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四十代目勇者ケイン=ズパーシャが最強になるまで  作者: M.P.HOPE
旅立ち 世界の真実と魔王ゴア
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第15話 最後の最上級魔獣

 短期間で強くなれる方法を教える代わりに、魔王として完全復活するのに協力しろ。

 力を失ったゴアからの提案に、ケインはすぐには答えなかった。

 代わりに動いたのは、先程まで黙って聞いていた、ブンとスカーだった。

 彼らはゴアを挟んで、それぞれ腕を掴んだ。


「お前が魔王ってのはさっきの話ではっきり理解したよ。でもな、だったら俺たちの使命を果たさせてもらうぜ!」


「お前が死ねば、俺たちはめでたく村に帰れるんだ。結界が張られた、ここよりも安全な村で、慎ましく暮らすのさ。後のことは村の外にいる皆がなんとかやればいい。ともかく、俺とブンは平和に生きたいんだ。勇者としての務めを、こんな俺たちが果たすというのは分不相応なところではあるが…」


「いや、親父、それならケインにやってもらえばいいんだ。ケインは俺たちと違って、立派に勇者として生きようとしてんだ。俺たちに資格がなかったとしても、ケインなら先代の勇者様たちだって、誰も不服には思わないだろうさ!」


 ゴアは青筋を立てつつそれを黙って聞いていたが、とうとう腹に据えかねたか、静かに口を開いた。


「戯れも大概にしておけよ、そんなに食われたいのか脱落者ども」


 今のゴアには、彼らを殺す力さえない。

 そこにいる誰もが理解していることではあったが、それでも、ブンとスカーを縮み上がらせるには十分な威厳と迫力があった。

 元勇者の親子は、言葉を失った様子で、ゴアから手を放すと、それぞれの座っていた椅子に腰かけ、俯いてしまった。

 ケインはそんな二人を、同情こそすれ、慰めようとも思わなかった。

 ようやく口を開いたケインの興味は、この小屋に来る前から、絶えず目の前の魔王、そしてその中にいる少女だけにあった。


「復活する、というのはつまり、力と姿を取り戻す、ということになるわけだろう?でも、俺がどう協力すれば、それが叶うんだよ?魔力をお前のために捧げろとでも言うつもりか?」


「惜しいが、少し違う。他者から魔力をいただくことで、確かにその分の力を得ることは可能だ。だが、そんなものはあくまでも貰い物。自らのものでない力を手にしたところで、すぐに消え失せてしまう。もっと重要な、摂取すべきものとは、自分で魔力を生み出すための素となる、瘴気だ」


「瘴気?そんなもの、魔界に戻れば…」


「魔界には、俺は今は帰れぬ。こんな姿で帰ったとしても、魔王ゴアが帰ってきたと、連中は気付くことはない。気付いたとしても、俺が無理やり力で従えてきた連中だ。忠誠心で従ってきたわけではない。どの道、俺を邪魔者として排除しようとするだろう」


「じゃあ他に、瘴気を摂取する場所なんて…」


「どこにでもある。お前たち人間は、瘴気のことを、人体に悪影響を及ぼす気体として扱っておるのだろうが、俺を含む魔獣にとって瘴気とは、魔力の糧となるエネルギーのことを言うのだ。お前たち人間に悪影響があるかどうかは関係なしにな。そして、魔界や他の場所で自然発生する瘴気と違い、俺が求める瘴気というのは、人為的に発生させることが可能なものなのだ」


「それって…」


 ゴアは人差し指で、ケインの心臓にあたる部分を指しながら言った。


「人間の死。ヒトという生物が死んだ時、人体には全く無害で、目にも見えぬが、魔獣にとっては良質な瘴気が、その死体から溢れ出す。魔獣が人間を襲う理由がこれだ。俺や奴らは人肉は食わぬが、その周囲に漂う瘴気を食らう。しかもその瘴気は、死んだ人間の強さに比例して、濃く、多く発生するのだ。俺が今欲しておるのは、まさにその、人間の死によって生まれる瘴気だ。自らを封印した当初は、ドーズの行方を追い続け、奴が死んだ時に生まれる瘴気で復活する予定だった。奴ほどの力があれば、奴一人の死で、俺が完全復活できるだけの瘴気は十二分に賄えたはずだった。尤も、奴の行方が掴めなくなったおかげで、それも失敗に終わったがな。お前に協力してもらいたいというのは、まさにその瘴気を集めるため、殺しをやってもらいたいということなのだ」


