第18話 ケイン、その名
ダンテドリ島にやって来てからの四日間、ケインは一切休むことなくひたすらに戦い続け、腕を磨きに磨いた。
四日間もの間、不眠不休の戦闘を成し得たのは、瘴気を中和するグライバーの葉と、倒した魔獣たちを食い尽くしたおかげ。
魔獣の肉が疲労を、血が魔力を回復させてくれることを知っていたおかげだった。
例え一片も入らないほど腹が満たされていようとも、倒した魔獣であれば無理にでも胃に詰め込んだ。
その無茶にケインの全身は順応し、最短時間で消化、吸収し、彼の肉体に余すところなく栄養として行き渡らせた。
そしてもちろん、それらの魔獣たちを倒したという経験は、ケインの力量を大きく底上げした。
経験は実力に、実力は自信に。
元々痩せすぎというほど細くはなかったが、どうしても今の体と比較すると見劣りしてしまう。
今のケインは、島に来るまでの彼とは心身ともに別人だった。
彼が上級魔獣を倒せたのは、ドーズの遺した退魔指南書によるところも大きかったが、それは彼も自覚しており、決して驕ってはいない。
それ故に、今相対するバンパパイヤは、ケインにとって大きな課題となっていた。
退魔指南書に書かれていたのはせいぜいが容姿の他に三行程度の生態。
ほとんど情報が載っていなかったこの魔獣をどう攻略するか、そこに更なる成長への重要な鍵があると理解していた。
「っちぇやあ!!」
様子見、しかしこれで勝負を決してしまおうかという勢いで、ケインは剣を振るう。
上級魔獣2Dドラゴンでさえ仕留めた剣だが、バンパパイヤは一歩退いてそれを躱すと、即座に右手から魔術を放つ。
「『ヴェール』!」
バンパパイヤが放ったそれは、彼らしか操ることができないとされる高度な氷結魔法。
身を屈めて回避したケインが振り返ると、後ろの壁が一面凍り付いていた。
「氷結魔法については載ってたよ。まともに喰らうとああなるわけだ」
「他の魔術同様、これにも三段階のランクがある。今のは私が使う氷結魔法の中でも最低ランクのものだ」
自慢げに右手を見せびらかしながら言うバンパパイヤを見て、ケインはあることに気付いた。
「でもその左手からは魔術は使えないんじゃないのか?威力は確かに凄いけど、出る場所は半分しかないなら、そこまで怖くはないぞ」
かつて自ら切断した左手を指摘され、バンパパイヤは少しだけ不快そうな表情を見せる。
出来れば触れられたくないことだったが、敵にしてみれば付け入る隙であり、正義感のある者にとっては後ろめたくもあるだろうと割り切ると、笑顔を作って応じた。
「確かに右手に比べれば、この手首だけとなった左手から放たれる魔術は威力も精度も数段低い。しかし、『ヴェール』」
再度呪文を唱えると、左手首から先が凍り付いていき、徐々に伸びていく。
少しずつ形が整えられ、先端が完全に尖ると、それはケインの剣と同等の大きさを持つ、氷の剣となった。
「これで貴様が気にする必要はなくなった。私が負けることなどないが、万一があったとしても、この左手首が貴様が勝った時の言い訳にはならない」
「そりゃどうも」
バンパパイヤは、自分でも驚くほどに勝負に対して真摯に向き合っていた。
左手がないのを相手が気にすることなど、かつての彼ならば微塵も考慮しなかった。
目の前の勇者に自らの全てをぶつける。
これまで生きてきた上で必ず介入していた打算を捨て、闘争心のままに右手を地にかざした。
「『スヴェリオ』!!」
中級の氷結魔法で床一面が瞬く間に凍り付き、僅かに早くケインは飛んでそれを回避する。
追いかけるようにバンパパイヤも飛び、氷の剣で斬りかかる。
ケインも応戦し、空中での斬り合いになった。
「浮遊魔法を呪文なしで操るか!中々の精度だが、地に足を着けていなくては、剣は鈍るようだな!」
「くっ!」
バンパパイヤの指摘した通り、ケインは空中での剣術には慣れていなかった。
逆にバンパパイヤは200年前までは地上空中を問わず歴戦の達人。
空中の戦いを不利と見るや、ケインは降下して地上戦を誘う。
