第24話 グラブの戦士、ライガ=ケーチ
「後でちゃんと治療してやるから、ちょっとぐらい辛坊しろよ!」
言いながらケインは少年に向けて剣を振り下ろす。
肩を少しばかり傷つけて驚かせるつもりだった。
少年がそれを片腕で防ぐ構えを見せたのでケインは躊躇したが、剣の勢いを抑えることはできなかった。
「えっ!?」
「デュナミクさんよ、何をどう辛坊するって?えぇおい!?」
金属音にも似た音を響かせながら、少年の腕は剣を無傷で受け止めていた。
驚きを隠せないケインをよそに少年は剣を振り払うと、強烈な右ストレートを腹部に見舞った。
「ごぉっ!!」
重い一撃に悲鳴を上げながら後方へ飛ばされつつも、ケインは無言のうちに火炎魔法を撃ち出した。
少年はそれを難なく手で振り払い、同じ箇所を再度殴りつけ、その勢いで吹き飛ばした。
ケインが飛ばされた先は半壊した建物で、激突した衝撃で完全に崩れ、ケインはその下敷きにされてしまった。
「おい、生きてるかケイン」
まるで心配する様子のない声色でそう言うゴアを、少年は呆れた様子で見た。
「いやいや、死んだぜあいつ?お前もすぐ同じとこに送ってやるよ」
「死んでないって……!」
言いながら瓦礫を押しのけてケインが這い出てくる。
服は汚れに汚れているが、殴られたのが腹部なこともあってか外傷は特に見られない。
無事なことはわかっていたとでも言うようにゴアはふんと鼻を鳴らし、対して少年はこげ茶色の前髪をかき上げながら驚愕の声を漏らした。
「嘘だろ……デュナミクの連中だったら大抵さっきの二発で内臓全部破裂して死んでるはずなのに……」
一方、瓦礫からようやく抜け出したケインは殴られた腹部を擦っていた。
少年の目論んだような内臓の損傷はなかったが、鈍い痛みがずっと残っており、その不快感が表情に露骨なまでに出ている。
デュナミクの手先と間違えられたことで理不尽に殴られたという苛立ちがふつふつと湧き上がりつつあるのを懸命に堪え、冷静に少年を観察した。
ゴアは戦っていない分、ケインより先に観察しており、少年の正体におおよその見当をつけていた。
少年はケインと同じように動きやすそうな服を着ているが、一切の武器を身に着けている様子はない。
攻撃にも、火炎魔法や剣を防ぐのにも、手だけを使っている。
魔力を攻撃魔法として行使せず、肉体の強化と補助にのみ費やす者たちがいることを、ゴアは知っている。
ショーザンのような武器も持たず、しかし無類の強さを振るう者たちの名を、ゴアは知っている。
「成程、グラブの戦士か」
「おう、お前らに潰されたグラブの戦士だよ」
嫌悪感を示しながら少年は返答する。
グラブという国はケインも聞き覚えがあった。
デュナミクの東側に隣接する大国の名で、屈強な戦士が集う国だという、例によって200年前の世界地図を見て教わった情報しか持ち合わせていなかったが。
そして少年が今言った、お前らに潰されたという言葉。
ケインたちをデュナミクの者だと勘違いして殺そうとしていることから察するに、デュナミクは隣国のグラブも滅ぼして自分たちの領土にしてしまったらしい。
早く誤解を解くべきだと考えたケインは、剣を鞘に収めてから両手を広げ、敵意がないことを示しながら言った。
「俺はケイン=ズパーシャ。デュナミク王国とは無関係の勇者だ」
少年は少し意外そうな表情を見せたが、すぐにまた敵意をむき出しにして突っ込んできた。
両方の拳で連打を浴びせる少年に剣を抜く暇も与えられず、ケインは素手でそれを防ぐことで応戦する。
「落ち着けよ!俺たちはデュナミクとは関係ないんだって!」
「嘘つけ!!デュナミク以外でこんな強い奴いるわけねえだろ!!!」
少年はケインの言葉にまるで耳を貸さずに攻撃を続ける。
反撃に転じることなくただ防御するだけのケインだが、少年の攻撃の勢いが先程より衰えていることに気付いた。
少年は本当にケインを倒してしまって良いものかどうか迷っている。
どうにか落ち着かせることができれば説得できるかもしれない、そうケインが思った時だった。
「せりゃあああ!!」
「うぉおお!?」
少年の脇をすり抜けるようにして、彼と同い年ぐらいの少女が同じようにケインを攻撃してきた。
驚きつつも攻撃も防ぐケインをよそに、少女は少年を見て言った。
「あんまり遅いから心配して来てみれば!助太刀するよライガ!」
「お、おう!助かるぜシーノ!」
