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四十代目勇者ケイン=ズパーシャが最強になるまで  作者: M.P.HOPE
旅立ち 世界の真実と魔王ゴア
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第21話 炎王カウダーの心臓

 今からおよそ220年前、最上級魔獣(エクストラ)の一匹『白魔女アカリ』が寿命を迎え昇天し、空白となったその座に生まれたばかりの黒魔女クラリが就いた頃のことである。


「もう一体欲しいな、最上級魔獣」


 魔王ゴアがそう呟いたのが発端だった。

 かねてよりゴアは最上級魔獣を増やしたがっていたが、最上級魔獣とは元来ある種族から飛びぬけた力量を持って生まれる突然変異体、当然欲しがったところで狙って生まれるようなものではない。

 世界を支配するには竜王ゼブラと氷王ロズ、そして白魔女アカリを凌駕する魔力と、アカリから受け継いだ記憶を持つ黒魔女クラリの3体だけでも万全だとは考えていたのだが、それでも信頼のおける側近は増やしておきたかった。

 3よりも4という数字が魔族的に縁起が良いからだという程度の理由ではあったが。

 そこでクラリに与えた最初の仕事が、最上級魔獣を作れる手立てを見つけることだった。

 アカリの記憶を持つクラリには、既に目星が付いていた。

 ある場所にそれが眠っていることを知っていたのだ。


「本当にこの中にそれがあると言うのか、クラリよ?」


 クラリに案内されたゴアがやって来たのは、ダンテドリ島にある火山の火口付近だった。

 近くにいるだけでマグマが噴き出して襲い掛かってきそうなほどに火山は凶暴に活動を続けている。

 アカリの記憶によれば一部火山の奥底には、通常よりも盛んに活動させる力を持った宝石が眠っているという。

 その宝石を核として外側を魔力で覆えば、強力な魔獣を作れるはずだとクラリは考えた。


「このダンテドリ島の火山は世界で最も大きな火山です。ここからならば、最上級魔獣にもなり得る力を秘めた宝石が見つかるかと」


「アカリの奴は宝石を集めるのが趣味だったな。確かに時折妙に強い力を持った宝石を指輪としてはめておったが、成程、あれは火山から採ったものだったか」


「と言ってもアカリもこの火山には手を出さなかったようです。まるで近づくことを拒むように活動し続けるこの火山からはとても……」


「ふん」


 聞き終わるより早く、ゴアは火山に飛び込んで行った。

 数分経ってから悠然と戻ったゴアの手にはしっかりと金色に輝く半透明の石が握られており、ゴアが火山から出た途端、火山は嘘のように大人しくなってしまった。


「お怪我は?」


「形式だけの気遣いは無用だ。この程度のマグマで傷つく魔王ゴアではない。尤も、こいつから生まれる魔獣に暴れられたら、どうなるかな……?」


 ゴアは石をまじまじと見つめながら微笑んだ。


「疑いようのない確かなパワーを感じるぞ。楽しみだ、この『マキシマムサンストーン』からどんな魔獣が生まれるのか……」






 戻って現代。

 マキシマムサンストーンが足元に転がるのをよそに、ケインはキャプテン・オーロと対峙していた。

 塔の最上階よりも僅かに高い位置にコンリード・バートン号は浮かび、そこの船首でオーロは腕を組んで立っている。

 じっと睨むケインを見て、オーロは肩をすくめた。


「もっと嬉しそうにしてくれると思ったんだけどな。勇者と海賊は敵同士、馴れ合いは無用ってか。だが海賊は自由、俺は馴れ馴れしくいくぜ。元気してたかケイン!船から落ちてどうなっちまったかと思ったが、無事なようで何よりだぜ!ガハハハハハハ!!」


