第33話 進路はヒノデ国
翌朝、ククの中でいち早く目覚めたゴアは交代し、ケインたちを叩き起こしてダンテドリ島に向かう支度をするよう急かした。
寝惚け眼で身支度を整えて店の裏庭に出たケインたちを、既にシマシマとサラミ婆さんが待ち構えていた。
子供たちも起きており、シマシマと挨拶を交わしている。
「シマシマちゃん、どこ行くの?」
「帰ってくるよね?」
「もちろん、皆がいい子にしてくれていれば、俺はまたここに戻るよ」
優しく髭で子供たちを撫でるシマシマを見て、ゴアはため息をつく。
「丸くなったものだなあ、あの竜王ゼブラが…」
「今はあたしの家族、飼いドラゴンのシマシマだからね。それにシマシマ、おまえ月一回は戻って来ないと困るんだよ。おまえの中にあるあたしが仕留めた魔獣たちがまだ残ってんだからね。当面の間は地下倉庫に保存してある分で賄えるけど、定期的に引き出さないとね」
シマシマの頭を軽く叩いてサラミ婆さんは言った。
久々にバッグを肩から下げる感触を味わって目が覚めてきたケインが思った疑問をそのまま口に出す。
「倉庫に……魔獣って腐らないんだな」
「この世の理から外れた存在だからな。早く行くぞ。おまえたちもゼブラに乗れ」
ゴアの指示によってライガとシーノがそれぞれシマシマに掴まる。
ケインはゴアを一番安定するシマシマの首元に跨らせると、自身はスコットと共に浮遊魔法で飛んだ。
「乗らんのか?」
「シマシマに乗った方が楽だけどスピードは大して速くないだろ。おまえに合わせて飛ぶんだから」
「それもそうか」
ライガとシーノもそれぞれの浮遊魔法で飛ぶと、シマシマも羽ばたいて浮上する。
サラミ婆さんや子供たちを振り返り、笑顔を向けてシマシマは言った。
「行ってきます!」
「気を付けるんだよシマシマ!!」
「いってらっしゃーい!」
「元気でねー!」
口々に別れの挨拶を告げる子供たちとサラミ婆さんを名残惜しそうにしながらもシマシマは顔を進路へと向けて飛んだ。
「あの老婆、近所迷惑にならん程度の声量で叫べるのだな」
ゴアと全く同じことを思ったケインは思わず苦笑いした。
ケインが思った通り、ゴアに影響が出ない程度の速度でシマシマは飛んだので、ダンテドリ島への道はかなり時間がかかった。
シーノはその時間を有効活用するために飛行訓練を繰り返し、ライガもそれに付き合った。
疲れたらシマシマに掴まって休憩し、ある程度回復したところでまた再開。
短時間でシーノの浮遊魔法はかなりの精度になっていた。
ケインとスコットはいち早くダンテドリ島に着き、シマシマが追いつくまでの間は組手で時間を潰した。
もちろん、グライバーの葉で瘴気を中和しておくのを忘れない。
ケインはスコットの技をどうにかモノにしておきたかったのだ。
スコットもケインが成長するのは大歓迎で、何度も組手に応じた。
「そうじゃないケイン。戦闘中は常にオーラを纏っておかないと、いざという時にどうしても一歩遅れる。常に微量で、必要な時に爆発だ」
スコットのアドバイスを真摯に受け止め、即座に実行に移す。
オーラは魔力、魔力は相手の魔法を撃ち消す鎧、そして相手の鎧を突き破る矛。
グラブの戦士たちの使い方を学ぶことでより強くなれるとケインは確信していた。
「ケイン、それじゃオーラの出し過ぎだ。常に纏うオーラがそんなに出ていてはすぐにバテる。薄い膜を張る程度でいいんだ。俺のやっているのをもっとよく見てやってみろ」
僅かでもケインの魔力に乱れがあると、その都度スコットは指摘し、修正させる。
体に魔力を纏う技術をつい数日前に覚えたばかりのケインにとってはかなり高難度なことではあったのだが、それでもスコットはケインならばできるはずだという確かな手ごたえがあった。
事実、組手の最中にケインの技量はスコットが期待していた以上の急成長を遂げていた。
教えれば教えた分だけ、学べば学んだ分だけケインは強くなる。
長年自身が行ってきた鍛錬に僅か数時間で追いついてしまいかねないほどの才能に、若干の嫉妬を覚えながらも、スコットは仲間の成長を心から喜び、そして、
「ぬん!!!」
「ぶげぇえあ!!!!」
容赦なく殴り飛ばした。
「やはり凄い成長だなケイン。本気で殴っても死なないくらい肉弾戦も強くなったのだから、魔法を駆使すれば俺と対等に渡り合うのもそう遠くないだろう。次は……」
スコットの話をケインは聞いていなかった。
気絶していたのだから、聞けるはずもなかったのである。
その日の夕方、ゴアたちもダンテドリ島に到着し、早速シマシマはマキシマムサンストーンの在処を調べた。
「どうだゼブラ。あの石が今どこにあるか、掴めそうか?」
「まだ始めたばかりだろ。そんな急かしちゃあ悪いよ」
ゴアをなだめながらも、気絶から目覚めたケインも石の在処を知りたくて逸る気持ちを抑えるので精一杯だった。
