第34話 襲撃、カラクリ軍団
夕暮れ時でも構わずケイン一行を乗せたシマシマは飛ぶ。
ヒノデ国はダンテドリ島より西に位置するため、太陽を追いかけるようにして飛ぶことになるので、ゴアに合わせた速度でも問題なくシマシマの計算した通り、夜にはたどり着ける。
「この森を抜ければヒノデ国が見えるはずだよ」
森の上空を飛びながら、シマシマは大切なことを思い出した。
「そういやあの国って、ドームで誰も入れないようにしてたんじゃ……」
「えっ、じゃあダメじゃん。どうしよう」
「あー、まあなんとかなるだろ。ヒノデの者が暗号か何かで入るのと同時に忍び込むとか……そういう、アレで」
なんとも無責任なことを言うゴアに、全員がため息をついたが、誰一人代案を出せる者もいなかったので、そのまま飛び続けた。
雨が降ってきて、濡れるのを嫌ったゴアはククと交代した。
「クク、風邪ひいちゃうといけない。これ被ってて」
ケインはバッグから薄いマントを取り出し、ククに被せた。
「ありがとうございます!……え?」
「どうした?」
「いえ、ゴアくんが……『俺にはそんなことせんだろうにな』って……」
「……言っておいて。『当たり前だ』って」
一同が声を上げて笑った、その時だった。
森の中から無数の火の球が飛び、シマシマに激突した。
「いだだだだだだだだだだだだだ!!!??」
痛みで叫びながら、シマシマは必死にケインたちを庇うように身を広げる。
「シマシマ!!大丈夫!?」
「これぐらいじゃあ……」
なんとか堪えて森を抜けようと速度を上げるが、火の球はなおもシマシマを襲う。
「ちょっと無理!降りるよ!!」
あまりの苦痛に涙目でそう言うと、森の中に降りてしまった。
ケインたちがシマシマから降りて辺りを見回すと、辺りには大きくて怪しげな機械を背負った男たちがぞろぞろといた。
「世にも珍しい空飛ぶ海賊船だって聞いてたもんで撃ってみたけんど、マチゲエて世にも珍しい空飛ぶでっけえトカゲ撃っちまったみてえだなあオラたち」
呑気にそんなことを喋っている男たちに、シマシマは当然激怒した。
「トカゲじゃねえよ!!どこの世界に翼の生えたトカゲがいるんだ!!」
「そこじゃねえだろ怒るとこは!!!」
ツッコミつつも、ケインの頭は冷静に男たちの話を思い返していた。
空飛ぶ海賊船、オーロの船を狙ったつもりで撃ったというこの男たち。
一体何の目的があって撃ったのか。
そして男たちは推測しながらまじまじと見てくるケインの観察を気にする様子も、シマシマの怒りを聞き入れた様子もない。
「あー?トカゲの外来種っちゅうんはすんげえんだなあ。言葉まで話してっぞ」
「いやあ兄弟、ありゃあ龍っちゅうやつだぞ。オラ本で読んだことあっからマチゲエねえ。本で見たのはもちっとナゲえやつだったけんどな」
男たちの田舎っぽい喋り方のおかげか、幾分かシマシマは冷静さを取り戻した。
その冷静な思考回路で男たちを観察してから、ケインに耳打ちする。
「変だ。こいつら全然強くない。なのにあんな威力の火の球を撃つなんて、絶対おかしい」
「あれ……のせいかな」
シマシマの耳打ちが聞こえていたライガが男の一人を指差す。
背中の機械から出ている管に繋がれた大砲が、男たちの両腕にそれぞれ着けられている。
ケインたちが見たこともない武器だ。
「あれがよっぽど高度な武器ってことなんじゃないかな。だとしたら、それが全部あいつらに着けられてるってことは……」
「そんな凄い技術がこんな田舎臭い喋り方してる連中の国にあるっての!?ウェルダンシティにだってあんな武器ないよ!」
田舎臭い。
つい口をついて出たシマシマの言葉が、男たちを刺激した。
「おめえ、今田舎臭えっつったか?」
「へ?」
「オラたちのこと、田舎臭えっつったんか?」
男たちが、それぞれの腕に着けられた大砲を向ける。
「おめえにゃ関係ねえだろ、ぶっ殺すぞ?」
その凄みに思わずシマシマは半分ほど縮んだ。
ケインは慌てて男たちをなだめる。
「待って、あんたたち、一旦落ち着いて話をしようよ。俺たちはヒノデ国に行きたいだけの……」
男たちの攻撃が始まったのは、その直後だった。
「そんならなおさら殺さねえとな!!撃てえ!!!!!」
四方向から来る一斉射撃を、わけもわからないままケインとグラブの戦士は気を纏って全て防ぐ。