バンパパイヤの動きに注意し、視線は逸らさない。
剣を持ち替え、未だに凍っている床に向けて掌をかざし、呪文を唱えた。
「『ボボーヤ』」
たちまち床一面燃え上がり、氷は水蒸気となってケインの周囲を包む。
完全に制御しているため、火炎魔法がケインに燃え移ることもない。
「さあ、降りて来いよ。また氷結魔法を撃ってきても、この火炎魔法があれば相殺できるんだぜ?」
「そのようだな。では降りるより先に火炎を放つ手を封じよう」
右手を向けるバンパパイヤに対し、ケインも火炎魔法で迎え撃とうとする。
だが、バンパパイヤの狙いは別にあった。
「『リスペル・スヴェリオ』」
突如、ケインを取り囲んでいた水蒸気が氷に変化し、それら全てがケインの首から下にまとわりついた。
何が起こったか理解できないまま、ケインは頭部以外全て完全に凍り付き、身動きの取れない状態にされてしまった。
「な…!?お、お前…今、手からは何も……」
「そう、私自身の体からは何も発してはいなかった。私がやったのは『再利用』。リスペルとは、放たれた魔術がまだ魔力を残してその場に留まっている時に、新たな魔術として同じ場所から再発動させる魔法なのだ。残った魔力から使う分、本来のものよりも威力は落ちるが、こうして貴様の動きを封じるにはこれで十分」
そう言いながらバンパパイヤは降り立ち、ゆっくりと右手を向ける。
どうにか逃れようとするケインだが、動くどころか、完全に凍ってしまった手では上手く魔力を込めることもできない。
心のどこかで少し落胆しつつも、バンパパイヤは真剣な面持ちで問う。
「教科書に頼れなければ所詮はこんなものか。さて、炎王様と戦う前にここで幕切れなわけだが、言い残したことはないか?」
「その再利用魔法ってのは……俺でも使えるのかな?それに…新たな魔術として再発動させるって、別に元と同じ魔法ってわけじゃなくてもいい、のか?例えば……風魔法から火炎魔法に…みたいな」
最期の言葉としては相応しくないが、ケインもまた真剣に問いかけた。
まるで今この場を生き残るつもりでいるような問いをおかしく思ったが、しかしそれを嗤うようなことはせず、バンパパイヤは真摯に答えた。
「……人間がこの魔法を使ったのを見たことはない。しかしこれはバンパパイヤ独自のものではない。かつて黒魔女クラリ様が使っていたのを氷王ロズ様が真似て、それを我ら同族に伝えたものだからな。彼ら最上級魔獣は貴様が言ったように、一度使った魔法から全く別の魔法に変化させる、フェイントのように用いていた。貴様にはもう無縁な話だが、貴様の問いを総括して答えるなら、できるということだ」
「わかった。ありがとう」
寒さに歯を鳴らしながらケインは微笑んだ。
この状況を切り抜けられる手段がまだ残されているというのか、もしそうだとするならば、しかと見届けてやろうという思いで、バンパパイヤも笑みを浮かべて言った。
「すぐに楽になる。その頭部も纏めて凍ればな。『スヴェリオ』!」
バンパパイヤの右手から氷結魔法が放たれた。
命中するまで目に見えないそれがすぐ目の前まで迫るのを感じたその時、ケインは叫んだ。
「『老婆焼……』オブッ!?ボヘェア!!?」
ケインの口から猛烈な勢いで炎が放たれる。
それはかつて、サラミ婆さんが見せた彼女独自の火炎魔法『老婆焼殺砲』だった。
バンパパイヤの氷結魔法をかき消し、そのまま首を振って全身を包む氷を全て蒸発させる。
威力はサラミ婆さんのそれには遥かに及ばず、技名を言い切る前に舌を火傷して唱えられなかったが、それでもバンパパイヤを驚嘆させるには十分すぎるものだった。
迫り来る火炎を避けるのに必死だったこともあり、突然の出来事に頭の整理が追いつかないバンパパイヤは、体が自由になったケインが接近するのに気付くのが一瞬遅れた。
「うらぁ!!!」
「ぬあっ!!?」
剣がバンパパイヤの胸元を駆け、血が噴き出す。
返り血を浴びながら容赦ない追撃を与えるケインだったが、バンパパイヤは冷静に対処して距離を置いた。
