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第27話 剣狂、帰郷

 ケインの故郷、レイブ村を中心に世界を見た場合の最南端に、国を超えるほどの極めて大きな合金のドームがあり、このドームの中に、ヒノデ国は存在する。

 外敵からの襲撃を防ぐ目的で13年前に造られたドームは、デュナミクが領土を広げる以前は世界で最も広大とされていたこの国を完全に覆い、デュナミクやそれより遥か以前から被害を出してきた海賊らから立派に国を守る役割を果たしている。

 国を追放された身であるはずのショーザンが、敵と対面した際にうっかり『ヒノデの』ショーザン=アケチと名乗ることが多いせいで、その報復に敵が頻繁にやって来たことも、ドームが造れらた一因である。

 ドームの内側が暗くならないよう、朝と昼は人工太陽が、夜は人工満月が、それぞれ国を明るく照らす。

 ショーザン=アケチが国を追われてからの15年で、このヒノデ国は急速に技術を発展させてきていた。

 巨大ドームの建設によって、その技術力が他国に流出することも防いでいる。

 カラクリと呼ばれる機械技術が特に発展し、他のどの国も未だに発想さえ至っていない乗用車の開発にも成功した。

 今やヒノデ国は、他国が足元にも及ばぬ技術大国となってその技術の粋を独占していた。

 だが、伝統と文化を重んじる風習により、それらの技術が大衆に向けて発信されることはなく、保有する技術のほとんどは兵器の開発に用いられた。

 そして、開発された兵器と他の技術は全て、中央都市ゼッドの更に中央にそびえ立つヨリミツ城に集約されている。

 このヨリミツ城の大天守、『涅槃の間』と呼ばれる一室に、『天守六影(てんしゅむつかげ)』の赤影と青影、元侍衛衆(じえいしゅう)で現在は王護衛役のサトル=ハチヤとカツヤ=オガタ、そしてそれらに囲まれながら、相変わらず目を閉じたまま、やや不機嫌そうに大きな器に入ったテンプラウドンを食べながら、ショーザンが座っていた。

 無作法に胡坐をかき、着流しを下品にはだけさせ、あまつさえ刀は鞘に入れないどころか畳に突き刺している。

 ショーザンを呆れ顔で見つめるサトルが、ショーザンにあえて聞こえるように赤影に言った。


「城に来て開口一番『テンプラウドンはありますか?』とは……。それにしてもヒノデに着いたのは昨日だと聞いていたのだが、随分と到着が遅れたのだな?土産を買っていたにしては手ぶらなようだが?」


 赤影たち天守六影は、実力こそヒノデ随一だが、忍者は侍の使いだという前提の下、決して地位は高くない。

 護衛役からの小言を捻じ伏せることも許されていないのだ。

 赤影は真摯に頭を下げ、遅れた理由を説明する他になかった。


「申し訳ございませぬ。確かにドームの暗号を解き、ヒノデの入り口をくぐったのが昨日。そこから真っ直ぐ、いの一番にここへ参上仕るのが本来拙者の致すべき事。しかし……」


「しかし、なんだ?」


「……ここにおられるショーザン殿が、ゼッドに着くなり遊郭に…」


 サトルと、隣にいるカツヤもため息を漏らした。

 カツヤ=オガタは、9歳でヨリミツ城を追い出された後のショーザンを引き取った田舎町で剣道場を開いていた館長の息子である。

 ショーザンが16歳で館長を殺し、再び上京するまでの間、3歳年上の兄貴分として寝食を共にした幼馴染である彼は、ショーザンの思考と行動を最も理解できる男でもあった。

 経歴上他の者よりもショーザンへの憎しみは強いはずだが、不自然にも表情は穏やかなものである。

 そんなカツヤにも、同僚のサトルは小言を向ける。


「おまえの予想していた通りだったな。しかしこの男、確か男色だったように記憶しているのだが?」


「いやぁ、それは違うね。単に満たせればなんでもいいってだけで、特に男に拘ってるわけではないよ。でもやたらドカ食いしたり、そっちで欲を満たすってことは、殺しに飢えてるって合図。親父が殺られた時もそうだった。出来れば近寄るのは避けたかったんだけど…」


「そうもいくまい。強者しか殺さぬという拘りを持っているとは聞くが、しかしその拘りが性と同様にぶれることもあり得る。ヨリミツ様が戦闘能力を有しておらずとも、この男が殺しにかからぬとは言い切れぬからな。護衛役たる我々は、城にいる間は一瞬たりともこの男を見逃してはおけぬのだ」


