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四十代目勇者ケイン=ズパーシャが最強になるまで  作者: M.P.HOPE
旅立ち 世界の真実と魔王ゴア
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第2話 伝統的旅立ち

 取り決めの儀が終わった翌日。

 ケインやザック、村の長たちやケインの母親の他、大勢の村人が、村にある唯一の出入り口であるゲートに来ていた。

 四十代目の勇者となった、ケインの見送りである。

 ケインの服装は、勇者の正装と呼ぶに相応しい格好であった。

 質素ではあるが、動きやすい上下の服に、村で作られた中でも最高級のブーツ。

 背中に剣を携え、左肩には彼にとって必要なものがいくつも入ったバッグを下げている。

 髪飾りなどでもう少し彩りが欲しいとケインは考えていたが、5年前と10年前に見送った先輩勇者がそんなものは付けていなかったことを思い出し、自重した。

 せめてもの抵抗と言わんばかりに、黒かった髪を思い切って金髪に染めていたが。

 その髪をからかうザックや、ざわつく村人たちをよそに、おほん、と長老が咳払いをした。


「ではケインよ。これを受け取りなさい」


 長老の手の中を見ると、それは緑と白と赤の糸で編まれた組み紐であった。

 恐る恐る受け取りながら、ケインは尋ねた。


「なんですか?この…ミサンガ?」


「これは代々伝わる勇者の証じゃ。緑は健康を、白は清らかな心を、赤は帰還を意味しておる。旅の幸運を祈るための大切な証なのじゃ」


 代々これを付けて行った39人の勇者は誰も帰ってきてないけどな、という台詞が喉から出そうになるのを、ケインは堪えた。

 それを察してか、ザックが二人の間に割って入った。


「ケイン、俺が巻いてやるよ!俺の分の幸運も乗るようにしっかりとな!」


 その言葉に、ケインは少し申し訳ない気持ちになった。

 この兄貴分は本当にケインの勝利を祈ってくれているのに、自分はうっかり皮肉を漏らしそうになっていただなんて、と。


「ああ、頼むよザック」


 苦笑しながらケインはミサンガを渡すと、ザックはにっこりと笑ってそれを受け取った。

 ザックにミサンガを右腕に巻いてもらいながら、ケインは長老や御意見番たちの話を聞いた。


「今更言うまでもないことじゃがの、勇者として旅立つ者には話しておかねばならんことじゃ。伝統としてのう」


「この世界には、わしら人間や、鳥や犬のような生き物とは別の、生き物としての理から外れたものたちがおる」


「人間個人個人では到底及びもつかぬほどの力を持ち、長い寿命と、恐ろしいほどの凶暴性までも持ち合わせるそやつら……」


「遥か昔に突如として現れたそやつらのことを、人は『魔獣』と呼ぶようになった」


「やがて魔獣は大群となって、人々を襲うようになった」


「人々は魔獣を恐れ、逃げ惑ったが、一部の人間は自力で抗う術を身に着けた」


「それが魔術の力。ケイン、おまえさんらが雷や炎を発して操るあの技じゃ」


「魔術を使う者たちは、魔獣に抗いながら、魔獣が何故人々を襲うのか、その理由を突き止めた」


「この世界の果て……海の向こうのその向こう、人間が近づくことすらできぬほどの『瘴気』が立ち込めるその奥に、魔獣たちの住処があったのじゃ」


「その魔獣の住処こそが『魔界』。本来ならば魔獣は魔界の瘴気さえ吸っておれば何も食わずとも過ごせる」


「魔獣たちはそこの『主』の命を受け、縄張りを広げようとしておったのじゃ」


「魔獣たちの『主』……それこそが今なお世界を脅かし続ける恐怖の存在。『魔王ゴア』じゃ」


「魔王ゴアの力は圧倒的じゃった。魔術で対抗しておった者たちも、ゴアの前に悉く敗れ去った」


「逆にゴアの放った魔獣たちは、次々と各地を侵略し続けた。世界の破滅、地上の全てが魔王の縄張りとなるまでもう間もなく、というところまで来ておった」


「そこに、このレイブ村から、一人の『勇者』が立ち上がったのじゃ」


「偉大なる初代勇者『ドーズ=ズパーシャ』様、その人じゃ」


「ドーズ様はその魔力で、まずこの村に強力な『結界』を張ってくださった。魔獣が一切出入りできぬように」


「そして各地で暴れる魔獣たちを、その剣で打ち倒ながら、腕を磨き続けた」


「更には、打ち倒した魔獣の対抗策を、自身の日記に書き記し、己がいない間も凌げるようにと、それを各地に配り広めたのじゃ」


「ドーズ様のご活躍で、地上におった魔獣たちの数は激減し、後は魔王ゴアを倒すのみとなった」


「ドーズ様は、魔界へ向かった。最後の決着をつけるために」


「じゃが……ドーズ様は敗れてしもうた」


「世界は再び、魔王ゴアの恐怖に怯える日々を過ごすことになってしもうた」


「当時のレイブ村の長たちは、ドーズ様の死の報せを聞くと、すぐさま新たな掟を作った」


「それが、今からちょうど200年前に作られた、勇者取り決めの儀の掟じゃ」


「これまでに、ドーズ様を含めて39人もの勇者がこの村から旅立ったが、未だ魔王討伐の悲願は成しておらぬ」


「その40人目の勇者に選ばれたのが、ケイン、おまえさんなのじゃ!」


「………えっ、あ、はい」