ケインの全身を染めた自らの血を眺めながら、バンパパイヤはかすれ声で言う。
「口から火炎魔法とは……ドラゴンのような真似をするのだな勇者よ」
「これやってたのは、ドラゴンよりずっと強い婆さんだけどな」
そう言って火傷した口元を擦るケインだが、魔力を温存するため、治癒魔法は使わない。
対するバンパパイヤは、傷は深いものの、上級魔獣特有の生命力の高さもあって致命傷には至っていないが、いよいよ以てケインを強敵だと認識した。
「勇者、名を訊いておこう」
「ケイン。ケイン=ズパーシャだ」
その名を聞き、バンパパイヤは目を見開き、しばらく考えてから、笑った。
彼が反応を示したのは、ドーズと同じ苗字ではない。
ケインという、その名にだった。
かつて、その名について会話を交わした日があった。
彼が、彼らがよく知る、最初の勇者と。
「そうか、ケインか。ならば、見極めねばならんな。貴様がその名に相応しい勇者かどうかを!!」
「言ってる意味がわからないけど、俺はこれまでもこれからもケインだ!!」
バンパパイヤは右手をかざす。
ケインもそれに呼応するように右手を向けて魔力を込める。
いつでも火炎魔法で反撃できるよう備えているのだろうとバンパパイヤは推測し、またしても右手には魔力は込めない。
バンパパイヤの魔力は、血液の中に含まれている。
その血中の魔力を術に変換するというのが彼らが魔術を操る仕組みなのだが、体外に出た血を術に利用することもできる。
つまりは、ケインが浴びた返り血。
手足はもちろん、今度は顔面にもしっかりかかっている。
それを用いて氷結魔法を行使するつもりなのだ。
決まればもう逃れる手段はない。
だが、ケインならば。
この勇者が、バンパパイヤが思うケインであるならば。
そう期待を持って、バンパパイヤは呪文を唱えた。
「『ダダンズヴェリオ』!!!」
ケインの全身にかかった血液が、最上級の氷結魔法に変わる。
口から炎を吐いて逃れることもできないほど急速かつ強力な凝固が始まる。
その時、バンパパイヤはケインが右手だけではなく、全身に魔力を込めていることに気付いた。
まさかと思った、次の瞬間だった。
「うおりゃぁああ!!!!」
ケインが気合いの雄叫びを上げると、強烈な魔力が全身から解き放たれ、覆っていた氷結魔法は四方八方に飛び散った。
他者にかけられた魔法を跳ね除ける。
この島に来る前に、ゴアとクラリから教わったことだ。
クラリからかけられた移動魔法による魔力の痕跡が残らないよう、それを払い落とすために教わった技術だが、ケインはすぐにこれの利便性に気付いていた。
塔に入ってからの四日間、体術も魔術も磨くと共に、敵から攻撃魔法を受けたら、これで跳ね除けられるように何度も何度も実戦で磨き上げていた。
ケインはこれを使うのは本当に危機に瀕した時だけだと決めて、それ以外では極力別の手段で対処しようとしていた。
防御手段としては極めて優秀だが、その分、魔力の消費が余りに大きい。
普段使うことのない部分から魔力を放出するため、体への負担も相当なものだ。
故に、頭部以外を凍らされた先程は、この手段を用いることを良しとしなかったのだった。
「まさか……」
驚きの余り、バンパパイヤの動きが固まる。
バンパパイヤの知る限りでは、この技は最上級魔獣の一匹黒魔女クラリが、その膨大な魔力によって敵からの一切の攻撃を受けつけない絶対防御の技として使っていたものだった。
炎王カウダーの話を軽く流す程度にしか聞いていなかった彼にとっては、ケインとクラリに接点を見出せなかったが。
そして、この技はドーズでさえ生涯使うことがなかった技でもある。
使えなかったのか、或いは使う機会がなかっただけなのかは定かではないが、それだけにこの技を人間が使うというのは全く予想だにしなかったことだった。
それ以上に驚いたのは、バンパパイヤの攻撃を、ケインがあたかも予想できていたかのように対処したことだ。
実際、ケインはバンパパイヤが次にどのような攻撃を仕掛けてくるのかは、察しがついていた。