「なっ…!?」


 ケインは言葉を詰まらせた。

 この元魔王と呼ぶべき存在は、勇者に助けを請うばかりか、勇者に人殺しをさせようとしている。

 そんな正義漢に基づく勇者の反発を見越してか、構わずゴアは続ける。


「かと言って、お前に何千人、何万人と、大虐殺をして欲しい、などと言うつもりはない。今言ったばかりだが、死んだ人間が強ければ強いほど、得られる瘴気も多くなる。殺してもらいたいのは、その強い人間どものことだ。お前もよく知っておる、あの人斬りのような奴をな。あれくらい強い者が発する瘴気が、ほんの数人分ほどもあれば、俺は復活できる」


「……ショーさんのことか」


「お前は先刻、奴を討とうとしておったな?よもや奴のような悪人にさえ、魔に生きる者でないから刃を向ける理由はない、などとは言わんだろう?」


「…そりゃ、あいつや……あいつらに対してそんな風には、思わないけど、さ」


 ケインの頭に浮かんだのは、ショーザンだけではなかった。

 海賊キャプテン・オーロや、デュナミク女王ロレッタ=フォルツァート。

 それら世界を混乱の渦に巻き込んでいる元凶たる人間たちが死ねば、その時に生まれる瘴気で、魔王が復活する。

 無論、彼らを倒すということに関して、ケインは躊躇したりはしない。

 だが。


「俺がそいつらを殺したら、お前の出る幕はないんじゃないのか?そいつらさえいなくなれば、当面、世の中は平和になるんだぞ?」


「馬鹿が。お前が今言った通り、そいつらが死んで世の中が平和になるのは当面の間だけだろうが。お前が死んだ後、世の中はどうなる?ドーズの二の舞になるだけだぞ?」


「それは…」


「俺が復活しておれば、その心配もなくなる。永遠とも呼べる生の中で、妙な気を起こそうという輩を、力で捻じ伏せられる。世界の抑止力として、俺という存在は、不可欠なものなのだ」


 堂々と薄い胸を張ってそう言うゴアに、ケインは頭を抱えて返答に迷っていた。

 勇者として、魔王に協力するということなど、到底考えられなかったからだ。

 その姿勢のまま、絞り出すような声で、ゴアに疑問を投げかけた。


「…お前が完全に復活する直前に、俺と力関係が逆転するほどお前の方が強くなった時、俺を殺さないという保証は?それに、抑止力だとか言ってはいるけど、本音ではまだ地上支配を目論んでいるんじゃないのか?」


 勇者からの質問に、元魔王は威厳だけはたっぷりに、血が通っているかも怪しいほどか細い腕を突き出して答えた。


「当然の疑問だろうな。だが前者に関して言うなら、魔に生きる者ではあるが、王として誓おう。それは決してない、とな。お前が本当に協力してくれると言うのならば、俺はお前を心の底から信頼し、復活するまでの間は味方として行動を共にする。後者に関しては、これはお前の望む回答ではないのかもしれぬが、あくまで現時点では、それはない。抑止力などともっともらしいことを言ってはみたが、実のところ復活の最大の目的は、単に魔王として返り咲きたい、ただその一点のみにこそある。抑止力として、というのは、魔王としての振る舞いによる付随事項に過ぎぬと言って良いだろう」


 少し息を吸い込んでから、突き出した腕に力を込めつつ、ゴアは続けた。


「復活した俺が、もし、野心というものを再び抱き始め、地上を征服しようと企んだり、あるいはお前が、力が衰えて俺より弱くなる前に、どうしても心配だというのであれば、その時は遠慮なく、俺を討てば良い。俺はそれについては何も不満には思わぬし、潔く死んで……は、やらぬが、それはもう物凄く抵抗するだろうが、負ければちゃんと、いや、既に一度死にたくなくて逃げたが、死んでやるとも」


「信用できねえなあオイ」


 そう突っ込みを入れるケインだったが、真っ向から拒絶するわけではなく、ゴアを復活させた場合の疑問を投げかけたのは、心の奥底では、既に協力するか否か、迷っているからに他ならなかった。

