第19話 勇者ケイン=ズパーシャVS炎王カウダー
空を見上げると既に真夜中過ぎか夜明け間近といったところだが、それをあざ笑うかの如く、この塔の頂上は明るく、熱い。
炎王カウダーの全身から放たれる炎と熱気がそうさせるのだ。
ケインは最初から剣を構えており、背中に差してある鞘には、まるで栓をするようにバンパパイヤが纏っていた服を巻き付けてある。
それに気付くと、炎王カウダーは一層高い笑い声を上げた。
「ヒヒヒヒャッヒヒヒヒヒヒハハハ!!あのバンパパイヤも倒して上ってきたわけだが、なンだそりゃあ!?奴との友情の証ってかぁ!?ヒヒャヒヒヒヒ!!」
「……そんなわけじゃないさ。これから倒されるお前には関係ないだろ」
「ヒヒャハハ……確かに関係ねえな。しかしその態度は気に入らねえ。てめえ、自分の力だけでここまで来れたとでも思ってンじゃねえだろうな?てめえがこの塔に来た時、最初に上級魔獣を一匹でもけしかけてりゃあ、てめえはそこでおっ死ンでたンだぜ?」
「やっぱりお前が…」
当然、ケインはカウダーが言っていることの意味はわかっており、それは塔を上る最中に気付いていた。
前の階よりも、一つ上の階の敵の方が強い。
まるでケインに攻略させようとしているかのような、ある意味では歪な、しかしある意味では整理された並びに、ケインは気付いていたのだ。
「礼を言うつもりなんかないぞ。なんでそうしたのかは知らないけど、そのせいでお前が負けるってだけの話だろ」
「あー気に入らねえ。ただの人間だったらそンな真似してやるかよ。てめえがゴアの差し向けた人間でなけりゃあ、適当な奴に食わしてたよ。ゴアからのプレゼントだから、ありがたくいただいてやろうってだけでよ」
「プレゼント?」
物扱いするような表現にケインはかちんときていたが、そんなことはお構いなしにカウダーは続けた。
「てめえがここに来る前に、ゴアとクラリが俺を『視て』やがった。その『視点』に向かって行ってやって、そっから逆探知でもしてやろうと思ったンだが、奴らすぐに切り上げやがった。ところが、だ。そのすぐ後にてめえが来た。生意気にもクラリにかけられた魔力を振り払ってから島に来たようだが、それを俺が見逃さねえとでも思ったか?いや、俺を見くびったのは入れ知恵したあいつらの方だな。あの時、俺がその気になってりゃあ、そこでてめえはおっ死ンでたわけだ」
「………そうだな」
その時言われて、ようやくケインもかなり危ない橋を渡っていたことを自覚した。
渡る前に橋を燃やされてしまうところだったのだ。
指摘したカウダー自身は、ケインそのものを余り見てはいない様子だったが。
「1年前にようやく復活してからよ、バンパパイヤにゴアのことを聞いたンだ。200年も前に勇者とかいう人間に殺されちまったってよぉ。もちろン俺は信じなかったがな。ゴアが人間ごときに殺されるわけがねえ。俺との勝負で弱ってたとしてもよ、だからって命を落とすなンてことがあるわけねえンだ。どっかで隠れてるに違いねえ、そうずっと思ってたンだよ。……ヒヒャッヒヒヒ。そしたら大当たり!!ゴアは俺の様子を探り、てめえをよこした!あの野郎は今どこにいる!?今度こそ俺がブッ殺してやる!!!」
突如、カウダーは興奮して火の粉を巻き上げながらケインに詰め寄る。
それには微塵も動じることなく、毅然としてケインは言った。
「それもこれから倒されるお前には関係ないことだ。ゴアはお前を倒させるために、俺をよこした、ただそれだけだ」
ケインの言葉に、カウダーは一瞬顔をしかめたように見えたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「……俺を倒すために……!確かにてめえら人間が普通に考えりゃあよ、そうなンだろうが……ヒヒャヒヒ。たかが人間ごとき、それもついさっきバンパパイヤを倒せるようになったばっかの野郎が、この最上級魔獣、炎王カウダー様を倒せると思うか?ましてや魔王ゴアともあろうお方が、そンな淡い期待を抱くかよお?あり得ねえ。200年前の喧嘩の詫びとして、上等なエサをよこしたと考えた方が自然なのさ、俺たち魔に生きる者にとってはな。まあそンなもンで許す俺ではないのだが、な!ヒヒヒヒャッヒヒハハ!!」
