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四十代目勇者ケイン=ズパーシャが最強になるまで  作者: M.P.HOPE
旅立ち 世界の真実と魔王ゴア
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第12話 邂逅、ペッパータウン

 魔女クラリの移動魔法によって上空に飛ばされたケインは、ドラゴンによる飛行よりも遥かに速く、かつ快適な、魔力に体を包み込まれての移動を満喫していた。

 20分ほど経った頃、突如として急降下し、見知らぬレンガ造りの街並みが広がる土地に着いた。

 この土地において現在は昼、着地には失敗し、派手に尻もちをついてしまった。


「あだだだだ…」


 尻をさすりながら立ち上がる。

 昼の日中、街を歩いている人々は、そんなケインを見るなり、そそくさと逃げるように立ち去ってしまった。

 空から降ってきた人間を警戒したのだろうかとケインは考え、現在地を把握することにした。

 クラリが言っていた、ケインが会わなければならない人物というのも気にはなっていたが、今はとりあえずそちらが最優先だった。

 自分が飛んできたということをまだ知らなそうな、警戒せずに接してくれそうな人が多い場所を求めて歩き出した時、後ろから声をかけられた。


「おい、勇者の小僧」


 振り返ると、忙しなく歩く人々の他に、浅黒い肌と、白い髪の少年が立っていた。

 少年の見た目は12歳かそこらといったところだろうか、黒くぼろぼろで、しかし不自然なほど汚れのない布きれを纏い、極めて悪い眼つきと、笑みを浮かべる口元から覗かせる牙のようにも見える犬歯が、不気味な印象を与える。

 この少年が呼んだのか、それにしても小僧と呼ばれる筋合いはないと、もう一度前を向いて歩き出したが、


「無視するな小僧」


 再度声がかかり、ケインはその場で立ち止まった。

 やはり声の主はこの少年らしい。

 小僧呼ばわりに突っかかるのも大人気ないと思い、ケインは一生懸命に笑顔を作ると、少年に向き直った。


「どうしたのかなボウヤ?俺が勇者だってよくわかったね」


 少年は鼻を鳴らす。


「他の奴はどうかは知らんが、俺は一目ですぐわかったぞ」


「ああ、この腕のミサンガだね」


「ん?なんだそれは?俺はお前の纏う、奴に似た雰囲気でわかったと言っておるんだ。似ておるのは雰囲気だけ、あとはせいぜい顔と背丈くらいなものだがな。特に似ておらんのはその力量だ。奴にもお前くらいに未熟な時期があったのかな?」


 腕組みしながら言う少年に対し、ケインはどうも拭いきれない違和感に表情をひきつらせていた。

 やけにでかい少年の態度については、もう気にしてはいなかった。

 それ以上に、少年の言動にこそ引っ掛かるものがあったからだ。

 奴とは誰のことを言っているのか。

 ブンやスカー以外の、別の勇者がこの近くにいるのか。

 それを確かめるよりも、早くこの少年から立ち去るべきだろうと、すぐにケインは考えを改めた。

 どうにもこの少年からは嫌な気配が感じられた。

 しかし、同時にどこかで味わったような、居心地の良さもそこにはあった。

 どこで味わったことがあるのか皆目見当もつかないそれが逆に恐ろしくなり、早くこの問答を済ませ、立ち去るべきだと考えたのだ。

 それでも最低限の会話くらいは交わしておいてやろうという親切心で、ケインは少年に笑いかける。


「それで、一体どうしたんだい?」


「お前、クラリに会ったな?」


「え?」


 予想外の問いかけに、作り笑顔が消えた。

 クラリが言っていた会わなければならない人物とは、まさかこの少年のことなのか。

 一瞬そう考えたが、そんなわけはないと首を振る。

 もしそうだとして、この少年が一体何をしてくれるというのか。

 そもそも、何故クラリと会ったことがわかったのか。


「ああ、会ったけど、それが何?」


「やはりな。あの女の魔力の痕跡が、お前の体にびっしり残っておるぞ。つまりお前はあいつの移動魔法で飛ばされたわけだ。あの女は今どこにおる?お前はどこから飛ばされて来たのだ?」


