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第25話 グラブ国が滅びた日

 ライガ=ケーチが生まれたのは、今から14年前のグラブ国にて。

 グラブ国王女シーノ=ゴッドリーより2か月遅れの誕生だった。

 総人口およそ3千万人、魔王ゴアが精力的に活動していた200年前であっても平和を保ち続けてきたこの大国には、他国からも恐れられる『グラブの戦士』という屈強な戦士たちがいた。

 他国とは違い、魔力を肉体強化と補助にのみ費やす戦い方を学び、己が五体を最大の武器とし、素手による戦争さえも可能とする彼らは、外界の人間にとっては脅威以外の何物でもなかったのだ。

 空飛ぶ海賊オーロの襲撃さえ、ものともせず追い返してみせるほどの彼らが、野心を持たず外界への侵略を試みることがなかったのは、ひとえに内々での闘争が理由であった。

 それも、武道大会という極めて平和的な闘争である。

 年に一度開かれる武道大会は、戦士たちにとって最も重要な催しだった。

 グラブにおいて、武道大会での成績は、そのまま権力に直結するものであったからだ。

 大会優勝者には王家に次ぐほどの財と権力を与えられるとあっては、戦士たちの熱意が外ではなくこちらに向いても仕方のないことと言えるだろう。


 ライガもまた、武道大会の優勝を目指す戦士として鍛え続ける少年だった。

 4歳で初出場にして35歳の大人を倒して一回戦突破、5歳で早くもベスト32に名を連ねた。

 王女シーノと同い年、しかも天才と称されていたシーノよりも好成績を収めたこともあって、ライガは多くの注目を集め、期待の星と呼ばれるようになった。

 ライガが優勝を目指した理由は二つあった。

 一つは王女シーノの存在。

 年が同じとあってか、ライガは彼女に特別な想いを抱いていた。

 幼子の恋心は、優勝者が得られる権力によって王女と結ばれることを望んだのだ。

 そして、もう一つは、目標としていた戦士の存在。

 尤も、それは決してライガだけに限った話ではなく、国中の戦士たちの目標でもあったのだが。


 30年以上も連続で優勝し続けてきた無敗の男、スコット=ゴーバーがそれである。

 名実ともにグラブ国史上最強の戦士であった彼は、国中の誰もが憧れ、戦士であれば誰もが目標とする英雄だった。

 スコットが平和主義者だったのも、グラブ国が戦乱の世にあっても平和を保っていられた一因だっただろう。

 最強のスコットを目指し、戦士たちは国内だけで鍛え上げ続けたのだから。

 そんな中にあって、他の者と同じく打倒スコットを掲げ、ライガは年々大会での成績を上げていた。

 ライガが8歳の時に行われた武道大会で、ついにライガは決勝戦へと駒を進めた。


 惨劇が起きたのは、その決勝戦当日。


 コロシアムへと向かうライガが目にしたのは、奇妙かつおぞましい光景だった。

 グラブ国全土に、空から何万人という人間が降ってきたのだ。

 良く目を凝らして見ると、その人間たちは意識が定まった様子がなく、ただ誰かにされるがまま落とされたかのように降っていた。

 戦士の一人が、国内での墜落を少しでも防ごうとジャンプし、降って来る人間を殴り飛ばそうとした。

 

 だが、拳が触れた瞬間、その人間は大爆発を起こし、戦士もろとも跡形もなく消し飛んだ。


 ライガが知るのは後の事になるが、これはデュナミクに領土を奪われ、奴隷として捕らえられた各地の民の中から、力が弱く奴隷として大した価値を持たない人間に、体内に秘められた魔力を、強い衝撃を受けた時、瞬時に炎へと変換、一気に炎上させる呪いをかけたものだった。

 僅かしかない魔力を増幅させるために、麻薬漬けにして無理に力を引き出された彼らは、自我というものをほとんど失っていた。

 即ち、この日グラブ国に降った人間たちとは、デュナミクによる非人道的な人間爆弾である。


 それを遥か上空から落としていたのが、デュナミクの数百名の侵略部隊と、当時21歳だった女王ロレッタ=フォルツァート。

 グラブ国の広い土地と、屈強な戦士たちを奴隷として欲した彼女は、自国の兵士が傷つかないようにこのような非常識且つ悪辣な爆撃に打って出たのである。

 兵士たちの力を高めるために作らせた『失敗作』の麻薬と、弱くて使い物にならない奴隷。

 これらを無駄なく処理するための手段でもあった。

 人間爆弾の前に、ライガや他の戦士は成すすべなく他の民と共に逃げ惑い、ほぼ全滅と言っていいほどの死者を出しながら、被害を受けていなかったコロシアムの中へと追いやられた。

