第14話 魔王は滅せず
荒野のど真ん中で、手足を放り出して、ケインは深い眠りに落ちていた。
体力も気力も使い果たし、更にこの日3度目の号泣によって、とうとう起きていられなくなったのだ。
まだ肩や右手の傷は癒えていなかったが、そんなこともお構いなしに、不貞寝同然で眠っていた。
そんなケインの目を覚まさせたのは、聞き覚えのある呼び声だった。
「…ンさん。ケインさん。ケインさん!」
目を開けると、そこには先日助けた少女、ククが立っていた。
肩の痛みを堪えながら、体を起こす。
「クク!?どうしてこんな所に!」
「こんな所で寝てたら、風邪ひいちゃいますよ?」
相変わらずどこかズレた返答をする彼女だったが、ケインはそれに心のどこかで救われるような気持ちになっていた。
「風邪なんか生まれてことかたひいたことないよ。それより、どうしてこんな所に?」
軽く冗談を飛ばしながらもう一度同じ質問を投げかけ、やり取りを楽しむ。
最初に会った時は少しうんざりしていたが、この10日間でそれを癒しに感じてしまうほど、ケインの心はボロボロに痛めつけられていた。
そんなことを知る由もなく、ククは笑顔で答える。
「さあ、お迎えが来ましたよ!早くこの絨毯に乗ってください!!」
やはり全く返答にはなっていなかったが。
ひとまずククの後ろを覗いてみると、20人は乗れそうなほど大きな赤い絨毯が宙に浮かんでいる。
ククがそれに乗り込んだが、絨毯は全く沈むことなく、その位置のままで留まっている。
誰かが魔法をかけた絨毯には違いなかったが、それはククではないだろう、ケインはそう考えた。
ククからは、魔力が一切感じられない。
それに、周囲に誰もいないことから、この絨毯に魔法をかけた人物は、相当離れた場所にいる。
離れた場所に魔法で影響を及ぼせるというのは、相当な使い手に違いなかった。
それほどの魔術の使い手と、一体ククはいつ知り合ったというのだろうか、そんなことを考え、訝しんでいると、ククが満面の笑みで手を差し伸べてきた。
「行きましょう、ケインさん」
絨毯の主が怪しかろうが怪しくなかろうが、彼女の笑顔だけで、ケインは絨毯に乗る理由ができた。
少しでも長く彼女と一緒にいたい、そう思うようになっていた。
ククの手に掴まり、絨毯に飛び乗る。
それと同時に、絨毯は一気に浮かび上がり、荒野を後にした。
どんどん速度を上げる絨毯だが、何らかの防護魔法が使われているのか、ケインやククに逆風などの影響はなく、快適に飛び続ける。
ついさっき経験したような感覚を思い出しながら、ククの背中にケインは問いかける。
「なあクク、この絨毯って、一体誰のものなんだ?」
「既に感づいておるだろう、小僧」
その声色や口調は、明らかにククのものではなかった。
だが、ククの肉体から発せられたものに間違いはない。
ケインは警戒して少し後ずさりし、剣を構える。
「あ、ゴアくん。もう起きたんですか?」
今度の声は、間違いなくクク本人のものだった。
だが、その言葉を発した途端に、彼女の綺麗な黒い髪が、白く変色し、短くなっていく。
肌は浅黒く、白いワンピースも形を変え、黒く染まり、体格も少女らしいものから男児のそれへと変わっていく。
振り返った時、既にそれはククの姿ではなかった。
ペッパータウンで出会った、自称魔王の少年に変貌していたのだ。
「あ……!!え……!?」
目の前で何が起きたか理解が追いつかず、ケインは呆然と立ち尽くしてしまう。
一方で、そんなケインの様子にご満悦な様子で、少年は腕組みをしながら笑っている。
「ふふん、勇者の驚く顔というのは気分がいいものだ。奴のときはそんなもの拝むことなどできんかったからな」
