第16話 右か、左か
ケインがダンテドリ島に向かっている頃。
デュナミクの首都、アマビレの宮殿にある一室において、女王ロレッタを含めた数人が集まり、大きな円卓を囲って席についていた。
いずれも、デュナミクの支配下にある地域を担当する者であったり、未だ抵抗を続ける国々に侵略する部隊の指揮を執る者など、重役ばかりである。
彼らは不定期で女王の命によりこの場に招集され、全体の近況報告会が行われる。
が、本来の目的が近況の確認とは別にあるということを、彼らは経験上、理解していた。
ロレッタが咳払いをすると、彼らは全身をびくりと硬直させながらも、毅然とした表情を主である女王に向けた。
「では、席の順番に聞いていきましょうか。まずはジェラルド警備兵長から」
「はい」
女王の右隣に座っていたジェラルドと呼ばれた男は、呼びかけにすぐさま答え、立ち上がる。
「この10日間で、警備兵が斬殺されるという事件が多発しておりました。犯人はご存知の通り、ヒノデ国出身の『剣狂』ショーザン=アケチ。10日前にこのアマビレまで侵入し、陛下が見事、撃退なさるまでに既に32人、いずれも強さの最上位を示す、黒の鎧を着た警備兵が殺されました。陛下によってアマビレを追われて以後も、国内に潜伏していたようで、ペッパータウンにて目撃情報があったのが、本日の昼間。ここでも2人の黒警備兵を殺害し、ついに国外に逃亡。更には国境警備にあたっていた黒警備兵が1人、何者かによって斬殺されておりますが、手口と目撃情報から察するに、この男の犯行と見て間違いないでしょう。引き続き警備を強化する方針ではございますが、黒警備兵の死者は、10日間で合計35人。戦力の大幅な低下は否めません」
「わかりました。ペッパータウンでのことは、剣狂の外見情報を伝えきれていなかった伝達ミス。我々の支配下となってから日が浅かったからという面もありますが、次に活かすべき反省点ですね。わたくしはしばらくはここを離れる気はありませんから、警備を強めるべきはここではなく、国の外側。国境警備に戦力を注ぎなさい」
「……御意」
ジェラルドは意外そうな顔をしながら、静かに座った。
ここ数日、警備兵の死者が多く出ていることから、その責任を取らされるのだろうと、覚悟して来ていたからだったが、どうやら女王はそれを咎めるつもりはないらしい。
そのことには一安心ではあったのだが、だとすると、今回集められた理由は。
そう考える間もなく、その右隣に座っていた男が立ち上がった。
侵略隊総隊長、グイドである。
「ではこちらのご報告を。現在、我々侵略隊が侵攻を進めているエリアは3つ。クドモステリアとワタワラ、それからスキマッカウ。いずれも小国ではありますが、資源は豊富にある、植民地にするには最適の地です。大変順調で、遅くともあと5日あれば、完全に支配できることでしょう」
「それは素晴らしい報告ですね。その3つを完全に我々のものとしてしまえば、ヒノデ国への侵略もそう遠いものではなくなります。引き続き頼みますよ。では次」
グイドの右隣の男が、気だるそうに立ち上がる。
偵察部隊長、ライモンドだ。
「こっちはダンテドリ島を引き続き調査してましたぁ。んでぇやっぱりぃ、侵略隊を20人ばかし殺しやがったあの火だるまになってる怪物はぁ、どうも利用価値高そうなんでぇ、殺しちまうより兵力もっと集めてぇ、いっぺんとっつかまえた方がいいンじゃねぇかと思いますですぅ、はい。あー、あとぉ、調査中に海賊船が2隻ほどこっち見てたんでぇ、そいつらは全部殺しときましたぁ」
「ご苦労様。その怪物とやらは、侵略隊が予定通り5日以内に3国を制圧したら、その残存兵力及びあなたたち偵察部隊全員で捕獲しなさい。開始は最短で7日後、侵略隊に僅かですが、休息を与えてからです」
