第13話 勇者、最初の死闘
「やめときましょう」
敵に刃を向け、走り出したケインの足を止めたのは、その敵からの意外な一言だった。
ショーザンは目を閉じたまま、気だるげな顔をケインに向けており、武器である刀『虹』には一切の敵意を含ませず、ただの杖替わりとしてのためだけに持っている。
人斬りが戦いを避けようとしている事実を受け入れられず、困惑しつつもケインは叫ぶ。
「やめるってどういうことだ!!ショーさん、俺はあんたを…」
「あんたには戦う理由があるのかもしれませんね。正義のために、とか。悪は見逃せない、とか。どっちも意味は同じか。まあ、色々あるでしょう。でも、私には理由がないんですよぉ」
「…人斬りにも戦う理由が要るのかい?」
「ええ、要りますよ。私が欲しい理由は一つですがねぇ。たった一つだけ、相手が強いから、それさえあればいいんですがぁ……。どうも今回はそれがないもんで」
「……っ!!」
お前は弱い、そう正面から言われ、ケインは歯軋りする。
もちろん、今の自分とショーザンとの実力差が途方もないくらいに開いていることくらいはわかっていた。
自分が敵わない相手を、あっさりと斬り殺したほどの男。
今の自分が勝てる可能性は、限りなく薄い。
それでも、ケインにはこの男をどうしても見過ごしてはおけなかった。
今、この男を倒せなければ、この先、海賊オーロや女王ロレッタのような、世界を混乱させているより強大な相手に太刀打ちできるわけがない。
そう考えていたからだ。
未だに刃を向けられていることに対して、少し不快そうに顎をかきながらショーザンは言った。
「…あんたの戦う理由ってのが、そこまで重いモンなんだとしたら、まあ、戦ってもいいでしょう。でもね、いつまでもここにいるわけにもいかんでしょ」
言い終わると、ショーザンの姿が見えなくなる。
僅かに捉えた影で、そこから跳んだのだと気付いたケインが見上げると、確かにショーザンは上にいた。
浮遊魔法ではなく、ただのジャンプで、10階分はある高さの建物の屋根に上ったのだ。
「『プーカ』!!」
ケインもすかさず呪文を唱えて浮遊し、ショーザンを追う。
「待て!!」
「待ちませんよ。そんじゃ、追いつけたら戦うことにしましょうか」
ショーザンは余裕の表情で、目を閉じたまま、建物の屋根から屋根へ飛び移る。
必死で追うケインだが、まだ不慣れな浮遊魔法では、走るよりも若干遅く、とても追いつけない。
仕方なく屋根に降り立ち、次の屋根へジャンプするまでは自らの足で走り、飛び移る際にだけ浮遊魔法を使う。
次々に屋根へ飛び移るショーザンに対し、ケインも同様にこれを繰り返す。
時には今いる建物よりも高い場所に跳ぶショーザンを追い、今度は遥かに低い建物に降りるのを、着地に気を付けながら追う。
何度も何度もそうしている間に、走りながらケインは、ショーザンの動きに注意しつつ、ペッパータウンの街並みを眺めていた。
さっきまでは気付かなかったことだが、よく見てみると、レンガ造りの街並みにはところどころに壊されたような跡がある。
ひどい所では、建物が丸々破壊され、修復されずにそのままになっているものまである。
デュナミク王国の侵攻による被害だろう、ケインはそう推察しながら、心を痛めた。
既に完全に制圧されてしまっているが、未だにその爪痕は消えずに残っているのだ。
まだ目にしていないだけで、このペッパータウンよりもひどい被害を受けている地域は、恐らくまだまだたくさんある。
そう考えると、女王ロレッタへの嫌悪感が強くなると同時に、そこで楽しみのために殺しを行っているショーザンのことも、ますます許せなくなった。
ケインは胸に溜まった怒りを息に乗せてふっと吐きだしながら、ショーザンへ顔を向き直し、追いつこうと走るペースを上げる。
だが、走りでさえも、軽い足取りに見えるショーザンに対し、既に全力に近い速度を出しているにも拘らず、ケインは全く差を縮められていない。
焦りを感じたケインは、右手をショーザンに向けてかざした。
「『ボボーヤ』!!」
火炎魔法で、ショーザンの背中を狙う。
だが、火炎は背中に着弾するほんの少し手前で、霧散してしまう。
ケインは、ショーザンの手元で、刀がぎらりと黄金色に光るのを見た。
