 ケインと青影、相対する両者だったが、互いに相手の出方を探り、自ら動くことを躊躇っていた。

 ククを己の支えだと息巻いたケインではあったが、実のところ青影やその部下の田舎喋り集団がククを狙ってこないか気が気でなく、常に真後ろに意識を集中させている。

 無論、それはククを枷と断じた青影にとっては当然のことであり、開き直っているのか、ケインもそれを見せびらかしてさえいるようだった。

 むしろここで不自然なのは、ケインに対していまひとつ集中し切れていない青影の方である。

 青影の注意がこちらに向いていないことを察したケインには、その理由に目星が付いていた。


「海賊オーロ」


 ケインのその言葉に、青影は僅かに肩を強張らせる。

 青影の部下たちがオーロの船を狙おうとしていたことを、ケインはしっかり記憶していた。

 待ち伏せか、あるいはオーロから追われているのかは定かではない。

 だがオーロを狙っていたのであれば、確かに自分の相手をしていられる余裕などあるはずがない。

 オーロが近づいているのかもしれないという危機感は己にもあったが、精神的優位に立つためにも、ケインは笑った。


「『枷』をはめられているのは、どうやらそっちみたいだね?」


 青影は本来、この場でケインと戦っている余裕などない。

 ヒノデ国究極の兵器が力の全てを発揮するのは、『天守五影』が全員揃った時。

 仲間を襲撃され、激昂するオーロがヒノデ国に着くより前に、自分がヒノデ国に着かなければならなかった。

 部下たちが空飛ぶ海賊船を狙ったのも、その足止めのためだ。


「……敵を前に心を乱すとは、無礼を詫びよう」


 ため息混じりに青影は言いながら、ケインに集中すべく心を研ぎ澄ませる。

 確かに目の前の敵はオーロとは比較にならない小物。

 それでも、オーロがヒノデ国に着いた時に他の戦力が僅かでも侵入することを避けなければならないのも事実。

 オーロには確実に勝てる算段はついているが、だからこそ他の不確定要素が介入することは絶対に避けなければならないのだ。

 そう思い直した時、自ずと青影の意識はケインだけに向いた。


「では……改めて」


 青影はケインに右手のクナイを飛ばす。

 持ち手が見えないほどの素早さで放たれたクナイは、真っ直ぐにケインの喉を狙うが、それを容易くケインは剣で弾く。


「何!?」


 青影は驚いたが、それは剣に弾かれたクナイに対してではない。

 そのクナイの影に隠して放たれていた、もう一本のクナイが、ケインの手によって止められていた。


「単純なトリックだね」


「見事。炎の怪物を仕留めたほどの使い手、小細工だけで勝てる相手とは思っていないが、こうも容易く止められては認識を改めざるを得んな」


「俺も、ニンジャって派手な術を使うって絵本で読んでたから色々想像してたけど、こういう小技も使うんだね」


 言いながらケインは受け止めた方のクナイをバッグに入れる。


「……さっきの手裏剣もそうだったが、返してはくれぬか?」


「やだよ。石と交換なんてのはどう?」


 軽口で返したケインだが、無論応じてもらえるとは期待していない。

 青影もまた本気で返してもらえるなどとは思っておらず、すぐさま印を結んで氣を練り始める。

 小手調べを止め、全力で仕留めにかかるために。


「雨脚が強まってきたな。派手な術をお望みならば、見せてやろう」


 青影の氣がケインやククを巻き込みながら大きく広がる。


「何を……!」


「雨は拙者の友。友と二人がかりで参らせていただく。ぬぅん!!!」


 青影の気合いと共に、周囲の雨がその場に留まった。

 空中に留まる雨、奇妙な光景にケインもククも目を奪われる。


「『氣界念操(キカイネンソウ)・雨ノ陣』!!!!!」


「すげえ……けど、だから?」


「言ったはずだ。友と二人がかりで参るとな!!」


 突如、ケインの目の前に留まっていた雨粒が数滴、高速で飛来しケインを襲う。

 高速とはいえ雨粒は雨粒、受けても大した影響はないと高を括っていたケインだったが、すぐにその威力を思い知らされた。


「ぐっ!!!」


 雨粒は散弾銃のように容易に皮膚を貫通、ケインの顔面を傷だらけにしてみせた。

 得意げに青影は笑う。


「水の威を知らんか?水は無形、故に速く撃ち出してさえやれば、銃弾より獲物を貫くこともできるのだ。そして、その弾だが……」


「……この周りに浮かんでるの全部が、お前の弾ってわけか…」


「ご明察。お主に逃げ道はない!!」


 今度は先程より多くの雨粒がケインの全身を覆うように飛びかかる。

 ケインは大きく息を吸うと、魔力と共に吐き出した。


「『老婆焼殺砲バババーン』!!!」


 口から吐き出された炎は、雨粒を蹴散らすように蒸発させながら突き進み、青影へと向かう。


「くっ!」


 間一髪でそれを躱した青影は、冷や汗を垂らしながら立ち上がった。


「ちっ、避けられたか。普通の火炎魔法より不意を突けると思ってやったのに」


 火傷した口元を擦りながらケインは言う。

 余裕そうな口振りも、青影を精神的に揺さぶるための策略だ。

 