 少年は不気味な笑みを浮かべながら言う。

 ケインは少し顔をこわばらせる。

 あの魔女と少年は、やはり知り合いらしい。

 そして、この少年は魔力を感知したりする能力を備えているようである。

 ただならぬ存在であることには間違いないようだ。

 そうすると、やはりこの少年こそが、会うべき人物だということになるが、この少年は一体何者なのか。

 興味より先に、恐れがあった。

 先程感じた嫌な気配と、奇妙な居心地の良さ、相反する二つの感覚、それだけが原因ではなかった。

 会話しながら少年を観察していると、ケインにとって恐怖すべき事実にぶち当たったのだ。

 勇者の必須スキルというわけでもないが、ケインは相手が魔力を持っているかどうかを、見て判断することができる。

 強さまでは量ることはできないが、とにかく魔力があるのかないのか、そこまでは把握できるのだ。

 そのケインが見て、この少年には魔力が全く感じられなかった。

 相手の魔力を感知できるような人間が、魔力を持たないということは、ケインにとっての常識では考えられない。

 その矛盾を抱えた存在であるこの少年を、尚更不気味だと思った。

 この少年には関わるべきではない、そう直感したが、問いかけには一応答えることにした。


「魔女の森と呼ばれているところだよ。彼女の移動魔法で、ここから20分ぐらいかかる距離…って言ってもわかんないかな。俺もどれくらい離れてるかわからないし」


「森か。森など世界中いくらでもある。確かにどの森かはわからんな。だがあの女がお前をよこしたということは、やはりあいつは俺を『視て』おるということだ。遠目魔法ぐらいなら、あいつもまだ使えるだろうからな」


 そう呟くと、少年は上を見上げ、突然大声で叫びはじめた。


「クラリィーっ!!!どこにおるー!?すぐそっちに行けるよう迎えをよこせーっ!!!こんな小僧よこしてなんのつもりだーっ!!!」


 周囲の人々が、少年を訝しげにじろじろ見る。

 ケインは途端に恥ずかしくなり、逃げるようにその場を立ち去ろうとする。

 冗談ではない。

 会うべき人物が、こんな人が大勢集まる場所で大声を出すような常識もわきまえない、やたら態度がでかいだけの少年であって良いはずがないのだ。

 そう自分に言い聞かせることで、この少年は違うのだと暗示をかける。

 既に少年の興味はこちらにはないらしい。

 であるならば、ケインもここに留まる理由はなかった。


「クラリーっ!!!迎えにこーーーい!!!見てるんだろう!?俺だーっ!!!おまえの上司、魔王ゴアだーっ!!!」


 その言葉に、ケインの足が止まる。

 この少年が会うべき人物だということを、この時ようやく確信した。

 ごく一般的な人間であるならば、何の力も感じさせないただの少年が魔王を自称したところで、それが嘘か本当かを考えることさえせず、その場を離れるだろう。

 しかし、この場所で誰かに会わなければならないと言われ、そこで最初に会った人物が魔王だと名乗ったとあれば、それはもうそいつこそが会うべき人物ということなのだろう、少なくともケインはそう考えた。

 本当にこの少年が魔王だとまでは、まだ思ってはいない。

 思ってはいないが、この少年を放っておくわけにはいかない、そのままにしておけば、どういう形かはともかく、何か大変なことが起きる、そう考えた。


「クーラーリぃー!!!」


「ちょっと待って!」


 ケインの呼びかけを、少年は不機嫌そうに向き直って答える。


「なんだ小僧?あいつがちゃんとまだ生きておることがわかったんだ。まさか俺の呼びかけにだんまりを決め込むわけもあるまい。迎えに来てくれるのなら、もう用はない。向こう行ってろ」


「いやいやいやいや。君、今自分のことなんて言った?」


「魔王ゴアだと言ったが?さあ早くどこか行け。俺は忙しいんだ」


 自称魔王の少年は、本当にケインにはもう興味もないらしい。

 すぐにまた上を向くと、叫び続けた。


「クラリーっ!!!俺は今飛べるだけの力もないんだー!!知ってるだろう!!見てるんだよなあ!?早く!!へ、返事するか!!迎えをよこすか!!直に来るか!!は、はやーーーく!!!」