見えないほどの速度で、火炎を切り裂いている。
追いかけ続けるほどに、力の差を痛感していた。
追いつくよりも前に実力差を見せつけ、戦意を失わせることがショーザンの狙いなのか。
戦うに値するだけの相手でなければ殺さない、そういうポリシーをショーザンは持っている。
それならば、格下である自分には、戦う前に諦めさせるという手法を取ろうとしているに違いない、そう考えた。
ショーザンはここまで一切の魔法を使わず、ただの脚力で逃げ回っている。
距離も少しずつ離されていく。
浮遊魔法さえ、こういった場にも必要はない、そう言っているかのようだった。
それが逆に、ケインの闘争心に火を点けた。
「……絶対追いついてやる」
そう呟くと、ケインは全力で駆け出し、次の屋根に向かって飛んだ。
浮遊呪文は唱えなかったが、浮遊魔法そのものは発動していた。
極限まで集中力を高め、呪文を唱えずに魔法を発動させることに成功したのだ。
更には、浮遊魔法は、ケインが足で走るのと同等の速度にまで高まっていた。
もうショーザンとケインの距離が離されることはなかった。
縮まりこそしなかったものの、ケインは一定の距離を保ったままに追いかけ続けていた。
息を切らすことも、もうなかった。
ケインは浮遊魔法を、完全に己のものとしたのだった。
やがて、ショーザンがまた飛んだが、もうその先に建物はどこにもなかった。
どころか、後方の街並みから一転して、何もないただの荒野だ。
下を覗いてみると、今いる建物までが塀で仕切られており、そこから先が荒野になっているようで、ショーザンはその荒野に飛び降りたのだった。
どうやら、塀は国境となっているらしく、荒野はペッパータウンの外に位置するらしい。
そして、それは即ちデュナミクの外ということでもある。
一瞬、飛び降りざるを得ない場所までショーザンを追い詰めた、そう解釈したケインだったが、同じくペッパータウンの外、荒野へと降りながら、すぐその考えを改めた。
いつまでもここにいるわけにもいかない。
そう言ってショーザンは、ここまで移動した。
警備兵の追手がこれ以上来ないために、それもあるだろうが、他にも意味がある。
ケインが集中して戦いやすい、広い場所。
国の外、荒野こそが、それに相応しいと思ったからこそ、ここまで移動したのだ、そう思い、少しだけショーザンに感謝しながら、ケインも降り立った。
ショーザンはケインが降りる場所を予測していたらしく、そこを向いて立っていた。
刀を両手で構え、目は閉じた状態で。
走り続けたせいか、妙な高揚感を覚えつつ、ケインは言い放つ。
「追いついたよ、ショーさん」
「…そうみたいですね。浮遊魔法も、どうにか慣れてきたようで」
「え?」
ショーザンは追われている間も目は閉じていたが、ケインの様子には気付いていた。
ケインが浮遊魔法にも不慣れで、経験不足な未熟者であることさえも、見抜いていたのだ。
気だるげな表情は変わらないが、口元だけは優しく微笑んで、ショーザンは続ける。
「自分の足と同じようなイメージで使うのがいいらしいですよ、浮遊魔法って。慣れてくりゃあ、その内、走るよりも速度が出るようになるって話で。私みたく、別に使えなくても、特に困ることでもないですがね」
「……使えなかったんだ、ショーさん」
再び剣を構えながら言う。
格上ではあるが、全てが自分より上というわけではない。
そう考えると、どこか希望が出てくるようだった。
反対に、ショーザンは未だに気が進まない様子だったが。
「もう一度訊いときますけど、やっぱりやめにしませんか?ケインさん、あんたまだ育ってねえ。でも、磨けばちゃんとモノになると思うんだ。なんなら、私が…」
「駄目だ!!!」
ショーザンの言葉を、必死に叫んで遮る。
私が一から育ててもいい。
そう言われるかもしれないとは、薄々感づいていた。
浮遊魔法にケインが慣れてきた、そうショーザンが言った時からだ。
彼の狙いは、力を見せつけ、諦めさせるというところまではケインの読み通りだったが、その先があった。
自身を追わせることで、ケインを鍛えるつもりだったのだ。
だが、それを受け入れることは、ケインにはできなかった。
それを受け入れたら、悪に屈したことになる、そう思った。
