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四十代目勇者ケイン=ズパーシャが最強になるまで  作者: M.P.HOPE
旅立ち 世界の真実と魔王ゴア
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第1話 勇者取り決めの儀

 かつて、魔王ゴアと激闘を繰り広げた勇者ドーズ=ズパーシャが生まれた村、レイブ村。

 家畜を飼育するだけの広大な土地や村の飲み水にも使用される清らかな川など自然に恵まれており、村人たちは暮らしになんら不自由していない。

 人口はおよそ1000人程度と小規模で、外部からの来客を警戒心の強い老人たちは良しとしないこともあり、ごく限られた例外を除いては村人は村から出ることもない。

 閉鎖的。

 外部の人間からはそう揶揄されることもある、などという事実は、村人たちは知る由もない。

 他の街や村と比べて自分たちがどうであるか、判断することもできない。

 勇者ドーズが魔王に敗れて以来200年、定められた掟を順守しているに過ぎないのだ。

 200年以上昔、地上を支配しようと企んだ魔王ゴア。

 彼は手下である魔獣を地上に放ち、人々を襲うよう命じた。

 当時、まだ魔王討伐の旅に出る前の勇者ドーズは、魔獣が村へ侵攻するのを防ぐべく、村の周囲に強力な結界を張ったとされている。

 その効力は未だ続いているようで、以後200年以上経とうとも、村に魔獣が現れることはなく、平和は保たれている。


 そんなレイブ村では5年に一度、ある催しが行われる。

 勇者取り決めの儀。

 16歳から25歳までの若者の中から、身体的、精神的に優れた者を「勇者」と定め、魔王ゴア討伐へと送り出す、という儀式である。

 ドーズ=ズパーシャを初代とし、200年の間に39人もの勇者を送り出してきた。

 長老が志望者の中から、演武で身体面を、面接で精神面を審査し、1人を選抜する、という方法をとっていたのだが、何度も繰り返す内に問題が持ち上がった。

 はじめの数回は、志望者は5・6人程度だったが、村人にとっては、村から出る唯一の「例外」がこれであり、村の外に憧れを持つ若者が、勇者になろうとこぞって集まるようになったのだ。

 多い時などは150人を超えるほどであり、取り決めには20日間を要した。

 これに頭を悩ませた村の長たちは選別を簡略化、平等化するため、「試合」という形で勇者を決めることとした。

 形式は、囲いの無い一辺10メートル程度の正方形の舞台の上で、互いに剣を構え、相手に傷を負わせる、又は相手を舞台上から落とす、或いは相手の剣を地面に落とす、という単純なもの。

 危険は伴うが、過剰に傷を負わせ、死に至らしめようとするような残虐性を持つ者、傷を負わせる、或いは負うことに恐怖する者、それらは即座に勇者に相応しくない者としてふるい落とされる。