 叫びながら、少年は何度か息を切らしている。

 ずっと叫んでいられるだけの体力もないようだった。

 その内体力もなくなって、話を聞いてくれるようになるだろう、そう思ったケインは、その場で待つことにした。

 のだが。


「そこの君、ちょっといいかね」


 後ろからまた誰かに声をかけられ、振り向く。

 立っていたのは、赤い鎧と兜に身を包んだ男だった。

 どうやらこの国の警備を務めているらしい。

 腰に差してある剣の柄を握っており、明らかにケインを警戒している様子だ。

 警戒心をこれ以上強められないよう、注意しつつその男に答える。


「はい、なんでしょうか?」


「さっき、不審な男がどこかから降ってきたという通報があってね。通報者が言っていた外見と一致する男というのが、どうやら君らしいから、声をかけさせてもらったよ」


「そ、それはそれは」


 至極真っ当な通報と警戒の理由に、思わず返事がどもってしまう。


「許可証は持っているかな?」


「きょ、許可証?」


「そんなことも知らずに降り立ったのかい?この国では許可証がないと入国できない決まりなんだよ」


「は、はあ」


 ケインは頭をかきながら頷く。

 そんなことも知らずにと言われても、この国ではと言われても、ここがどこなのかもわからないのだから仕方がないじゃないか。

 そう逆切れ気味に言おうとしたが、向こうの言い分の方が正しい以上、ケインはその言葉を飲み込む他なかった。

 鎧の男は、兜の下から優しい目を覗かせ、街の向こうを指差しながら言う。


「ここから30分ほど歩いたところに、管理局がある。そこで入国審査を受けてもらうよ。審査が通れば、君も正式に入国許可証を発行してもらえるはずだ」


「あ、はい。わかりました」


 もう少し揉めるとケインは予想していたが、思ったよりもすんなりと話は終わった。

 男が先を歩き、それに促されるままに、ケインも後に続く。

 自称魔王の少年は、鎧の男とケインの問答の間に、既にどこかに行ってしまっていた。

 許可証を発行してもらえば、すぐにまた捜しに行こう、案内されながらケインはそう思った。

 が、案内されるまま、路地裏にさしかかった時だった。

 鎧の男はケインに向き直ると、剣を抜き、言った。


「騙してすまない。けれど、あそこで殺して、騒ぎを大きくしたくはなかったから」


「は?」


 突然の言葉に、ケインは動揺を隠せない。

 鎧の下から覗かせる男の目は、まだ優しい、国を守る役目をした目のままだった。

 男は剣を振りかぶる。


「首都とは違い、このペッパータウンでは、不法入国者でも審査さえきちんと通せば入国できるようになる。でも、首都で問題が起これば話は別だ。10日ほど前にまた首都に人斬りが現れたことで、我らがデュナミク全土において、厳戒態勢時における入国管理法が適用されている」


「デュナミク?」


 ペッパータウンとデュナミク。どちらも聞き覚えのある名前だった。

 どうやらここはペッパータウンらしい、ようやくケインは現在地を把握できた。

 だが、ケインの知る限りでは、ペッパータウンはデュナミクの領土ではない。

 それどころか、かなり離れた場所に位置するはずだった。

 海賊船長、オーロの言葉を思い出す。

 デュナミクの女王、ロレッタは、周辺の国を襲い、自国の国土として乗っ取ってしまう。

 女王の言動から察するに、それは真実だとケインも確信していた。

 だが、まさか、ペッパータウンほどに離れた土地まで侵略していたとは。


「首都同様に、この街で不法入国者が発見された場合、その場で死罪が確定する。我々のような鎧の警備兵は、上層部に一切通すことなく、死刑の執行が許可されているんだ。残念だが、事情を全く知らないであろう君でさえ、例外ではない!」