剣を握る力を、より強く込める。
敵意をより剥き出しに、殺意さえ露わに。
そうすれば、ショーザンも何も言わなくなると考えた。
だが、ショーザンの表情は変わらない。
「…自分と力の差がある程度近い、もしくは自分より強い相手との実戦ってのは、何よりの修行になります。一瞬の死闘が、10年の鍛錬にすら勝る時だってあるんですよ」
「だったら、あんたに育てられるまでもなく、今この場で、あんたより強くなってやる。今ここで、あんたを倒す!!」
「そんなことができると本気で思ってます?」
ショーザンのその言葉は、ケインの目の前ではなく、真後ろから放たれていた。
慌てて屈むと、直前までケインの頭があった場所で、刀が横に振られる。
ケインは浮遊魔法でその場から離れつつ、体の向きをショーザンに合わせると、右手をかざした。
「『バリボー』!!」
ケインの手から放たれた雷撃は、一直線にショーザンへ向かう。
が、ショーザンの刀がまたしてもぎらりと、今度は緑色に光ると、雷撃は真っ二つに分かれ、彼の左右、真横を通り抜けた。
ショーザンの目は未だに開かれてはいない。
目を閉じたままこれだけの芸当をこなす相手に勝てると思うほど、ケインは自信過剰ではない。
それでも、希望を持たずにはいられなかった。
ここでこの相手を超えられなければ、自分がこの先、勇者として生きられる見込みはまずない、そう考えると、どうしてもこの戦いに勝つより他はなかった。
ケインは今度は真っ直ぐ切っ先を向け、突きの構えで飛び込む。
だが、ショーザンは顔色一つ変えることなく、刀の腹で受け止めると、そのまま薙ぎ払い、ケインは吹き飛ばされてしまった。
接近戦では勝ち目がない。
それならば、やはり隙を見て攻撃魔法で離れた場所から倒すしかない、そう思いながら、ケインは浮遊魔法で態勢を立て直し、距離を置く。
ショーザンはゆっくりと歩いて近づく。
不意に刀を振りかぶり、ケインからはまだかなり離れた位置から振り下ろす。
咄嗟に、ケインは刃を横に向け、受けの体勢で剣を構える。
ほとんど無意識の内に行った動作ではあったが、結果として、その行動は正しかった。
瞬間、激しい金属音と、猛烈な衝撃が剣に圧し掛かり、ケインはたまらず吹き飛ばされる。
その場で振っただけにも関わらず、ショーザンの剣の威は空さえ切り裂き、衝撃波となってケインに襲い掛かったのだ。
急いで体を起こしていると、遠くで再びショーザンが刀を振るのが見え、また防御しようと身構える。
もう一度衝撃に襲われ、今度は受けきれず、右肩が斬り裂かれた。
「ぐっ!」
傷は深くはなかったが、出血は激しく、ケインは肩を押さえてうずくまる。
またショーザンが刀を振るより先に、浮遊魔法で上昇して距離をとると、左手を傷口にかざしながら呪文を唱える。
「『キッス』」
戦闘で使うのは初めてとなる、治癒魔法だった。
傷はみるみるうちに塞がっていくが、これ以上魔力を消費して攻撃魔法が使えなくなるわけにはいかないと考え、ある程度まで治したところで中断する。
目を閉じていてもケインの動きは読めているらしく、ショーザンはケインが今いる方向へ顔を向けつつ、刀を振りかぶりながら、ケインに聞こえるように大声で言う。
「以前殺した格闘家がねえ、かなり離れたところから拳で突きを放ったんですよ。そうしたら、その突きの勢いが私にぶち当たりましてね?拳圧とでも呼べばいいんでしょうかね。その時、私も刀でそれを真似してみたんですよ。やってみたら意外とできちゃいましてねえ。相手も驚いてました。これはその時の技なんですよ」
また刀を振り、衝撃波を飛ばす。
今度は十分な距離があったため、ケインは容易に防ぐことができたが、勝利への希望はより遠のいた気分だった。
距離を置いてから、攻撃系の魔法で仕留める。
剣の勝負で勝ち目がない以上、これだけがケインの頼みの綱だったのだが、ショーザンにも離れた場所からの攻撃手段がある。
ましてや、離れた場所からの攻撃でさえ、ショーザンに届く前に刀で切り裂かれる。
「もういい加減やめにしましょうよ。どれだけやっても今のあんたじゃ勝てないってことはわかったでしょう?命がある内に、賢い選択をしといた方がいいと思いますがね」
