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第22話 コンビ結成、勇者ケインと魔王ゴア

 ダンテドリ島における死闘から二日後。

 ようやく意識を取り戻したケインの目に最初に飛び込んできたのは、ブンとスカー親子だった。


「起きたかケイン!!」


「無事で良かった…」


 そこは魔女クラリの小屋の一室だった。

 まだぼんやりと定まらないケインにブンは抱きつき、スカーはケインの頭を撫でた。

 揺さぶられながら、ケインは少しずつ意識を失う直前のことを思い出していた。

 炎王カウダーを倒したこと。

 そのカウダーが消滅した後で、彼の心臓とも言うべき宝石が出てきたこと。

 宝石を狙い、海賊オーロが現れたこと。

 そして、オーロに撃たれたこと。

 それを思い出した時、ケインはブンをなだめつつ腹部を確認したが、傷はどこにも見られなかった。

 傷のこと以外にも抱えている複数の疑問で頭が混乱するケインに、ブンはまずケインがここに来たいきさつを説明してくれた。

 カウダーとの戦いの最中、魔王ゴアと魔女クラリは、塔から遥かに離れた場所に視点を設置し、そこからの遠視魔法で僅かな情報を得ていた。

 しばらくの間塔で何が起こっているかは判断できなかったが、空飛ぶ海賊船コンリード・バートン号が塔に近づくのが見えたため、視点を近づけてようやくカウダーが死んだことを知った。

 オーロにケインが撃たれ、倒れたことを知ったブンとスカーは、助けに行くべきだとクラリに詰め寄ったが、クラリは自ら赴くことを拒否した。

 だがゴアが見ている手前、完全に見捨てることはできなかったらしく、彼ら親子にほんの少し魔法をかけた絨毯を預け、ケインを助けたいのならば自分たちで行ってこいと言った。

 ブンとスカーは絨毯にかけられただけでは足りない魔力を自分たちで補い、必死になってケインを連れ帰った。

 往復に半日もかかってしまい、衰弱し切ったケインをなけなしの魔力と採ってきた果実で栄養を摂らせなんとか命を繋ぎ、そして今日ケインが目覚めるまでつきっきりで介抱を続けてきたのだった。

 そのことを知らされたケインは自分の体を確認した。

 体中のところどころにあった火傷もなくなっているので、それらも併せてブンとスカーに介抱してもらったのだろうと解釈し、深々と頭を下げて礼を言った。

 実のところ、ケインは少し彼らを軽んじている部分があった。

 戦乱の世となった世界をどうにか救おうとする意志を捨ててしまった彼らを同格に見ることが、どうしてもできなかったのである。

 だが、そのための力がないだけで、彼らなりの正しさと思いやりの心は微塵も損なわれてはいないのだということを、この時ケインは理解した。

 それに対する詫びの意味も込めて、ケインは頭を下げたのだった。


「やっと起きたか小僧」


 騒ぎを聞きつけ、魔王ゴアがオレンジを食べながらのそのそと入ってきた。

 その目は不自然にも赤く腫れていたが、ひとまずそれについてはケインは触れるまいと思った。

 だが、訊いてもいないのに勝手にゴアは言った。


「ん?この目か?なに、ククの奴が起きぬおまえのことが心配で泣きおってな。俺はすぐに起きるだろうと思っておったからククと交代している間ずっとぐっすり、それはもうぐっっっすり眠っておったのだが、起きてみればこれだ。全くはた迷惑なこと……」


