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第32話 ヒノデ国の思惑

 ケインはマキシマムサンストーンという名称そのものは知らなかったが、カウダーの心臓と形容していた宝石のことを指すものだとすぐに察することができた。

 海賊オーロに倒された際、そのまま奪われたものだと思っていたが、ゴアの反応からしてそうではないことも読めた。


「ダンテドリ島に置き忘れたままなのかな…」


「いや、恐らく違う。おまえが倒された後、あの海賊どもはマキシマムサンストーンがないと騒ぎ立てておった。別の誰かが拾ったと考えるべきだろうな」


「……見てないの?」


「おまえがやられたのを見てすぐにクラリが水晶玉を仕舞って、あの元勇者どもを向かわせるために絨毯を取り出しておったからな。見る暇がなかった」


 どこか開き直った言い方をしてからゴアは野菜炒めをかきこんだ。

 カウダーが死んでからずっと泣いていたことを思い出しでもしたのだろうかと考えつつ、ケインも食事を再開した。

 食べながらマキシマムサンストーンに考えを巡らせる。

 オーロは言っていた。

 どう使うのかは知らないが、その石に秘められたパワーがあればなんだってできるだろうと。

 少なくともデュナミクやヒノデに渡してはならない代物だと。

 もしもそのどちらかの勢力の手に渡っていたのだとしたら、とんでもない事態になってしまうことが予想できる。

 だが、だとしても、石の行方を掴むことが果たしてできるだろうか。


「ゼブラ、おまえの感知力があれば、探すことができるはずだろう?」


 既に空になった皿を見せびらかしながらゴアが言った。


「ボーダードラゴンは特定の物や人間を感知する能力に非常に優れておる。その中でもダントツトップに位置するおまえの力を以てして探せぬ品ではあるまい?」


 あえて重圧で押し潰すようにゴアは意地悪く笑みを浮かべて続ける。

 魔王としての復活を果たすまで協力することを誓ったシマシマは、その重圧に耐え得る胆力を備えていた。


「お安い御用ですゴア様。ですが、マキシマムサンストーンは200年以上も見ていなかった物体。一度それがあった場所で痕跡を確認しないことには……」


「次の目的地が決まったな。ダンテドリ島に一度向かい、そこでゼブラが特定したマキシマムサンストーンの在処。それが目的地だ」


 カウンターに置かれていたつまようじで歯を掃除しながらゴアは立ち上がり、店のドアに手をかけた。


「お待ち!!!!!」


 後ろからぶつけられた大声に突き飛ばされるようにして、ドアを勢いよく開きつつ盛大に転んでしまう。

 通行人に見られた気恥ずかしさから、うっかり頭を下げそうになるのを堪えつつ店内に戻ると、声の主、サラミ婆さんに掴みかかった。


「なんだ糞老婆!!魔王を何度も転ばせるのがそんなに楽しいのか!?」


「あんたが魔王の姿を取り戻していたのなら、そりゃあ楽しいだろうさね。どこ行くんだい?」


「話を聞いておらんかったか!?ダンテドリ島に行くと言うとろうが!!」


「それは結構。だけどねあんた、もう夜だよ?一晩泊まってってからでいいじゃないかい」


 よく見るとサラミ婆さんは既に可愛らしいピンク色のパジャマに着替え、ナイトキャップを被っている。


「いつ着替えた老婆……いや違う!善は急げと言うだろ!早く行かんと石を利用されて取り返しのつかんことになるやも……」


「そうは言うけどね、あっちの子たちはもう寝る気満々だよ?」


 グラブの戦士たちもパジャマに身を包んでいる。

 サラミ婆さんの私物と、出て行った子供たちのおさがりだ。


「スコットなんだそれー!ぶっかぶかー!!」


「本当だな。まさかこの年でぶかぶかの服を着ることになると思わなかった…」


「あ!このパジャマ可愛い!ゴアちょっと着てみない!?」


 年相応にはしゃぐライガとシーノ、それに付き合ってまんざらでもなさげな笑みを見せるスコットに毒気を抜かれ、ゴアは肩を落とした。

 頼みの綱のケインも、苦笑いするだけで、どうやら同調して一緒に来てくれる様子もない。

 諦めてシーノの持ってきたパジャマを持ち、ケインに言った。


「これ着てる時にククと代わったら胸元そりゃもうぱっつんぱっつん」


「ぶふぅっ!!!」


 ケインの動揺を見て少しだけ気が晴れたゴアは、ククに代わって眠りについた。

 シーノはククに合うパジャマを選ぼうとしたが、サイズが合うパジャマがなく、仕方なくかなり大きめのサイズを選んであげた。

 サラミ婆さんに目隠し役をやってもらい、着替えを終えたククを見て、ケインは一言感想を漏らした。


「だぼだぼパジャマっていいもんだな」


「おい勇者」


 スコットに小突かれ、ケインは少し赤面した。

 その後一行はゲキウマサラミの2階で布団を借り、眠りについた。

 ケインにとっても久々だが、ライガたちにとっては6年ぶりの布団だった。

 その安らぎはスコットにも快眠をもたらし、朝が来るまで決して目を開けることのない熟睡を約束した。







 ケインたちが布団に入った丁度その時。

 ヒノデ国首都ゼッド、その中央ヨリミツ城に到着した緑影は『天守五影』棟梁赤影と3年ぶりの再会を果たしていた。

 城内を歩きながら彼らは情報を共有し、それぞれで起こった出来事を把握した。


「つまり、デュナミク首都アマビレの古い訛りがたまたまヒノデのモーコと発音や言い回しが酷似していたから自然なアマビレ民を演じられると思ってやってみたら、馴染みすぎて戻らなくなったと、こういうことか?」


