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四十代目勇者ケイン=ズパーシャが最強になるまで  作者: M.P.HOPE
旅立ち 世界の真実と魔王ゴア
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第11話 勇者として

 キャプテン・オーロが願った最高の船と、ロレッタが願った国に帰れるというマント。

 後者については、ケインはまだマントを羽織っていたということぐらいしか認識していなかったが、前者には当然心当たりがあった。

 どこにでも行ける最高の船に、つい先日乗ったばかりだからだ。


「…コンリード・バートン号?」


「そう、あれは『黒き禁断(ブラックスウィート)』で願ったことによって、手に入れた船なのよ」


 得意げに話すクラリに、ようやく落ち着きを取り戻しつつあるケインは、敵意を向けたまま言う。


「そいつらが今、世界の争いの中心にいるってことは、お前は…」


「誤解しないでよ。確かに私はあの人たちにも果実を渡したわ。それも、あの人たちが何を願うのかという、興味本位でね。でも、私が全ての元凶だなんて思わないで欲しいわね。私は誰にだって、欲した人間に『黒き禁断』を与えてきたの。善人だろうと悪人だろうと、構わずね。たまたま願いを叶えた人間に、悪人が多かっただけの話。悪人の方が、欲望に忠実な分、願いを叶えやすいのかしらね」


 ケインの言おうとしていることは、全て魔女に先回りされている。

 澄ました顔のクラリを、ケインは憎悪せずにはいられなかった。

 この魔女が作った果実のせいで、世界はより混乱する羽目になったことに違いはない。

 そして、それのせいで、父も…。

 クラリはずっとケインの記憶や感情を読み取りながら話していたが、未だに敵意や憎悪を向けられていることを不快に思ったか、先程ローブに仕舞った『黒き禁断』を取り出すと、ケインにそれを投げ渡しながら、しかめ面で言った。


「そこまでこれが、私が憎いというのなら、あなたもこれを食べて願えばいい。あなたの父がそうしたように、今、世界の混乱を鎮圧できるほどの力を願えばいいわ。叶えられるのなら、ね」


 手に取った果実を、ケインはじっと見つめる。

 顔を背けていたブンとスカーが慌てて立ち上がる。

 ブンが必死の形相で言った。


「やめろ、ケイン。妙な気を起こすな。こんなもん食ったって、おまえじゃ願いは叶えられない。クラリも言ってただろう?体の一部を代償にしてでも叶えた人間は、10人だっていやしないんだ」


 スカーも苦虫を噛み潰したような顔で続く。


「ガンギがそれを食った時、あいつは願いの他に何も考えられないように、何時間も何時間も、精神を集中させてから食ったんだ。それでも、あいつは願いを叶えられなかった。それほどの精神力の持ち主でさえ、叶わなかったんだ。少なくとも、精神力という面で、今のおまえさんがあの時のあいつに優っているとは、俺には思えんがね」


 スカーの言葉を聞き、ケインは諦めざるを得なくなった。

 この魔女の小屋に来るまでの自分、父の死を知った時の自分。

 一日の内に、二度も泣いた。

 精神面において脆い部分があるということを、ケインは自覚していたからである。

 ケインの心情を察したクラリが人差し指で手招きすると、果実はケインの手元を離れ、クラリのローブの中へ吸い込まれるように飛んでいった。

 果実を再度ローブに仕舞いながら、クラリは言う。


「意地悪言っちゃったかしらね。でもわかっておきなさい。この果実一つで世界の状況が変わったりはしない。願いを叶えられる人間の精神というのはね、並のものじゃないの。あなたの父がそうしたような桁外れの集中力だけじゃない。願いに対する異常なまでの執着心。そんな常識を超えた精神力の持ち主は、この果実を口にしようがするまいが、世界をひっくり返せるだけの力を元々備えているものなのよ。そしてその力を備えた人間というのが、ことごとく悪人だったって話」


 ケインはキャプテン・オーロのことを思い出す。

 あの恐ろしい女王、ロレッタとの激闘の最中でも、まるで動揺することなく、常に余裕を保ったまま行動し続けた、あの男の精神力。

 確かにあの男ならば、代償もなしに願いを叶えられるのだろう。

 例えあの船がなくとも、世界を混乱させられるだけの力を持っているのだろう。

 そして、逆にあの男ほどの精神力がなければ、果実で願いを叶えることは不可能なのだ。

 ケインはうなだれ、そのまま黙ってしまった。

 見かねたブンが声をかける。


「なあケイン。おまえもここに住まないか?」


「え?」


 思いがけないブンからの提案に、ケインは顔を上げる。


「どこへ行ったって、いずれは争いに巻き込まれるだけなんだ。クラリは海賊や女王に果実という恩を売ってるし、こんな森を支配しようなんて考える奴はいないだろう。食い物だって、おまえが来たのとは逆の方向に、俺たちが育てたものがいくらかあるし、この森なら、俺たちが寿命で死ぬくらいまでなら、平和に過ごせるはずなんだ」


 スカーもケインの肩を叩きながら言った。


「そうしなさい。クラリだって、魔獣ではあるが、こっちから何も仕掛けなけりゃ無害なんだ。ここに来る奴は大抵、弱っちい盗賊ぐらいなものだし、何より……村に帰れないんだ。使命も行くアテもない旅なんて、もう終わりにしよう、なあ?」


「また願いを叶えられるくらいの精神力を持った人間が来ないとは限らないけどね」


 冷たく言い放つクラリの言葉に、ブンとスカーは震えながら向き直る。


「それでも!女王や海賊に襲われる可能性があるような場所にいるよりはいいだろ!ケインを見捨ててはおけないんだよ!!」


 そう叫ぶブンの目には、涙がにじんでいた。

 ブンの涙を見ながら、ケインは考える。

 一日に二度も泣いたおかげか、頭は大分スッキリしていた。

 確かに、ブンが言った通り、この森に住んだ方が、安全なのだろう。

 魔王がいない今、勇者の使命などはもうないのだし、いっそその通りにした方が…。

 いや。

 勇者の使命は、本当に、もうないのか?