カウダーは未だケインを敵としては見ていなかった。
人間としては上質な、瘴気を補給できるエサに過ぎない。
ケインという名のエサを食べることで、今一度完全に力を取り戻し、ゴアを探し出して息の根を止める。
カウダーの頭の中には、それしかない。
「ゴアを殺したらどうすっかなぁ。エサどもを皆殺しにして、この地上全部を火の海に変えちまうってのも悪くねえかもな!ヒヒャッハハハハ!!そンで俺が第二の魔王になるわけだ!!」
「……エサだとかどうとか、そういう風に人間を見るってのは、俺は別に否定しないよ。俺もここに来るまで、殺した魔獣は皆食ってきたわけだしな」
「あぁン?」
ケインの肩が小刻みに震えていることに、カウダーは気付いた。
恐れからではない。
怒りによるものだ。
「けど、目の前でそう何度も物扱いされるってのはむかっ腹が立つな。お前にとって人間がどんな存在だろうとも、今ここにいる『俺』はお前の『敵』なんだぜ」
「ヒヒャヒヒヒ。俺がそう思うかどうかは、てめえのこれからの抵抗次第さ」
カウダーは右手をケインに向けながら言った。
「さあて、お喋りも飽きたしそろそろ始めるか。あンましすぐ殺しちまってもつまらねえから、それなりに楽しませてくれよ?」
「倒されるのはお前の方だよ、炎王カウダー!」
「ヒヒャハハハハハ!!その意気で頼むぜエ!!!」
カウダーの右手から火の球が放たれる。
それに呼応するかのようにケインも左手を突き出した。
「『ボボーヤ』!!」
ケインが放った火炎魔法は、カウダーが放った火の球よりも大きく、速く、強力なものだった。
火の球を飲み込み、更に勢いを増してカウダーに命中する。
カウダーへの先制攻撃が見事成功した、ケインはしたり顔でそう思った。
「えっ!?」
だが、カウダーがそれにダメージを負う様子はなく、むしろ心地よさそうに体内へと吸収する。
その様子に驚くケインの顔を見ながら、カウダーは一層下品に笑った。
「ヒヒヒャッヒヒヒヒヒハハハハ!!!炎の化身を炎で倒せるとでも思ったのか!?炎はそれこそエサでしかねえぜ!!てめえの魔力もろとも、俺の力として吸収されちまうのさ!!」
「……なんとなく予想してたけどね」
苦し紛れの負け惜しみを聞き、カウダーはより上機嫌になって両手の炎の勢いを強める。
「挨拶代わりとしちゃあ上出来な火炎魔法だったぜ!!今度は俺が、炎の使い方ってモンをレクチャーしてやるよ!!」
両手の炎はますます強くなり、たまらずケインは数歩退く。
それぞれの炎がケインの身長ほどにまで大きくなった時、カウダーは両手を後ろに引いて構えた。
「いくぜ!!『秘火・偉大なる滅火主屠』!!!!」
両腕を突き出し、猛烈な勢いで巨大な火炎を放出する。
だが、自身の倍ほども大きな火炎が迫り来る状況にありながら、ケインは取り乱すことはなかった。
冷静に息を少し吸い込むと、剣を真上に放り投げ、両手に魔力を込めて叫んだ。
「『バビュトーラ』!!!」
ケインの両手から風魔法が放たれ、カウダーの火炎とぶつかり合う。
それを制したのは、ケインの風魔法だった。
火炎を巻き込みながらカウダーに激突し、じりじりと後退させていく。
飛ばされまいと踏ん張るカウダーの隙を突き、ケインは空中の剣を跳んでキャッチし、早くも決着をつけるべくそのまま斬りかかる。
それを見るや否や、カウダーは怒声を上げた。
「剣で俺を倒せっかよォ!!!オラア!!!」
「うっ!!」
カウダーは全身の熱を一気に強め、あまりの熱さに、ケインは近づくことが出来ず、空中で浮遊魔法をかけて制止した。