「御意ッスぅ」
ライモンドの言動は、女王に対して余りに礼節を欠いていたが、女王本人はさほど気にはしていないようで、素っ気ない返事ではあったが、逆にそれ以上何か追及するようなこともなかった。
一方で、ライモンドの右隣に座っている男、元警備兵長にして、現在の監獄長パウロは、震えながら俯いていた。
パウロに目を向けたロレッタが、冷淡に言う。
「次はあなたの番でしょう?パウロ監獄長。その様子だと何かあったのでしょうから、早く教えてくれませんか?」
女王の言葉に、その場にいる全員が固まる。
今回の招集の理由が、パウロにある、それを確信したからである。
パウロは足を震わせながらゆっくりと立ち上がり、歯をガチガチと鳴らしながら、話し始めた。
「み、3日前のことでございます。わ、私が担当してございます、元グラブ国にある第六監獄エリアにおきまして、ぐ、ぐ、グラブ国だった、かつて、グラブ国で……。元、グラブ国の戦士、と、思しき2人組が現れました。そ、その2人は、か、監獄を…監獄で、監獄に侵入し、暴れ、そ、そこにいた、これまたグラブ国の戦士である、凶悪な囚人、す、すこっ…スコット=ゴーバーを解放し、さ……ささ、3人で暴れ、監獄兵や、け、警備兵など、お、お、多くの犠牲者を……。わ、私も戦いましたが、や、奴らには敵わず……」
「成程。よくわかりました」
恐怖のあまり、たどたどしく喋るパウロを制し、ロレッタは冷ややかな目線を送る。
途中で止められてしまったパウロは、また俯くが、座って良いものかどうか迷い、その場で立ち続けていた。
それが5分ほど続いたところで、ロレッタは低い声で言った。
「それで、何故あなたは、まだ生きているのですか?」
「えっ!?」
パウロが顔を上げ、他の者も全員、ロレッタを見る。
パウロの歯を鳴らす音がより大きくなる。
耐えかねたライモンドが口を挟んだ。
「へ、陛下ぁ。そりゃあんまりってもんでしょぉ?パウロさんだってぇ、必死で戦ってぇ、その結果負けてぇ、んでもこうしてぇ、ちゃんと陛下に報告するためにぃ、こうしてここにいるんですよぉ。それを陛下ぁ…」
「ライモンド偵察部隊長。いつわたくしが、あなたに意見を求めましたか?」
パウロに向けたのと同じ声、同じ目で、ロレッタは告げた。
ライモンドは小声で申し訳ございませんと言ってから、静かに座った。
「さて、パウロ監獄長。あなたは何故、まだ生きているのでしょう?15年前の失敗は、あくまで過去のもの。今更咎めることもありませんが、それでもあなたは、1年前と同じ失敗を繰り返していますね?今回暴れたというグラブの2人組とやら、あれはあなたが逃がしてしまった2人のことでしょう。1年前に逃げられた相手にカチコミされ、スコット=ゴーバーまでも取り逃がし、更にはその場で殺処分することさえできずに、敗北してしまうなどと…。そんなあなたが、何故まだ生きているのですか?」
苛立ちからか、口調がやや荒っぽくなりつつある女王に、パウロはより一層身震いする。
「お、お、お許しください、女王陛下。わ、私には、妻子もございます。もう二度と、陛下の宸襟をお騒がせ奉るようなことは致しません。ど、どうか。どうか」
円卓に手をつき、額を擦りつけながら言うパウロを見つめながら、女王は笑っていた。
あくまでそれは、口元だけであったが。
「心配することはありませんよ、パウロ監獄長。あなたの家族に、不自由はさせません。これはあなた個人の失態。家族にまでその責任を負わせるというのは、余りに酷というものでしょう?それに、あなたにはまだ、道が選べます」
「じ、女王陛下…」
パウロが顔を上げると、ロレッタの両肩からそれぞれ、半透明の腕が2本伸びていた。
アラルガンドの右腕と、ストリジェンドの左腕だ。
室内ということもあって、人間のそれと同じ大きさに留まっていた。
