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四十代目勇者ケイン=ズパーシャが最強になるまで  作者: M.P.HOPE
旅立ち 世界の真実と魔王ゴア
17/105

外伝『剣狂奇譚』第壱話 奥義開眼

 ケインがレイブ村を旅立つ15年前のヒノデ国でのことである。

 この国の中央には、デュナミク王国の宮殿にも劣らぬほど立派な、ヨリミツ城と呼ばれる現国王と同じ名を冠する城がそびえ立っている。

 そのヨリミツ城の地下には、国で大罪を犯した者どもを収容する牢獄があり、罪人は5~6人ずつ檻に入れられ、裁きの時が来るまでそこで待たされる。

 昼夜問わず、出獄を願う囚人たちが檻を掴んで怨嗟の声を上げているが、たったひとつだけ、誰も声を上げない檻があった。

 その檻の中で膝を抱え、何をするでもなくただぼんやりと時が流れるのを待っている男が一人。

 男の名はショーザン=アケチ、この時23歳。

 彼がここに入ったいきさつはこうだ。

 当時、デュナミクの侵略部隊がヒノデ国を襲撃するという事件があったが、戦力で勝るヒノデ国は即座に対応し、『侍衛衆(じえいしゅう)』と呼ばれる国の精鋭15名がこれの鎮圧に当たった。

 50余人いた敵を討ち倒し、その内部隊の隊長格と目される男4人を捕らえ、彼らを人質に、当時まだ12歳だったロレッタ=フォルツァート女王と交渉する手筈だった。

 ところが、侍衛衆に先んじて、侵略部隊と交戦する浪人がいた。

 それがショーザンである。

 敵を捕らえて人質にするという侍衛衆らの策など、彼が考慮するはずもなく、瞬く間に侵略部隊を皆殺しにしてしまった。

 そればかりか、止めに入った侍衛衆らを待ってましたとばかりに次々と殺害し、侍衛衆の生き残りが放った毒で気を失うまで暴れ続けたのだ。

 彼の手で侍衛衆も13人殺害され、残り2人となったがために侍衛衆は解体に追い込まれた。

 これによって、ショーザンは当然ながら死罪を言い渡され、刑を執行されるまで投獄される運びとなったのである。


 既にそれから10日経った囚人の身。

 まともな食事も与えられないショーザンだったが、美男子と称されるその顔は微塵も影響を見せない。

 投獄される際に服を全て剥ぎ取られてしまったために、地下の寒さもあって風邪をひいてしまってはいたが、まだ笑みをこぼす余裕は持っていた。


「危険だから、武器になるかもだからって服を取っ払っちまうんなら、どうせなら髪も歯も爪も、ぜえんぶそうしちまえばいいのにねえ…」


 空腹を紛らわすように膝を抱え、そう呟きながら目を閉じる。

 変わり映えのない景色、普段でさえ物を見るということに興味を持たず、目を開ける時間がほとんどない彼にとって、檻の中は常人以上に退屈極まりなかった。

 しかし彼の実力ならば、その気になればいつでも脱獄はできた。

 それでもそうしないのには当然理由がある。

 一月以上待てば流石に体力的な限界が来るだろうという危機感は持っており、その時が訪れるより前には、拘りを捨てこんな檻も看守も悉く突破し、さっさと逃亡してやろう、そう考えている時だった。