どことなくぎこちない返事をしながらも、ライガと呼ばれたその少年は、シーノなる少女と共に攻撃を繰り返す。
二人がかりの拳の連打には、ケインも防ぎきる自信が徐々に失われていく。
しかも、シーノが来てからのライガの攻撃ときたら、迷いが吹っ切れたようにまたしても勢いが増してきている。
このままただ攻撃を受けるだけでは本当に殺されかねないと考えたケインは、仕方がないと割り切って反撃に出ることにした。
ライガの脳天に思い切り拳骨を喰らわせるという形で。
「いでぇ!!!」
激痛に怯んだライガはその場でうずくまった。
そんな相方の様子に怒ったシーノが更なる攻勢に出ようとする直前、彼女の脳天にもまた拳骨が振り下ろされた。
「いたぁ!!!」
シーノもまたうずくまり、どうにか二人とも大人しくなった。
安堵したケインの尻を叩いてゴアは言った。
「なるべく傷つけんように戦ったのなら上出来と言ったところかな。ドーズだったら殺しておっただろうし」
「そんな無慈悲な人じゃないだろドーズ様……」
「ふん、どうだかな。そんなことより、まだもう一人おるぞ」
「え?」
ゴアが指差した先に、確かに人影が見えた。
気付かれたことを悟ったらしく近づいてきたそれは、顔に大きな傷をつけた筋骨隆々の大男だった。
今戦ったばかりのライガとシーノなどとは比較にならないほどの強さであろうことは、見るからに想像がつく。
大男の気配に気付いたライガはしゃがんだまま振り返り、笑顔を向けた。
「スコット!……いでええ!!」
ケインに殴られたのと同じ箇所に拳骨を落とされ、ライガは再び悶える。
スコットと呼ばれた大男はライガを殴った拳を擦りながら、ケインとゴアを交互に見た。
「仲間が迷惑をかけたようで申し訳ない」
そしてライガとシーノを立ち上がらせると、二人にも頭を下げさせた。
「謝りなさい」
「す……すまねえ」
「……ごめんなさい」
話を聞いてみると、ライガはケインたちがデュナミクの者ではないことには薄々感づいていたらしい。
そのために本気で戦うことに躊躇いを覚えていたのだが、ライガが戦っていたためにケインたちを敵と判断したシーノが合流したことで引っ込みがつかなくなり、とりあえずケインだけは気絶させてしまおうと考えたとのことだった。
「いっでええ!!!」
無論ケインは激怒し、またしても同じ箇所に拳骨を炸裂させた。
「俺たちがグラブの戦士だということはわかっているだろう?君たちについて教えてくれないか?」
そうスコットが優しく問いかけたため、ケインは落ち着いて自己紹介を始めた。
「俺はケイン=ズパーシャ。わけあってウェルダンシティに向かってるところだ。職業は勇者」
ざっくりした自己紹介だったが、スコットはひとまず納得したようで、続いてゴアに目を向けた。
「で、君は何者だい?」
「俺はゴア。このケインの弟だ」
ケインは眉を顰め、ゴアにだけ聞こえるようにこっそりと囁いた。
「弟?」
「魔王だと言うのもまずいだろ」
ゴアも極力声を抑えて囁いたつもりだったが、スコットたちには丸聞こえだった。
「魔王だって?」
「え、聞こえちゃったの!?」
「俺たちグラブの戦士は常に『オーラ』で五感を研ぎ澄ましている。聴力も人の100倍はあると思ってもらおうか」
魔力の呼び方が地方によっては異なる場合があるということを、ケインは知っていた。
オーラ、闘気、霊気、気、その他色々あるが、いずれも魔力と意味は同じだった。
「そんなことよりも、魔王とはどういうことだ?」
スコットが詰め寄る。
巨体による圧迫感に思わず怯むケインに対し、ゴアは胸を張って堂々と答えた。
「聞かれたのなら仕方ない。俺は魔王ゴアだ」
「大昔に死んだ魔王、君がそうだと言うのか?」
「あー、まあ話せば長くなる。俺のことについても教えてやるが、代わりにお前らについても詳しく教えろ。俺もケインも、お前らグラブ国やグラブ国を潰したというデュナミク王国の最近の事情は、さっぱり知らんのだ」
それに対し、スコットも、後ろにいるシーノも目を背けた。
ただ一人、ライガだけは真っ直ぐにゴアを見つめていた。
ライガはスコットを押しのけるようにしてケインとゴアの前に出た。
「俺が教えるよ。グラブで何があったのか。デュナミクが俺たちに何をしたのか。俺たちがどうして生き残れたのかをな」
ライガが語り始めた時、シーノは目を閉じて涙を流していた。