「……口から炎を吹くとは少々驚かされた。お主こそが炎の怪物ではないのか」


「いや、この技は別にあいつの技じゃないんだけど……」


 冷静を取り繕いながら、青影はケインを観察する。

 少し戦ったに過ぎないが、その間にもケインは終始後ろのククを気にしながら、決してククが傷つかないよう、常に真後ろにククを置いて動いている。

 炎を吐いた時でさえ、両手でククが少しでも炎に近づかないようにする徹底ぶりだ。

 このまま戦っても勝てるかどうか疑わしい相手から、手っ取り早く勝利をもぎ取るための策を弄することにした。


「お主、絵本で忍者は派手な術を使うと読んだ、そう言ってたな?それはあくまでその著者の勝手な偏見というものだが……こうは書かれていなかったか?」


「……ん?」


「忍者とは、卑怯な手段でも平気で用いるものだとな」


 青影はわざとケインに気付かせるように上を指差す。

 大量の雨粒がケインを避け、弧を描いてククに向かっていた。


「危ない!!!」


 ケインは剣を投げ捨てククに覆い被さり、その背に雨粒を受ける。

 背中から血が吹き上がり、苦悶の声をケインは上げた。


「ぐあああああああ!!」


「ケインさん!?ケインさん!!!」


 ククの叫びが虚しく響き渡る。


「雨が降る限り弾は尽きぬ!!『枷』に縛られたまま死んでゆくがいい!!」


 青影の容赦ない攻撃が続く。

 ケインの腕の中で、ククが泣きそうな顔でケインを見つめ、叫ぶ。


「ケインさん!!私のことなんて放っておいて、やっつけちゃってください!!やっつけちゃってくださいよ!!!」


「だ……だれが……!!」


 雨粒が自分を逸れてククに当たってしまわないよう、ケインは身を丸めてよりククを覆うようにする。

 その最中に、青影はケインにとどめを刺すための攻撃を準備していた。

 空中に雨粒を集め、大きな砲弾を作る。

 さすがのケインでもこれは耐えきれないと、青影は勝利を確信した。

 集めた雨粒が青影の顔ほどの大きさに膨れた時、ケインは青影に向かって言った。


「誰が……!!『枷』だって……!?」


「ケインさん!?」


 雨粒の弾丸は未だケインを襲い続けている。

 その中にあっても、ケインはククを見つめるだけで力が湧き出しているような高揚を感じていた。


「やっぱりこの子は俺の『支え』だ……!!青影、お前がどんなことをしてこようが、この子がいるだけで、俺は……!!!」


 ケインとクク、二人を囲うように、ケインの魔力が爆発的に高まる。


「なんだってできる!!!!!」


「大した氣だ!だがそれで雨粒を防ぐことは敵わぬぞ!!ましてや、この大砲は到底な!!!」


 言い終わると、青影は雨の砲弾をケインに放つ。

 ケインの魔力が雨粒から身を防ぐために放出されたものではないということも知らずに。


「『ボンボヤージュ・全身バージョン』!!!!!」


 ケインを覆っていた魔力が炎に変換、雨の弾丸を一掃し、砲弾さえも一飲みに、そのまま青影にぶち当たって吹き飛ばした。

 ケインたちはというと、一部の魔力を炎の防御に回したことで、熱ささえ感じることなく無事にやり過ごしていた。

 青影は森を抜け、岩山に激突した。


「クク!」


「……はいっ!」


 二人は起き上がると、ククはケインの首に腕を回しておぶさり、ケインは剣を拾い上げて走る。

 青影が気が付くより一瞬早く、ケインの剣は青影の喉元に突きつけられていた。


「ふ……不覚!人質を取ってまでして敗北するとは……!」


「バーカ。あんなの人質の内に入らないよ」


 勝ち誇ったケインは、ククと二人顔を合わせてにっこりと笑う。


「お前が雨と二人がかりだったのと同じ。こっちは初めっから二人がかりだったのさ」


「くっ……!」


「さて、殺しやしない。お前にはヒノデ国に案内してもらうからな……」


「ケイン!!」


 後ろから声が聞こえ、青影から注意を逸らさないようにしてケインは返事する。


「ライガ、無事だったか」


「ああ、シーノもな!おまえらこそ無事で良かったぜ!」


「そいつがあの田舎連中のボスね!」


「ああ、ところで、スコットはまだ?」


「ケイン!!!!」


 後ろから今度はシマシマの声が聞こえてきた。

 かなり声が上ずっていることに違和感があったが、ケインは冷静さを失わない。


「シマシマ、おまえも無事だったんだね」


「ケイン、すぐそこまでやばい気配が近づいてる!!すぐここから離れないと!!!」


「やばい気配?」


 その気配の持ち主はこの青影のことではないのか、そう考えた時だった。

 岩山の右にある丘から、三つの塊が降ってきた。

 それが目に入った時、ケインの思考が一瞬止まった。


「え」


 ケインの理性は、なんとか思考を放棄しないよう必死に心を繋ぎ止める。

 なぜ。

 嘘だ。

 信じない。

 ククを、早く。

 どうしてこんな。

 逃げなければ。

 信じたくない。

 早くククを。

 まるで思考が追いつかない。

 稲光が三つの塊を照らし、ライガとシーノが叫んだ時、ようやくケインの思考回路が元の冷静さを取り戻した。


「いやぁぁあああああああああああ!!!!!」


「うわああああああああああああ!!!!!スコットおぉぉおおおおおおおおお!!!!!!」


 丘から降った三つの塊。

 それは、スコットの下半身と、左右に分かたれた上半身であった。

 ケインは丘を見上げ、それを投げた人物の姿を捉えた。


「いやあ、楽しかったですよ。あんなに楽しめたのは本当に久しぶりだ」


 雨より血で全身を濡らしながら、ショーザン=アケチが笑っていた。


「あんたも随分……楽しめそうに育ちましたね、ケインさん?」

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