 魔王を復活させたいわけではない。

 ゴアのために動きたいわけではない。

 だが、ゴアの中には、ククがいる。

 ククのためになら、やってもいいかもしれない。

 ほんの少し会って話をしただけの少女に対し、ここまで入れ込むのは変だと自覚してはいたが、それでもケインにとっては、ククの存在は、それほど重要なものになってしまっていた。

 またゴアを見て、質問をぶつける。

 目の奥に、ククの魂を探しながら。


「俺がその話に乗らなかったら、お前はどうする?」


「どうもせぬさ。ここでゆっくりと事の成り行きを眺めて、世界が破滅するようならばそのまま今度こそ死ぬ。もしも誰かが世界の王として君臨したとしても、誰かに支配される人生というのは御免だがな。そこだけは王に生まれた者として譲れぬところ、俺の矜持として享受し得ぬものだ」


 その言葉に反応して、クラリが魔王へ顔を向ける。


「え?住むんですか?ここに?」


「嫌か?」


「嫌でしょう、ただでさえ気まずいのに、せっかく手に入れた自由をまた上司に奪われるなんて」


「いい加減にしろよおまえ!!今の俺がおまえを殺す力がないと思ってつけあがりおって!!」


 きょとんとした顔を向けるクラリに、かつては凶悪な牙だったのであろう犬歯を見せながらゴアは怒鳴った。

 そのやり取りを気にも留めず、ケインは質問を続ける。


「ククは……どうなる?」


「……俺が死んだ時、あいつがどうなるのかはわからん。だが十中八九、俺と運命を共にすることになるのだろう。俺はあいつに、これまでずっと、俺が思ったままの道を共に歩ませてきた。魔王として力を振るっていた頃も、魂だけとなって自らを封印し、世界の動向を探っていた頃も。何もわからぬ、何もできぬあいつにな。これからもそうなる。それだけの話だ」


 何もない空間を見つめながら答えるゴアを見て、ケインの決意は固まった。

 ククが必要としてくれるのなら、彼女のために生きてもいい。

 勇者として投げやりになりつつある時の考えだったが。

 魔王を挟んでの、間接的な形にはなるが。

 それでも、それを実行する時なのだと、解釈することにした。

 そんな決意を見透かしてか、ゴアはケインの目を見て尋ねた。


「さて、返事は決まっておるか?魔王復活に協力し、世界の混乱を鎮め、未来永劫の平和を手にするか。それとも、急激に強くなれる機会を失い、今度こそ蛮勇だけで生きていくか」


 ケインもゴアの目を見る。

 今度は真っ直ぐ、魔王の目を見る。


「俺がもし、お前から強くなる方法を聞いたとして、本当にお前を復活させるのに協力すると思うか?力を持たない魔王との口約束なんて、すぐに反故にしてしまうとは思わないのか?」


「お前は反故になどせんさ」


「どうしてそう思える?」


「お前が勇者だからだ。奴に、ドーズにそっくりな、正義を目に宿した、気色の悪い勇者だからだ。正義というものは、自分一人のためだけに動くことは決してせぬ、そうであろう?敵対した間柄ではあるがな、そういう意味では、勇者は信頼に値する存在だと思ったのだ。少なくとも、お前が戦った剣士とは違ってな。アレは恐らく、俺が自分と同等、あるいは限りなくそれに近い力を取り戻せば、我慢できずにその場で喰ってしまうタイプだ」


「ああ、そうだろうな」


 にやつきながらのゴアの言葉に、ケインも苦笑しながら同意する。

 それが返答だった。

 両者共に、そう理解していた。

 ケインは奇妙な感覚を覚えていた。

 子供の頃から、倒すべき敵として教育されてきた魔王を、自ら復活させようというのに、若干の罪悪感はある。

 だがククと同一の存在であるのなら、魔王というものもさほど悪いものではないように思えるのだ。

 恋心で判断が鈍っているのでは、と考えながらも、ケインはどうにか勇者としての貫禄を保とうと凛と振る舞いつつ、ゴアに問いかけた。


「で、俺が短期間で強くなれるってのは、嘘じゃないんだろうな?」


「だから言っておろうが。魔に生きる者であっても王は王。取引に嘘は混ぜぬ。上手くやれば、たった5日あれば、今の数十倍は強くなれるはずだ」


「5日で!?」


「クラリ、水晶に奴を映せ」


 不意に声をかけられたにもかかわらず、クラリは手際よくローブから水晶玉を取り出すと、テーブルに置いて手をかざす。

 すると、水晶玉の中にとある島が見えてきた。

 島の半分を占める大きな活火山が中央にそびえ立ち、傍らにはその火山より一回り小さい塔が見える。


「ここって…」


「ダンテドリ島だ。魔界を除き、唯一瘴気が自然発生する、人間が住むのに全く適さぬ、お前たち人間にとっての危険地帯。魔獣どもにとっては絶好の住処だ。今でもあの塔の中には、中級魔獣や上級魔獣が跋扈しておるだろう」


