第30話 再会、ウェルダンシティ
クドモステリアを出てしばらく後、あっという間にライガたちと打ち解けたククは眠りについてゴアと交代し、早速ケインはゴアが眠っていた間に起こったことを歩きながら話した。
日没まではあと2時間ほど。
出来れば日が出ている内は浮遊魔法で飛んで移動したかったが、スコット以外にそんな余力がある者はいなかった。
まともな食事にありついていなかったのだから。
「あり得んな」
当然話題にはデュナミク王国の総司令官、ヴァンピロも持ち上がった。
ヴァンピロが氷王ロズなのではないだろうかというケインの推測を、ゴアは一言で否定したのだった。
「おまえ、見てもないのにそんなバッサリ言い切らなくても…」
「いいや、断言できるな。ロズが人間の姿になってデュナミクにつくなど、絶対にあり得ん。ケイン、おまえは氷王ロズを知らんからそんな雑で無責任な推理ができるのだ。バンパパイヤより強い氷結魔法を使っておったからなんだ。確かに人間が氷結魔法を使うのは俺も見たことはないが、それだけでロズだと思うのは浅すぎるだろう」
ケインは少し腹を立てたが、ゴアが頑なに否定する訳も理解していたので、落ち着いた様子で続けた。
「……俺のことを勇者って呼んだ」
「それだけか?デュナミクの兵士なら歴代の勇者を見て、服装の傾向を知っておってもおかしくあるまい?」
「ククのことを見てた。意味深にな」
「それだけか?ククのことはおまえだって見るだろうが。主に性的な目で」
「…『カウダーの奴』って言ってた。カウダーと親しい間柄じゃないと、そんな風に言わないだろ」
「……それだけ、か?ロズに限らずバンパパイヤとカウダーは…仲が悪くてな。例えばバンパパイヤ……カウダーの奴…そんな風に言うのは…その…」
返答がしどろもどろになってきた。
否定する理由を必死になって探しているようでさえあった。
「…奴は、ロズは、あのドーズがやって来た時に、最初に殺されたのだ。殺されはしたが、逃げおったゼブラとクラリとは違って、最期まで俺への忠誠を持ったまま死んだのだ。そんな奴が…それも人間になって、デュナミクの一員になるなど……」
うわごとのようにそう呟いて目の焦点が段々と合わなくなってきたゴアに、ケインはそれ以上詰め寄ろうとはしなかった。
ゴア自身が考えを整理できていないと判断して、纏まるまで待つことにしたのである。
二人の会話が途切れたタイミングを見計らったか、それまで黙って聞いていたスコットが口を開いた。
「氷王ロズ、ようやく思い出した。歴史の教科書に書いてあったな。かつてグラブの英雄たちと激戦を繰り広げたバンパパイヤの長だと。ほんの一文しか書かれていなかったから、すっかり忘れていたよ」
「教科書かー。俺は学校行くような年になる前に国ごと滅んじゃったからな……」
寂しげにライガがそう言ったが、それで気まずい雰囲気になったりはしなかった。
「いや、あんた普通に学校サボって修行漬けだっただけじゃない」
「サボってたんじゃねー行く気がなかっただけだ」
ライガとシーノのやり取りに、ケインは思わず吹き出した。
隣でゴアも笑っていたことに気付き、顔を覗き込んでみると、いつもの尊大で不敵な彼がそこにいた。
「考え、纏まった?」
「まあな。俺なりの考えというやつがとりあえずは出来上がったよ」
「どんな?」
「そのヴァンピロが本当に氷王ロズだったとして、どういう事情があろうとも、おまえが何か遠慮をする必要はないということだ」
ゴアの金色の瞳がどす黒く染まっているのをケインは見逃さなかった。
「殺して良い。デュナミクにいるのなら、ロズであってもロズでなくともただの敵だ」
「……多分今やっても勝てないんだけどな、俺」
「勝て。カウダーに勝った男がロズに勝てないとあっては、カウダーが悲しむからな」
「話、終わった?」
ケインたちの間に割って入ったのはシーノだった。
「ん…一応。どうしたの?」
「ケインさ、私に浮遊魔法のやり方教えてくれない?」
両手を合わせてシーノは頼んだ。
聞けば、ライガとスコットの浮遊魔法のやり方がそれぞれ異なっていて、シーノはその二人のやり方では飛べないらしい。
違うやり方ならばできるかもしれないと、一縷の望みをかけての頼みだった。
「俺も独学なんだよなあ。ドーズ様がやり方載せてくれなかったから…」
ともあれ、頼みを無下にはできない。
この日はウェルダンシティに向かうのを中断して、シーノに浮遊魔法のやり方を教えることにした。
残った魔力を使ってシーノに実践して見せる。