 そんな彼らのやり取りを、ショーザンは一切耳には入れることなく、ただ無心でウドンを啜っていた。

 ツユまで飲み干し、器を置いてほっとひと息ついた。


「やっぱり畳の上で食う飯は格別ですねえ。ところでテンプラウドンなのに海老は入ってないんですか?」


 その場にいる全員が殴りかかるのを必死に堪えた。

 彼を良く知るカツヤが最初に怒りを静め、事情を話した。


「海賊どもの縄張りの主張が激しくなってね。海産物は滅多に食べられる代物じゃなくなったんだよ」


「……あ、その声、カツヤ兄さんでしたか。お久しぶり」


「今気づいたのか!目ぇ閉じてるからだろ!起きてるなら開けろって昔から言ってるよなあ!?」


「いやいや開けてたって面白いものなんて見えやしないでしょう?見ていなくってもわかることだってたくさんありますし……例えば、今近づいている人たちのこととかね」


 誰よりもショーザンを理解しつつも振り回されっぱなしのカツヤは、その言葉に我に返り、同様にショーザン以外の誰もが到着に備える。

 襖が開かれ、護衛総監が顔を出して高らかに声を上げた。


「ヨリミツ王の、御成ぁりぃ~~~っ!」


 それと共にショーザン以外の一同は顔を伏せた。

 全く意に介さないショーザンは指で歯を掃除しながらかつての主人を迎えた。

 ヒノデ国の王ヨリミツ=マドカが、老齢の側近を一人連れて到着した。


「皆、面を上げよ」


 重厚な威厳あるその声に、一同は顔を上げた。

 まだ歯をいじくっているショーザンを睨み付け、ヨリミツは声をかける。


「よくぞ戻って来たな、ショーザン」


「ええ、ここにいる赤影さんにちょっと借りができちまったもんで」


 不貞腐れたように言うショーザンを笑いながら、ヨリミツは今度は赤影に目を向けた。


「白影と黄影を喪ったと聞いたぞ。しかしそれでもショーザンを連れ戻す大役、よくぞ果たしてくれた」


 赤影は僅かに涙を滲ませ、深く頭を下げる。

 今は亡き部下を想い、声が震えた。


「痛み入ります。そう仰っていただき、彼らも報われたことでしょう」


「うむ。しかしこのまま『天守六影』を4人にしておくわけにはいかぬ。『あれ』には5人必要だからな。そこで、だ」


 ヨリミツはサトルの肩にぽんと手を置いた。


「ハチヤ、おまえが今より『天守五影(てんしゅいつつかげ)』となって彼らと行動を共にするのだ」


「え!?私が……いや、しかし…」


 サトルは慌てふためく。

 事実上の降格処分を言い渡されたとあって、その動揺は当然なものであった。

 が、肩に置かれたヨリミツの手に力がこもるのを感じ、それ以上何も言わず、ただ頷いた。


「護衛役のことなら心配要らぬ。例の究極の兵器が起動した暁には、私の身を守るのはその兵器で十分になるのだからな」


 それを聞いた側近の男が誇らしげに頷く。

 兵器という言葉には、ショーザンは引っ掛かるものがあった。


「随分と入れ込んでますねえ、その兵器とやら。たかだか鉄砲やら大砲やらであなたの身が守れるんですかね」


「古いなァ。やはり15年も国におらん人間が兵器と聞いて浮かぶものはその程度か。おまえがおらん間に、ヒノデは進化しておるのだ。ここにおる、エーサイのおかげでな」


 ヨリミツの後ろで、側近エーサイはショーザンが見ていないと知りながらも深々と頭を下げた。

 エーサイ=ドマ。

 この15年でヒノデ国を技術的に発展させた学者である。

 学問のあらゆる分野における第一人者で、頭脳面で彼の右に出る者はヒノデ国には存在しない。

 ソウク=タジマ、ショーザン=アケチの両名を手元から失い、直後に彼を登用したのはヨリミツの手腕の妙である。

 事実、その両名を欠いたヒノデ国は大幅に戦力を落としたが、両名がいた頃以上にまで立て直している、少なくともヒノデ国にいる全員がそれを確信していた。


「エーサイが生み出した技術の数々のおかげで、兵士一人一人の能力は格段に向上した。おまえによって戦力として扱いづらくなっておった者までな。例えば……目を開けて、そこにおるおまえの兄を見るがいい」