 囚人たちの大声に混じって、2人分の足音が聞こえた。

 目を開けずにそちらに耳だけ傾けると、一人はいつもの看守だったが、もう一人の足音の正体が掴めなかったので、仕方なく目を開けた。

 二人とも右手で口元を覆い、顔をしかめて檻の前に立っている。

 看守の隣にいるのは、元侍衛衆の生き残り、サトル=ハチヤだった。


「刀を奪われようとも、そのいきり立つ狂気は抑えられぬか」


 そう言ったサトルの視線の先にあるものは、ショーザンの足元に散らばる数々の死体。

 ことごとくが首や手足を切断され、それらや尻からは大量の血を流している。

 まだ腐敗は進んではいないが、垂れ流される汚物によって、それらが放つ悪臭は強烈なものだった。


「誤解せんでくださいよ。あくまで正当防衛の結果ですからね。彼らが私を見て襲ってきたんですよ」


 へらへらと笑いながら自己弁護するショーザンに侮蔑の視線を向けながら、サトルは看守に問う。


「何故死体を片付けぬ?このまま腐らせておく気か」


「檻を開けてしまうと、こやつが逃げてしまう恐れがあるもので……」


 開けようが開けまいが逃げられるけどね、二人の会話を聞きながらショーザンはそう考えていたが、突然サトルが檻の鍵を開けた。

 きょとんとしているショーザンをよそに、サトルは言った。


「出ろ、御前試合に貴様が呼ばれた」


 途端にショーザンの口元が歪む。

 声を上げて笑いそうになるのを必死に堪えながら尋ねた。


「して、お相手は……?」


「ソウク=タジマ」


「……っははははははははははは!!!!!」


 ついに堪えられず、大声で笑いながらショーザンは立ち上がる。

 ソウク=タジマと立ち合える。

 投獄された時から、否。

 彼が殺人に手を染めた頃から願っていたことだった。






 免罪御前試合。

 死罪となった囚人に与えられる、生き残るための最後の好機。

 ヒノデ国王ヨリミツ=マドカの前で真剣を握って立ち合い、勝てば罪の一切を許され、釈放されるというものだ。

 ただし囚人であれば誰もが参加できるというわけでもなく、相当な手練れと事前に認知されており、且つこれまでに投獄されたことがない者に限られる。

 相手は王の臣下から、必ずその囚人に勝てると確信できるだけの実力者が選ばれる。

 万一勝てたとしても、王の臣下を殺した罪が新たに追加され、投獄はされないが、国外追放されてしまう。

 即ち、免罪と名が付いてはいるが、その実、囚人を生き残らせるつもりはなく、王にとっての道楽の御前試合でしかない。

 今回呼ばれたソウク=タジマという男は、マドカ一門の剣術指南役にして死刑執行人。

 ヒノデ国においては、最も強い剣豪と目される人物だ。

 人を使っての『試し斬り』等も度々王の前で披露しており、見ることに関心を持たないショーザンも、この男の剣だけは目にしておきたいと、しょっちゅう影から盗み見ていた。

 常に鮮やかな太刀筋に心を奪われた。


 ソウクが持っている刀は奇妙なことに、振る度に色を変えて輝きを放っていたが、ショーザンはそこには大して関心を持たなかった。

 この刀を『虹』と呼び、ショーザンが心底まで気に入るようになるのはこの少し後のことになる。


 ショーザンは常々、この男との真剣での立ち合いを望んでいたが、常に王と行動を共にしている男であるが故、見張りをかいくぐることはできず、叶えられなかった。

 それがついに、御前試合という形で実現したのだ。


 試合直前、ショーザンは安物ではあるが着物と刀を与えられ、身支度を整えた。

 布で仕切られている先に、ソウクがいる。

 そう考えるだけで息が荒くなった。


「これより、免罪御前試合を執り行う!!」


 その掛け声と共に、仕切りが取り払われ、ついに念願の相手と対面した。

 既に刀を構え、ソウク=タジマは待っていた。

 ショーザンの目には、もう彼しか映っていない。

 威厳たっぷりの白い髭を揺らしながら、先にソウクが声をかけた。


「こうして会うのは初めてになるな、アケチよ」


 名前を呼ばれたことに感激し、身震いしてショーザンも答える。


「ええ、私はたまにお見かけしてましたがね、ソウク=タジマ……先生」


「先生?」


 その言葉にソウクはぴくりと眉を上げる。


「先生と呼ばれる覚えはない。貴様に何かを教えたことはないのだから」


「いえいえ、タジマ先生の太刀捌き、しかと拝見していましたよ。御前試合の時も、試し斬りの時も。盗み見ではありましたがね」


「ふん、次代の剣豪……だと期待されていた者にそこまで見込まれるとは、光栄だな」