 そう言って、男は剣を振り下ろす。

 慌てて跳び退いたケインだったが、背中の剣はまだ抜かない。

 この男の行動は、悪意から来るものではない。

 己の正義のため、また自国を守る者としての使命のための行動。

 ならば、ケインが反撃する理由はなかった。

 むざむざ殺されてしまう理由も、どこにもなかったが。

 ケインは警備兵とは反対の方向に向かって走り出した。

 なるべく人通りの多そうな場所を避け、人気の少ない路地を全力で駆ける。

 後ろから、重みのある足音が聞こえてくる。

 先程の警備兵が追いかけてきているのだ。

 鎧の重み分だけ、足の速さはケインに軍配が上がった。

 徐々に足音が遠のいていき、ケインもペースを落としていく。

 この国を脱出するまでは、警備兵とは何度も出くわすことになるだろう。

 そのために、体力を温存しておきたかった。

 しかし、タイミングの悪いことに、走る進路の先に、また赤い鎧を着た別の警備兵が見えた。

 道を変えようとしたが、剣を構えている警備兵の前には、ボロきれに身を包んだ背の高い細身の男が立っているのも目に入った。

 細身の男は、盲目なのか目を閉じており、杖をついて狼狽している。

 それが見えた途端に、ケインはまた全力で走っていた。

 細身の男に斬りかかろうとする警備兵めがけて、飛び蹴りを放ってしまっていた。

 蹴りは見事、警備兵の顎を捉えると、そのまま後方まで吹き飛ばした。

 着地しながら、ケインはしまったと思ったが、もう引き返すことはできなかった。

 ただ、事情はどうあれ、弱者が無残に殺されるのを、見過ごしておけなかったのだ。


「あ……あ……?」


 細身の男は何が起きたかわからない様子で、その場でおろおろしながら立っている。

 声をかけようか迷ったが、そうする前に先程の警備兵が追いついてきた。

 蹴飛ばした警備兵を起こしながら、ケインに怒声を浴びせる。


「貴様!警備兵への暴行は如何なる場合でも死罪!!どの道死罪ではある身だが、それを覚悟の上だろうな!?」


「知らねえよ!!さっき来たばっかの国での法律がどうとかさぁ!!そんなことより、こんな何も知らなそうな人まで殺そうってのか!?」


 ケインに蹴られた警備兵は起き上がると、細身の男に目を向けながら言った。


「無論!この男、問いただしてみれば許可証を持たずにどこかから忍び込んだ不法入国者!更には、通報された内容通り、刀まで抜き身のまま所持している危険人物ときている!この場で処刑するが妥当!!」


「刀…?うおぉ!」


 ケインが男から慌てて距離を置く。

 細身の男が持っていたのは杖ではなかった。

 刀を抜いたまま、杖替わりに使っていたのだ。

 しっかり鞘を腰に差しているにも拘わらず、である。


「なんでそんなもん杖みたいに使ってんですか!」


「いやー…杖がないもんで。でもほら、全然切れねえ、安全物なんですよ?」


 そう言いながら、男は自らの腕を刀で叩いてみせた。

 確かに男の言った通り、刀の切れ味は相当に劣化しているらしく、ところどころ錆ているのか、やや茶色がかっており、刃の部分が何度も腕に触れても、のこぎりのように挽こうとも、腕からは血の一滴も流れてはこなかった。