長い髪をかきあげながら言うショーザンだったが、ケインはまだ諦めてはいなかった。
むしろ、勝機を見出していた。
ショーザンが喋っている間に、ケインは右手に魔力を込め、火炎魔法を放とうとしていたが、ショーザンは何のリアクションもとっていなかった。
何度もケインの攻撃魔法を防いでいたショーザンだったが、ケインの動作を読んで防御していたわけではないのだ。
自身の目の前まで飛んできて、初めて防いでいた。
その反応の速さは驚愕に値するが、目を閉じているが故に、ケインの細かい動きは読めていない。
全力を出さない相手に付け込む唯一の隙、ケインにとって、勝てる見込みはもうそこしかなかった。
「うおおおぉぉぉぁあああああ!!!!!」
ケインは雄叫びを上げ、一気に急降下しながら、ショーザンに剣を振り下ろす。
ショーザンは余裕の表情で受け止め、鍔迫り合いの形になった。
ショーザンの刀、虹が、赤く輝く。
ケインも着地し、必死で地面を踏み込んで押すが、力比べでもショーザンに軍配が上がった。
徐々に押し負け、ついに剣が胸元に当たったところで、ショーザンは呟いた。
「刀だったらここで負けても少しの間は大丈夫なんですよ。片刃ですからね。でもケインさん、両刃じゃそうもいきませんよね?」
そう言った通り、押し込まれた刃が胸元に食い込み、そこから血が溢れ出る。
必死に痛みを堪えながら、ケインは右手を放した。
片手の力がなくなった分、当然刃がより激しく食い込んでいく。
だが、ケインが見出した勝機は、まさにここだった。
右手に全ての魔力を込める。
先のことは頭にはない。
ただ、この戦いに勝ちたかった。
例え命を捨ててでも、この男に勝ちたかった。
「『バーリービーボ』!!!!!」
放たれたそれは、雷撃魔法の中でも上級のものだった。
ケインはこれまで一度も試したこともない、ぶっつけ本番の賭けだったが、無事に発動した。
雷撃は、刀という防ぐ手段を失ったショーザンにまともに命中し、ショーザンは苦悶の表情を見せる。
ショーザンが後ずさりしたことで、食い込んでいた剣が胸元から離れ、血が一気に噴き出す。
それによって血が足りなくなってきたからか、はたまた全く慣れない上級魔法を使っている反動か、呼吸が荒くなる。
魔力の強さに耐えられず、放っている掌が裂けていく。
それでも、ケインはなりふり構わず、全力で雷撃魔法を放出し続ける。
自分がどうなろうとも、もうここで仕留めるしかない、その思いで。
だが。
「ふんっ!!」
ショーザンが気合いを入れると、雷撃は弾かれ、あっという間に散り散りになって消えてしまった。
ケインは虚ろな目でショーザンを見る。
服の代わりに着ていたボロ切れは黒焦げになっていたが、皮膚は一切の損傷も見られず、表情も元の余裕たっぷりに戻り、薄ら笑いを浮かべていた。
「覚えておきなさい、ケインさん。肉も骨も切らせ引き換えにしても、薄皮一枚すら断てないなんてことは、いくらでもあるんですよ。それなりに実力が近くなくっちゃね、刺し違えるなんてことは不可能なんです」
一方のケインは、胸元の出血はよりひどくなり、魔力も底を突き、最後の希望まで潰え、心を完全に折られていた。
ついに立っていられる力さえなくなり、ケインは仰向けに倒れた。
近づいてくる足音が聞こえる。
いよいよショーザンにとどめを刺されるのだろう、他人事のようにそう思いながら、勇者はゆっくりと目を閉じた。
だが、ショーザンはそれさえも許さなかった。
「勇者ってのは、死にたがり、って意味とは違うと思いますよ、ケインさん」
ショーザンは腰に差してある鞘を取り出し、それをケインの胸元の傷口へ傾けると、中から何かの液体が流れてきた。
その液体を傷口にかけながら、ショーザンは言う。
「これ、うちの国で伝わる傷薬でしてね。かけりゃあ大抵の傷は一瞬で塞がる優れモノなんですよ」
「なんで…」
「ん?ああ、なんで鞘に入れてるかですかね?水筒とかの方がいいんでしょうが、私ね、一応、国を追い出された身なんですよ。慌てて出てきたもんだから、そういう用意する時間もなくって」
「そうじゃない…」
広がっていた傷口は確かに塞がってきていたが、骨を何本も切断され、肺にまで達していた傷は、完治にはまだ少し時間がかかるようだった。