それを見たパウロは、もう歯を鳴らすことはなくなっていた。
「右か、左か。どちらかを選びなさい。どんな無能でも、最期は必ず役に立たせて差し上げます。それが女王としての、わたくしの慈悲というものです」
今度は、ロレッタとパウロ以外の全員が、その場で俯いていた。
これから起きることを、なるべく見ないよう、しかし、心にはしっかりと刻み付けるよう。
パウロは大きく息を吸い込むと、上を見上げて叫んだ。
「パウロ=ペザンテ!!幾度もの晴らしようのなき失態の数々!この命で以て、僅かでも償わせていただきます!!デュナミク国万歳!!ロレッタ=フォルツァート女王陛下万歳!!!『フェダウト・アラルガンド』!!!」
その呪文を唱えた途端、パウロの全身が裂け、血が噴き出した。
血はアラルガンドの右腕に吸い込まれるように飛んでいき、ほんの少し輝きを放ちながら、霧状になって腕の中へと溶け込んでいった。
裂けたパウロだったものは、血を一滴残さず腕に捧げると、黒い炭のような塊になって、がらがらと崩れてしまった。
長い沈黙の時が流れた。
ライモンドはもよおしてくる吐き気を必死に堪えていた。
ジェラルドが顔を上げ、ロレッタを見る。
ロレッタの右目から、一筋の涙が流れていた。
「どれほどの成功を治めようとも、如何なる失態を犯そうとも、貴族であっても、国外の汚物であっても、死は平等に尊いものです。パウロの死もまた、尊ぶべき犠牲です。彼が捧げてくれた命のおかげで、この腕もより一層、力を増すことでしょう。皆、これより5分間は黙祷とします。本日の報告会はこのくらいにして、この後は、パウロの死を家族に告げ、葬儀を執り行うこととしましょう。その任は…ニコラ参謀長、お願いできますね?」
「御意」
ロレッタの左隣に座っていた男が、低い声で返答した。
黙祷を終えた後、ロレッタは玉座の間にて腰を下ろしていた。
目の前で跪いている従者、ジェラルドの方は見ず、何もない空間に目を向けたまま、女王は声をかけた。
「ジェラルド、あなたは今回のパウロの一件で、わたくしを惨い人間だと思いましたか?」
「陛下、謹んで申し上げます。どうか貴方様御自身の行いに、迷いを持たれなさるな。貴方様は、この国にとって不可欠な存在。貴方様こそがこの国を照らす太陽そのものなのです。世界はいずれ、この国、デュナミクのものとなります。さすれば、貴方様は全世界を照らす太陽、或いは神とさえ崇められるべき存在となるのです。陛下、貴方様の行い全てが、この国のためであることは、国民誰一人として疑う者はおりません。パウロは与えられたチャンスを2度も逃してしまったのです。あそこで許されてしまっても、パウロに生き場所などもう残されてはおりますまい。陛下が死に場所をお与えになったことで、パウロは最期に輝く機会を得られたのです。陛下、貴方様の行いは、全てが正義です。もしも貴方様を惨いと思う者がいたとしても、その者は知らぬのです。陛下の苦心と、頂点に立つ者は凡人とは程遠い境地に思考が巡っているのだということを」
「即興の美辞麗句にしては、中々のものでしたよジェラルド」
そう言った女王の顔は、まんざらでもなさそうだった。
「あなたの言う通りですね。迷いを持っていては、世界を照らせません。ですが、あなたも忘れてはなりませんよ。パウロに対してそう言ったということは、同じ立場に立たされた時、あなたが取るべき行動もまた、パウロと同じだということを」
「覚悟の上でございます」
「……わたくしは本当に良い従者を持ちました」
女王は目を閉じ、ほんの僅かな時間だけ、眠りに落ちた。
丁度その頃、ダンテドリ島に着いたケインは、既に塔の中に突入していた。