退魔指南書にもほとんど情報がないバンパパイヤだが、これまで戦った魔獣たちや、バンパパイヤの戦い方から、その答えを導き出していた。
バンパパイヤの血液には魔力が含まれている。
それはバンパパイヤだけに限らず、他の魔獣たちもそうだった。
ケインが実際に食して、知り得た情報だ。
そして、バンパパイヤが使った魔術の再利用。
あれが行えるのであれば、飛び散った血液から新しい魔術を操ることも可能なのではないか、そう推測して、見事的中させたのだった。
跳ね除けた際の負荷に息を切らせながら、ケインは叫ぶ。
「決着をつけよう、バンパパイヤ!!」
ケインが左手で剣を振りかぶる。
咄嗟に氷の剣を構えるバンパパイヤだが、ケインは距離を詰めることなく、そのまま剣を投げつけた。
「愚かな!剣術もまともに使えんほどに弱り果てたか!」
「それはどうかな!『バビューオ』!!」
ケインが風魔法を放つと、それに乗って剣が加速する。
風魔法に中てられたバンパパイヤは体勢を崩し、飛来する剣を避けきることができない。
剣は通りすぎざまにバンパパイヤの首の右側を半分ほど切り裂いてから、壁に突き刺さった。
切り裂かれた首からまたしても大量の血が噴出する。
それを呆然と眺めながら、バンパパイヤはこの勝負が引き分けに終わったことを確信した。
風魔法は既に途絶え、噴き出した血はまたケインへと向かっている。
何故ケインは上級の『バビュトーラ』でなく、中級の『バビューオ』で攻撃したのか。
それは、先程の防御で魔力をほとんど消費してしまったからに他ならない。
バンパパイヤの意識は薄れつつあり、絶命は免れないだろうが、まだしばらくはもつ。
完全に息の根が止まる前に、血から氷結魔法を使って、防御できる魔力を残していないケインを道連れにする。
上級魔法『バビュトーラ』であったならば、そんな時間も与えることなく勝負を決していただろう。
ケインの才には末恐ろしいものがあったが、やはり、ドーズには遥かに及ばない。
そう考え、決着を惜しみながら、ケインを覆う血に意識を集中させた。
その時だった。
「『リスペル・バリボー』」
ケインがそう唱え、彼の周囲から雷撃が飛び出し、バンパパイヤを襲った。
されるがまま身悶えるバンパパイヤは、ケインにかかった血に意識を向けることができず、ドクドクと出血するのを止めることもできない。
再利用魔法。
風魔法は既に消えたが、バンパパイヤの氷結魔法を防御するために放出した魔力がまだ周囲に漂っていた。
それをケインは雷撃魔法として再利用した。
魔力が尽きてなおバンパパイヤの反撃を防ぐ手立てとして、先程見たばかりの魔術だったが、ケインは早速実戦で取り入れたのだ。
見た当初から、ケインはこれを会得しようとしていた。
バンパパイヤに質問していたのもその為であることは言うまでもない。
試してもいないことだったので、できるかどうかは賭けだったが、見事ケインはそれに勝った。
そして、勝負にも。
「そういえば、君って名前とかあるのかい?」
バンパパイヤの頭の中で、幻聴が響き渡る。
かつてドーズと交わした会話だった。
「いきなりどうしたんです?」
「いやさ、バンパパイヤってのは、種族としての名前だろ?君個人の名前ってのはあるのかなって思ってさ。なんか嫌だろ?人間を人間って呼ぶようなものだしさ」
「我々には理解できない感性ですね、それは。個人としての名前があるのは、魔王様や、最上級魔獣の方々くらいです。あの方々に何故名前があるのか逆に不思議なほどで、他の魔獣に名前などありません。私はドーズ様以外の人間は人間と呼びますし、魔獣たちは皆私をバンパパイヤと呼びます」
「文化の違いってやつかな。わかりたくもないけど」
「もし私をバンパパイヤ以外で呼びたいのでしたら、ドーズ様が名前を付けてくださいませんか?」
「ぼくが?」
「なにぶん名前を付ける習慣などございませんので。そういうセンスに自信がありません」
「うーん、急に言われてもな……」
「私の上司である氷王様は、全てを凍らせるという意味でロズと名付けられたと聞きます。人間にもそういう込められた意味というものがあるのでしょうか?ドーズ様にも」