 言葉とは裏腹に、ソウクの表情は不快そうだった。


「アケチ、貴様がどれだけ暴れてきたかは散々耳にしている。貴様の剣は凶暴に過ぎる。儂の剣から何を学んだと言うのだ」


「その答えはこれから見られるでしょう。あなたの体で、存分にね」


「何をべらべらとくっちゃべっておるか!まずは私に挨拶だろうがショーザンよ!!」


 横から怒鳴り声が挟まれ、ショーザンは目を閉じてそちらに顔を向けた。


「これはこれはヨリミツ様。お久しぶりで」


「何がお久しぶりじゃアホが!!私の大事な家臣を次々斬り殺しおって!!あと目ぇ開けろ!!」


 ヒノデの王ヨリミツ=マドカが、青筋を立てて喚き散らす。

 ショーザンは幼少期、ヨリミツの重臣コレトモ=アケチの養子として育てられていた。

 だが歳の時、剣術を学んでいる最中、初めて真剣を握ったショーザンは養父を斬り殺してしまった。

 ショーザンが故意であったか否かは定かではないが、それに腹を立てたヨリミツに城から追い出されて以来の再会になる。


「14年ぶりってとこですかね。まあ私はちょくちょく目にはしてましたが。タジマ先生を見るついでにね」


「国王をついでで見るな!!今ちゃんと見ろ!!全然反省しとらんらしいなお前!!」


 国王という呼び方はごく最近定着したもので、将軍などと呼称されていたかつての権力者が外交を目的とした際、他国への混乱を避けるために改めたことがきっかけであるが、どちらにせよ物質的な力ではなく権限的な力しか持たぬ者に、ショーザンは敬意を払いはしない。

 ともあれ、そんな風に取り乱して怒鳴り続けていたヨリミツだったが、しばらくそうしている内に疲れたようで、息を整えてから落ち着いた口調で言った。


「ショーザンよ、戻って来る気はないか?」


「なんですって?」


「お前の実力は、私も、このソウクも理解しておる。まだ若いお前を、死なせるのは余りに惜しい。お前が目を向けるべきは内ではない。先日襲ってきたような外の敵。ああいう輩を退けることにこそ、お前の力は使われるべきではないか?」


 侍衛衆という戦力を失ったことからの打算もあったが、ショーザンを死なせたくはないというのは偽りのない真実だった。

 しばらく考え、やがて目を半分ほど開けてからショーザンは答えた。


「お二人が私を買ってくれているのはありがたいですがぁ……私の殺しはあくまで趣味。仕事に使われるような高尚なものじゃないんです。外の連中を殺すこともまた、あなたに言われるではなく、私の楽しみのためなんですよ」


「……今断れば、ここでソウクに殺される。仮に生き残れたとしても、もうこの国にはおれぬぞ。それを理解した上で言っておろうな?」


 ショーザンは顔をソウクへと向き直してから、刀を抜いて構えた。


「あなたに仕えるより、タジマ先生と殺し合えることの方がよっぽど魅力的だって言ってんですよぉ。あなたに仕えてちゃ、こんな面白いことできやしねえんだから」


 ヨリミツはそれ以上何も言わなかった。

 ソウクに顎で合図すると、ソウクは頷き、刀に殺気を込めた。


「来い、アケチよ」


「行きますよ、タジマ先生」


 言葉と同時に、ショーザンはかっと目を開いてソウクの懐に飛び込み、無数の突きを放った。


「奥義・死閃火蜂(シセンヒバチ)!!」


 だが、ソウクの刀がぎらりと赤く輝き、容易く突きを振り払うと、逆にショーザンに一太刀浴びせた。


「ぐっ……」


 胸元から流れる血を手で掬って舐めながら、ショーザンは痛みに表情を歪ませつつも笑った。


「いやぁ……やりますねぇ……。これでこそヒノデ最強の剣豪……!」


「貴様の本来の構えはそれではなかろう。この儂に小手調べなど、舐めたことをするな」


 ソウクは依然として厳格な面持ちで言った。

 言われた通り、ショーザンは刀を逆手に持ち替える。

 逆手持ちこそがショーザン本来の構えだった。


「では、今度こそ……!!奥義・絶屠舞雷(ゼットブライ)!!!」」


 そう言ったショーザンの姿が、ソウクの視界から消える。

 突然目の前に現れたかと思えば、また見えなくなる。

 何度も繰り返されるが、ソウクの表情は変わらない。


「喝!!!!!」


「ぬうっ!!」


 振り下ろされた刃を、ソウクは黄色い輝きを放った刀身で弾き返した。

 なんとか体勢を崩さずに距離を取るショーザンだが、焦りは隠せない。

 その焦りを見透かしたように淡々とソウクは告げる。


「高速で踏み込んでは退いての繰り返し、いつ斬りかかるかわからぬ疑似餌を混ぜての攻撃か。その速さは驚嘆に値するが、攻撃に移る際の殺気が強すぎる。さあ今斬りますよと言っているも同然だ」