「き…君!!ククに化けてたのか!!何の目的で!本物のククはどこにいるんだ!!」
言いながら、ケインは混乱している。
呼吸も荒くなり、体力がほぼないせいもあり、剣を持つ手が震える。
目の前で変身してみせたにも関わらず、少年は全く魔力を感じさせない、それがケインの冷静さを余計に失わせる要因となっていた。
勇者の狼狽する姿をニヤニヤ笑いながら眺めつつ、少年は答える。
「お前がさっきまで話しておったククは、紛れもない本物だ。そして今お前が話しておる相手も、本物の魔王ゴアだ」
「何を言ってるんだ…?君が、いや、お前が…魔王だなんて……」
「驚く顔を見るのは気分がいいとは言ったが、少しは落ち着け。まともに会話もできん。ともかく座って話すとしよう。剣をちゃんと仕舞えよ」
そう言って、少年はあぐらをかいて座ってみせる。
もしも自分が想像している通りの場所に向かっているのだとすれば、到着にはまだあと5分以上はかかるだろう、そう判断して、ケインも剣を鞘に収め、同じように座った。
ケインが呼吸を整えるのを待ってから、少年は口を開いた。
「これから向かう場所に着くまでに、お前には二つのことを信じてもらわねばならん。まず一つが、ククと俺は二心同体、一つの体に二つの魂を宿した存在だということだ」
「ククとお前が…」
「そう、俺が寝る間は、あいつに動いてもらっておる。起きたら基本的には交代。昔は俺は寝る必要などなかったから、あいつが出ることもなかったのだがな」
「…でも、あの子と最初に会った時、お前は出てこなかったじゃないか!」
「だからそれは、俺が寝ておったからだ。起きておられる時間もよくわからんし、ククが動いておる間のことも、ククの中で起きておれば把握できるが、寝てしまっておればこれっぽっちも把握できん。お前とククが知り合いだということも、ついさっき知ったばかりだ」
「なんでそんなことに…」
「俺もあいつもよくは知らん。何故俺たちに魂が二つあるのか、どちらが主人格なのか、いつからこうなったのか、そもそも俺たちがいつ生まれたのかさえ、俺たち自身よくわかっておらんのだ」
鼻を鳴らしてそう言う少年に対し、ケインはがっくりとうなだれていた。
正直なところ、ケインはククのことを好きになりかけてしまっていた。
そんなところに、ククがこの少年の別人格ということがわかったのだ。
ましてや、この少年の正体が、まだ自称に過ぎないかもしれないという疑念は晴れないが、魔王だというのだから。
「…それで、二つ目ってのは、お前が魔王ゴアだってことか?」
「察しが…まあここまで言っておけば当然か。そうだ。俺こそが、世界を恐怖の渦に巻き込んだ存在、魔王ゴアだ」
「同姓同名の他人って線はなく?魔王がお前みたいに、魔力を全く感じさせないような奴だとは思えないんだけど」
「この期に及んでそういう否定の仕方をするか。魔力がないというのなら、何故さっき俺はククと交代できたのだろうな?」
その言葉に、ケインは黙ってしまう。
自称魔王の少年、ゴアも、ククも、魔力の欠片も感じさせることはない、ただの人間にしか見えない。
それなのに、何故変身できるのか、そこにヒントがある、ゴアはそう主張した。
「俺たちの変身には魔力は伴わない。肉体の中にある魂が入れ替わるだけで、肉体である器もまた、その形を変えるのだ。だがそんなことができる人間がどこにおる?今度は奇術師だとでも言って否定するか?」
ケインは答えない。
徐々にゴアが言っていることが真実だと、信じざるを得なくなってきてしまっていた。
それを見透かした様子で、ゴアは絨毯を撫でながら言う。
「まあ、俺が何故こんな姿になり、魔力を失ってしまったのかについては、こいつの主、クラリに会ってから話してやろう。あいつが俺に跪けば、とりあえずお前も完全に信じるだろう」