「ん?………あれ?」


 渋々目を開けてカツヤを見たショーザンは首をかしげた。

 カツヤの見た目は一般的なものと何も変わらない、ごく普通という言葉以外で表現のしようのないものだった。

 それがまずおかしいことであることを、ショーザンは知っていた。

 カツヤの右腕は、15年前にショーザン自身が斬り落としてしまったはずだったのだから。


「カツヤ兄さん、腕生えました?」


「義手だよ。ドマ先生が開発した、限りなく生身に近い義手だ。おまえに落とされた時の痛みも、継ぎ目さえもわからないくらい、素晴らしく高性能な代物なのさ」


「ほー、それはすごい」


 腕を斬り落とした張本人の能天気な返答に、誰もが困惑の色を隠せずにいた。


「で、便利になったのはいいことでしょうが、それがどうしたんです?」


 答えようとしたヨリミツの前に、突然護衛総監が割って入ってきた。

 護衛総監はじっと殺意の籠った眼差しをショーザンに向ける。

 その目に、ショーザンは見覚えがあった。


「誰ですかあんた?」


 正体を自ら推測しようとする気概は持ち合わせていなかったが。

 護衛総監は武器を一切携帯してはいないが、それでもショーザンに戦闘意欲をかきたてさせる気迫があった。

 実際に戦闘に移る前に、護衛総監が名乗る。


「忘れましたか、ショーザン。29年前、あなたに殺されたコレトモ=アケチの実子、その時はまだ幼児だったサネタカ=アケチ、あなたの弟ですよ」


 そこまで言われてようやくショーザンははっと気が付いた。

 今の今までサネタカの存在すら忘れていたのだ。


「サネタカ……いや、あ、お久しぶり。元気でしたかね」


 ぎこちない挨拶は、サネタカに自分が忘れられていたことを悟らせた。

 ますます殺意に溢れ、声にまでそれを滲ませながらサネタカは続ける。


「あなたは知らないでしょうが、私もオガタのように以前、戦で腕を失いましてね。今、本物そっくりについているこれも義手なんですよ。いいですか、これがなんとですね……」