「……なんなら本当に言っても防がれたことなんてないんですがねぇ。そこまで見切られたのは初めてですよ」


 屈辱感と共に絞り出すようなショーザンの声に、ソウクは不敵に笑う。


「だろうな。貴様は自信に溢れすぎている。如何にして相手を斬るべきか考えず、己の斬りたいままに、己の好きな型のままに斬っている。やりたいこととやるべきことの区別がついていない、若い剣だ。大層に技名まで付けているが、儂に言わせればそんなものは奥義とは到底呼べぬな」


 ソウクの刀が紫に輝き、ショーザンへ振り下ろされる。


「くっ!」


 なんとか防ぐも、それで攻撃が終わるわけもない。

 あらゆる角度から繰り出される、ひとつひとつが急所を狙う容赦無い斬撃。

 ショーザンはそれに必死で刀を合わせ、猛攻を受け止める。


「儂の考える奥義とは!『それさえあれば相手を確実に仕留められる』もの!!ただ闇雲に出して、相手を弄びたいがための小技などではない!!研鑽に研鑽を重ね、己が最も信頼できる切り札!!それこそが奥義だ!!!」


 言葉と共に、刀は勢いを増していく。

 やがてショーザンは受け止めきれなくなり、少しずつではあるが、傷を受ける。

 なんとか刀を合わせた隙に地を蹴って再度距離を置き、呼吸を整えて構え直した。

 正面から戦ってのかつてないほどの劣勢。

 その中にあっても、ショーザンには納得しがたいものがあった。


「……何故、そんなことをここで言うんです?その気になれば、最初の一撃で無言のまま決着をつけられたでしょうに。もしかして、私を試しているんですか?」


 ソウクもまた息を切らしていたが、それが整ってもなお、ショーザンの問いにすぐには答えなかった。

 髭に手を触れて少し考えてから、ようやく口を開いた。


「若き才を喰いたくなった、それだけだ」


「それが私を試す理由になりますか?」


 即座にショーザンは切り返す。

 普段曖昧な受け答えをすることが多く、会話すら億劫になることもざらなショーザンではあるが、どうしてもここははっきりさせておきたかった。


「ふふ、やはり若いな。開花するより先に喰ってしまってどうする。それにもう芽吹いているぞ?最初の攻撃も今も、儂は本気でやったが、貴様は生き残った。たったあれだけの戦いで貴様は開花しつつあるのだ。アケチよ、覚えておけ。一瞬の死闘が、10年の鍛錬にすら勝る時があるということをな」


「……ここで私が、あんたを超えるのを望んでいる、というわけですか」


「喰うと言ったのを忘れるな。儂とておいそれと超えられるような容易い壁ではない。貴様の才がどれほどであろうとも、儂には貴様の何倍もの経験がある。幾度もの死線を越えてきた剣豪譚、ソウク=タジマの一篇に、ショーザン=アケチの文字が刻まれるだけだ!!」