絨毯の主が魔女クラリであることは、ケインはなんとなくわかっていた。
ペッパータウンに向かう道中と、逆順ではあったが、全く同じ景色を眺めながら飛んでいたからだ。
それに、わざわざクラリのそんな姿を見るまでもなく、ケインはこの少年こそが魔王だと信じかけていた。
ククの言動にいくらかおかしい所があったが、素で天然だから、という理由で説明がつかないでもなかったが、魔王の別人格で、交代中にククの意識がないのだとしたら、ある程度説明がつくところもあったからだ。
魔王はこの世にいないと言われた直後にいきなり出てきた自称魔王、それだけに頑なに否定していたが、ククの別人格だという、個人的に受け入れがたい事実を除けば、そこまで拘ることもない。
むしろ本当に魔王ゴアならば、ケインも聞きたいことがいくらかあった。
そんなケインの事情など、ゴアに知る由もなかったが。
「お前と最初に会った時、用はないなどと言ってすまんかったな。あの時は本当に用はないと思っておったんだが、この絨毯にかけられた魔法と、お前とあの剣士との戦いを見て確信したぞ」
「え?」
「正直迷ったがな、小僧にするか剣士にするか。だが会話を聞いておる感じでは、あの剣士に任せるべきでもないようだったし、お前の伸びしろに賭けるのも悪くはないだろう」
「何の話だよ?」
「見えてきたぞ!あの森だな?」
ケインの問いかけなどまるで意に介さず、ゴアは魔女の森を、身を乗り出して眺める。
考えを纏めたかったので、ケインもそれ以上は追及しなかった。
絨毯が小屋の真上までゆっくり降りるのを待ってから、二人は飛び降り、小屋へ入った。
「お久しぶりです、ゴア様」
小屋の扉を開けると、既にクラリが待ち構えており、ゴアの眼前に跪いて挨拶する。
その返答代わりに、ゴアはクラリの頭を素足で踏みつけた。
「お、おい!」
「久しぶりだなクラリ、無事に不老不死の夢は叶えられたようで良かったよ。昔からしきりに言っておった、おまえの夢だったものなあ?たかだか80年程度で死にたくない、しきりにそう言っておったものなあ?あの時も死ぬことを何よりも恐れて、逃げたくらいだしなあ?迎えに来いと何度も呼びかけたのだが、どうやら直接迎えに来られず、魔法をかけた絨毯なんぞをよこすほど忙しい身のようだなあ?あぁ?」
皮肉を言いながらぐりぐりと踵で頭を踏み続けるゴアだったが、クラリは黙ってそれを受け入れ、その光景こそ、彼が本物の魔王ゴアであることを証明していた。
奥の部屋からブンとスカーの親子が出てきても、それは続いた。
「ケイン!帰ってきたのか……ってうぉお!?魔女が踏まれてる!?」
「やあ、ブンさん……おい、いい加減にしろよ、もういいだろ?」
「ふん、あの時の咎はこれくらいで許されるものではない、本来は即刻処刑してやるべきものだ」
ブンもスカーも、何が起きているのかわからない様子であたふたしている。
ようやくクラリの頭から足をどけたゴアは、そこで二人の存在に気付いた。
「誰だこいつら?クラリの飼い人か?」
「そうです」
「違うだろ!!」
真顔で答えるクラリに、ブンは必死の形相で否定する。
「俺たちも勇者だ、そこにいるケインと同じ」
「俺たちは…元、だがな」
ブンの言葉を訂正するスカーの顔は暗い。
スカーに言われ、ブンの表情も暗く落ち込んでいく。
「元、勇者か。なるほどな。道理でこの小僧と比べて、覇気がないわけだ。伸びしろもなさそうだしな」
ゴアは冷淡にそう言い放ち、ケインの手を引っ張って椅子に座らせる。
自身はテーブルに座り、手元にあるオレンジを皮ごと齧り始めた。
「さて、言ってた通り、俺が何故こんな姿になったのかを話してやろう」