 ぺらぺらと述べるゴアの後ろからクラリも入ってきて言った。


「カウダーが死んだのを知ってからずーーーっと泣いてただけでしょうゴア様」


「おーまーえーなー!!!」


 クラリの頭をポカポカとまるで威厳なく殴り続けるゴアを見て、ケインたちは笑った。

 少しばかりの食事を摂ってから、ケインとゴアは互いに向かい合った。

 炎王カウダーを倒したということは、倒すだけの力を身に着けたということは、ゴアから提示された短期間で強くなるという条件を満たしたということになる。

 つまりここからは、ケインはゴアのために協力しなくてはならない身となったのだ。

 ケインとしては、今更誰に言われるでもなく、世界のため、そしてククのためにゴアに協力することは当然のことではあったのだが、同時に不安もあった。

 先のダンテドリ島で、オーロにいともたやすく倒され、死にかかったことである。

 カウダーを倒してもなお世界の強者とは未だどうしようもない差があるという事実、もちろんゴアもそれは承知していた。

 未だ力不足なのを少しでも挽回する案をケインは持っていた。


「今後なんだけどさ、ダンテドリ島の魔獣たちは全部倒しちゃったし、次は魔界で修業を…」


「ならん」


 それをゴアは一言でバッサリと切り捨ててしまった。


「なんでだよ」


「ダンテドリ島はともかく、魔界は俺の帰るべき場所だぞ?主人の帰りを待つ魔獣たちがあそこにはたくさんおるんだ。そいつらを狩ることを主人である俺が許すと思うか?」


「でも俺が狩らなくったって魔界で魔獣をバッサバッサ狩ってる婆さんがいるぞ?」


「なんだと!!」


 ケインは何気なく言ったつもりだったが、それはゴアを激怒させるには十分すぎる事実だった。

 ゴアはケインに掴みかかって揺すりながら問い詰めた。


「その老婆とは何者だ!!上級魔獣を狩るほどに強いのかその老婆は!!」


「…すんごく強いよ。ウェルダンシティで料理屋をしてるサラミって婆さんで、材料として魔獣を狩ってるんだ」


「俺の手下で商売しとるのか!!今すぐ止めさせろ!!いやもう殺そうその老婆!!それだけ強いなら俺が復活できるほどの瘴気も出すだろ!!殺しに行くぞ!!!」


「いや無理だろ……カウダーよりも断然強いぞその婆さん。オーロとかと同等、いやそれより強いかも」


 揺すられながらも、ケインは冷然とゴアの言葉を受け流していた。

 ゴアがどれだけ思い切り掴んで揺すろうとも、今の彼の力ではケインを慌てさせるにはまるで至らなかったのである。

 だがサラミ婆さんの話題が出たことで、ケインも彼女には用事があることを思い出した。


「そういや、剣以外の俺の荷物、全部シマシマに預けっぱなしだったんだよな…」


「シマシマ?」


「そのサラミって婆さんが飼ってるボーダードラゴンのことだよ」


「ボーダードラゴンを飼うとは……。竜王ゼブラでなくとも奴らは気性が荒くて強い。実力だけでなく、飼えるだけの器量まで備えておる老婆だということか…」


「そのゼブラですよ、老婆に飼われているボーダードラゴンは」


「は!?」


 横からのクラリの発言に、ケインとゴアは同時に反応した。

 特にゴアは、竜王ゼブラが生きていることを予想もしていなかった。

 とっくにどこかで暴れて、ドーズに殺されたものと思っていたのだ。


「ゼブラが!?あいつが生きて、しかも大人しく老婆に飼われておるというのか!?」


「ええ、もう随分前から可愛がられているようですよ。魔獣狩りに付き合わされるついでに魔界で瘴気を度々補充できてるので、私はもちろん、カウダー以上に全盛期に近い実力を残しているみたいですし」


 こともなげなクラリとは対照的に、わなわなと震えながらゴアはそれを聞いていた。


「…力を残しておるということは、感知能力も当然残っておるよな。つまりゼブラは、俺が復活してからこっち、それを散々無視し続けて、やたらに強い老婆にへーこら従っておるというわけか……ああぁぁんのクソドラゴンがあああああ!!!!!」


「落ち着けって」


 興奮して暴れ出したゴアをケインはすぐさま押さえつけた。

 見た目通りの子供程度の力しか持たないゴアを大人しくさせるのは容易だったが、ゴアの怒りは治まらなかった。

 突然、ケインはゴアを押さえていた手が柔らかな感触に包まれ、たまらない幸福感を得た。

 が、直後その幸福感の正体に気付いた時、血の気を失った。


「ケイン……さん……?」


「え?ク……ク……?」


 暴力に訴えかけることのできないゴアが取った八つ当たりの方法は、今この場で即座に寝落ちし、ククと交代することだった。

 ケインはゴアを押さえていたつもりだったが、少女ククの体格に似合わぬ大きな二つの膨らみをまさぐってしまっていたのだ。

 急いで手を離し、二人は少し距離を置いて縮こまった。


「ご、ごめん……」


「い、いえ……」


 二人とも赤面したが、ククが赤面した理由は少しズレていた。

 自分と交代する前から体をまさぐっていたのなら、ケインとゴアはそういう仲なのではないかという、あらぬ誤解によるものだった。

 恥ずかしさと気まずさから、ケインはなんとか話題を切り出した。


「交代って、ああいう感じにすぐできるんだね…」


「…ゴアくんが寝る時はすぐなんです、私はできるだけ出たいから。反対に私が寝てもすぐに出てくれないことが多かったりしますし、ゴアくんが起きても私が寝たくない時は代わるの待ってもらったりしますし」