「こう…魔力で全身を持ち上げるイメージで」
「違うな。背中に羽を生やして羽ばたくイメージだ」
「は!?」
横から挟まれたゴアの言葉に、ケインは驚きつつ反論する。
「羽なんか人間にはないから!それおまえらのやり方だろ!全身を持ち上げて、足で安定させるイメージがいいんだよ!」
「ふん。独学のくせに偉そうだな。俺だって本来の姿でも羽なぞ生えておらんが、そのイメージで華麗に飛んだものだぞ。これが正しいやり方なのだ」
「いーや俺のが正しい!実際2年かかったけど飛べたし!」
「2年もかからんわ!正しいやり方を知っておれば秒で飛べるわ!!」
「確かに、秒だな。浮遊魔法はセンスの問題だ。飛べる者はすぐに飛ぶし、飛べない者は一生かかっても飛べない。おまえのやり方は違ったんじゃないか?」
そう言ったスコットの隣でライガも頷いていた。
旅立つまでの2年を否定された気がして傷心気味のケインは、それを誤魔化すように尋ねた。
「…因みに二人はどうやって飛ぶの?」
「でかい上げ底のブーツを履くようなイメージで、地面を蹴飛ばす」
「俺は父ちゃんに上から釣られたみたいに引っ張られるイメージって習った」
この日、ケインは知った。
浮遊魔法は土地柄どころか、それぞれでやり方が全く異なるということ。
そしてその統一性のなさが、出来ない者がいる一因を担っているであろうということを。
結局その後、ケインとゴアのやり方を試したシーノは、ゴアと同じく羽を生やすイメージで浮遊魔法をモノにした。
習得は早かったが、そこからある程度の速度で飛べるようになる頃には辺りは暗くなっており、ケインたちはその場で火を焚いて野宿することにした。
近くに川があり、そこで魚を数匹捕まえて食べたが、腹を満たすにはとても足りない。
食べ終えると、グラブの若い戦士二人はさっさと寝てしまい、ゴアもククと交代して奥へと引っ込んでしまった。
「お腹空きましたね…」
胃袋を共有しているので、ゴアが食べた分はそのままククも食べたのと同じことになるのだが、ゴアが何か食べたと認識できないほど空腹のククを見かね、ケインは夜の川に飛び込んで、体力の続く限り魚を捕まえ続けた。
魚を食べて満足そうに眠りについたククに安心したケインは、寒さに体を震わせながら焚き火で暖をとった。
「大切なんだな」
「え?」
焚き火の向こうで、スコットが優しい目を向けていた。
「君と魔王ゴアの関係を強く結んでいるのは、どうやらその子らしいな」
改めて他人にそう言われると、寒くて紫色になっていたケインの唇に赤みが戻った。
「ククがいなくても多分協力してたと思うけど、なんかこうなると、一人の女の子のために動く勇者って思われそうで、なんか…」
「いや、それでいいと思う。男が命を賭けるのに、それより大切なことなんかない……からな」
スコットは少し俯いてそう言った。
しばらくしてもケインの視線がまだ自分に向いていることに気づくと、また顔を上げて声をかけた。
「眠らないのか?」
「スコットこそ」
「俺は眠るなんてのとは無縁な生活が6年も続いたからな。あれから解放されても、体が覚えちまってる。従順な奴隷になるように調教を受けたあの忌まわしい日々をな。ロクに睡眠をとれなくたって…」
「……戦ったの?」
「ん?」
「命を賭けて、一人の女の子のために」
「ははっ。それが聞きたかったのか」
乾いた笑いが、スコットが持つ悲しみを示していた。
それでも、ケインは尋ねずにいられなかった。
何か悲しみを背負っているのなら、それを少しでも和らげられるのなら、そうすべきだと考えていた。
もしスコットが答えるのを渋るようなら、それ以上は深入りしないつもりだったが、スコットの口元が優しく緩んだのを見て、安心してケインは話を聞けた。
「30歳くらいになるまでは一人で戦ってたんだが、ある時俺のファンだという女の子に声をかけられたんだ。何度も会う内に、その子が大切な人だと思うようになった。親を知らない俺にとっては、最初に愛した人だ。その人のために戦うようになって数年過ぎた頃、その人との間に娘が生まれた。命を賭けられる女が二人になった。二人だからな。二倍頑張って戦えたさ。娘が……君くらいの歳になった頃、デュナミクが来た」
それを聞いた時ケインの顔は強張っていた。
それでも話してくれるスコットのために、彼の目を見ていた。
「ライガと戦う決勝戦の直前、心配をかけないように妻や娘と他愛のない話をしている朝のことだ。目の前が突然火の海になった。妻と娘を守ろうと必死で腕を伸ばしたが、俺の体には火傷一つないのに、腕の中にいた妻と娘は………………すまない」