 これによって、審査に要する時間は大幅にカットされ、志望者の数も減少、しかし真剣を持つという緊迫感によって精神性は磨かれ、質という面では大幅に向上した。

 そして今日、四十代目の勇者を決めるための最後の試合が行われていたのであった。


「でやぁぁぁっ!!」


 大柄な男が、その体躯にはやや小さいように見える剣を、思い切り振り下ろす。


「っ!!」


 相対する細身の男は、下ろされた剣を自身の剣で払いのけ、一歩、二歩、三歩と後退する。

 距離を置きながら、細身の男は剣を構え直し、大柄の男を鋭く睨みつける。

 大柄の男も剣を構え直すと、笑みを浮かべ、細身の男を睨む。

 舞台上でのそんな二人の試合を、村人たちが大勢食い入るように見ている。

 5年に一度の勇者取り決めの儀は、勇者候補ではない村人にとって、盛大な祭り同然の儀式なのだ。

 二人に対して歓声を送る者も多数いる。

 だが、舞台上の緊迫した雰囲気の二人に、その声は届かない。


「どうしたぁケイン!嫌に慎重じゃねえかよ?」


 大柄の男が笑いながらそう呼びかけた。

 細身の男は、ゆっくりと腰を深く落としながら距離をとる。

 大柄の男はザックといい、細身の男はケインという名である。

 ザックの方が4つ年上の21歳で、ケインを弟のように可愛がってきた。

 ケインもザックを慕っていたが、その接し方はどちらかというと好敵手に対してのそれであった。

 いつもザックを超えようと考え、努力してきたのだ。

 ザックもそれを喜び、互いに実力を高め合ってきた。

 その二人が、四十代目の勇者となる最終候補にまで登りつめていたのだった。


「慎重なのは別に悪いことじゃないだろう?でもそれが嫌いだって言うんならさ、ザック、付き合ってあげるよ」


 言い終わると、ケインは一気に詰め寄り、ザックの頬をかすめようと剣を突き出す。


「おっと!」


 ザックは突き出された剣を紙一重のところで躱す。

 ケインはすぐさま剣を引き戻すと、今度は回転しながらの横斬りで脚を狙う。

 しかしこちらもザックはジャンプして凌ぎ、剣を振り下ろして反撃する。

 いち早くケインの剣が間に合い、鍔迫り合いの形になる。

 力で押し切ろうとするザックだったが、ケインはすぐさま跳び退き、再度距離をとる。


「なんだよ、付き合い悪いぜケイン」


 不貞腐れたように言うザックだが、むしろ不機嫌な表情を浮かべているのは、ケインだった。


「……いつものザックなら、今ので終わってたんじゃない?」


「……あぁ?」


 思いがけないケインの問いかけに、ザックは怪訝な目を向ける。


「さっきからザックの攻撃さぁ、全然本気じゃないんだよね」


「…何言ってんだよ」


「狙いを決めてから実際攻撃するまでの時間がやたら長い、これくらい具体的に言ってもまだわかんないかな?」


「……」


 ザックは目を伏せる。

 剣は握りしめたまま、戦闘続行の意志は見せている。

 彼本人としても、ケインに指摘されるまでもなく、自覚はあった。

 ケインに対してだけではない。

 取り決めの試合中、誰と試合をするにしても、ザックの剣には迷いがあった。

 村の若者たちに慕われ、頼られ、それに応えられるだけの力と度量がある兄貴分。

 それがザックの立ち位置だった。

 村の代表の勇者として、魔王を倒すために旅立つ。

 自分を慕う者たちを守るために。

 そうなるべきだろうと考え、そして努力してきた。

 だが。

 その勇者となるために、これまで己を慕ってくれていた者たちを傷つけなければならない。

 それがザックにとって苦痛だった。

 今この時も、ケインを傷つけることに胸を痛めながら、それを押し殺しながら、戦っている。

 そしてそれを、ケインも理解していた。

 理解した上で、ケインは言ったのだ。

 どちらが勝者となるにせよ。

 どちらが勇者となるにせよ。

 この戦いを濁らせないために。

 曇らせないために。


「こっち向けよザック!!」


「!!」


 ザックはケインの目を見る。