「そうでんねん、もうモーコでもこないなコテコテな訛りするやつおれへんっちゅうのに、ホンマかないまへんわ」


「それは……大変だったな」


 どうにも締まらない緑影に、赤影はそうコメントする他なかった。


「せやけど、大変なんはそっちでっしゃろ?まさかわしがおらん間に白影と黄影が死んどるて……あれ?せやったらわしら『天守四影(てんしゅよつかげ)』になりまへんか?」


「一人補充された。究極の兵器が真の力を発揮するには、我ら天守の影はどうしても最低5人は必要だからな」


 大天守まで歩いて行くと、その門の前で氣を全力で放出し続ける男が一人。

 護衛役から『天守五影』に格下げをくらったばかりのサトル=ハチヤだ。


「あの人が補充要員いうことでっか」


「そうだ。新しく加わった桃影だ。仲良くしてやれ」


 彼らに気付いたサトルこと桃影は、氣を放ちながら赤影を睨み付けた。


「……5分は持続するようになったぞ」


「そのようだな。だが本番ではどうなるかわからん。7分は放出し続けられるようにしておけ」


「…最初は3分と言っておっただろう」


「それが最低限だ。拙者らは短くても15分。護衛役だったおまえには辛いだろうが、せいぜい仕上げておくことだ」


 護衛役から天守五影、つまり侍から忍者へ格下げされた途端、赤影の桃影への態度は横柄なものになっていた。

 歯軋りしながらも、桃影はそれに耐えて氣を放出する鍛錬を続けた。


「おっと、紹介がまだだったな。桃影、緑影が戻ってきたぞ。新人なのだから挨拶くらいせねばな」


「……元護衛役、桃影です。どうぞよろしく」


「おう新入り。オカカニギリ買うてこいや」


「貴様ァ!!!」


 逆上する桃影を赤影が咄嗟に抑えた。


「ほら、鍛錬だ。サボるなよ新入り」


「せやで、5分くらいでそないな汗かいとったら使いモンなれへんからな新入り」


「おのれぇ……!」


 怒りに顔を歪ませる桃影を嘲笑いながら緑影は門をくぐり大天守へと入った。

 赤影は小声で緑影を窘める。


「あまりいじめてやるな。あの男もあちこち振り回されて大変な身なのだから」


「実力もあれへんのにイバリ散らしとって鼻もちならんかったんですわあいつ。あれで桃影の後釜っちゅうのも、わしは納得できまへんな」


「それでもあの男を我々は同格の者として任されたのだ。せいぜい役立ててやらねばな」


「役に立てばよろしおますけどな。それはそうと、青影と黒影はどこ行きましたんや?」


「青影は早速重要任務に出ている。黒影は……」


「イマース」


 物陰から音一つ立てず、黒い頭巾の男が現れた。

 赤影と緑影はそれには眉一つ動かさない。

 頭巾の男の正体が見知った男、黒影タケシ=ウツギだったからだ。


「黒影。相変わらず見事な気配断ちやな。忍者の教室があったらそこで先生なれるで」


「お久しブーリでーすネ、マサムネ=オ()ラ」


「ん、んん?」


 妙ちきりんな喋り方に違和感を覚えつつ、緑影は黒影と握手を交わす。


「黒影はついさっき、おまえが戻る直前に帰って来たんだ。潜入工作任務で各地を回り、そこで様々な訛りを経験した結果がそのカタコト喋りだ」


「このカタコト、任務の影響なんでっか!?ふざけとるわけやなしに!?」


「AHAHAHAHAHAHAHAHA!!オ()ラ、そのナマーリ面白いネー!!」


「いや、おまえのがおもろいやろ……後、わしの名前オ()ラな、オ()ラやなしに。てか緑影て呼べや、なに本名言うてくれとんねん」


「AHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!」


「そんなおもろいこと言うてへんで……」


 二人のやり取りに苦笑しつつ赤影は言う。