 オーロのことをカウダーより豪快に笑う男だとケインは評したが、いざ本当にそうされるといささか面食らった。

 この5日で実力を格段に上げた自分のことを、もっと敵意を持って接するだろうと考えていた。

 そして何よりも、この場にオーロが現れたこと自体が予想外のことだった。


「なんでここに…」


「海賊は欲しいモンを欲しい時に手に入れる。俺が今回欲しいと思ったのがそいつだからここに来た、それだけさ」


 オーロが指差した先は、ケインの足元に転がるマキシマムサンストーンだった。

 ケインはこれをカウダーの心臓程度にしか捉えていなかったが、ここでようやく価値の高い宝石な何かなのだと認識した。


「古くから伝わる火山の宝石だ。一部の火山はそいつをエネルギー源に活動してるってな。世界で一番デカいこの島の火山なら一際デカい、一際強い宝石が手に入るんじゃないかと昔から睨んでたんだ。ところが何年か前にここに来た時は、何故か火山に結界が張られてて、マグマを押し退けるどころか火口に近づくこともできやしなかった。1年前に結界がなくなったんで行こうと思ったら、今度は人の形した炎のバケモノがこの島で陣取ってた。バケモノが出たと同時に火山が大人しくなったから、そいつが宝石を持ってる、あるいはそいつ自身が宝石の精みたいな何かだと俺は思ったんだが、まあひとまずは放置しておくことにしたんだ。戦うとなるとそれなりに厄介だろうと思ったからな。だがお宝に目がくらんだうちの若い連中がバケモノに挑んで、そして殺されちまった。そうなりゃあ船長たる俺がとる道は一つ。バケモノへの報復だ。ってわけでいよいよ以てここに来たわけなんだが……」


 オーロの目が、ここで初めて『敵』としてケインを見た。


「お前さんこそなんでここにいるんだ、ケインよう?」


 少し休憩したとは言え、消耗し切った今のケインにその眼光はあまりに鋭かった。

 暫したじろいで返答に詰まったケインがなんとか言葉を絞り出そうとした時、オーロはそれを制した。


「いやあ、ワケは別に言わなくていいさ。あのバケモノと戦っちゃあいけねえなんて決まりもねえし、それに勝てたんだろ?いつの間にそんな強くなったのか知らねえが、良かったじゃねえか。けど俺が言いてえのはつまりよ」