 唯一スコットだけは、爆弾を潜り抜け、女王ロレッタに戦いを挑んだ。

 コロシアムに逃げ込んだグラブの民たちは、スコットの勝利を願った。

 スコットが勝ちさえすれば、グラブ国はデュナミクに勝てる、そう信じた。

 その願いは、コロシアム中央に気を失ったスコットが墜落するという形で無残に打ち砕かれた。

 彼らの希望を断つために、あえてロレッタはそこにスコットを落とした。

 ロレッタの狙い通りに戦意を失った彼らを、侵略部隊が取り押さえるのは容易いことだった。


 この時点で、生き残ったグラブ国の国民は僅か2000人余り。

 それでもロレッタが望むだけの土地と、戦士およそ1500人は、デュナミクの手中に収まった。

 捕らえられたグラブの戦士は、眠らされた間に手足に錠と、首輪をつけられた。

 内に秘めたデュナミクへの敵意が表に出た時、首輪は爆発する呪いがかけられているとデュナミクの兵士は説明した。

 それを聞いた途端、ライガたち戦士数十名が飛びかかった。

 首輪の爆発如きでは死なないという自負と、例え死んだとしてもデュナミクを道ずれにするという覚悟を胸に。

 しかし、爆発音は飛び出した戦士たちの首からではなく後ろから聞こえ、その音にライガは振り返り、慟哭した。

 この首輪の呪いは、敵意を向けた者本人に作動するものではなかった。

 この呪いの卑劣な所は、敵意を向けた者の最も大切な人間の首輪が爆発するということにあった。

 最愛の妹が、頭部を丸ごと失った状態でそこに立っていた。

 やがて糸が切れたように倒れたもう妹ではない『それ』を見届けたライガは、デュナミクに敵意を向けることを諦めた。

 凄惨な妹の亡骸は、8歳の彼の心を折るのに十分すぎるものだった。

 諦めていなかったのは、彼の父と母だった。

 娘の仇を討とうと、両親は兵士に襲いかかり、そして兵士に手が届く直前、母の首輪と、ライガの首輪が爆発した。

 ライガは持ち前の強靭さ故に傷を負いつつも生き残ったが、母は戦士ではなく、あくまで普通の人間だった。

 数秒で娘と妻を失った父は、怒りのままに兵士を血祭りに上げ、再び取り押さえられるまで暴れ続けた。

 父の姿に唇を噛みしめつつも、ライガはこれ以上デュナミクに敵意を向けるわけにはいかなかった。

 妹の次に大切な存在だった、シーノを失うわけにはいかなかったからだ。


 かくして、グラブ国の民がデュナミク王国の奴隷として過ごす日々が始まった。

 グラブ国は爆撃に遭ってほぼ全壊したが、コロシアムだけはほぼ無傷で残っていた。

 それを解体することが、奴隷として彼らに与えられた最初の仕事だった。

 最強を目指して戦い続けた舞台を、自らの手で壊す。

 ライガは、コロシアムと共に己の心が壊れていくのを感じていたが、仕事の手を緩めるわけにはいかず、最後までやり通してみせた。

 次に、新しくデュナミクの民が住まうための家と元グラブ国民が収監される監獄を、更地となった元グラブ国の土地に建てさせられた。

 それまでにおよそ600人の元グラブ国民が、首輪の呪いによって死んだ。

 残った元グラブ国民は監獄に閉じ込められ、新しい仕事を与えられるまではそこで暮らすことを強いられた。

 ライガも監獄の中で数日過ごしては引きずり出され、与えられた仕事をこなした。

 主な仕事は、デュナミク王国の敵対勢力の排除。

 好んでいたはずの戦闘が、道具として使われると途端に苦痛に思えた。

 監獄にいる間は、そこでの見張りたちからの虐待によって、彼らのガス抜きに使われた。

 監獄の中でも外でも、ライガが心身共に傷を負わずにいられる時間はなかった。

 無論、他の奴隷たちもである。

 まともな食事にもありつけず、あらゆる痛みを覚えさせられた。

 虐待で元グラブ国民が死んでいく様を何度も何度も目の当たりにした。


 そんな日常が5年も続いた頃、父が死んだことを聞かされた。

 死因は自殺、獄中でデュナミクへの恨みつらみを笑顔で吐き散らした後に、自らの脳を指で突き刺したのだという。