「いきなりだな」
「あの日、勇者が魔界にやって来た日だ」
「話聞いてないな?」
「俺はその日、魔界の王城、その最上階である王の間で、いつものように体を休めておった。その2年前に負った戦いの傷が、まだ癒えておらんなかったからな。無論、それまでに俺に挑んできた人間どもから受けた傷ではないぞ」
「それじゃあ誰にやられたんだよ?」
「その話は後だ」
ゴアはケインの疑問よりも自分の事情を全て話すことを何よりも優先していた。
その自己中心ぶりこそ魔王らしい、ケインはそう思った。
「そんな時、見張りの魔獣が血相変えてやって来た。近頃、世界中に放った魔獣どもを倒して回っている勇者なる存在が、こちらに向かっている、とな。だが俺は何の心配もしておらんかった。傷を負っても、俺の力は人間なんぞに負ける程度まで衰えておったわけではなかったし、王の間には俺だけでなく、更に3体の『エクストラ』が護衛として存在しておったからな。ましてや、たった一人の人間ごときに、そいつらや俺が負けるなどと全く考えてはおらんなかった」
「エクストラ?」
「最上級魔獣。低級、中級、上級と、魔獣にはそれぞれランクが分けられておるが、種族としてのその枠組みを超えるほどに強大な力を持つ、突然変異体とも呼ぶべき僅か一握りの者たちのことを、俺はそう呼んだ。氷結魔法に長ける上級魔獣バンパパイヤの中でも、海さえ凍らせるほどの氷結魔法を操り、何より俺への絶対的な忠誠心の持ち主であった『氷王ロズ』、ただでさえ戦闘能力や感知能力、危機管理能力に優れるボーダードラゴンに、更に輪をかけて凄まじい強さを持った、その当時の俺さえ凌ぐ実力者『竜王ゼブラ』、膨大な魔力を持つニアヒューマンの、更に数倍、数十倍の魔力を持ち、あらゆる不可能を可能にする『黒魔女クラリ』、その3体が、王の間で俺を守護しておったのだ」
「黒魔女クラリって、こいつが…」
ケインがクラリを見ると、クラリは少しだけ気まずそうに俯いていた。
「そう。この女も最上級魔獣の一角だったのだ。乗り込もうとしておる勇者を迎え撃とうと最初に名乗りを上げたのは、氷王ロズだった。勇者の存在を感知した竜王ゼブラが、既に城の入り口まで勇者が迫っておることを伝えると、ロズは俺に『どうか私にお任せください。ほんの数分で勇者めの首を捥ぎ取ってまいります』と言って、城を駆け下りていった。数分ほど経ってから、竜王ゼブラが呟きおった。『あ、ロズ死んだ』とな。流石の俺も胸がざわついた。まさか俺を守護する最強の魔獣の一角が、僅か数分で勇者に殺されるなど、思ってもみなかったことだ。竜王ゼブラが怒りの形相で『忌々しい勇者めが!!氷王ロズの仇!!この竜王ゼブラが討ち果たしてくれる!!』そう叫んで、勢いよく城の外にすっ飛んでいった。あまりにその所作が自然だったから、気付くのが遅れたのだが、クラリが俺にこう囁いた。『ゼブラ、今逃げましたよね?』ようやくそのことに気付いた俺が激怒しようというまさにその時だった。勇者が城に巣食う魔獣どもを蹴散らし、王の間にとうとう現れおったのだ。『ぼくはドーズ=ズパーシャ。お前を殺す者の名だ、魔王ゴア』ドーズと名乗るその勇者の表情は、刃物よりも鋭く、冷たく、俺への挑戦者と呼ぶに相応しい愉快なものだった。だが声は逆に、まるで赤子に語りかけるかの如く、優しく、不快で、表情にはまるで不釣り合いなものだった。表情と声、どちらが奴の本性なのか、興味以上に殺意が湧いた。俺はすぐに臨戦態勢に入ったが、ふと横を見ると、さっきまでおったはずのクラリがいなくなっておることに気付いた。俺が全幅の信頼を寄せておった最上級魔獣3体は、10分もせん内に、1体は戦死し、2体は戦うことすらなく敵前逃亡しおったのだ」