「えっ主導権クク寄りなの…?」


「でもゴアくんは私が起きてる間もちょっぴり外で何が起きてるか見えるらしいんですよ!私は全然わからないのに!不公平ですよねえ?」


「いや、公平じゃないかなそれは…」


 困惑しつつも、ケインは普通に受け答えしているククがとりあえずは怒ってないようだと安堵した。

 それから3時間余り、ケインたちはのんびりとした会話の時間を楽しんだ。

 まるで中身のない雑談だったが、ケインもククもクラリも、ブンとスカーまでもが、つかの間の平和として受け入れた。

 それに痺れを切らしたのは、ククの中で待っていたゴアだった。


「あ、ゴアくんがそろそろ代われって言ってます。自分から寝たくせにわがままですよね。ケインさんからも言ってやってくださいよ」


「いや……ゴアとは喋らなきゃいけないこともあるし、俺の方からもそろそろ代わってもらっていいかな…?」


「そうですか…」


「またすぐ交代してくればいいよ!喋っていたいのはククの方だしさ!」


「……はいっ!」


 ククを落ち込ませるようなことをケインはしたくなかった。

 晴れやかな笑顔でゴアと交代するククを、だらしのない顔でケインは見送った。


「戻ったぞ。色ボケ小僧」


「……ククにそういう言葉覚えさせるなよ」


 再び、今後どうするかに話は戻った。

 最終的な目標はゴアを魔王として完全復活させるというのは変わりないが、それは海賊オーロや女王ロレッタ、そしてそれより格下ながら剣狂ショーザンらを打倒することとイコールであることは、ケインとゴアの共通認識である。

 それに当たってどうすべきか、ゴアはククの中で不貞寝しつつ考えていた。


「ウェルダンシティにおるという老婆に会おう」


「……やっぱそうなるよな」


「小僧、今のおまえではまだ海賊や、見てはおらんがデュナミクの女王とやらには敵うまい。だが、味方をつけるための交渉となり得るだけの実力は身に着けたはずだ。一人でそれらの強敵と渡り合えるようになるのはまだ先で良い。今はとにかく、味方が必要だ」


「サラミ婆さんを味方につけようってことだな」


「うむ。どの道、魔獣狩りは止めさせたいから会わねばならんしな。それに、ゼブラも返してもらいたい。奴が力を残しておるというのなら、カウダーよりも強いはずだし、奴の飛行速度は非常に役立つからな」


 味方が欲しいという点においては、ケインも同感だった。

 初代勇者ドーズがたった一人で魔王に挑んだという偉大なる伝説のために、歴代の勇者は味方を増やすことをあまり良しとしない傾向が強かったのだが、ケインはそんな考えを一切持たなかった。

 自分が世界を救うという使命感は持っていたが、世界を救える人間が他にいるのならばその人間がやってもいい、それが村にいる時からの考えだった。

 そんなケインが抱えている懸念は、サラミ婆さんが果たして協力してくれるかどうかという点にあった。

 彼女を頼って来てしまった孤児たちの世話をしていることを知っているだけに、そもそも協力を頼むこと自体が彼には気が引けた。

 だが、会って一応頼んでおきたいというのも否定できない事実でもあった。

 彼女の実力があれば、ひょっとしたら海賊や女王を纏めて倒せるかもしれない、そんな希望を抱かせるほどにサラミ婆さんは強かったからだ。


「とにかく会いに行くか。サラミ婆さんじゃなくても、シマシマが味方になるんだったらとても心強いし」


「シマシマ、か。なんとも可愛らしい響きで呼ばれるようになりおったな、ゼブラも。ではクラリよ、ウェルダンシティまで飛ばしてくれ」


「無理です」


「おまえな!!」


「嫌だと言ったのではありません。無理だと言ったんです」


 激昂しそうになるゴアだったが、クラリの真剣な面持ちを見て押し黙った。


「私の魔力はもう限界です。先日ケインを助けるために少しだけ絨毯に魔力を込めましたが、それで精一杯です。二人を飛ばせるだけの魔力など、残っておりません」


「……おまえ、ダンテドリ島に直接行けば、少しでも魔力は戻っただろう。ずっと思っておったが、何故魔界にも帰らん?ドーズが死んでからもずっと、何故魔力が衰え続けるのをそのまま受け入れておるのだ?」