中心にいるククとシマシマには一切影響はないが、それも数分持ちそうにはなかった。
「ケイン!ここはみんなバラけて戦うしかない!!」
スコットの提案に驚いて振り返りそうになりながら、ケインは正面から来る攻撃を防ぎ続け、声だけを返す。
「戦うって、まだロクに話も……!」
「話し合いできる連中じゃないだろ!!ヒノデ国に行くのを邪魔したいようだしな!!」
「それにしたって、バラけて戦うなんて無茶だよ!」
「纏まって戦っても集中砲火を喰らうだけ、それこそ無茶だ!こいつら一人一人は大して強くはない!俺たち個人個人で撃破していくんだ!!」
ライガとシーノは無言で頷いた。
スコットが一人で戦いたがっているということは、それはつまりスコットが本気で戦うことを意味していることを知っているからだ。
そして、スコットが本気で戦う時、味方がいては却って被害が及ぶということも。
「ここの連中は俺が引き受ける!君たちは合図で逃げるんだ!!」
「スコットは!!その後どうする!?」
「森を抜けた先に大きな岩山があった!!そこで落ち合おう!!俺も後から向かう!!」
そのスコットの言葉を最後に、ケインたちは男たちの攻撃を切り抜けるタイミングを伺い始めた。
「おめえら生身だっちゅうんにすんげえなあ。オラたちじゃあこんなん受けられねえぞ」
男の一人がそんなことを言っている時、それぞれの攻撃の手が緩んだ。
大砲に使われる火の球の源である彼ら自身の魔力が底をつき始めたのだ。
「いけねっ」
攻撃を止めた男たちは代わる代わる薬を飲んで魔力を回復させようとする。
それがケインたちの脱出する隙となった。
「行けぇ!!!」
スコットが叫び、ケインたちは男たちの間を縫うようにして飛んだ。
森の上に出ないのは、狙い撃ちされないためである。
ケインが合図し、シマシマはククを乗せてケインについてきた。
「待てえおめえら!!」
いかにもな台詞を吐きながらケインの目の前に現れた5人の男。
いずれも、ケインもシマシマも一切強さを感じない。
どころか、現れるまでの彼らの足の速さときたら、大きな機械を背負っている分、一般人よりも若干遅いほどだ。
男たちは笑いながら背中の機械にあるスイッチを押した。
「『機械戦充鎧・天府羅』、起動!!!」
掛け声と共に、それぞれの背中の機械が全身に展開、鎧のように装着されていく。
腕に、脚に、胴体に。
最後に頭を覆うように展開すると、男たちはケインめがけて走ってきた。
一歩目が踏み出された時、ケインはやはり大したことはないと軽く見ていた。
が、二歩目の急加速を見て、その鎧による強化がただごとではないと判断、ククを背負って彼らの猛攻を必死に躱した。
「シマシマ!!」
男たちが今度はシマシマに向かうのを危惧してケインは叫んだ。
既に迎撃態勢を取っていたシマシマは、逆にケインに叫ぶ。
「そのまま走って!!こっち振り向かずに!!」
言われた通りに全力で駆けると、後ろからシマシマの大声が聞こえた。
「『ドラゴンスーパーフレイム』!!!!!」
その名の通りに炎が吐き出されたのだろう、ケインはそう思った。
すぐさまシマシマも追いつき、ケインと並行して飛ぶ。
「なんなんだよあいつら!!機械頼りだから死んでも瘴気全然出さないし!!」
「……おまえもゴアと似た技名センスなんだな」
「創魔神様の影響だね、これは……。ってクク様!ご無事ですか!?火傷とかはされてないですか!?」
「は、はい。……ゴアくんが、『俺にはそんな言葉も投げかけんのになあ』って言ってます」
「……ごめんなさいって伝えておいてください」
少ししょげたシマシマが、何かに気付いてはっと顔を起こす。
「やばい、とんでもない気配が近づいてきてる!!これはちょっと……!」
「とんでもない気配!?一体どんな……」
「俺も一緒に飛んでちゃあ向こうに気付かれちゃう!!一旦離れるから、スコットの言った通りの場所で落ち合おう!」
「シマシマさん!!」
離れようとするシマシマをククが引き止める。
「大丈夫です、クク様!もっと縮んで見つからないようにしますから!」
「……ゴアくんが『おまえまたそう言って逃げるつもりじゃああるまいな?』って言ってます」
「……今度は、多分大丈夫です」