クラリはますます気まずそうな、申し訳なさそうな表情になっている。
「どうしようもない喪失感に襲われながらも、俺は戦った。モチベーション最悪な俺に対して、世界に平和を取り戻そうと最高潮のモチベーションで戦う、勇者ドーズは強かった。例え俺が全盛期の力を持っておったとしても、奴の方が上だったと言っていいだろう。だが戦いの舞台は、俺に分がある魔界だ。魔界の瘴気に、奴は徐々に体を蝕まれ、逆に俺は癒される。戦い続けておれば、必ず力関係は逆転し、俺が勝利する、そう信じておった。だが、勇者という存在を、その時まで俺は見くびっておった。ドーズは戦いの中で、瘴気に蝕まれる身でありながら、逆に力を増し続けていきおった。奴の猛攻に、ついに俺は、回復し切れぬほどのダメージを負ってしまった。奴がとどめの一撃を与えんと構え、俺は死を覚悟した。その時だった。俺の中にあるもう一つの魂、ククの存在を思い出した」
ゴアは薄い胸元に右手を添えた。
「上手くやれば、この勇者ドーズを出し抜いて、生き延びることができるかもしれない、そう考えて、俺は賭けに出た。魔王としての肉体を捨て、ククの魂にほんのひとかけらだけ、俺の魂の一部を、僅かな魔力と共にひっかけて切り離した。ドーズの一撃で、俺の、魔王ゴアの『肉体』は粉々に砕け散った。だが、『魂』の一部は無事に逃げ延びることに成功した。魂だけとなった俺は、命からがら魔界を離れ、とある山で残った魔力を全て使い、ククの魂ごと自らを封印した。ドーズには勝てない。ならば、ドーズがいなくなった後に復活し、そこで再び魔王として返り咲こう、そう考えてな。それすらも、ドーズの奴には読まれておったようだがな。奴の周囲は誰も信じようとはしなかったらしいが」
ケインだけでなく、ブンとスカーも、冷や汗を浮かべながら聞いている。
初代勇者ドーズが晩年に至るまで行っていた魔王探し。
世界中の誰も信じていなかった魔王生存を、唯一信じていたドーズこそが、まさか正しかったとは、現代の勇者でも予想し得なかった事実だった。
「俺はドーズが死ぬのを待った。あらゆる意味で、ドーズの死なくしては俺の復活は成し得るものではなかったからな。魂だけとなり、少しずつ魔力を蓄えながら、地上の僅かな動きを読み取ることしかできなかったが、それでもドーズが如何に動いたのかは把握しておった。だが、奴の寿命が尽きるであろうという頃、突如として奴を感知することができなくなった。どこまでも忌々しい男だ。奴は自分の死が俺の復活に必要なものだということをわかっておったのだ。だから誰にも気付かれぬ場所で、一人でひっそりと死におったに違いない。あくまで俺の予想に過ぎぬがな」
「でも、ドーズ様は確かに死んだ…」
「うむ。ドーズは死んだ。魔王もいない世で、最も強い男が死んだ。それが世界にどう影響を及ぼしたのかは、お前らの知っての通り。世界は人間が醜く争う時代になりおった。それでも、あの頃の人間どもの実力ならば、放置しておいても500年はそれなりの秩序を保っておったのだろうが……それからたった100年程の間に『例外』が多く現れた。忌々しいドーズに続く、人間としての強さから外れすぎた例外がな。どういう連中か、そこまでは俺も詳しくは知らんが、ともかくあのまま、封印されたまま見過ごしておくわけにはいかんほどに、強すぎる者どもが現れおったのだ。だから俺は急いで自らの封印を解き、再び地上に返り咲いたというわけだ。魔王という抑止力によって、世界の均衡を保ってやるためにな」
「それで……今のその姿になった、と?」