「拙者はこれからヨリミツ王に会ってくる。大して時間もかからんだろうから、二人はそのまま漫才でもやっておいててくれ」


「オー!マンザーイ!」


「漫才ちゃいますて!!おまえもヒノデ文化に初めて触れたみたいな反応すんなや!しょっちゅう見に行っとったやろ!!」


「AHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!」


「なにがおもろいねんて!!」


 赤影はそんな二人の掛け合いを背に歩き、ため息をつく。


「影のくせにエラく濃くなったな、二人とも…」






 ヨリミツ城大天守の一室に置かれたマキシマムサンストーンを見て、ヒノデの王ヨリミツ=マドカと側近エーサイ=ドマが満足そうに笑っていた。

 究極の兵器を起動させるための最終実験に見事成功し、とうとう実戦起用が可能になったのだ。


「これで世界はヒノデのものとなる…」


「全ての頂点にヨリミツ王が立つ時が来たのですな」


「いやいや、エーサイよ。おまえこそが頂点だ。おまえの手腕あってこそのものだ。これさえあれば……」


「お呼びでしょうか、ヨリミツ王」


 突然気配なく入ってきた赤影に驚きを隠せないでいながらも、ヨリミツは毅然とした態度で応対した。


「おお、赤影よ。おまえに今度の作戦を青影に伝えてもらいたくてな。今その準備を終えたので呼びつけたのだ」


「作戦?」


 赤影は首をかしげた。

 究極の兵器が起動準備を終えたら行われる作戦内容は全て赤影に伝えられていた。

 それに変更があったのだろうか。


「赤影、作戦内容を聞いておった通り申してみよ」


「はっ。青影が率いる二つの部隊で、海賊とデュナミク王国それぞれを攻め、挑発。誘いに乗った両勢力をドームを解放した本国におびき寄せ、究極の兵器及びショーザン殿と人工生命体、そして我ら全戦力で以てこれらを叩く。二つの勢力が野合したとしても個々の強さと地の利から、我らの勝利は揺るぎないものである。これが作戦内容だと把握しておりますが?」


「その通りだ。ショーザンが聞いておる作戦内容はな」


 それを聞き、赤影の表情が凍りつく。

 ショーザン=アケチが知らないことをこれから言う。

 その意味を瞬時に理解したからだ。


「青影が率いておる部隊を一つに統合させ、海賊を攻撃する。ドームを解放し、挑発に乗った海賊を迎え撃つのは同じだ。ただし、ドームの解放部分は北側の半分だけ。海に面しておる南側半分は閉じたままだ。そして迎え撃つのに使う戦力は究極の兵器、そして人工生命体とおまえたち天守五影だけだ。雑兵は陽動部隊にしか使わぬ。デュナミクを残すのだから数は多くあった方が良い」


 ヨリミツがにんまりと笑う。

 使う戦力の中に、ショーザンの名がない。


「ショーザン殿と人工生命体と究極の兵器があれば、海賊やデュナミクに勝てると…」


「それはその両勢力が野合した時の話だ。一方だけが相手ならば、ショーザンがおらずともどうということはない」


「ヨリミツ王、つまりショーザン殿を……」


「……あやつはこの国に悲劇をもたらしすぎた。そして心底まで信用できぬ。もし、戦闘の最中にあやつがその方が面白いからと、向こうに寝返ったら……おまえはそれを絶対にないと言い切れるか?」


 赤影は口をつぐむ。

 もちろん赤影自身、ショーザンのことを信用しているわけではない。

 だが、ショーザンを切り捨てられるのなら、先代桃影や白影と黄影は何故死ななくてはならなかったのか。

 やるせなさから反感を抱かずにはいられなかった。


「どうあってもあやつが助かることのない状況が必要なのだ。あやつはこの国には必要ない。必要ないだけの戦力を有することができたのだ。死なせるために必死に助けさせたおまえたちのことは本当にすまないと思っておる。だが、わかってくれるな?」