 尤も、そんなことは警備兵にとっては全く関係のない話ではあったが。

 警備兵もケインも男の様子に呆れていたが、とりあえず無視して話を進めた。


「俺みたいにどっかから降ってきたんならともかく、こんな何の害もない……刀持ってるけど、人まで殺そうとするなんて!!」


「女王様の方針だ!!例え無害であっても、不法入国者に、一切の人権は認められない!!」


「だったら俺だって抵抗させてもらうぜ……!『ボボーヤ』!!」


 ケインの右手から、火炎魔法が2発放たれ、二人の警備兵に見事命中した。

 警備兵たちは、火炎が激突した瞬間に気を失ってしまったようで、ケインが魔法を解除してもそのまま起き上がらなかった。

 息をしているのを確認してから、肩を落としながらぼやく。


「これぐらいなら俺だって勝てるのになあ」


 そのまま細身の男の方を向く。

 男はケインが勝ったことに気付いたようで、にこにこと笑いながらケインに駆け寄った。

 杖替わりの刀がケインの脚に触れたが、やはり痛みもなく、当然血も出ない。


「いやあ助かりました。この国に来てから今みたいに追われてばっかりで。本当にありがとうございます。私ね、ショーザンと言います。ショーザン=アケチ」


「俺はケインっていいます。ケイン=ズパーシャ」


 ショーザンはケインの手を取り、何度も何度も礼を述べる。

 彼の顔や長い黒髪は、ボロきれを着る者にしてはやけに綺麗でかつ若く、着る物が違えば女と見間違えるのではないかとさえ思うほどのものだ。

 声はこちらの気が抜けてしまいそうになるほど気だるげで、本当に礼を言われているのか疑いたくなるほどだったが。

 そう観察していると、ショーザンが不意にケインから手を放した。


「飯でも奢らせてください。この近くにね、いいウドン屋があるんですよ」


「い…いいですね。俺、ウドンって食べるの初めてなんです」


「決まりですね。んじゃあついてきてください」


 最初、ケインは断ろうとしたが、いかんせん金を持っていないのと、森を出てからまた腹が空きはじめていたために、やはり乗ることにした。

 ショーザンは目を閉じたままでありながら、すいすいと歩いていく。

 そのことをケインは尋ねたが、周囲のにおいと気配で大体わかる、との答えだった。

 どんどん突き進み、人気の多い場所に出た頃、またケインが口を開いた。


「それにしても、どうして杖はないのに、刀なんて持ってるんですか?ショーザンさん」


「ショーさん、でいいですよケインさん。なんとなく呼びづらいでしょ?」


「……じゃあ、ショーさん。どうして刀を…」


「さ、着きましたよ」


 ショーザンはケインからの質問をさらりと流しながら、店へと入っていく。


「ショーさん!刀せめて鞘には入れとかないと、また通報されますよ!」


「おおっと」


 刀を鞘に収め、それをまた杖替わりにして歩く。

 どことなく掴みどころのないこの男に苦笑しつつ、ケインもそれに続いた。


「えーっと……」


 テーブル席の椅子に座るなり、ショーザンは困ったような顔をする。

 メニューを見ることができないことに気付いたケインは、メニューを手に取り、ショーザンに言った。


「俺が代わりに頼みますよ。何があるか言っていきましょうか?」


「あー、いや、大丈夫。どれどれ」


 そう言って、ショーザンは目を開けて、まじまじとケインの手元にあるメニューを見る。

 内容をしっかり確認すると、また目を閉じて考え込む。

 ケインは何が起きたか理解できず、数秒固まってしまっていた。


「……いやいやいやいや!!ショーさん!?あんた目ぇ、見えてんのかよ!?」


「え?誰も見えないなんて言ってないでしょ?見てないだけで」


「だったらどうして目ぇ閉じたまま歩いたり、杖みたいに刀突いてんだよ!?」