「ぼくの名前ドーズは『誰にも負けない』って意味が込められてるらしい。村の古い言葉から取ったものだけど」
「ピッタリですね」
「だろう?それでいくなら、君の名前は…」
「どう、なりますかね?」
「………ケイン」
「……ケイン。その名の意味は?」
「決して諦めず、道を切り開く……駄目かな?」
「それは……私には似つかわしくはないでしょう。私はすぐに投げ出しがちな魔獣ですからね。勇者としてなら相応しい名前でしょうから、あなたの子供にでも付けてあげると良いのではないですか?」
「うーん……いや、それはないかな。出来ればぼくは、自分の子供には勇者になって欲しくないから。子供には何か別の名前を用意するよ。子供ができる予定なんてないけどね」
「いやいや、そう遠くないでしょう」
「ん?」
「あの町娘」
「サヤのことかい?いやあ彼女、まだ16とかだし……って、今は君の名前のことを話してるんだろう?」
「私でしたら、バンパパイヤと、そう呼んでくれて構いませんよ」
「ぼくがそう呼ぶのを、聞いたことあるかい?」
「ありませんね。では、君でいいです」
「だからそれじゃ…………わかった。変なこと言ったのはぼくの方だね。悪かったよ」
「いいえ。悪いのはこちらです。人間であるあなたに同行しているのに、未だ人間の文化というものに馴染めないのですから。所詮どこまでいっても私は……」
「決して諦めず……道を切り、開く……」
既に呼吸もほとんどできず、ケインには聞き取れないほど声も小さく、うわごとのようにバンパパイヤは言う。
「ドーズ様……やは……り、あなたから、その名を……いただかなくて、良かった……」
ぼやけた視界の端に、僅かにケインを、勇者を捉える。
「その名に……ふ、相応しい、勇者に……出会え……ま、した……」
氷の剣が溶けてなくなり、現れた左手首の先から血が流れ出る。
200年前、自ら切断し、とうに塞がったはずの傷跡だ。
「やっと……戻れた……。か、完全に…戻って、これた……。あなたに会った、あの日……あ、あの日からす、捨てていた……捨ててしまっていた……」
最期の一言だけは、ケインにもはっきりと聞こえるほど大きく、しっかりした声だった。
「魔獣に……!!」
そして、バンパパイヤはそのまま動かなくなった。
ケインは手を合わせ、しばらく彼のために祈った。
魔獣に対してそうしたことはなかったが、何故か、彼にはそうしなければならないと思った。
「でも……食べるんだよなあ」
グライバーの葉を残っていた分全て食べてから、バンパパイヤの死体も残さずに食べた。
魔獣を食べることに初めて躊躇したが、それでも食べなければならなかった。
生きるために。
強くなるために。
「これで……後はあいつだけだな!」
上へと続く階段を見て、ケインは言う。
次で最後。
そう思うのは、バンパパイヤとの戦いを終えてすぐ、部屋の中が暑くなったからだった。
何故暑くなったのか、それは明白だった。
勇み足で階段を駆け上がる。
熱気が更にこみ上げ、上から下品な笑い声が聞こえてきた。
「ヒヒャッヒヒヒヒヒヒハハハハハハハ!!!!!上がって来い!!上がって来い!!!上等なエサになってンだろうなあ!!!」
気分が高揚するのは、この暑さだけではない。
上級魔獣を同時に複数倒せるだけの強さを得た。
事前情報を余り得ていなかったバンパパイヤも、自力で倒せた。
今の俺は、この塔に来るよりずっとずっとずっと、強い。
その自信が、ケインを突き動かした。
階段を上り切った時、精悍な顔つきでケインは前を見据えていた。
塔の最上階。
天井はなく、辺りの景色が丸見えである以外、他の階と何ら変わらない殺風景な場所だが、もう一つだけ、決定的に違うものがあった。
「ヒヒ、ヒヒヒヒ、ヒヒャッヒヒヒヒヒヒヒハハハハハハハハ!!!!!待ってたぜェ!!!!ゴアのお土産をよォ!!!」
猛烈な熱気と、けたたましい声を放つ炎の化身。
炎王カウダーがそこにいた。