 クラリはしばらくその問いに答えなかった。

 目を閉じて何かを考えていた様子だったが、やがて目を開いてからゴアに向き直った。


「最初は衰えた魔力で勇者に見つかるのを恐れたためでした。今、外に出ないのは、デュナミクの女王…ロレッタ=フォルツァートとの契約です。彼女がこの森に手を出さない代わりに、私が外に出ることを禁ずる……と」


「挙句におまえの自信作『黒き禁断(ブラックスウィート)』までも、その女に奪われたのだろう?おまえともあろう者が、人間との約束などを、それも好き放題やられながらも、律儀に守っておるとはな…」


「……なので私は、魔界に帰ることも、魔力をほぼ失った今は魔法で協力することさえもできないのです。申し訳ございません、私はすっかり役立たずになってしまいました…」


「ふん、少しは殊勝なことが言えるようになったじゃないか」


 言葉とは裏腹に、ゴアの語気はむしろクラリを慰めているかのようだった。


「女王とやらを倒せばよいのだろう。そいつさえ消えれば、おまえは今度こそ魔界に帰って力を取り戻せ。あの頃と同等の魔力まで回復するには何年かかるかわからんが、その時再び俺に仕えるがいい」


 若干不快そうにそれを聞いているクラリの顔を、得意げに話しているゴアは見ていなかった。

 ともかくゴアとケインはクラリからの協力は諦め、徒歩でウェルダンシティへ向かうことにした。

 道中で味方になり得る人間が見つかるかもしれない、という期待も込めてである。


「ここからだとどれくらいかかるんだろう?」


「ウェルダンシティはペッパータウンからそう離れてはおらんかったな。クラリの絨毯でペッパータウンからこっちに来た時間を計算するとだ。大体………クラリ、どれくらいだ」


「わからないのかよ」


「普通に歩くのならば、まあ少なく見ても半年ってところですかね」


「小僧、やっぱり徒歩はやめとこう」


 思わずツッコミそうになるケインだったが、それに関しては同意せざるを得なかった。

 代案としてゴアが提出したのは次の内容だった。


「小僧が俺を乗せて思い切り飛ぶ。疲れたらそこに降り立って飯を食って体力を補給する。また疲れるまで俺を乗せて飛ぶ。これを繰り返せば、多分三日もあれば行けるだろ。よし、それでいこう」


 これに関してもケインはツッコまなかった。

 極力早くウェルダンシティに行くための手段が他に思い浮かばなかったからだ。

 念のためにブンから地図をもらい、方角を確認してから小屋を出た。


「ククを乗せるんならモチベーションも上がるんだけどな」


「色ボケ小僧め」


「それ本当にククに覚えさせるなよ?」



 ブンとスカー、そしてクラリも小屋の外まで見送りに来ていた。


「ゴア様、私にできることはここまでです。ご無事をお祈り申し上げます」


「本音は?」


「七日程度でしたがまた一緒に過ごしてとても疲れました。もし本当に完全復活なさるのだとしたらと思うと、既に気が滅入りそうです」


「おまえ!!!!!」


「頑張れよケイン、俺たちにできることがあったら、いくらでも協力するからな!おまえより全然弱いけど!」


「ブンさん…」


「ふん、だったら今すぐ死んでクラリの魔力の糧になってくれれば、すぐに俺たちはウェルダンシティに行けるのだがな」


 ゴアなりのジョークだった。

 咎めようとするケインにおぶさり、ゴアは向かうべき方を指差した。


「さあ、行くぞ小僧」


「お…」


「いや、待て」


「なんだよ」


「ここから先は俺とおまえは同格だ。小僧呼ばわりは、流石に礼を失するというものだろう」


 ケインはゴアの足をがっしりと掴む。

 その言葉を聞いた時、すぐに飛べるための準備だ。

 改めてゴアは、指差しながら言った。


「行くぞ、ケイン」


「…おう。行こう、ゴア」


 最初はゆっくり、だんだんと加速して、ケインたちは森を飛び去った。

 森を出る頃、クラリたちはゴアの悲鳴を微かに聞いた。

 ケインの全力での飛行に耐えられる肉体強度ではないことを、彼は忘れていたのである。

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