「その文字が刻まれるのは最後の行だ、タジマ先生。あんたはここで私に負けるのだから」


 ショーザンは逆手持ちをやめた。

 改めて刀を持ち直し、ゆっくりと上段気味に構える。

 その構えを見たソウクは言葉を失った。

 見間違えるはずもない。

 これまでの人生で、王の御前でも何度も用い、毎日三度は鏡の前で型を見直してきた。

 それと寸分違わぬ、ショーザンの今の構え。

 ソウク=タジマの袈裟斬りの構えだ。


「あんたの奥義は……これでしょう?タジマ先生」


 ショーザンの口調は自信に溢れているが、表情からはいつもの余裕が微塵もなくなっている。

 ソウクは悟られまいと取り繕っているが、ショーザン以上の焦りを抱いている。

 試しでソウクが何度も見せてきた袈裟斬りだが、実のところ実戦でこれを用いたことはない。

 刀をただ純粋に、それが袈裟斬りであることを相手に悟らせるほどに振り上げる。

 それが余りに隙だらけで、試しならばともかく、実戦ではとても通用しないから、などという理由ではない。

 対人戦において使ったことがないのは、これこそがショーザンの言う通り、ソウクの奥義だからに他ならない。

 使えば、確実に相手を殺すことができる。

 だが、剣の道は未だに半ば、この奥義が真に完成されたとは思っていない。

 王の御前とは言え試しならばまだ良しとしたが、立ち合った相手に未完の奥義を用いることは、ソウクの矜持が許さなかった。

 それを見抜いた上で、ショーザンはあえてソウクの袈裟斬りを真似て構えたのだ。

 先程までショーザンが見せていたような小技とは違う。

 ショーザンが最も憧れ、目指した技がこれだった。


「袈裟斬り、人を斬り殺すのにこれほど適した型はない。しかしそれ故に、極めることは難しい。人への試しすら袈裟斬りに拘るあんたが実戦でこれを使わないのは、奥義と定めているからに他ならんからでしょう。あんたが完成できなかった奥義、今日、完成させてみせましょう。この私がねぇ」


 それを聞いた時、ソウクの心から焦りが消えた。

 挑発と捉えたわけではない。

 自身を超える才能の持ち主が放った奥義の完成という言葉、それの実現を無意識に願った。

 ソウクが選んだ構えは、中段。

 次にショーザンが何をしてくるのかは、はっきりとわかっている。

 呼吸、速度、そして型。

 それらが紡ぎ出す『間』、ソウクはこれを完全に支配している。

 それならば、完成されて放たれるであろう『それ』を正面から攻略し、逆に斬り伏せてくれよう。

 若き才の開花を確信し、喰らい尽くす決意を固めた。

 勝てば己の武人としての完成。

 負けは即ち己の奥義の完成。

 どちらに転んでも本望だった。


「いざ!!!」


 二人の剣豪が踏み込み、互いに刀を振った。

 ソウクの刀が赤く輝く。

 ショーザンの刀より僅かに速く受け止め、そこから流れるように腹を裂く、ソウクの考えが現実と重なり、刀同士がぶつかり合う直前まできていた。

 が、ソウクはその瞬間にこそ期待していた。

 その隙間こそが、ショーザンの、そしてソウクの望んだ奥義完成の瞬間だった。

 ショーザンの刀は、まるで煙になったかのようにソウクの刀をすり抜け、無防備となったソウクの肩から腰を一直線に斬り裂いた。

 決着の時だった。

 ソウクは血飛沫を上げつつも、力を振り絞って刀を鞘に収める。

 そのまま虚ろな目でショーザンを見て言った。


「極めた者の剣は……そ、その、構えに入った時から……『一撃』を確約すると言う……。アケチよ……貴様は、こ、このソウクより早く、その境地へ……」


「いいえ、まだまだですよ、タジマ先生」


 ショーザンの刀がぽっきりと折れ、地面に突き刺さった。


「先生ならば、ここまではやれたはずです。私たちが望むものは、もっと先でしょう?」


「……ふ、ふふふふ…………」


 ソウクは腰の刀を外し、ショーザンに差し出した。


「な、ならば……こいつに、その先を……み、見せてやれ。この妖刀……『八百輝璃虎(ヤオキリコ)』にな……」


 ショーザンがそれを受け取ると、ソウクは満足気な笑みを浮かべて、崩れるように倒れ、そのまま息絶えた。

 ソウクの死を見届けたショーザンは、呆然と見ているヨリミツらをよそに、ヨリミツの足元にある、塗れば傷を、飲めば病をたちどころに癒す万能薬と称される水『鶴慈湯(カクジトウ)』が入っている水瓶に目を付けた。

 それを少量、手で掬ってからソウクの遺体めがけて放り投げると、ソウクの遺体はたちまち傷の無い、傍目には眠っているのと区別がつかないほど綺麗なものになった。

 流石に水瓶ごと盗むのは気が引けたので、入れ物に丁度良い物をと辺りを見回したが見つからず、仕方なくソウクから託されたばかりの刀を抜き、その鞘に収まる分だけ鶴慈湯を流し込んでから、ヨリミツ城を、そしてヒノデ国を飛び出した。

 ショーザン=アケチが人斬りとして、悪名を国内外問わず広く轟かせるようになるのは、それから僅か一月足らずのことである。

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