 ダンテドリ島について、これまで出会った者が言及していたことを、ケインは思い出す。

 海賊オーロや、女王ロレッタ、サラミ婆さんまでもが、このダンテドリ島に近づくことは避けていた。

 あそこは今、問題が起きている。

 そう言ったのは、確かロレッタだったか。

 最近厄介なのが現れた。

 それは、サラミ婆さんの言葉だった。


「厄介な奴が…いるんだって?」


「そうだ。厄介な奴がな。クラリ、もう少し塔に近づいて映せ。奴が見えん」


「そうしたいところですが、これ以上は奴に気付かれてしまいます。逆探知でもされたらここを襲われ…」


 クラリがそう言いかけたところで、塔から何者かが姿を現した。

『それ』は全身に炎を纏い、羽根を生やした人型の魔獣だった。

 水晶玉を通してのケインやゴアたちの視線に気づいたのか、ふと上を見上げてにやりと笑うと、火の粉をまき散らしながら羽ばたき、水晶玉が映している視点めがけて急接近してきた。


「危ない!!」


 ここでクラリは、ケインにとって初めて声を荒げ、水晶玉から手を離した。

 水晶玉には、もう魔獣の姿も、何も見えなくなり、彼女の顔を映しているだけだったが、クラリはなおも呼吸を荒くし、冷や汗を流していた。


「な…なんだよ、あの魔獣。退魔指南書…ドーズ様が遺した資料には、あんなの載ってなかったぞ!」


 冷や汗をかいているのは、ゴアもだった。

 掌で額の汗を確かめ、自嘲気味に笑ってから、ゴアはケインの問いかけに答えた。


「ドーズも見たことがないだろうからな。あいつは俺とドーズが戦う2年ほど前に、俺があのダンテドリ島に封印した魔獣だ。殺さずに封印するというのは、存外手間がかかってな。あの時、あいつを封印してさえおらんかったら…あの時、2年かけても完治せぬほどの傷を負わされておらんかったら……俺はドーズに、あそこまで簡単には負けなかった、そう思っておる」


「勝てた、とは言い訳しないんだな」


「…正直万全でも勝てる気せんかったからな、奴だけは」


「で、そうじゃなく、あれはどういう魔獣なんだよ」


「おお、すまんすまん。どういうと問われても、見たまま、炎の化身だ。最上級魔獣(エクストラ)の最後の一体にして、最悪の魔獣。『炎王カウダー』だ」


「炎王……カウダー……」


「私や他の最上級魔獣とは違って、カウダーはゴア様に一切の忠誠心を持たなかったの。氷王ロズとはよく喧嘩になって、魔界の周辺を火と氷の海に変えたものだったわ」


 少し落ち着いたのか、前髪を指で弄りながら、クラリが口を挟んだ。

 迷惑な喧嘩だな、とケインは思いながら、ゴアに向き直った。


「それで、封印したわけか」


「人間を支配ではなく、虐殺しておったからな。一度に大量に殺す快感に、奴は酔いしれておった。当時のデュナミクが最も被害を受けておってな、一夜にして国民の半分を焼き尽くしたほどだった。流石の俺も腹に据えかねた。人間のおらぬ世界に君臨しても意味がない。支配こそが俺の目的。奴はそれを無視し、遊びで殺したのだからな。だから俺は城を飛び出し、仕置きとしてあのダンテドリ島の火山に奴を閉じ込めることにした。奴は必死で抵抗した。魔王たるこの俺を殺そうとまでしおったのだ。それでも封印に留めたあの時の俺は、我ながら慈悲深かったと思う。おまけに肉体も綺麗なまま残し、封印から目覚めても力がさほど衰えておらぬよう、瘴気と、奴の好物である火気まで溢れた火山に閉じ込めてやったのだからな」