 オーロの後方から、下品な笑みを浮かべて船員たちがぞろぞろと集まって来た。

 全員が武器を携えてケインを見ている。


「そのお宝は、今はお前さんのモノだよなってことだよ」


「……もっと単刀直入に言ってもいいんじゃないか、オーロ。俺の物になったこの宝石を、あんたはどうしたいんだよ?」


 ケインは剣を拾い上げて構えながら言った。

 以前出会った時は断念せざるを得なかったが、今回は戦う覚悟を既に決めていた。

 勝てずとも、せめて善戦の末に逃げ切るくらいはできるのではないか、それくらいの希望は持っていた。

 オーロは左腕の黒い布をぐっと握りしめて答えた。


「…んじゃあ言ってやる。ケイン、その宝石を俺によこしな。もし拒むってんなら、俺たちは海賊だ。遠慮なく殺してから奪うぜ?」


 ケインは足元のマキシマムサンストーンを後方に蹴り転がした。

 蹴った時にカウダーの声が聞こえた気がしたが、敵から目を逸らすわけにもいかず、空耳だと解釈した。


「遠慮なくって言うんなら、さっさとやってみろよ!!」


 息巻くケインに腹を立てたか、海賊の一人がサーベルを構えて身を乗り出した。


「船長のお慈悲も聞かねえわからずやの馬鹿が!!さっさとその宝石よこしやがれぇ!!」


 そのまま船から飛び降りた船員に向け、ケインは右手をかざした。


「『バビューオ』!!」


 範囲を絞って放った風魔法に、船員は降りることもできずそのまま船まで押し戻されてしまった。

 強烈な突風に目を回す船員を見て、オーロはまたしても豪快に笑った。


「ガハハハハ!!疲れてるだろうにまだこの威力の風魔法を出せるのか!随分強くなったみたいだなあケイン!!」


「まあね、あんた以外のそこにいる連中だったら負けやしないよ」


「んだとゴルルァ!!!」


「ボロボロのガキがァ!!とっつかまえてマワすぞボケェ!!!」


「臓物全部売り飛ばしたろかアァァ!?」


「やめろてめえら!」


 口汚く罵る海賊たちは、オーロの一喝ですぐさま沈黙した。


「このケインが言ってることは事実だぜ。全快でやったら他の船のリーダーだって勝てるかどうか……。自分で言ってて悲しくなるくらいの戦力不足だな。そうだケイン、俺と来ねえか?」


「何!?」


「前は冗談半分で誘ってみたが、今回は割とマジだぜ。お前さんなら俺の右腕にだってなれる。半端に正義感振りかざすより、自由に楽しく生きる道があるってことを、お前さんに教えてやりてえのさ」


 オーロの言葉に嘘はない。

 そんなことはケインは百も承知だったが、そんな誘いを受け入れられるはずもなかった。

 それを受け入れれば、今日の戦いさえも無意味だと思えた。


「人を殺して、人から物を奪って。そんなことを自由で楽しい道なんて思えないね。前も言ったけど、俺は勇者であんたは海賊。敵同士って構図は絶対に変わらないんだ」


 その返答にオーロは少し眉をひそめたが、すぐに明るい笑顔を取り戻した。


「変わるものだってあるんだが、まあ仕方ねえ。だが誘いを蹴るってことは、やっぱ俺はお前さんを殺さなきゃいけねえってことだなあケインよ?」


「そんなにあの石が欲しいのかい?確かにキレイだし、近くにあったら妙なパワーを感じたけど、一体そんなの何に使うのか……」


「なんだってできるだろう。俺は頭がそんなに良くねえから、どう使えばいいかわからんがな。少なくともデュナミクやヒノデ国に渡しちゃならねえ代物なのは確かだ。お前さんこそ、あの石にそこまでの愛着があるってのかよ?」