瘴気防止のためにグライバーの葉を一枚食べ、クラリから言われた通り、彼女から受けた魔力を自身の魔力で振り払ってからの突入だったが、そのせいで既に魔力がほとんど尽きかけてしまっていた。
幸いにして、塔に入ってすぐ、殺風景な空間で出くわした魔獣は一匹だけではあったが、よりにもよって、それはケインにとってよく見覚えのある魔獣だった。
「何の因果だよ、オイ…」
唸り声を上げて威嚇するその魔獣に、ケインは愚痴をこぼす。
全身がゴツゴツと発達した筋肉に覆われた、馬のような魔獣。
魔界でケインが倒せなかった、中級魔獣のマッシヴヒヒーンだった。
その背後には、上に行くための階段が見える。
この魔獣を倒さなければ、上がることはできない。
マッシヴヒヒーンは、一際大きな唸り声を上げると、一直線にケインめがけて突進してきた。
「うぉぉわ!!」
間一髪それを躱したケインは、剣を抜くと、マッシヴヒヒーンの尻に突き立てる。
だが、体の中で最も柔らかい部位であるはずの尻は、またしても傷一つつくことなく、逆に剣を弾き返した。
「ぐっ!!」
ケインの体勢が崩れ、すかさず向き直ったマッシヴヒヒーンがそれを狙う。
助けてくれる味方は、今は誰もいない。
回避する手段がないまま、ケインはマッシヴヒヒーンの突進をまともに受けてしまい、吹き飛ばされた。
塔の壁に激突し、ずるずると滑り落ちるケインを、再びマッシヴヒヒーンが狙う。
迫り来るマッシヴヒヒーンを見つめるケインの目は、魔界で戦った時とは別物であった。
「…なんだよ、こんなんじゃなかったぞ」
脳裏に浮かぶのは、あの剣狂、ショーザンの振るう刀。
あれとぶつかり合った衝撃に比べたら、中級魔獣の突進の、なんと頼りないことか。
剣の腹でマッシヴヒヒーンを受け止め、その場で押し合う。
力でも敵わず、じりじりと壁に押しつけられていく。
押し勝てたとしても、未だに有効打を見いだせない。
それでもケインは、目の前の魔獣を、修行相手には役者不足だと感じていた。
殺戮剣狂、ショーザン=アケチを倒すには。
海と空の支配者、キャプテン・オーロを倒すには。
暴君女王、ロレッタ=フォルツァートを倒すには。
そして、この塔の頂上に君臨する、最上級魔獣、炎王カウダーを倒すには。
この程度の相手に、手こずるわけにはいかないのだ。
「アレに勝てなきゃ…あいつらに勝てなきゃ!!いけないんだよ俺は!!!」
そう叫んだケインは、マッシヴヒヒーンの頭を剣で押さえつけ、上から身を躱して距離を置く。
再度の突進に備え、刀を真っ直ぐ、突きの体勢をとる。
もしかしたら、一発くらいならば、攻撃魔法を放つことは可能かもしれない。
浮遊魔法で、上から狙うことも可能かもしれない。
だが、今は小細工よりも、正面からこの魔獣を倒すことが、ケインにとって最も優先すべきことだった。
純粋な力量も、実戦経験も、今はまるで足りていない。
少しでも強くなるに、今どうすべきか、そう模索した結果たどり着いた答えが、真っ向勝負だった。
マッシヴヒヒーンが、再度向かってくる。
その額に剣が突き立てられる。
尻よりも硬く、弾力のある額に弾かれる剣を手元に引き戻し、今度は斬りかかる。
首の筋肉で受け止めたマッシヴヒヒーンが、頭を振り回してケインの胴に激突する。
打たれた箇所から昇ってくる吐き気を堪えながら、構わず剣を振り下ろし、何度も何度も斬りにかかる。
マッシヴヒヒーンは、剣撃のことごとくを自慢の弾力ある筋肉で弾き、逆に肩に噛みついたり、腹部に頭突きを喰らわせる。
その度にケインは苦痛に悲鳴を上げるが、攻撃の手を緩めることはない。
左肩の骨が砕け、肋骨も何本も折れた。
両足のあらゆる箇所が骨折し、右の肘にはヒビが入っている。
それでも立ち上がり、攻撃を続けるケインだが、流石に最初ほどの勢いも、威力もない。
カウンター気味にマッシヴヒヒーンの頭突きが顎に命中し、ついに倒れてしまった。