「でも、封印は解けたんだろ?誰かが解いたのか?」


「いや、あれは元々数年経てば、奴が反省した頃合いを見計らってから出してやろうと思って組んだ封印式なのだ。出してやる前にドーズにやられたせいで、その機会は200年も失ってしまったわけだが、逆に言えば、その程度の年月で解けてしまうような簡単な封印しかせんかったのだ。と言っても、奴自身が数年で出してもらえると期待しておっただろうから、相当俺のことを恨んでおるだろうがな」


「さっきカウダーがこちらに気付いてましたよね。あんなスピードで近づいてきたってことは、確かにめっちゃ恨んでるでしょうしゴア様、今会ったら殺されますね」


 簡単に言ってくれるな、とゴアはクラリを軽く小突いてから、ケインに何かを握らせた。

 すぐにそれを確認してみるケインだったが、グライバーと呼ばれるどこにでも生えている木からなる、ただの葉っぱが数枚あるだけだった。


「何この葉っぱ?」


「小屋の前で拾った。噛めば体内の瘴気を中和できる」


「えっ!?そうなの!?」


「そうよ、私が昔発見したことなのだけどね」


 退魔指南書にも記されていない、瘴気の対処法だった。

 ゴアとククはその葉の効果を知った経緯を教えてくれた。


「地上侵略を活発に進めていた頃、中級以下の魔獣はニアヒューマンを除いてあまり頭が良くない種ばかりだから、それらを統率できるだけの賢い魔獣を作れと、ゴア様に命じられたことがあったの」


「上級魔獣に対して、それらに従う魔獣の数が多すぎたからな。魔界やダンテドリ島の瘴気から自然発生する上級魔獣だけでは、各地での統率が取れなくなってきておったのだ」


「それで、私が魔術で人工的に作り出したのが、中級魔獣の『クラリズジラフ』。自分たちで考え、行動し、低級魔獣を従えるだけの知性を持った魔獣を100匹以上も生み出すことに成功したわ。すぐに各地の制圧に取り組むよう、クラリズジラフたちを送り出したのだけれど、ほどなくして、彼らは全滅してしまったの」


「クラリにその死因を調べさせたが、真相を知った俺は思わず笑い転げた。クラリが作った魔獣は賢くもなんともなかったのだ。クラリズジラフの死因は餓死。人間を殺して、瘴気を摂取していた連中が餓死することなど、あり得ぬことのはずだった。だが、クラリがその内の一体の胃を調べたところ、胃の中に細かく噛み砕かれたこのグライバーの葉があったのだ」


「地上に住むキリンをベースに作り出したのが間違いだったわ。彼らの長い首が届く丁度良い高さの位置に、グライバーの葉は生えてることが多いのだけど、せっかく摂っていた瘴気が、このグライバーの葉で中和されて、餓死してしまったのよ。魔界にこの葉っぱを持ち帰って試してみたら、魔界の瘴気も同じように中和されたから、これがあらゆる瘴気の天敵であることがわかったの。それを人間に知られてはまずいから、クラリズジラフの死体は残らず処分したけど」


「…瘴気を摂らないと餓死する種が多いんだったな、そういえば。で、このグライバーの葉のことはわかったけど、それがどうしたんだよ?」


 とぼけて尋ねてみるケインだったが、既にゴアの言う、短期間で強くなれる方法というものの正体には、大体の見当がついていた。


「それを食べ続けても、完全に中和し切れるわけではない、せいぜい5日がリミットだろう。その間に、あのダンテドリ島の塔に登り、炎王カウダーを倒せ。それがお前が劇的に強くなる、最短にして最良の方法だ」


「いやいやいやいやふざけんなよ!?あの炎王ってお前、最上級魔獣って言ってたよな!?俺は中級魔獣一匹さえ倒せないんだぞ!?たった5日間でどうやってあれを倒せるようになれるって言うんだよ!!」


「ふむ」


 取り乱すケインとは対照的に、ゴアは冷静にまじまじと彼を観察する。


「いや、中級魔獣を倒せんと言うが、お前、今戦えば全然勝てるぞ?3割くらいの確率で」


「低いよ!!何が全然勝てるだよ!7割負けじゃねえか!!」


「だから何だ。3割で勝てるのなら上等だろうが」


 ゴアの表情は真剣そのものだった。


「お前、ついさっき自分が挑んた戦いが、どれだけ勝ち目のないものだったか、自覚しておるだろう?あれに比べれば、3割という数字は立派な勝算だ。それにいつまでも3割程度なわけもあるまい。何度も中級魔獣を倒せば、今度は上級魔獣とも渡り合えるほど強くなれる」