 それを聞いても涙さえ流さないほどに、ライガの心は空虚なものとなっていた。

 シーノがまだ生きているのなら、自分が激憤して彼女に呪いを与えるわけにはいかないと耐えてきたが、もう湧き上がる感情も残っていない。

 自分が生きる理由をも見つけることができなくなっていた。

 衰弱し切った肉体は、8歳だった頃からほとんど成長せず、体力は衰える一方。

 強くあろうと励んできた彼にとって、生への執着が薄らぐ理由には十分すぎるほどだった。

 ましてや、家族はもう誰もおらず、シーノも助かる道などない。

 何より監獄から出されることもなくなり、かつてグラブ国を襲ったのと同じ人間爆弾に変えられる日も近いことを悟っていた。

 次に眠りについたら、もう目を開けることをやめよう、そう考えていた。


 ライガとシーノが地獄から救われたのは、その日だった。

 彼らが収監されていた監獄が、襲撃されたのだ。

 ライガが閉じ込められていた牢の見張りがその襲撃犯に殺され、檻が斬られた。

 ライガの首輪も、手足につけられていた錠も斬り落として、襲撃犯は気だるそうに言った。


「グラブの戦士ってのはぁ、強いと聞いてたんですがねえ。随分弱々しい息をなさる……」


 犯人は盲目なのか目を閉じており、持っている刀は不気味に様々な色で輝きを放っていた。


「早くお行きなさいな。ちゃんと体力をつけてから、もう一度会いましょう」


 そう言い残して襲撃犯が立ち去るのを見送ると、ライガは無我夢中で監獄を駆けた。

 5年間忘れていた活力を取り戻した。

 真っ先にシーノを探し出し、衰弱していることさえ忘れ、彼女を縛る首輪と手足錠を引きちぎり、彼女を庇いながらデュナミクの領土から脱出した。

 この日、脱獄したグラブの戦士は合計18人。

 内16人は脱出の最中に殺された。

 その内3人は、襲撃犯の手によって。

 完全な脱出に成功したのは、ライガとシーノの二人だけだった。

 逃げ出せたことを確信したライガは、シーノが自分よりも遥かに弱りきっていることを知った。

 彼女の顔からは、血の色と感情が失われていた。

 彼女が5年間で受けた痛みを、自信の経験から推測した。


 その後ほぼ1年かけて、ライガは彼女の心を取り戻すために努めた。

 デュナミクの追手が来ないよう、各地を回りながらの旅だった。

 ライガの献身は、シーノを着実に回復に向かわせた。

 徐々に顔に赤みが差してくるシーノを見る度に、ライガの肉体も5年間の遅れを取り戻すかのように急成長を遂げていった。


 こうして、ケインが村を出発する頃には、ライガとシーノは持ち前の明るさと、年相応の肉体をデュナミクから奪い返していた。

 それらを取り戻して、ライガはまだデュナミクから奪い返すべきものがあることに気付いた。

 スコット=ゴーバーのことである。

 脱出してから判明したことだが、スコットは監獄の最下層にある特別房に入れられていた。

 先の襲撃犯がそこまで行けていなかったのだとしたら、スコットは未だにそこに閉じ込められている。

 再びデュナミクへ戻る決心を固めるには二人とも時間がかかったが、ともあれスコット救出へと向かった。

 方法は先の襲撃犯に倣って、正面からの突撃だった。

 彼らにとって幸運だったのは、その襲撃犯が、同時期にデュナミクの首都アマビレに襲撃をかけていたことだった。

 おかげで、彼らが監獄で暴れるのを止められるだけの戦力を、デュナミク側が向けることができなかったため、スコット救出は彼ら自身が驚くほどあっさりと完遂した。

 スコットを救い出した後、彼らはまたデュナミクの領土から離れ、そこで今後についてを話した。

 3人共、やりたいことは一つだった。


 ライガ=ケーチ、シーノ=ゴッドリー、スコット=ゴーバー。


 グラブ国の生き残り、僅か3人の戦士は、この日その誇りにかけて、打倒女王ロレッタを誓った。

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