 言いながら、サネタカは右手首を握る。

 すっぽりと右手が外れ、そこには断面ではなく銃口があった。


「こういう武器にもなるんですよ!!弾ではなく己の『氣』を放つ武器にね!!」


 ショーザンの真後ろで、カツヤも同様に義手の銃口を向けた。

 カツヤの表情に先程までの穏やかさはなく、仇敵を殺さんとする憎しみに溢れていた。

 穏やかな仮面を、この時のために被り続けていたのだ。


「おまえも持ってないだろうが、俺や総監殿に兄弟の情なんてない。あるのは積年の恨みだけだ!!!」


「覚悟しろ人斬り!!!」


 二人の復讐者が叫ぶと、それぞれの銃口から自らの氣、魔力を撃ち出した。

 真後ろからはもちろんそうだったが、正面から迫る氣の塊さえ、ショーザンは見なかった。

 目を閉じて畳から八百輝璃虎を引き抜き逆手に持つと、それらを同時に数百回、刀を輝かせながら斬りつけて霧散させた。

 攻撃が失敗したことに未だ気付いていない兄と弟に一回ずつ刀を振り下ろすと、再度それをまた畳に突き刺してから座った。

 その恐ろしくも美しい所作を、寸分も逃すことなく見届けられたのは、赤影と青影の二人だけだった。

 縦に割れたカツヤとサネタカの死体が涅槃の間に血を巻きちらした時、ヨリミツとエーサイ、そしてサトルは声を上げて激しく動揺した。


「あーあ。血が繋がってないとはいえ、兄と弟を殺しちまいましたよ。母親は生まれた時に、父親二人もぶった斬って、これでめでたく全制覇ですねえ」


 長年ぶりに不快な殺人を犯したショーザンはそう呟くと、エーサイに顔だけ向けた。


「で、この人たちにオモチャ持たせてけしかけて、どうしようってつもりだったんですかい?」


 エーサイはその怒気を孕んだ声に冷静さを取り戻し、咳払いをしてから言った。


「私は彼らに、兵器という強さを与えたに過ぎない。私が殺させたのではない。殺したのは君だ。強者であれば殺さずにはいられない君のその本性がそうさせたのだ」


「強さ?あんなオモチャを持っただけのまがいものを強さと、そう呼びますか?」


「現に君は彼らを殺した」


 たった一言で、エーサイはショーザンの持つ兵器への偏見を屈服させた。

 エーサイの方も、自身が作った大砲付き義手をいとも容易く攻略されたことについては不愉快であった。

 実際のところ、サネタカはともかく、元侍衛衆のカツヤは、義手の有無によって実力がそう変わるものではなかった。

 エーサイが作った装備式の兵器は、未だ忍者以上の力を持つ人間には通用するレベルではなかったのだ。

 その悔しさをぶつけるかの如く、エーサイは続けた。


「その事実が強さの証明でなくて何と言う?それに、兵器が持った人間によって強さを左右されるなどということはあってはならない。君は刀を見事に振るって力を発揮するが、そんな個人的な強さを求める時代はもう終わる。これからの時代は兵器が発達を進めていく。それを握る者の手に、強さなど必要はないのだ」


「そのくらいにしておけ、エーサイよ」


 言葉と共に、腕でエーサイを押しのけながらヨリミツはショーザンの前に改めて出た。


「この男を連れ戻させたのは、おまえが思うこれからの時代を聞かせるためではない。私が築き上げるこれからの時代に、この男を連れて行くためだ」


「ほう?」


 ショーザンの顔がにやつく。

 決してヨリミツの言葉に喜んだわけではない。

 15年前に断られたことも忘れ、また仕えないかと誘うつもりなのかと嘲っているのだ。

 ヨリミツはそれを承知でショーザンの両肩に手を置きながら説得を試みる。


「ショーザンよ。おまえはあの日言ったな。殺しはあくまで趣味だと。仕事で使う高尚なものでないと。だがそれでも構わぬ。おまえという巨大な戦力が、私はどうしても欲しいのだ」


「側近の方…エーサイさん、でしたっけ?彼と随分意見が食い違っているようですね?彼に言わせれば、私のような個人的な力の時代は終わったらしいんですが?」


「その時代はまだ終わってはおらぬ。それにそれはあくまでエーサイの意見だ。私はまだ、個人的な力を必要としておる。先も言ったが、時代はこの私が築き上げていくのだ」


「……それはつまり、内を守るのではなく、外を攻めるということですか?」


 期待を込めてショーザンは問うた。

 ヨリミツが15年前まで何を思っていたのかショーザンに知る由もないが、少なくとも世界の頂点に立つような野心を持っていなかったことだけは確信していた。

 海賊やデュナミクに対して、自ら攻めることはなく、彼らからの襲撃を迎え撃つことしかしてこなかったからである。

 その消極性は、かつてショーザンを退屈させていた。

 退屈はショーザンを国から出す要因の一つでもあった。


「あの頃私は、臆病だった。ソウク=タジマをはじめとする猛者を多数揃えていながら、他国を攻めようという勇気がなかった。何故なら、私個人には力がない。力のない私に牙を向けられる機会が増えることを恐れて、守ることしかできなんだ。力を手に入れる、つい今の今までな」