その位置のまま留まることも我慢できなくなると、ケインは少しずつ距離を置き、熱さの影響がそこまで出ない位置で降り立った。
「炎を跳ね返すところまでは良かったンだがな。それだけじゃあこのカウダー様を倒せる材料にはならねえぜ」
「お前こそ、風魔法のせいで俺に炎を浴びせることはできないじゃないか」
「ヒヒャヒヒ。言ったろ?炎の使い方をレクチャーしてやるってよォ。ただブッ放すだけが炎じゃねえ。俺は炎の化身、炎でなンでもこなせンのさ。ヒーリングだろうがなンだろうがな」
「炎でヒーリング?」
「こうやってな」
そう言うと、カウダーは右手の人差し指を回し、空中で円を描く。
指を回す速度を徐々に上げていくと、やがて円は回転する炎の輪となり、輪は指に合わせて回転速度を増していった。
左手の人差し指でも同様に火の輪を作りながら、右手の火の輪を投げつけてカウダーは叫んだ。
「『秘火・火炎輪』!!!」
「それのどこがヒーリングだ!!!」
ツッコミを入れつつも、ケインは身を仰け反らせてそれを避ける。
火の輪はケインの頬を掠め、遥か彼方へと飛び去っていった。
掠めた箇所から、血が流れ出る。
出血だけで、火傷は一切ないことに気付いた時、ケインはこの技こそが風魔法を破る手段であることを確信した。
「風魔法だろうが関係なく、その火の輪は突き進んで敵を切り裂く、ってことか…」
「ヒヒャッヒハハハ!そういうこった!!てめえは俺に近づくこともできねえが、こっちは近づくまでもなくこいつで十分なンだよ!!」
カウダーは火の輪を次々に作っては、それを投げつける。
左右に走り回って避け続けるケインだが、隙を見て近づこうにもカウダーの発する熱によってそれもできずにいる。
「『バーリービーボ』!!!」
雷撃魔法でなんとかこの状況を打開しようとする。
かつてショーザンに放った時から飛躍的に威力を増した雷撃魔法だ。
だが、カウダーの全身から放たれる炎と熱は、雷撃さえも通さず、触れる前に捻じ曲げてしまう。
「ヒヒャッハハハハハハ!!無駄だぜ!!そンな程度の雷撃魔法じゃあ、俺の体には届かねえ!!人間、てめえの選択肢はもう二つしかねえンだ!火の輪にズッパリ斬られちまうか、コンガリ黒焦げになるかのどっちかしかな!!!」
火の輪は際限なく投げ飛ばされ続ける。
雷撃魔法も効かない相手をどう攻略するか、火の輪を避けながら、ケインは必死で考えを巡らせる。
時折、火の輪が体を掠め、その度に出血してしまうが、回復魔法は使わずにお構いなしに動き続ける。
幾度となくそれを繰り返していると、やがてカウダーはしびれを切らせた様子で喚き始めた。
「っぁああぁぁぁああああああ鬱陶しい!!!ちょろちょろ動き回ったってなンもならねえだろうがてめえ!!!いい加減に死ねや!!俺が殺してえ時に死ぬのがエサの務めってモンだろうがよ!!わかンねえ野郎だなァ!!!」
身勝手な物言いだったが、カウダーは火の輪を作るのをやめ、その剥き出しの殺意を拳に込める。
接近戦で勝負を決めるつもりなのだ。
「風魔法で俺の動きを止めてみるか!?俺の本気の前進を止められるンならよォ!!近づいてその肌テリッテリに焼いてから、ブン殴ってボソボソのスミクズにしてやるぜェ!!」
そう言ってカウダーは跳びかかる。
熱気に中てられたケインを見て、勝ち誇ったような笑みを見せた時だった。
「ずありゃああっ!!!」
ケインは全身から魔力を解放し、熱気を跳ね除けた。
熱気は魔法によるものではないが、氷魔法を防げたのなら、熱気も防げるはずだという、発想の転換によるものだった。
ケインに接近しながら、カウダーは驚いた顔でそれを見つめる。
バンパパイヤとの勝負も見ていないカウダーにとって、ケインがどういう技を使えるのかは当然知らないのだ。
「てめえ、その技…!!」
「テリッテリにはならないぜ、炎王カウダー!!!」