 自分の立場と役割を赤影は再認識した。

 王のために生き、王のために死ぬ。

 それだけを思って動くのが天守の影。

 死んでいった同胞への想いさえ、それには邪魔でしかない。


「……御意」


「では青影に伝えよ。攻撃するのは海賊のみ。敵の頭オーロを徹底的に挑発し、本国へ誘い込め、とな」


 赤影の目から光が失せ、青影に連絡すべくその場を立ち去った。

 エーサイは胸中にある危惧の念が消えないでいた。


「あの赤影、人斬りのために動くやもしれませんな?」


「無用な心配だ。天守の影はそのような心境に至る教育は施されておらぬ。元より私に忠誠を誓っておったハチヤもな。あやつらの根底にあるのはこの国への絶対的忠誠心。決して裏切りはせぬさ」


「ならば良いのですが…」


「それより、例の人工生命体『11号』はどうした?もう肉体も完成した頃だろう」


「とうに起動し、人斬りと接触しております。人斬りは『ザクロ』などと名付けたようですが」


「ふん、あの男に命名するなどという情があろうとはな……。いずれにしても、だ」


 ヨリミツは笑った。

 この日一番の欲望に塗れた顔で笑った。


「遅くともショーザンはあと3日の命だ」







「そんじゃあザクロ、もう一度やってみなさい」


「はい父上」


 ヨリミツ城から少し離れた山奥。

 ショーザンが座って見ている前で、ザクロと名付けられた人工生命体11号は刀を持たされ大木を斬っていた。

 ヒノデの侍としてショーザンに与えられた最初の仕事こそ、ザクロを戦闘員として育てることであった。

 斬り倒された大木を見て、ショーザンは言う。


「生まれたばかりにしちゃあ中々じゃないですかね。でもまだまだ私に匹敵しなきゃあおまえが生まれた意味がない。もう一度やりなさい」


「父上、お手本を見せていただけませんか」


 ショーザン譲りの艶やかで長い黒髪をかき上げてザクロは言った。

 父上とは呼んでいるが、実際のところは遺伝子のほとんどが彼のものであるだけで、親子と断定できる間柄ではない。

 それでも父と呼ばれることに、ショーザンは少し戸惑っていた。


「私生児はいくらでもいるんでしょうけど、こうして面と向かって父親と言われるのはなあ…」


「父上、お手本を」


「はいはい、わかりましたよ。よく見ておきなさい」


 ショーザンは立ち上がると愛刀八百輝璃虎を逆手に持ち、まだ無傷の大木を見据える。

 一呼吸置いて振ると、刀は大木をすり抜けるように斜め下に通り抜けた。

 また気だるそうに戻ると、岩の上に座った。


「父上、今斬りましたか?」


「そう思うんなら触ってみなさい」


 言われた通りにザクロは大木に触れてみる。

 指先が触れた瞬間、大木は切断面からずり下がり、大きな音を立てて倒れた。


「お見事」


「でしょ?じゃあ、これくらいできるようになるまで練習しなさい」


「はい、父上」


 ザクロは言われるまま忠実にショーザンの型を思い出しながら刀を振り続ける。

 その内に他の斬り方も己の感覚のままに試し、それをまた繰り返す。

 僅か数分足らずでザクロはショーザンに匹敵し得るほどの剣士になりつつあった。

 ショーザンはザクロの体を見る。

 ほんの一日で肉体が少女から成人まで成長している。

 目覚めるまで強制的に成長させられた彼女の、その寿命は決して長くないだろう。

 人を殺すために生み出され、短期で使い潰されて捨てられ、また新たに作り出される。

 短命であるという欠点が改善されないのなら、それこそ使い捨ての兵器としてでしか生み出す価値もない。

 人工生命体、人間兵器。

 その存在がどれだけ残酷で、命の冒涜であるか。

 きっと彼女は生まれるべきでなかっただろう、ショーザンはそう思った。


「尤も、ちゃんとした人間として生まれたのにただ殺すだけの存在になり果てた私と、どちらが冒涜しているんでしょうかねぇ」


 自嘲気味に笑い、その場から立ち去ろうとする。

 それに気付いたザクロが刀を振りながら声だけを向けた。


「どこへ行くのですか父上?」


「遊びにですよ。まあ、すぐに戻りますから、それまでに私くらい強くなっておくことですね」


 娘にそう告げると、ショーザンは山を駆け下りた。

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