しばらくシマシマは塔の頂上でカウダーの魔力の痕跡を咀嚼するようにして感覚を掴んでから、同じ気配のする場所を髭を伸ばして確かめた。
シマシマがゆっくりと目を開けた。
「ヒノデ国だ。マキシマムサンストーンは、今ヒノデ国にある」
その国の名を聞いたケインは体を強張らせ、一方でライガとシーノは少し安堵の表情を見せた。
「ヒノデってことは……あの盲目の剣士もいるかもしれないな。もしかしたら俺たちの仲間になってもらえるかも……」
「ダメだ」
ケインとゴアが同時に言った。
「なんで……!」
食って掛かったライガだが、ケインの表情がいつになく険しいものだったのでそれ以上追及しようとはしなかった。
そのままでは納得できないだろうと、ケインは一応言っておくことにした。
「その剣士、俺も会ったことあるんだよ。でも、そいつがなんで君たちを助けたのか、君たちは知っているのかい?」
「いや……でも、あの人がいなきゃ俺たちは……」
「君たちを殺すために助けたのだとしても、君たちはそいつに恩を感じることができるか?」
ライガとシーノの表情が凍りつく。
ライガから話を聞いた時、ケインは二人を助けた剣士というのがショーザン=アケチであることを確信していた。
ショーザンならば、デュナミクを敵に回してでもグラブの戦士を助けようとするだろう。
殺すために。
それが楽しみなのだから。
「それに、そいつは今は国を追い出された身だって本人が言ってた。俺たちが行っても会うことはないよ」
「先を急ごう。ゼブラ、ここからヒノデまでどのくらいかかる?」
「ゴア様に合わせてさっきのペースで行くなら……夜には着けますかね」
「夜か。忍び込んで盗むには良い時間帯だな。よし、行くぞ」
ゴアはシマシマに乗ろうと掴まり、ずり落ちながら言った。
「盗む?」
「返してくれと頼んで、はいそうですかとくれるはずもあるまい。まともに交渉できる材料もこちらにはないのだから、それが唯一の手段だろう。ヒノデ国がどれほどの力を持っておるかは知らんが、あれの価値を知っておるのは確かだろうしな」
「勇者的には盗むのってどうかと思うんだけど…」
「魔王に協力しといて今更言うな。ほれ、ゼブラに乗せろ」
ゴアは両手を上げ、見た通り子供が大人に抱っこをせがむ万歳の姿勢を取った。
「……乗せて?」
「魔王が可愛く言うなよ。はあ、せめてククだったら嬉しい場面なんだけどな」
「性欲に忠実すぎるのも勇者的にどうなんだ」
ともあれ、一行はヒノデ国に向かって飛んだ。
「………何があったんだ、ヴェルデ」
時を同じくして、デュナミク付近の海岸。
海賊キャプテン・オーロは、バラバラに破壊された海賊船を呆然と眺めながら、その船の持ち主ヴェルデを抱きかかえていた。
船に乗っていた男たちはヴェルデを除いて全滅、ヴェルデも胸を爆撃で抉られ、息も絶え絶えになっている。
「ひ……ヒノデ国だ、船長。ヒノデ国のれ……連中が突然……あいつ…ら、一人……ひと、り……とんでもねえ……強さ、で……」
「船長、もうその辺で、ヴェルデさんを休ませてやって……」
コンリード・バートン号の船員の一人がそう言って止めようとしたが、オーロは追及をやめない。
「それで、そいつらは俺に何かメッセージを残してやしなかったか?おまえたちを潰すのだけが目的なんてこたぁねえだろ?」
「……ひゅー……ひゅー……」
「ヴェルデ、答えろ」
オーロの腕の中で、ヴェルデの血が滴る。
両腕をわなわなと震わせながら、それでも追及を続けていると、ヴェルデは声を振り絞って答えた。
「……そい、つらのひ、一人、が、『オ、オーロ、が、ヒン……ヒノデ、に来ない……限、り、この……虐、殺、は……続く』………と」
「船長!もういい加減にして、ヴェルデさんを治してやってくれよ!!」
ヴェルデの有様に耐え兼ね、ついに船員が口々にそんなことを言い始めた。
オーロはヴェルデを抱えたまま立ち上がると、笑顔を作ってヴェルデに向けた。
「自分の傷を治すのと、人の傷を治すのとじゃあ、必要とする技術が違う。ヴェルデ、俺は自分の傷は治せても、他人のは無理なんだ。悪いな」
「せ……せん……ちょ」
「あばよ」
オーロは海に向かって、ヴェルデを放り投げた。
高々と宙を舞うヴェルデは、綺麗な弧を描いて沖に着水すると、そのまま波に飲み込まれて姿を消した。
「海の男が陸で死んじまったら可哀想だもんな。他の連中の死体も流してやれ」
船員たちは指示通り、船から降りて死体を次々に海に捨てた。
その隙にオーロはコンリード・バートン号に乗り、船を浮上させた。
「船長!!どちらへ!?」
「てめえらはこの近くにいるロッソに連絡を取って、その船で待機してろ!俺が合図したら向かえるようにな!!」
「船長は!?」
コンリード・バートン号は進路を南へ向ける。
オーロの目が目的地を照らすように黄金色に輝いた。
「全面戦争だ。妥協も譲歩も一切ねえ。一匹残らずヒノデ国を滅ぼしてやる!!」