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第23話 邂逅、クドモステリア

「おいケイン、速度緩めろ。死ぬ。いやこれ本当に死ぬ」


 風圧に苦しむゴアがそう言いだしたのは、魔女の森を抜けてから5分も経たない内のことである。

 それを気にも留めずにケインは最高速で飛び続けていると、今度は無言のままにゴアはケインの肩をタップし続けた。

 タップする力が徐々に弱り始めていることに気付いて少しだけ速度を落とすと、背中から喚き声が聞こえた。


「殺す気かおまえ!!今の俺は見た目通り、いやそれ以下の強さしか持たぬ子供なんだぞ!もう少し労れ!!」


「思い切り飛べって言ったのはそっちだろ…まあ死なれても困るけどさ」


 ともかく、そこからは速度を落として飛ぶことになった。

 全速力で飛ぶよりも長時間飛ぶことができたので、結果的にはその方が早く目的地にたどり着けることとなったが、問題は疲れたケインが体力と魔力を回復させるために地上に降りた時だった。

 降りてからも立ち止まるわけにはいかないので、二人は歩いた。


「疲れた。ケイン、おぶれ」


 歩きはじめて10分足らずでゴアはそう言った。

 それを無視してケインは歩き続けたが、ゴアは今度は地べたに寝転がりながら手足をばたつかせて喚いた。


「おーぶーれー!!しーんーどーいー!!!」


「子供か!!」


 ゴアよりも遥かに疲弊した状態でケインはツッコんだ。

 だが寝転がったままゴアを放置しておくわけにもいかず、しかし甘やかしたくもなかったので、ケインはゴアの両足を持ってずるずると引きずった。

 これにもゴアはすぐさま痛い、やめろなどと音を上げた。


「どうすりゃいいんだよ俺は!!飛べるくらい回復するのも歩きながらだとまだかなりかかるんだぞ!」


「わかった。じゃあおまえがおぶりたくなるようにしよう。おやすみ」


「は?」


 言うなりゴアの髪は黒く、肌や身にまとう服は白くなり、体は一部分だけふくよかになっていく。

 ククと完全に交代し終えた時、彼女はまだ状況が理解できずにいた。


「ふぇ?」


「さ、早くおぶさるんだ、クク」


 ケインの判断は早かった。

 言われる通りにおぶさったククの重さなど微塵も感じないままに、つかつかと歩き始めた。

 歩きながら、背中に当たる二つの膨らみを感じる。

 歩くペースもどんどん早まっていく中で、体力や魔力も湧き水の如く溢れ出てきているようにさえ思えた。

 が、実際に魔力がそこそこに回復して浮遊魔法による飛行を再開したところで問題が発生した。


「どこにあるのかなユートピアー!せかいを掘る掘るさがしものー!きづけばあちこち穴だらけー!地面の下にはないらしいー!」


 ケインに乗って飛んでいることで妙にハイになったのか、突然ククが大声で歌いだしたのだ。

 しかも、ケインも全く聞いたことのない変な歌を、お世辞にも褒められたものではない歌唱力で。


「そ、その歌なんなの…?」


「『プリーズ・ミー・ユートピア』です!今作りましたっ!!」


「へぇ…」


 快活な笑顔に対し渇いた笑いでそう返してからも、ククの歌は続いた。

 魔力回復のためにケインが降りる頃には、彼の体力と魔力、そして何より気力はククの歌によってごっそりと奪われてしまっていた。

 降りた途端にククのテンションも下がったようで、歩いている間は歌わなかった。

 結局この日、飛べるだけの魔力が戻る前に夜になってしまったため、その場で野宿することになった。


「そういえばゴアもオレンジとか食べてたけど、ククも普通に俺と同じ食べ物で腹膨れるの?」


「私とゴアくんの今の体は魔力で人の形を………も……モシテ?」


「人の形を模して作ってるから人間と同じ食べ物でいいってこと?」


「あ、それです。でも、ショーキ?を食べないと、他に何を食べてもおなかは膨れても力は出ないってゴアくん言ってました」


「ふーん。普通の人間より不便になったってことね…」


 そんな会話を交わしながら、道中捕まえた鳥や木の実を焼いて、ケインとククは飢えをしのいだ。

 ケインはもう少し話をしたかったのだが、ククはたき火を見ている内に寝てしまった。

 ゴアと交代しないところを見るに、どうやらククの中でゴアもまだ眠っているらしい。


「……なんで好きになっちゃったんだろうなあ」


 あどけない寝顔を見ながらそんなことを呟いていた。

 思わずククの髪に手が伸びる。

 もう何日も水浴びもできてない彼女の髪は、その影響を感じさせないくらいに艶やかで柔らかかった。

 優しく撫でていると、くすぐったいのかククは笑っていた。

 起きはしなかったが無邪気に笑う彼女の顔をじっと見つめる。

 その笑顔を見るだけで、なんでもできてしまうような気持ちになれた。


「多分これなんだろうな」


 自分の中である程度の答えが見つかったところで、ケインも眠りについた。






 翌朝、既に交代していたゴアを乗せ、ケインは飛んだ。


「歌わない分、飛んでる間はおまえの方がいいな」


「何の話だ?」


「こっちの話」


 地図を確かめてみると、ウェルダンシティまであと半分というところまで来ていた。

 俄然気合いの入るケインに、ゴアが一つ提案した。


「この少し北西にクドモステリアという、街程度の面積しかない小さな国があるだろう。そこに立ち寄ろう」


「なんで?」