弱り切った声で、絞り出すようにケインは言った。
「なんで…なんで助けるんだよ、ショーさん…人斬りのあんたが……殺しを楽しむあんたが……!」
「なんでって、そりゃあ決まってるでしょう?さっきも言いましたよ。私は強い人間しか殺したくない。そして、あんたが強くない。それだけの話です」
ショーザンはにこにこと笑って答えた。
言葉の一つ一つは、ケインの心を抉るものだったが。
「ただ、さっきの雷撃魔法でわかりました。あんたはやっぱりまだまだ強くなる。だから私がちゃんと力の使い方を教えてあげたいんですよ」
「誰が…人斬りなんかに…」
「でもねケインさん、他にあんたが強くなれる道は、そんなに残っちゃいないでしょう?私は確かに人斬りですし、あんたに教えてやれることって剣術くらいなモンですが、それでも…」
「ショーさん、俺を鍛えようってのは…全部あんたのためだろ?」
ショーザンの手が止まる。
図星だった。
「俺があんたに匹敵するくらい強くなったら…その時初めて、あんたは俺を殺す。そのために、俺を鍛えたいんだろ…?」
「……まあ、そんなとこですかね」
「そんな奴に鍛えられるなんて、絶対ゴメンだよ」
ケインの胸の傷は完全に癒えていたが、心の傷は別問題で、声色はまだ弱々しいままだった。
ショーザンは再び鞘を腰元に差すと、デュナミクの国境とは逆方向にゆっくりと歩き出した。
また薄汚い色に変わった刀を杖替わりに突いて。
「どこに行く…?」
「さあ、どこでしょうね?今度は海賊さんたちのところに遊びに行ってみるってのも面白いかも」
「キャプテン・オーロの…」
「何度かお手合わせしましたが、やはりあの人も強い。10日ほど前にやり合った女王もそうでしたが、まだまだ私では敵う相手じゃなかった。あの人らに喧嘩売ることになるのは厄介ですがねえ、いかんせんどうも…彼らの取り巻きにね、いるんですよ。私に近い実力の、殺しがいある人が」
心底嬉しそうに笑いながら言うショーザンに、ケインは身震いする。
この男を、どうしても追いかけて、この場で倒したかった。
だが、最早魔力が尽きた体では、起き上がるので精一杯だった。
ショーザンは背中越しにケインに言った。
「私の下で強くなりたいなら、ふらふらなあんたに合わせてゆっくり歩いてあげますから、黙ってついてきなさい。本当に今死にたいなら、もう一度私に剣を向けなさい、それであんたがスッキリするなら」
ケインは剣を握りしめる。
が、そこから動くことができなかった。
力が入らないからではない。
身も心も、命を捨てる覚悟さえ、この男に断ち切られてしまった。
それでも、命だけは斬られなかった。
『敵』として、見られなかった。
悔しさに体を震わせる。
遠ざかるショーザンの背を、ただ見つめるしかできなかった。
視界がぼやけてくる。
涙が溢れてきていたのだ。
また仰向けに倒れ、ケインは力なく、涙の流れるままに泣いた。
誰かが近づく足音にも、気付かずに。
ショーザンはというと、ケインがもうどちらの目的でも来ないと判断し、足を速めていた。
それでも躓かないように、刀で辺りの様子を探りながらだったが。
前から誰かが近づいてくるのに気づき、速めていた足をぴたりと止める。
薄目を開けると、黒い鎧を着た警備兵だった。
にこりと笑い、会釈する。
「どうも、国境の警備ですか?」
「うむ。近頃我が国で人斬りが発生するのでな、警戒を強めているところだ」
鎧の警備兵は、ショーザンより更に奥にいる、倒れたままのケインに目を向ける。
「貴様もあそこにいる男も、少々調べさせてもら―――――」
言い終わるより早く、ショーザンの刀が赤く光ると、警備兵の鎧は縦に真っ二つに切断されていた。
切断された鎧が左右に開かれるのに合わせ、警備兵の体も二つに分かれ、ただの肉の塊となって荒野に横たわった。
「すみませんね。色々不満なことがあって溜まってたもんだから、つい。しかしまあ、やっぱり同じ黒の鎧さんでも、首都に行かなくちゃあこの程度も見切れる実力者はいないんですねぇ」
そう言ったショーザンは、また会釈すると、二つの肉塊の間を横切って、その場を後にした。
「また会いましょうケインさん。今度はちゃんと、殺し合えるといいですね」