「でも…それに勝てたとして、たった5日で最上級魔獣なんて……」


「それができるかもしれんと踏んだから、俺はお前の可能性に賭けるのも悪くないと言ったんだ。お前、少しは自分の成長速度に自信を持て。散々自信を砕かれてきたのか知らんが、奴は、ドーズは、自信に溢れておったぞ。奴が教えてくれたことなのだ。人間は、己の限界の壁とやらを、容易く壊し、急成長できる生き物なのだとな。生まれた時から強さの上限が定められておる我々魔獣には、到底共感できぬ概念だがな」


 そう言ってゴアは、グライバーの葉を持っているケインの手を握る。


「これから先、お前は幾度も死闘を乗り越えねばならぬ。それこそ、勝率1割もないような苦しい戦いであろうともな。勇者として生きる覚悟があるのならば、魔王を復活させるという難題をもやり遂げようというのならば、このくらいの試練、打ち破ってみせろ」


 手を握る力がより強くなる。

 魔力を失い、弱々しいものには違いなかったが、確かなメッセージとして、ケインの心に伝わった。

 魔王から勇者への熱い言葉というものをおかしく思い、ケインは笑った。


「……偉そうに言ってくれるよな」


「魔王だからな。実際偉いからな。偉そうで何が悪い」


「魔王であることが、俺たちにとっては悪い」


「違いない」


「ふふっ」


「フハハハ」


 お互い笑ってから、ケインはゆっくりと腰を上げた。


「勇者だもんな。そのくらいの試練、こなしてやらなくちゃな!」


「うむ。クラリ、連れて行ってやれ」


「いやいきなりだな!」


「善は急げだ。頼むぞ、クラリ」


「お断りします。移動魔法であっても、私の魔力の痕跡から、カウダーに目をつけられかねないので」


「…じゃあどうやって行けと?」


 ゴアとクラリは、わざとらしく腕組みをして考えてから、同時に答えた。


「徒歩で」


「徒歩ぉ!?」


「冗談よ。島の近くまでは飛ばしてあげるから、私の魔力の跡が残らないよう、しっかり払ってから塔に入りなさい」


「いや、魔力の痕跡って、そもそもどうやって払い落とせば…」


「攻撃魔法を撃つ時、掌に魔力を込めるだろう。あれを全身でやれ」


「やったことないぞそんなの…」


「他人にかけられた魔法を解くのにも使える技術だ。できるようになって損はないと思うぞ。ではクラリ、よろしく」


「はい」


 クラリはケインに近づき、右手をかざす。

 魔力がケインを包み込み、浮上し始める。


「ちょっと待てって!今、結構俺フラフラなんだけど!休まなきゃいけないんだけど!!」


 小屋の扉に手をかけたゴアが、にっこりと笑いながらそれを勢いよく開けて言った。


「それも試練だ。さあ行ってこい勇者よ!!」


「『アディオ』」


「あと高いの結構怖ぁああああああああああ……」


 言い終わるよりも先に台詞を悲鳴に変えて、ケインはそこから飛び立った。

 ほくそ笑みながら扉を閉めるゴアを見て、クラリは言う。


「これで良かったのですか?」


「なにがだ?」


「カウダーのことです。あの勇者が倒せるかどうかはまず置いておくとしても、あなたが決して殺そうとしなかったあいつを、死なせてしまって良いのですか?」


「ふん、弱くなっただけでなく、つまらないことを言うようになったな。カウダーは復活してからも、どうせ以前と変わらずに暴れ続けておるのだろう。今の時代では、あいつを殺せる者などいくらでもおる。あいつの利用価値に気付いた者がその中におれば、もっと悪いことになるかもしれん。だったら、あの小僧が殺すのが最良ではないか?」


「そうかもしれませんが、ゴア様個人の感情としては…」


「くどいぞ。これで良い、そう決めたのだ。小僧が勝とうが負けようが、カウダーはじきに死ぬ。それは確実なのだからな。全く……馬鹿息子が」


 その後、ゴアとクラリがカウダーについて語り合うことは、一度としてなかった。

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