苦笑いしながら、シマシマはひとまずケインたちから離れた。
シマシマの言ったとんでもない気配に緊張しつつも、ケインは全力でそのまま走る。
後ろや横から、爆発のような音が響き渡る。
ライガたちもそれぞれ落ち合うと決めた場所に向けて走りながら戦っているのだ。
ケインの目の前に、また鎧を着た男が現れた。
「さっきのトカゲどこ行ったぁ!?」
「トカゲじゃねえって!!」
男が放つ火の球を避け、ケインは蹴りを見舞う。
蹴りは確実に男の顎を捉えたが、男はその場に踏みとどまり、反撃に拳を振る。
それを紙一重で避けると、ケインは今度は男の足を払うように蹴り、男を転ばせた。
起き上がる前にまたケインは駆け出し、なんとか振り切った。
「冗談じゃない!あの変な機械で、別に大したことない奴らがあんな厄介な連中に化けるなんて!!」
ついそんな文句が出てしまう。
背負われているククが、心配そうに声をかける。
「ケインさん、大丈夫ですか?」
「ククのその声がある限りずっと大丈夫だよ。だから……」
その時、右方向から攻撃の気配を感じた。
「くっ!!」
ケインが伏せると、さっきまで自分の顔があった位置に手裏剣が飛んできていた。
木に刺さった手裏剣を引き抜き、念のためにバッグに仕舞うと、ククを下ろし、敵の方へと向いた。
右ではなく、左に。
「なるほど、部下たちでは敵わぬわけだ」
敵が近づき、その姿がはっきりと見えるようになる。
青い装束を着た男、青影だ。
「よくぞ気付いたものだな。右から攻撃がきたのだから、右を向くのが当たり前であろうに」
「別に。相手の魔力で気配を感知しているから、攻撃してきた奴の魔力が右から左に飛んだんで、素直にそっちを向いただけだよ」
「氣で気配を見切るか。拙者もそれができるようになったのは21の時だった。お主、相当な素質の持ち主なのだな」
青影は見覚えのある顔を必死に思い出しながら近づく。
それがケインであることを思い出した時、深く頭を下げた。
頭を下げられた側のケインは、何のことだかわからない。
「面と向かった礼をできていなかったな。あの太陽の宝石のおかげで、究極の兵器を起動させることができるようになった。お主のおかげだ」
「太陽の……宝石?」
すぐにそれがマキシマムサンストーンであることに気付き、ケインは激昂する。
「それじゃあ、お前が盗んだのか!!」
激昂した頭で、青影がヒノデ国の者であることに気付くと同時に、さっきまでの連中もヒノデ国の戦士であることにも気付いた。
そしてこの男、青影から発せられるただならぬ魔力。
背中にはさっきまでの男たちが着けていたような機械はないが、そんなものは全く必要がないのだろうと察せられる。
この男こそが、シマシマの言っていたとんでもない気配なのだと、そう思った。
「海賊について行っていたのだ。あの炎の怪物を打ち倒し、怪物の中にある宝石を奪おうとしていた海賊につけば、必ず盗み出す隙があるはずだとな。先にお主が怪物を倒し、宝石を手に入れていたので驚いたものだが。随分と手間が省けたものだ」
「石を返せ!!あれは俺たちのものだぞ!!」
「できぬ相談だ。返して欲しくば盗んでみせよ、拙者がやったようにな。尤も、到底盗める代物ではないし、お主はここで死ぬのだがな」
青影は両手にそれぞれクナイを持ち、構える。
「恩人は見逃すつもりだったのだが、あの宝石が目当てとあっては捨て置けぬ。悪いが、ヒノデのために死んでくれ」
ケインも背中の剣を抜き、構えた。
「死にはしないさ。ここでお前を倒し、ヒノデ国に案内してもらう!!」
片手でククを近づけ、後ろに隠れさせる。
その所作を青影は笑い、ククを指差した。
「ふん、舐められたものよ。『枷』をはめた状態でこの青影に敵うとでも?」
「『枷』?」
聞き捨てならない言葉を耳にし、ケインの眉が吊り上がる。
「この子は『枷』なんかじゃない。俺の『支え』だ!!!」
「ケインさん…」
後ろのククがどんな顔で聞いているのか、考えてみると少し恥ずかしくなった。
「ならば存分に支えてもらうことだな。『天守五影』が一人、青影ブソン=ヤナギ、参る!!!」
青影の声がこだまする。
その裏でライガたちがどうなっているのか、気にしていられる余裕は、今のケインにはない。