 ケインは考える。

 別に宝石が欲しいわけではないし、利用価値もあまりピンときていない。

 それでもこの男にも、誰にも渡したくはなかった。

 石に愛着はないが、カウダーの遺した物を誰かに渡したくなかった。


「デュナミクやヒノデ国に渡っちゃいけないんなら、あんたの手に渡るのだって危険ってことだろ?」


「使い道を思いついちまったらそうだろうな」


「だったら、渡さない」


「……妙に正直に答えちまうのが俺の悪い癖だな」


 頭をかくオーロに対し、ケインは腰を落として剣を真っ直ぐに構えた。

 今度こそこの海賊と戦う覚悟を決めたのだ。

 オーロはぼんやりとその様子を見ながら呆れるように言った。


「……本当にやるってんだな?」


「やってやるさ。あんたにだって俺はま―――――」


 銃声が聞こえた。

 他人事に思えるほど唐突に聞こえたそれがまさか自分に対して放たれたものだとは、腹部に流れる血を見るまでケインは気付かなかった。

 剣が両手から零れ落ちる。

 オーロを見ると、彼の左手に銀色の拳銃が握られていた。

 さっきまで確かに、拳銃は影も形も見当たらなかったのに。

 オーロからは目を逸らしてはいなかったはずなのに。

 言葉を発する間もなくケインは倒れた。

 薄れゆく意識の中で微かに忌々し気なオーロの声が聞こえた。


「なんにも成せねえ勇者がよぉ……俺の前に立ってんじゃねえよ」


 ケインはそのまま目を閉じ、完全に意識を失った。


「船長、そろそろ腕が痺れてきちまったよぉ!」


 船員の一人がそう言ったところで、オーロはふと我に返った。

 見ると、船員たちがそれぞれ苦しそうな表情を浮かべている。

 オーロの強靭な肉体にはどうということはないが、船員たちにとってはこの程度の時間でも瘴気の中にいることは苦痛なのだ。


「んじゃあさっさとお宝をいただいて帰るとするか……ん?」


 先程ケインが蹴り転がしたはずのマキシマムサンストーンがない。

 オーロが辺りを見渡しても、一切の形跡がない。


「どこ行っちまった……おい!探……」


「船長!!!」


 船内に声が響き渡る。

 遠くから誰かが拡声魔法を使ったのだ。

 オーロはすぐに声の主に気付いて返事を飛ばす。


「グリージョ!何事だ!?」


「すぐこっち来てくれ!!ペスカとなんとか戦ってるが、どうにも……うわあっ!!助けてくれえええ!!!」


 それっきり、声は聞こえなくなった。

 船員たちが慌てる中、オーロは決断を下した。


「仕方ねえ、宝石は一旦放置!すぐペスカとグリージョの救助に向かうぞ!!」


「あの小僧は!?」


「ほっとけ!どうせこの瘴気の中に居ちゃあ助からねえ。だがもしまだ生き残ってどこかで会うようなことがあれば……」


 コンリード・バートン号が向きを変える。

 船員たちがしがみつく中、一人悠然と船首に立つオーロは、倒れるケインを流し目で見つめながら言った。


「そん時ゃ今度こそ殺し合いだぜ、ケイン」


 船は加速し、いずこかへと飛び去った。

 それを塔の上で一人、見届けていた男がいた。


「『忍法・隠れ蓑の術』、解除」


 辺りの景色と全く同じ色をした布の下から、青い頭巾を被り、同じ色の装束で全身を包んだ男が這い出てきた。

 男が姿を現すと、布は黒い無地のものへと変化した。


「『天守六影(てんしゅむつかげ)』が一人、青影ブソン=ヤナギ見参!!」


 男は右手を高々と上げてポーズを取った。

 その右手には、しっかりとマキシマムサンストーンが握られていた。


「ふむ……誰も見ていないと名乗りも味気ないな」


 ぽつりと呟いて、ブソンと名乗るその男は倒れているケインを見た。

 背中にまで貫通している傷跡に右手をかざし、ブソンは魔力を込めた。


「『療治の術』、この石の礼だ」


 ブソンの術によって、ケインの傷は完全に塞がったが、意識は戻らなかった。

 起き上がらないのならばそれはそれで構わないと言わんばかりにブソンは船が去った方角へと体を向け、左手の小指を立てた。


「『『意思伝糸(いしでんし)の術』


 小指から肉眼では見えないほど細い白い糸が真っ直ぐと伸びていく。

 しばらく経つと、その糸を伝って小指から声が聞こえてきた。


「こちら赤影。何用だ?」


「棟梁、こちら青影。目当ての代物は入手した」


「ご苦労。こちらもそろそろ標的と接触する」


「そのことだが、海賊の頭がそちらに向かっていると思われる。接触するなら早くした方が良い」


「……もう少し早くに言って欲しかったものだな。今ちょうどその頭が標的の前に現れたところだ。恐らくもうすぐ交戦する」


「棟梁……」


「青影、おまえは一足先にヒノデに戻れ。こちらも標的をどうにかヒノデに連れ戻す」


「……了解。武運を祈る」


 それを最後に糸は切れ、声も聞こえなくなった。

 倒れて動かないケインに再度視線を戻したブソンは、聞かせるように言った。


「間もなくヒノデの時代が来る。その前哨戦だとしても、ショーザン殿と海賊の戦いというのは派手極まるな。それを拙者が見れぬというのは少々残念だ。お主のことは置いて行くが、また縁があれば会おう。どういう立場になるにせよ、な」


 ブソンは印を結ぶと、瞬く間に姿を消した。

 後に残ったのは、未だ目を覚まさないケインただ一人だけだった。

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