マッシヴヒヒーンは、既に勝利を確信し、興奮気味に血走らせた目で、もはや『敵』ではなく『エサ』と化したケインを見据える。
狭い視界と興奮のせいで、自身の体の異変に気付いていない。
最後に斬りつけられた所から、背中から血を流していることに、気が付いていないのだ。
倒れていたケインが先にそれに気付き、笑みを浮かべる。
「やっと……効いてきたんだな」
それは、独自に思いついたマッシヴヒヒーンの倒し方だった。
マッシヴヒヒーンの筋肉は、硬さの外に、柔らかくしなやかな弾力がある。
一切の緊張がなく、自然体でいられている証だ。
ならば、その弾力を失くしてしまえば。
筋肉を、興奮などで緊張、収縮させてしまえば、あとは硬さしかない。
剣を弾くような柔らかさは、もうマッシヴヒヒーンには残っていない。
それを狙うために、無意味とも思える攻撃を続けていたのだった。
尤も、純粋な力だけで攻略したいというのが本音ではあったのだが。
ケインはジャンプするため、両足に力を込める。
だが、骨折したあらゆる部位から激痛が走り、思わず目を瞑ってしまう。
その隙を見逃さず、マッシヴヒヒーンがとどめの一撃を与えようと迫る。
「つっ!!」
目を閉じて浮かぶのは、ククの顔。
自分が何のために強くなるのか、強くなりたい一番の理由が、そこにあった。
ククのためならば、全身の痛みなど、蚊に刺されたも同然だった。
ケインは跳んで攻撃を躱し、渾身の力でマッシヴヒヒーンの背に剣を突き立てた。
「う……ぉ…おぉおおおあああアアアアアアア!!!!!」
剣は魔獣の皮膚を破り、硬い筋肉を掻き分けるように直進して、腹を突き抜ける。
その痛みで、ようやく致命的なダメージを受けたことに気が付いたマッシヴヒヒーンが暴れようとするが、ケインはいち早く反応し、貫いた剣をそのまま走らせ、背中から尻にかけて一直線に切り裂いた。
絶命させるには十分なダメージだったらしく、マッシヴヒヒーンは崩れるように倒れ込み、そのまま動かなくなった。
ケインも、受けたダメージが大きく、その場に倒れ込んだが、息を荒げながら這い、マッシヴヒヒーンに近づいていった。
「癒しの魔法……使う、前に。体力と魔力を…戻させてもらうぜ。いただき、ます」
そう言って、既に硬直が始まっているマッシヴヒヒーンの体に食らいつく。
血を啜り、肉を頬張って、体力の回復を図る。
予想していた以上に、マッシヴヒヒーンは美味く、そしてケインの体力と魔力をみるみる回復させた。
魔力がある程度戻ったところで、回復魔法で折れた骨を繋ぎ合わせ、傷を癒す。
魔力がなくなると、また死肉を食べ、魔力を回復させ、何度もそれを繰り返す。
ついに傷も完全に癒え、体力も魔力も全快したケインは、そこでようやくマッシヴヒヒーンを倒せた事実を喜んだ。
10日前はまるで歯が立たないと、絶望した相手、それが、今は倒せる。
しかも、もう今すぐにでもまた戦えるくらいに元気になっている。
マッシヴヒヒーンの肉は疲労回復の効果もあるようだった。
「魔獣を倒して強くなり、そいつらを食って体力を戻す、か。これなら、いくらでもいけるぜ!」
強気にそう言ったケインは、意気揚々と階段を駆け上がった。
次の階でケインが出くわした魔獣は、これまた中級魔獣。
ただし、今度は一匹ではなかった。
先程倒したマッシヴヒヒーンに、ガイルウルフ、コワモテペリカンや、ハラボテゴブリンもいる。
全て合わせて、10匹以上という数だ。
「………いくらでもいけるとは言ったけど、いきなり増えすぎだろ」
そんなツッコミを聞き入れるはずもなく、魔獣たちが飛びかかる。
観念したようにふっと息を吐いてから、ケインも勇ましく雄叫びを上げ、魔獣めがけて突っ込んでいく。
勇者にとっての地獄の5日間は、今始まったばかり。