「力を手に入れた、と?それが、エーサイさんの言う、兵器だと…」


「そうだ。おまえが今しがた殺した二人が持つような兵器ではない。おまえでも敵わぬ海賊オーロや、女王ロレッタに比肩し得る、いや凌駕し得る究極の兵器だ」


 誇らしげにそう語るヨリミツだが、ショーザンは疑念を拭えなかった。

 究極の兵器とやらを実際に見ても体験してもいない今は、どんな言葉も妄想にしか聞こえなかった。


「エーサイがはじき出した計算では、その究極の兵器と、オーロやロレッタに迫る兵器が二つあれば、例えその二勢力が手を組んだとしても勝てると、そう出たのだ」


「その究極の兵器と、二勢力に迫る二つの兵器というのはどこにあるんです?」


「疑いも当然だろうな。ならば教えよう。二つの兵器の内、一つこそがおまえだ」


「は?」


「個人的な力を私が必要とした理由がそれだ。だからおまえがどうしても必要だと言うのだ」


 それを聞いて、ショーザンはますますこのヨリミツの言うことが絵空事に思えた。

 三つの兵器があると言って、その最初の一つが代用で自分だと言われては、誰もがそう思わざるを得ないだろう。

 だが、次にヨリミツが言いながら懐中から取り出した物は、ショーザンの興味をそそらせた。


「究極の兵器、その鍵となるのが……これだ」


「綺麗だ……なんですか、これは?」


 無意識の内に目を開けていた。

 取り出した瞬間から、目を閉じていても輝きと力を感じていた。

 金色に輝く半透明の宝石は、それを初めて見た赤影とサトルも魅了していた。

 既に一度それを見ていた青影とエーサイをも、同様に。


「『太陽の宝石』、外の国では『マキシマムサンストーン』と呼ばれる物だ。確かな力を感じるだろう?これこそが、究極の兵器を起動させる鍵だ」


 鍵としての信憑性は確かなものだとショーザンに思わせるだけの輝きと力が、マキシマムサンストーンにはあった。

 疑いを完全に払拭させられるわけではなかったが。


「で、その究極の兵器……実物は、どこにあるんです?」


 その質問を待ってましたとばかりに、ヨリミツは顎を擦りながら微笑んだ。

 エーサイと顔を見合わせてから、得意げにショーザンに言う。


「おまえがここに来たときから、ずっとあるぞ」


「ええ?」


 珍しくショーザンは辺りを見回すが、その甲斐もなくそれらしいものはどこにも見当たらない。

 その反応もまた、ヨリミツとエーサイには理想的なものだった。


「想像できまい。このヨリミツ城に確かに存在する、この宝石が鍵となって起動する、究極の兵器の正体はな…」


「もったいぶらずに…」


「いいや、信じようとせんかった罰だ。起動の時まで見せるのはお預けにする」


「えー…」


「それよりも、おまえと同等の、オーロやロレッタに迫る兵器についてだ。ついて来い」


 ヨリミツは立ち上がると、エーサイと共に涅槃の間を出ていき、ショーザンもそれに続いた。

 兵器への興味が先程とは打って変わって、夢中と言っても良いほどとなっていた。

 ヨリミツ城の最上階、エーサイが研究室として使っている部屋に、3人は入った。


「風呂……じゃないですよね、これ」


 透明な硝子の箱に、赤く濁った溶液が入っている。

 その中に、裸の少女が浸かっていた。

 少女は目を閉じて動かず、とても生きているようには見えない。

 しかし、ショーザンには死んでいるようにもまた見えなかった。

 恐る恐る箱に触れながら尋ねる。


「これが、もう一つの兵器……というわけですか」


「人間兵器。これはおまえとは違い、人為的に生みだしたものだ。人工生命体というやつだな」


 またも得意げなヨリミツの横で、エーサイは不満そうにしている。

 人工生命体を造ることそのものは彼の野望の一つだったが、それを兵器として運用することは考えていなかったのだ。


「生きてるんですか?」


「生きてはおる。だが、生命活動という意味でだ。まだ起きてはおらん。その段階までは進んでおらんのだ」


「これは、どうやって……つまり、どういう……」


 混乱しつつあるのを抑え切れず、ショーザンはしどろもどろになってしまう。

 想像したこともないものと対面した者として、至極真っ当な反応と言えた。


「人間の遺伝子を複製し、強くなるよう混ぜ合わせたものだ。専門的すぎて私も余り理解はできておらん」


「複製……誰の?」


「ほとんどおまえだ」


「うげえ」


「だから大体の部分で言うならば、兵器と言ってもおまえの娘と言って良い存在だ。起きたら仲良くしてやれ」


 そのヨリミツの言葉の後に、暫しの沈黙が流れた。

 自分の娘として人工生命体を見せつけられたショーザンの胸には、様々な想いが巡り巡っていた。

 ヨリミツはショーザンが落ち着いたのを見計らって、今一度誘いをかけた。


「究極の兵器、このおまえの娘、そして『天守五影』らをはじめとする兵士たち。彼らと共に、ヒノデに天下を取らせてくれ。全ての敵を倒し、今この国を覆うドームを取り払い、ヒノデを真の太陽で照らしてくれ。頼む」


 王ヨリミツは、重罪の浪人に対して頭を下げて嘆願した。

 ようやく気持ちの整理がつき、自分が何者であるかを再確認したショーザンは言った。


「私は剣狂です。殺し合いの中にしか価値を見出せない人間です。そんな私に、全ての敵を倒した後なんてものはありません。それに、誰と殺し合う方が面白いかで行動をコロコロ変えちまうようなロクでもない人間です。だから……」


 ヨリミツが顔を上げた時、彼が初めて見る晴れやかな笑顔のショーザンがいた。


「私が必要なくなった時か、敵が全ていなくなった時、その究極の兵器とやらで私を殺してください」


 ショーザン=アケチが国を飛び出してより15年。

 国内外に甚大な混乱と被害を与え続けた男は、古巣へと舞い戻った。

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