 既に長老たちの話はほとんど聞いていなかったケインだったが、とりあえず相槌だけは打った。

 その様子に呆れた様子の長老だったが、表面上はひとまずそれを無視し、話を続ける。


「ケインよ…おまえさんはあのドーズ様の血を受け継ぐズパーシャ家の末裔。誰も未だに成せずにおる魔王討伐という使命、今こそおまえさんが果たすのじゃ!」


「………はい!」


 初代勇者の血を引く、ズパーシャ家の末裔。

 自分がそうだという話は、ケインは散々聞かされてきた。

 だが、そんなことは彼には関係ない。

 彼の中にあるものは、勇者として使命を果たすという、決意だけだった。


「それと……これも受け取りなさい」


 次に長老が渡してきたものは、金貨のたくさん入った巾着袋だった。


「そ、そんな……!5万ジェジェは入ってる!こんなの受け取れ……」


 言いかけて、ケインは長老の目の奥を見た。

 その目の奥にある想いを見た気がした。

 この老人は、いや、ここにいる誰も、自分の勝利を信じていないのだ。

 それとも、あるいは、母やザックは、信じてくれているのだろうか。

 いずれにしても、この金はそういうことだ。

 二度と帰ってくることのない自分への、せめてもの慰め。

 せめて、この金で余生を楽しく過ごしながら死んでいけ、と。

 無理もない。

 200年もの間、誰も成し遂げていないことを、成せる者が現れるなどと、誰がその気になるというのだ。

 成し遂げることはおろか、無事に帰ってきた者さえ、誰一人としていないのだ。

 自分だって、ザックが旅に出たとしたら、きっと信じられないだろう。

 無事に帰ってくるように祈るくらいしか、きっとしないのだろう。

 だから、この老人たちも、のんきに笑いながら見送りに来ている村人たちも、決して悪いわけじゃない。

 悪いわけじゃない、が。

 それならば、と。

 ケインは巾着袋を受け取ると、深く息を吸い込んだ。

 そしてその場で叫んだ。


「絶対生きてまた!!ここに帰ってきてやる!!魔王ゴアの首を持って!!この村に帰ってくる!!!」


 ここにいる全員に対しての、ある種の宣戦布告でもあった。

 長老は少し驚いたような顔をしていたが、そんなことはお構いなしだ。

 それよりも、その言葉を聞いて泣き崩れた母のもとへ、ケインは歩み寄った。

 母を胸に抱き寄せると、優しく声をかけた。


「泣かないでよ、母さん。あなたの自慢の息子が旅立つ、記念すべき日なんだよ」


「でも……!あんたが…!父さんに続いてあんたまで……!母さんは……ああぁぁぁぁ!!」


「心配しないで。今も言っただろ?絶対生きて帰るって。この村で最強の俺が勇者になったんだ。絶対だよ、母さん」


 母は泣き止まない。

 それでも、頭を優しく撫でながら、声をかけ続ける。


「母さん、心配性だからさ、ザックとの試合だって見てなかっただろ?見てたら絶対安心できたのになあ。俺が最強だって。なあザック?ザックなんてホホホイのホイだったよな?」


「いや、大苦戦の末に不意を突いてようやくの紙一重の勝負だったな」


「なんでそこで話合わせてくれないんだよ!!」


 やり取りを聞いていた母が、ぷっ、と吹き出す。

 少しは安心させられただろうか、と思いながら、ケインは腕を放す。


「……ちゃんと、帰ってくるんだよ?」


「おう!ドーズ様が書いた『退魔指南書』に、勇者の証もあるのに、母さんの弁当まで持ったんだ!怖いモンなんか何もないぜ!」


「ふふっ……気を付けてね」


「うん」


 親子は再び、暫しの間抱き合う。

 ようやく離れてから、ケインはザックに向き合った。


「母さんを頼むよ、兄貴」


「任せな。弟分の母ちゃんは俺の母ちゃんでもあるからな、しっかり守ってみせるぜ。旅に出てすぐそこらの魔獣なんぞに食われちまったりしたら、承知しねえからな」


「平気さ。何せこの村で最強の勇者なんだから。あんたこそ、俺が留守の間にうっかり盗賊の侵入なんか許してやられちゃってみろ、真っ先にたたっ斬ってやるから」


 勇者と、その兄貴分は笑う。

 物騒なことを言っているが、互いに心の底から信じ合っているのだ。


「さて、と。そろそろ行きますね、長老」


「うむ……幸運を祈る」


「長老も、俺が帰ってくるまで、ちゃんとお元気でいてくださいね」


 ケインは、上っ面でしかない言葉に対して上っ面で返す、などという狭量では、決してなかった。

 本心から、またこの地に帰ってくることを願い、それまで皆に無事でいて欲しい、と願った。

 ほんの数秒だけ、目を瞑る。

 未練を断ち切るために。

 この先に待ち受ける試練に、覚悟を持って臨むために。


「よし!」


 ケインは目を開けた。

 もう、ゲートの先しか、映っていなかった。

 そこしか映っていないのだから、そこに向かうしかない。

 そう決心して、ケインは進んだ。

 後ろから「頑張れよ!」や「気をつけて!」などの声援が口々に聞こえるが、振り返らなかった。

 ただ、右手を強く握りしめ、そして高く上げ、それに応えた。

「カッコつけやがって」とザックが言った気がしたので、すぐに手を下げ、足を速める。

 倒すべき敵が待ち構えているであろう、外の世界へ。

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