「肉をパンで挟んだ食い物が美味いところだぞ」


「だからどうしたんだよ?」


「わからんのか!!腹が減ったと言っとるんだ!その辺で捕まえた鳥一羽くらいで足りるか!」


「……木の実も食ったんだけどな。ククがだけど」


 なるべく最短でウェルダンシティに着きたかったが、腹が減ったのはケインも同じだった。

 さっさと腹ごしらえを済ませてしまおうと、急いでクドモステリアに向かった。


「速度は落とせよ!!」


 ゴアに突かれながら、あまり飛ばし過ぎないように。

 そんなケインたちを待っていたのは、思いもよらない光景だった。


「なんだよ、あれ……」


「……どうやらケインの腹は満たされんな」


 クドモステリアと思しき街から黒煙が上がっていた。

 近づくにつれて、煙の原因たる炎もはっきりと見えてきた。

 降り立つなり、ケインとゴアは国を見て回った。

 既に食事のことは頭にはない。

 この国で何が起こったのか、確かめるために見て回った。

 だが、クドモステリアには既に人はいなかった。

 ()()()()()()、もうどこにも見当たらなかった。

 夥しい数の死体が国中に腐臭をまき散らし、燃料となって大火を手助けしている。

 倒壊した建物の下敷きになっている武器の数々が、決して事故によるものではないことを物語っていた。

 催してくる吐き気を堪えるケインとは対照的に、ゴアは深呼吸していた。


「…なにやってんだよ」


「瘴気が充満しておる。悪いが俺の食事をさせてもらおうと思ってな」


 ケインは非難する意味合いを込めてゴアを睨んだ。

 その視線に気付いておきながら、或いは気付いたからこそ、ゴアはより深く息を吸い込んでから言った。


「軽蔑するのは勝手だが、俺がこいつらを弔ってやるなど不可能なことだしな。死んでしまったのなら、俺の食糧としてせいぜい後世の役に立ってもらうしかあるまいよ」


 それに対してケインは返事をしなかった。

 これ以上ゴアと議論を交わしても、人間と魔獣の価値観では平行線のままだと思ったからである。

 むしろ別のことに考えを回すべきだろうと、この国をこの状況に追いやった原因を探ることにした。

 まだ形として残っている建物の内部にも入って見渡す。

 そこにも争った形跡があり、食糧庫のような場所には食べ物は少しも残っていない。


「デュナミクだろう、どうせ」


 先にゴアが結論を出した。


「そいつらのことはクラリから聞いて知っておる。食い物が根こそぎ奪われておるだけならば海賊の可能性の方が高いが、国ごと滅ぼすやり方を是とする連中とは思えん」


「デュナミクも海賊もどっちも他人が死ぬことなんて何も気にしない連中だろうし、食べ物目当てで略奪したんなら海賊の仕業じゃないかと思うぞ」


「略奪の対象を完全に滅ぼすのは略奪者として正しい判断ではない。いくらその日ぐらしな海賊でもそのくらいはわかっておるはずだろう。そしてそれだけではないぞ。死体の数が小国だとしてもやけに少ない。それもほとんどの死体が女子供のものだ」


「……そうなのか?」


 ケインはそれについては目を逸らしていたので気付いていなかった。


「大人の男の死体がほぼ見られんというのは不自然すぎる。どこか別の場所に行ったと考えるべきだろうな。今も外で戦っておるか、或いは…」


「或いは?」


「労働力として連れ去られたか、な」


 それは支配する者としての観点から見た推察だった。

 労働力となり得る者を連れ去り、後の不要物は全て焼き払うというやり方をゴア自身が取ったことはないが、このゴアの見解は正しかった。

 クドモステリアはこの七日前に、デュナミクの侵略隊に完全に滅ぼされてしまっていた。

 豊富な資源を得るためには、国ごと焼き払うのは完全なる悪手ではあったが、他の国にも短期間の内に攻め込まなければならないことに業を煮やした短慮な侵略隊の一部が、先走って勝手に火を放ったのである。


「む。誰か来たか」


 何者かの気配を感じ取ったゴアが眉を顰める。

 ケインはゴアを背後に隠し、ゆっくりと慎重に建物の外に出ようとした。

 僅かに顔を覗かせた、その時だった。


「でやぁぁぁ!!!」


「うぉぉわ!?」


 突然、少年が飛び出してきてケインに拳を向けた。

 咄嗟にそれを躱しながら、ゴアを後ろに突き飛ばす。

 守るための行動だったが、思い切り頭をぶつけたゴアは怒鳴った。


「痛いだろが!!気を付けろよ!!」


 そんな声はケインには届かない。

 目の前に現れたこの少年に集中しているからだ。


「なんのつもりだい?いきなり攻撃してくるなんてさ」


「知れたことだぜ。デュナミクの手先さんよ、今回はいったい何人殺したんだよ?」


「は?」


 15歳前後ほどに見えるこの少年は、両拳を握って戦闘の構えを取った。

 武器を一切持たない、素手による構えだ。


「ちょっと待てよ、俺たちは…」


「言いたいことがあるんなら地獄でたっぷり言えばいい。俺は聞いてやらねえけどな!」


 少年は再びケインに襲い掛かる。

 わけもわからないままに、ケインも剣を抜いて構えた。


「おお、中々強いぞそいつ。結構な量の瘴気出しそうだし、殺して構わんぞ」


「やらねえよ!!」


 迫る少年に顔を向けたまま、とりあえずケインはツッコんだ。

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