スコットは目を手で押さえた。
すぐにケインは駆け寄り、背をさすりながら声をかける。
「ごめん、ありがとうスコット。もう……」
「いや、大丈夫だ。……妻と娘はその時死んだ。怒りと悲しみに任せて、俺は火を放った主犯、女王を倒そうと戦った。国中の期待が俺にかかっていることはわかっていたが、そんなことは関係ない。妻と娘の仇をとることだけを考えて戦った。その結果敗北して、今に至るわけなんだがな」
言葉が途切れないよう、涙声になりながらも早口でなんとか言い切った。
スコットは再び手で顔を拭い、ケインの肩に手を置いた。
「君にはククがいる。ライガにはシーノが、シーノにはライガが。誰かのために戦うことの素晴らしさを、あの女王に思い知らせてやって欲しいんだ…」
「スコットにも、もういるじゃん」
「ん…?」
「ライガとシーノがさ」
そう言われ、スコットはライガとシーノの寝顔に目を向ける。
自然と笑みがこぼれていた。
「……この子たちのために戦う……か」
「スコットも思い知らせてやれよ。誰かのために戦う素晴らしさをさ」
「ああ……ありがとう、ケイン」
「仲間だからさ、俺もククのためだけじゃない、こいつらのためにも……スコットのためにも、戦うよ」
二人は無意識のうちに握手を交わしていた。
「俺も、君たちのためにも戦おう」
翌朝、体を休めて回復したケインたちは、早速浮遊魔法でウェルダンシティに向かうことにした。
「それじゃ、ぶっ飛ばして行くわよ!」
「誰のせいで昨日ぶっ飛ばして行けなかったんだよ」
「なによ!」
口論しているライガとシーノを気にせずケインはククをおぶる。
「重くないですかケインさん?」
「ぜーんぜん。羽毛か、でなけりゃシャボン玉だね」
「嬉しそうだな」
呆れたようなスコットの言葉にも耳を貸さずに、ケインは叫んだ。
「よーし!行こうか!!」
「おう!!」
全員が応え、木々をかき分けて一気に雲のほんのすぐ下まで飛び上がった。
その時だった。
「邪ァァア魔だよどきなアアァアアアア!!!!!」
後ろから割れるような大声が響き渡り、驚いて振り返ると、ボーダードラゴンに跨って大柄な老婆が猛烈な勢いで突っ込んできていた。
紙一重でそれを避けるまで、ケインはそれがサラミ婆さんとシマシマだと判断できないほど動揺していたが、はっと気付くとすぐに叫んだ。
「みんな!!そのドラゴンにしがみつけ!!!」
高速で飛ぶシマシマに追いつけるのはスコットだけだった。
スコットは右手でケインの、左手の親指と人差し指でライガの、中指と薬指でシーノの服を器用に摘み、シマシマにしがみついた。
ケインたちもすぐにシマシマの鱗を掴み、どうにか飛行に便乗することができた。
「危ないだろお前たちィィイ!!!当たり屋の次は便乗かアアァい!!!??」
間近でサラミ婆さんの大声を聞いて、ライガとシーノは気絶する寸前。
どうにか踏み止まれたのは、サラミ婆さんがケインに気付いたからだった。
「おや、見慣れない顔4人と一人見た顔だね」
「ケイン!生きてたのか!!」
シマシマが嬉しそうに声をかける。
「お、お久しぶりです、サラミ婆さん、シマシマ。……シマシマ、悪いけど速度落としてくれないかな?ククが苦しそうだ」
「へ?クク?」
素っ頓狂な声で聞き返しながら、シマシマは速度を常人に影響が出ない程度まで落としつつ、ククの顔を覗き込んだ。
「げえっ!!!クク様!!!??」
叫ぶと共に、シマシマの体色が真っ青に染まる。
一方のククは、シマシマのことを覚えていないらしく、
「可愛いドラゴンさんですね」
とだけ答えた。
「可愛いかなあ?」
「可愛いよっ!!……いやいやケイン、そんなことよりさぁ……」
シマシマはまるで縮んだかのように体を丸め、声を潜めてケインに囁いた。
「こらシマシマ、ちゃんとまっすぐ飛びなよ!」
「わかってるよ。ケイン、悪いんだけど、何も言わずにクク様を下ろしてくれないか?」
「は?」
「いや頼むよ、本当。ゴア様と出くわしちまう前にさ……」
「誰に……出くわす前に下ろせ、だと?」
既にククはククではなかった。
出てくるタイミングを伺っていたゴアが、怒気を孕んだ目で笑みを浮かべていた。
「久しぶりだなあ?ゼブラよ」
「ゴっ………ア、様……」
それからシマシマは6人を乗せてウェルダンシティにたどり着くまで、青一色に染まったまま、一言も発することはなかった。