 その目は闘志でぎらぎらと輝いている。

 きっと今の自分はあんな風な輝きは持っていないんだろうな、とザックは思った。


「ザックはさ…優しいよね。俺たちが怪我しなくて済むように、傷つけないように、そう思いながら戦ってるんだろ?」


「…ケイン、俺は…」


「でもさ!!」


 ケインは一歩踏み出しながら叫ぶ。


「俺たちは勇者になるためにここに立ってんだよ!皆怪我なんて当たり前だと思ってるからここに立つんだよ!!ザックだってそうだろ!?」


「俺はそうさ…だけど…」


「だったら!」


 ザックの言葉を遮るように叫ぶと、剣を上段に構え直す。

 ボソリと呟くように、ケインは続けた。


「……その優しさは……ここじゃ甘えだ」


 そのままザックに斬りかかる。

 流れるようなその動作には、迷いや甘さといったものは微塵もない。

 弟のように思っていたケインからの、容赦のない一撃に、ザックは―――――。


「ナメんなぁ!!!」


 ガッチリと剣を合わせた。

 鍔迫り合いの形になり、両者その場で力を込める。

 ケインはザックの目を見る。

 ぎらぎらした輝きを放っているその目に、ケインは笑みを浮かべる。

 それに呼応するかのように、ザックも笑った。


「やっとその目になったね」


「やっと笑ったな」


「そっちがちゃんと本気でやってくれるなら、こっちも手加減しないよ」


「ほーう。俺を相手に本気じゃなかったと?笑わせんな」


「その内笑えなくなるさ」


「おまえがな……うらぁ!!」


 渾身の力で、ザックはケインを弾き飛ばすと、すかさず斬撃の嵐を見舞う。

 ケインもすぐさまそれに刃を合わせ、一太刀も浴びることなく攻撃を凌ぎ、逆にザックに傷を負わさんと剣を振る。

 剣と剣が激しく交差する最中、ザックは一瞬の隙を突き、強烈な蹴りをケインの腹へとぶつけた。


「うぐっ……!」


 崩れた体勢を立て直そうとするケインだったが、ザックが剣を左手一本に持ち替えているのが見え、自身も同じ動作をとる。


「『バリ』ィ!!!」


 両者同時に呪文を唱えると、互いの右手から稲妻が放たれ、中央でぶつかり合う。

 轟音が鳴り響き、周囲の村人たちは耳を塞ぐ。

 だが、呪文を放った当の二人は、騒音等に耳を貸しはしなかった。


「流石に今の攻撃はバレバレか」


「雷撃魔法で動きを封じて、隙ができたところをズパッと斬る。『ドーズ様著・退魔指南書』5章を参照……読んで育った教科書が同じじゃ、戦法もある程度似てきちゃうよね」


「重要なのは学んだことをちゃんと応用できるかどうかだぜ?こんな風にな!!『ボヤ』!!!」


 ザックの右手から、今度は火の球が放たれる。

 慌てて左へ跳び、身を躱すケインに、ザックは続けざまに火炎魔法を放つ。


「『ボヤ』!!『ボヤ』!!『ボヤ』!!」


「くっ!何が応用だ!ただ撃ちまくってるだけじゃないか!」


「聞こえねえなあ!炎の勢いが強くてよ!!『ボヤ』!!『ボヤ』!!『ボヤ』!!」


「うわぁっ!!」


 容赦なく放たれる攻撃をひたすら避け続けるケインだったが、徐々に距離を詰められながら、舞台の角に追いやられていく。

 ザックはじりじりと歩み寄りながら、見せつけるかのように不敵な笑みを浮かべ、左手で剣を振り上げ、右手はケインの眼前に突き出す。


「笑えなくなるって言ってたなあケイン?まだ笑えてるぜ」


「……らしいね」


「へっ、いつもの強がりも言ってらんねえか。いいぜ、剣か火炎か、好きな方で決着つけてやるよ」


「……やっぱり剣がいいかな。俺の勝ちでね!!」


 言い終わると、ケインは剣撃を浴びせようと詰め寄る。

 だが。


「『ボヤ』!!」


 ザックの火炎魔法が一瞬早く、ケインに命中した。

 まともに喰らってしまったケインは、そのまま舞台から投げ出される。


「いい勝負だったぜケイン……おまえの分も俺は…」


 そうザックが言いかけた時だった。


「『プーカ』!!」