「…封印を解くための魔力が、かけた時よりも消費が多かった。おまけに肉体を形成するための魔力まで必要だった。地上に出て、その時作れる最大級の肉体、魂の器を取り戻した時、俺の中にはもう一切の魔力が残っておらんかった。ゼブラかクラリか、生き残ってそうな同胞を頼って探し歩く以外の術がなかった。あの気性の荒いゼブラが、地上で何の騒ぎも起こさず生き残れておるとも思えんかったから、ククと交代でクラリを探すことにしたわけだが、困ったことにククは封印中にほとんどの記憶を失くしておったようで、俺が寝てる間はずっと誰かもわからぬ相手を探すという形になってしまっておったらしい。まあ実際俺もクラリが生きてるかどうかは賭けだったから、ククのことは寝てる間に勝手にどこか別の場所に移動してもらう手段くらいにしか思ってはおらんかったのだがな」
「封印解いてから魔女探しまでノープランすぎるだろ!馬鹿かよ!」
「仕方ないだろ!!今の世に蔓延る強者どもをどうにかするには、最早俺の力以外に手段はないだろうと思っておったのだ!使命感の余り、俺がそこまで弱っておるとまで考えが回らんかったのだ!むしろ今の人間どもよりよっぽど平和について考えとるのだから、少しはありがたく思っても良いものではないか?」
「地上支配しようとした奴が言う台詞かそれ!」
「ところで、だ」
突如落ち着き払った様子に戻ったゴアが、クラリを見る。
視線に気づいたクラリもまた、ゴアに目を向ける。
「念のために確認しておくぞ、クラリ。おまえ、今残っておる魔力を全て俺に捧げたとして、どのくらい俺の力を引き出せる?」
クラリは少し考えてから、神妙な面持ちで答えた。
「正直なところ、今の私では上級魔獣と同等程度の魔力しか残ってはおりません。全て捧げたとしても、ゴア様が一時的に元の御姿を取り戻せるかどうか、本当にそのレベルです。しかもあくまで御姿だけで、ゴア様がかつて振るわれていたような魔力は僅かにも残りません」
「……だろうな。あの絨毯にかけられた魔法でなんとなく察しはついておった。おまえ、あれから一度も魔界に帰っておらんな?」
「……下手に動くと、強い人間に見つかって、殺されかねなかったもので。それに、ゴア様がまさかまだ生きているとは、出てこられるまで思っておりませんでしたし。実際出てこられてからも、私に直接呼びかけるまでは無視してましたし」
「おまえ!!」
ゴアはクラリの胸倉を掴み、思い切り揺さぶる。
されるがままにクラリは首を揺らしながら、顔は背けている。
「あの時逃げておいて、その上シカト決め込むつもりだったのか!!ククが盗賊どもに襲われてる時も!荒野でフラフラになりながら必死で街を探してる時も!!」
「だって呼ばれたから渋々絨毯出しましたけど、あれで人斬りとかに目ぇつけられたら大変じゃないですか。不老不死だって不滅じゃないんですからぁ」
「開き直るな!!説教中なんだからもう少し畏まれ!!!」
しばらくそのままクラリを揺さぶっていたゴアだったが、不意に顔をケインに向けた。
「やはりクラリは使えん。こうなればあとはお前しかいないぞ、小僧」
「は?」
「最初に俺と会った時と、あの剣士と戦った後の今と、実力が相当に違っておること、自覚しておるか?」
「んなの、わかるわけないだろ。今は魔力使い切ってヘロヘロだしさ。…まあ、上級の雷撃魔法を戦いの中で初めて出せたって意味では、少しは強くなれたのかもしれないけど」
「ふん、お前自身ではどう思うかは知らんが、それはかなりの成長だと見て良いのだぞ。さっきも言ったが、俺はお前の伸びしろに賭けることにした」
「……何を言っている?」
ケインは息を呑む。
にやりと笑うゴアが、次に何を言うか、見当がついたからだ。
「俺はお前が短期間で強くなる方法を知っておる。それを教えてやる代わりに、俺が魔王として完全復活するのに協力しろ」