解き放たれた魔力は剣にも影響を与え、カウダーの熱をものともせずにぎらりと煌めく。
ケインはカウダーの拳を屈みこんで躱しながら、すれ違いざまに剣を走らせ、カウダーの胴体を一直線に斬り裂いた。
「がっ……!!」
「長期戦になると不利なのはわかってるからな。早めに決着、つけさせてもらったよ」
上半身と下半身とに分かれてしまったカウダーが、その場に倒れ込んだ。
カウダーの下半身として形を成していた炎が縮小し、瞬く間に消える。
勝った。
上半身の炎も勢いが小さくなっていくのを見届けながら、ケインがそう確信した時だった。
「あれ…?」
ケインは、自分の右手首に火の輪が巻き付いているのに気が付いた。
いや、右手首だけではない。
左の手首にも、そして両足首にも、それぞれに火の輪が巻き付いているのだ。
上半身だけになったカウダーが、ゆっくりと起き上がる。
そしてケインに振り返りながら、にんまりと笑い、言った。
「『秘火・無音火炎輪』」
両手足首の火の輪が、カウダーの言葉と同時に爆発した。
「ぐああああああああああああっ!!!!!」
咄嗟に魔力を込め、手足首が吹き飛ばされるのは回避したケインだったが、完全に防ぐことは敵わず、各部位から大量に出血し、火傷を負う。
強烈なダメージによって立っていられなくなり、ケインは崩れるように倒れる。
それを眺めながら、カウダーは満悦する。
「ヒヒャッヒヒヒハハハハハハハハ!!!いやあ、こンなに上手くいくとは思わなかったぜ!!てめえがその技を持ってることには薄々感づいてたからな!!クラリにかけられた魔力を振り払えたンだ、この塔でそれを立派に技として仕上げてきたっておかしくはねえ!!そう思ってはいたンだが……ヒヒャヒヒヒヒヒ!!!それにしたって、ここまで綺麗に決まるなンてよォ!!!!」
カウダーの言葉を聞きながら、ケインはもぞもぞと這いずるようにカウダーの様子を観察する。
下半身は確かになくなっている。
上半身だけになっているにもかかわらず、カウダーにはダメージを受けたような様子は見られない。
「お…お前……。そ、その体……」
「あン?ヒヒッ、この斬られたトコか?ヒヒャッヒヒヒ!俺の体として形を成し、核を覆うように纏っている炎にはな、二種類あンだよ。一つは俺の『魂の器』。斬られたり殴られたりしてダメージのあるトコだ。そンでもう一つは、『その周囲を漂ってるだけの炎』。火の輪や最初に飛ばした火炎もソレだ。この二つはな、自由に形も量も変えられるンだよ。てめえが俺を斬ることを予測して、俺は器としての炎を小さくし、上半身だけになってたってわけだ。ちっとばかし窮屈ではあったがな」
「そ、そんな…」
「もう一つ言わしてもらうが、その二つの炎なンだが、見分ける方法は、全くない。俺以外に区別しようがないモンだ。まあ普段は器は……よっこいしょ」
掛け声と共に、カウダーの上半身から生えてくるように炎がめらめらと燃え広がり、下半身を形成していく。
完全に下半身の形が出来上がってから、カウダーは満足気に立ち上がった。
「この形で固定してるンだがな。攻撃されるってなると、咄嗟に形を変えるンだ。つまり、てめえにゃあ初めっからどうしようもなかったってわけだよ!!!ヒヒャッハハハハハハハハ!!!」
「ぐっ…!」
悔しさに拳を握るケインだったが、手首の痛みで強く握ることさえできない。
そんなケインをあざ笑いながら、カウダーは両手の炎を強めた。
「ンじゃ、もういいぜ。俺が最高に気持ちいいタイミングで、死ねよ」
カウダーは上空めがけ、両手から火の球を何発、何十発、何百発、何千発と打ち上げる。
ケインはそれを眺めていることしかできない。
しばらくして、その火の球が塔に、島全体に降り注いだ。
「『秘緋燈・火's狂喜乱舞』」
朝日が顔を出す。
そんな朝日よりも、ダンテドリ島は赤々と燃え上がっていた。