「あー。私ね、あんまり見ることに興味ないんですよ」


「興味って…見るってのは興味とかそういうことじゃ…」


「おじさん、私、素ウドン一杯」


「素ウドンにするならわざわざメニュー見なくていいだろ!!」


 掴みどころがないどころか、わけのわからない男に振り回されながらも、ケインもまた素ウドンを頼んだ。

 ウドンがテーブルに置かれ、二人でそれをすすりながら、ケインは先程の警備兵の言葉を思い出す。

 10日ほど前、デュナミクの首都に人斬りが現れた。

 更に、ブンとスカーから聞いた話も思い出す。

 ヒノデ国にいるという、誰彼構わず無差別に殺す狂気の人斬り。

 どちらも聞いたばかりの情報故に、自然とその二つが結びつく。

 それらの情報を思い出した上で、再度、目の前のショーザンを見る。

 剣、サーベル、刀剣は世界に数多くの種類があるが、村で学んだことによれば、最も刀と呼ばれる武器を扱う国は、ヒノデ国だという。

 ウドンもヒノデ国が発祥の地だと言われている。

 この国以外で、どこか別の土地からやって来たのだとしたら、この男がヒノデ国の出身である可能性は高いだろう。

 もしかしたら、この男が人斬りなのではないか。

 一瞬そう思ったが、すぐその考えを否定した。

 もしそうなのだとしたら、使う刀があんなに質の悪い刀であるはずがない。

 切れ味も劣化し、茶色く錆てしまっている。

 第一、見ることに興味がないなどというわけのわからない理由で、杖替わりにするような刀使いの荒い人間に、人斬りが務まるわけがない。

 そう思っていると、ウドンの汁を飲み干したショーザンが言った。


「ちょっと急ぎましょうか、ケインさん。また鎧の人たちが来てる足音が聞こえてきましたよ」


 ショーザンの目はあえて閉じられたままだが、聴覚や嗅覚に関しては盲目の達人のようで、ケインには全く聞き取れない足音をも聞き分けることができるようだった。

 その言葉に無言で頷き、ケインもウドンをすぐ食べ終え、店を後にする。


「ついてきてください」


 ショーザンはそう言うと、再び刀を抜くと、杖のように突きながら少しペースを速めて歩き出した。

 ケインもその後に続いて歩く。

 だんだんと人気のない場所に入っていき、ますますショーザンは歩くペースを速める。

 地面に何度も突かれる刀の音を聞きながら、ショーザンは頬を緩めた。


「やっぱり杖替わりにするにはこの音が一番ですねぇ。鞘に入ってちゃこの音は聞けねえ」


「やめた方がいいけどね…剣使う者としての意見だけど。というか、刀を杖替わりにするくらいなら、目ぇ開けてた方がいいでしょ?何かと不便だろうし」


「まあね、盲目だと勘違いした暴漢に襲われたりなんかもしょっちゅうですよ。おかげで退屈しませんが」


「暴漢って…それはどういう意味の?」


 ケインの言葉をとりあえず無視して、ショーザンは路地裏に入る。

 ケインもすぐ後ろに入ると、そこには。


「動くな」


 二人の鎧の警備兵がいた。

 先程の赤い鎧の警備兵とは違い、黒い鎧と兜である。

 ショーザンはケインの方を向く。


「すいませんケインさん。バレバレだったみたいです」


 そう謝るショーザンの顔からは、妙に嬉しそうな印象を受けた。

 警備兵たちはケインとショーザンを壁際に追い込むように、剣を構えてにじり寄る。


「ケインさん、こちらの警備兵たち、鎧の色はなんです?」


「黒い…です」


「どれどれ、ああ本当だ」


「自分で見るんなら俺に訊くなよ!!」


「喋るな貴様ら!!」


 警備兵は怒鳴って二人に圧をかける。

 もう一人の警備兵が、自慢げに言った。


「デュナミクの警備兵は、鎧の色で階級を分ける!赤の最下級に始まり、我々の黒が最上級!!貴様らは警備兵に暴行を働くという重罪を犯した!よって我々が出張ってきたというわけだ!!」