 呪文を唱えたケインは、舞台から地面に落ちることなく、空中に留まっていた。

 目の前で起きたことが信じられないといった様子で、ザックは言葉を失う。


「勝負はここからだよ、ザック!」


 空中で体勢を立て直すと、ケインは再度詰め寄り、ザックに剣を振るう。

 ザックはハッと気付き、咄嗟に両手で剣を構え直し、かろうじて攻撃を受け止める。

 ケインが舞台に再び着地すると、剣の勢いは更に加速していく。

 猛攻を必死で凌ぐザックだったが、やはり先程の異常事態が頭から離れない。

 表情は引き攣り、笑っていられるような余裕は一切ない。

 構えは乱れ、少しずつだが後退し、追い詰められていく。


「なんでだ!?なんであんな……なんで……浮遊の呪文だと!?そんなのあったか……!?」


「あったよ!風魔法の項目に一行だけ!やり方は載ってなかったけど!」


 剣を交えながらの問答に、ザックは少しずつ冷静さを取り戻していく。

 ついに舞台中央で踏みとどまり、二人の剣撃は互角の勝負となった。


「そんなあるかないかもわからないような呪文を練習してたとはな!」


「ご先祖様が嘘を載せるわけないと思ってたからね!ヒントなしじゃ流石に習得するのに時間はかかったよ!」


 そう言うと、ケインはまた飛び退くと、左手一本に剣を持ち替える。

 雷撃魔法が来る―――――。

 そう直感したザックもまた、剣を持ち替えた。


「切り札は最後まで取っとくもんだぜ!!『ボボーヤ』!!」


 さっきまでの火炎魔法とは比較にならないほどの勢いの炎が、ザックの右手から放たれる。

 ボヤは火炎の初級魔法、ボボーヤはそれの中級魔法である。

 弱い雷撃魔法程度なら掻き消してしまうであろうその攻撃が、ケインを包み込もうとするその時だった。


「『バビューオ』!!」


 ケインの手から放たれたのは、雷撃魔法ではなく、風魔法による突風であった。

 猛烈な勢いの突風により、炎は跳ね返り、ザックへと向かう。


「うぉぉお!?」


 ザックは慌てて、自身の呪文効果を打ち消すために念じる。

 彼に襲い掛かる寸でのところで、炎はかき消された。

 その隙を、ケインは見逃さなかった。


「『バリボー』!!!」


 今度こそ雷撃魔法が、ケインの手から放たれる。

 先程見せた雷撃魔法よりも遥かに速く、そして強力な攻撃が、ザックに命中した。


「あぐっ!」


 ザックの体が完全に硬直する。

 左手に握られた剣が落ちないように、堪えるので精一杯だった。

 ケインは詰め寄ると、ザックの剣を切り払い、打ち上げた。

 ザックの剣が宙を舞う。


「俺の勝ちだね、ザック」


 舞台上にザックの剣が突き刺さった。

 それと同時に、村人たちの歓声が沸き起こり、次々に舞い込む祝福の言葉を浴びながら、ケイン=ズパーシャはその場に力が抜けたように座り込んだ。


「……勝者が座ってんなよ、ケイン」


 雷撃魔法のダメージから回復したのか、ザックが歩み寄る。


「……あんたが相手じゃあこうなるよ、ザック」


「そうかい、最初に『バリボー』を撃ってりゃ、もう少し楽に勝てたんじゃねえか?雷撃魔法の中級なんて、俺は避けようがなかったぜ」


 やや不機嫌そうにザックは苦笑している。

 同じく苦笑しながらケインは答えた。


「さっさと見せても『バリ』や『ボボーヤ』である程度相殺されるし、あれだけ『ボヤ』を連発できるほど体力のあるあんたの動きを、完全に止められると思ってなかったからね。あんたが言ったように、切り札は最後まで取っておいたのさ。あんたは多分、浮遊魔法が最後のカードだと思ってたんだろうけどね」


 その言葉に、ふふっとザックが笑い、右手を差し出す。


「気ぃ遣うなよ。おまえの勝ちだ」


 その手にガッシリと握手を交わし、ますます大きくなる歓声を聴きながら、ケインも笑った。


「ありがとう、兄貴」


 レイブ村における四十代目の勇者が、ついに決定したのだった。

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