 警備兵がそう告げた時、ケインはショーザンの刀が光ったように見えた。

 二人の警備兵もそう見えたようで、そちらに注意が向いたのを、ケインは見逃さなかった。

 すぐに右手に魔力を集中させ、呪文を唱える。


「『ボボーヤ』!!!」


「『バビュトーラ』!!!」


 ケインの火炎魔法を、警備兵の一人が風の上級魔法で跳ね返した。

 跳ね返ってきた火炎を、ケインは即解除したが、凄まじい勢いの突風に吹き飛ばされ、ケインとショーザンは壁に激突する。


「最下級の警備兵を倒せる程度の火炎魔法が、我々に通じるわけがなかろう!!」


「う…ぐ…あああ……!!」


 風に押しつぶされそうになりながら、ケインは呻く。

 彼が使える攻撃系の魔法は、せいぜいが中級まで。

 それを上回る上級魔法の使い手には、成すすべがない。

 経験不足による力不足。

 またしてもそれを痛感しながら、悔しさに唇を噛む。

 しかし、そんなケインをよそに、ショーザンは風魔法を受けながら、まるで効いていないかのような涼し気な表情で言った。


「警備兵さん、その姿勢キープしたままの方がいいですよ。じゃなきゃ大変なことになる」


 不自然なほど余裕そうな顔を見せるショーザンを、ケインは苦痛に抗いながら見る。

 ショーザンが持っていた刀は、風魔法のせいで手元から離れてしまっていた。

 だが、先程まで茶色く錆びていたはずの刀は、最初からそうだったかのように、美しく済んだ青い輝きを放っていた。


「何?見苦しい命乞いなら聞かんぞ!貴様らはここで我々に処刑される決まりとなっている!!」


 そう言い終わるより先に、もう一人の警備兵が倒れた。

 何が起きたか一瞬理解が遅れ、それを見るために風魔法を使っている方の警備兵が覗き込もうと頭を傾けた時だった。


「なんだ?おい、どうし」


 ケインは目を見開いた。

 そこから先の言葉が、警備兵の口から発せられることはなかった。

 警備兵の頭部は、まるで木の実が風に煽られたかのようにぽろりと胴体からこぼれ落ち、そのままぴくりとも動かなくなったのである。

 直後に、頭部の重さに耐える必要のなくなった胴体が、風魔法を放つのを止めると、その場に崩れ落ちた。

 自分たちを壁に押しつけていた風魔法から解放され、地面に着地したケインだったが、まるで未だに足が地についていないかのような恐怖に囚われていた。

 先に倒れていた警備兵を見ると、やはりもう一人と同様、首が綺麗に、鎧もろとも切断されていた。


「あーあ。だから姿勢キープした方がいいって言ったのに。ずっとあの角度保ってたら、ひょっとしたらくっつくまであのまま生きていられたかもしれんのに。なんにも気付きやしねえんだから。まあ最上級の警備兵っつっても、首都から離れた場所だと、所詮はこんなもんか。ねえ、ケインさん?」


 ショーザンは刀を拾いながら、気だるげに言う。

 その喋り方は、最初会った時と全く同じであったが、頼りないような、気の抜けるようなものとはまるで違う印象を受けるものだった。

 目を閉じたまま行う仕草の一つ一つが、先程とは何も変わらなかったが、だからこそケインには恐ろしいものだった。

 自分の認識が正しければ。

 この男はたった今、まるで普段過ごしている日常とは何も変わらないかのようにあっさりと、殺人をやってのけたのだ。

 それも、ケインや、ケインより格上の実力者たちをして、全く気付くことのない速さで。


「……ショーさん、一つ訊いてもいいですか?」


「なんです?」


「あなたなんですか?デュナミクの首都で現れたという、人斬りっていうのは」


「ええ、あそこで30人ばかし斬った人間が、私以外にいるっていうんでなけりゃあ、そうですよ」


 なんということはない、そう言うかのような軽さで、ショーザンは告げた。

 ケインの顔を冷や汗が伝う。

 ショーザンが拾い上げた刀は、今度は赤い輝きを放っていた。

 かと思えば、また色が変わり、最初に見たような茶色になった。

 ショーザンは目を開くと、それを見つめながら言う。


「これ見るときぐらいですかね、私がずっと目を開けてるなんてのは。面白いでしょ?コロコロ色が変わるんですよ。切れ味もそうでね、私が本当に斬りたくならなきゃ絶対に斬れないし、血は一滴も流さない。その分、私が斬りたいと思えばどんな硬いモンでも斬っちまう。私の祖国でも一振りしかないっていう……あー、名前なんだったかな…。虹、私はそう呼んでます」


「なんで…」


「はい?」


「なんで、人を殺すんですか?誰彼構わず、息をするかのように、どうして斬れるんですか?」


 その質問に、ショーザンはまた目を閉じ、深くため息をついてから答えた。


「誤解は困りますよ、ケインさん。誰彼構わずじゃあ、最初に会った赤い鎧の警備兵も、あんたのことも、殺してなきゃおかしい。殺す相手はちゃんと拘ってますよ。この刀が斬るに相応しい実力を持った人間…まあ、この二人は違いましたがね」


 そう言って、落ちている警備兵の首を足で転がして遊ぶ。

 にやりと笑うと、ケインの方を向いて言った。


「なんでと訊かれりゃあ、そうですね…。それくらい強い相手との殺し合いが、楽しいから、ですね」


 ショーザンの言葉を聞き終わるより前に、ケインは剣を抜き、構えていた。

 自身に襲い掛かる警備兵にすら向けなかった、剣だ。

 目は閉じたままだが、それをショーザンは察しているようで、不思議そうな表情をしている。


「……最初にあんたに会った時から、あんたの実力はわかってる。あんたに勝ち目はありませんがぁ……それでも?」


「それでも、駄目だ、ショーさん。あんたの行為には正義がない。ただ好きで殺しをするような人間を、許しておくことはできない」


 目も、剣も、魂も、全てをショーザンに向けていた。

 全てを懸けて戦う覚悟を決めた。

 魔女クラリの言葉や、自称魔王の少年のことなど、既に頭のどこにもなかった。

 誰かに言われて、誰かに会うために来たのではない。

 もし誰かに会わなければならないのだとしたら、それはこの男を、倒さなければならないということだと、そう考えた。


「あんたが悪なら、俺はあんたを斬らなきゃいけない!!それが勇者としての、俺の務めだ!!!」


 勇者は吼えると、人斬りに向かって駆け出した。

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