 村の掟を、勇者の本当の使命を今一度思い出す。

 魔王ゴアを滅ぼすまで。

 世に害及ぼす魔獣滅びるまで。

 そして―――――。



 クラリは肩をすくめながら微笑む。


「まあ、別に私はいいけどね、賑やかな方が好きではあるし。最近あなたたち元気ないから、新入りがいた方が少しはマシでしょうし。でも…」


 クラリはケインの目を見る。

 ケインもまた、クラリの目をじっと見ていた。


「あなたは、どうなの?」


 ブンとスカーは驚いた顔で、ケインを見つめている。

 クラリはそれにはまるで関心がない様子で、ケインの目の中にある光に問いかける。


「この小屋に入ってからずっと、あなたにとっては辛い現実を聞かされ続けてきたわね。この世界のことも、父親のことも。それでも、あなたにはまだ、この二人にはないものが残っている。その目の中にある、確かな輝きが」


 そう言われたケインは立ち上がり、小屋の扉に手をかけた。

 ブンは慌てて駆け寄る。


「お、おいケイン!まさか、出て行こうってのかよ!?勇者に行くアテなんてもう…」


「ありますよ、ブンさん」


 ケインの声は冷静そのものだった。

 優しく微笑みながら、ブンの方へ向き直る。

 ケインの目の中にある、クラリが言ったような確かな輝きを見ると、ブンは目を逸らした。

 その輝きが、今の自分たちにはないものだということを、クラリに言われるまでもなく、知っていたからだ。

 ひどく弱った声で、ケインに尋ねる。


「どこに……どこに行こうってんだよ」


「この世界の平和を乱す、悪人がいる所ですよ」


 ブンは目を見開く。


「勇者の使命は、魔王や魔獣を倒して終わりではない、それをさっき思い出しました。人生きる世に真なる平和戻るまで。村の掟、最後の行に書かれてる一文がこれでしたよね」


 ケインに言われるまでもなく、それはブンもスカーも知っていることだった。

 勇者として、それを忘れるはずもなかった。

 それでも、力のない自分がそれを実行できるはずがないと、心の奥底に閉じ込めていたものだった。


「そんな掟がなんだってんだよ…。そんなこと言われたって、もう俺たちじゃどうしようもない事態に、世界は陥ってるじゃねえか!!」


 ブンは叫ぶ。

 ケインの目を見ずに、叫ぶ。

 本音を言えば、世界を救いたい気持ちは、ブンもスカーも同じだ。

 それ以上に、力不足を痛感し、死を恐れ、逃げてきた。

 そんな自分が許せずに、今もその気持ちを曇らせずに持ち続けているケインを、直視できないでいるのだ。

 ケインは優しい声色のまま言った。


「確かに、今の俺じゃ、まだまだ弱っちくてどうにもならないのかもしれない。でも、外にはまだまだ成り上がろうと悪行を働く盗賊どもや、あのオーロの部下である海賊だって大勢いるんです。そいつらさえ見過ごしたまま、何もしないなんて、俺はできないんです」


「……女王や海賊を敵に回してもか」


「戦うことになるのだとしたら、俺は戦います。勝てなくても、例え、殺されるとしても」


 紛れもない勇者の言葉だった。

 力はまだ弱くとも、何かを成し遂げたいと志す者の、強い心の持ち主の言葉だった。

 今の自分ではとても言えない台詞だ、そう思いながら、ブンは肩を落とす。


「…そうかい。おまえがどうしてもそうしたいんなら、そうすればいいさ。俺や親父は、おまえみたいにはできない。死ぬのが怖いからな」


「……お元気で」


 そう答えるしかなかった。

 死を恐れる者を、自分と同じ勇者として見ることは、ケインにはできなかった。

 扉を開き、勢いよく飛び出そうとする。


「待ちなさい」


 声の主はクラリだった。

 振り返ったケインに、クラリは右手をかざしながら続ける。


「そんな格好のまま行かせるわけにはいかないわ」


 そう言うと、瞬く間にケインの体にあった傷が癒え、服の破れや泥も綺麗になっていく。

 ケインも習得してはいたが、それとは別次元とすら言ってもいい、クラリの癒しの魔法だった。

 魔女からの思わぬ施しに、ケインは唖然としつつも、一応の礼を述べる。


「あ、ありがとう…」


「気にしないで。もし本当に、あなたがこの世界をどうにかしたいという気持ちがあるのなら、あなたは会わなければならない人がいる。あんなボロボロのままで会わせたくはなかったからね」


 クラリはそう言いながら笑うと、今一度右手に強い魔力を込める。

 ケインの周囲を、膨大なクラリの魔力が包み込む。

 敵意を感じないからか、抵抗せずされるがまま、ケインは尋ねる。


「会わなければならない人…?」


「会えばわかる。もし会えたなら、あなたはもう一度ここに来ることになるでしょうね。あの人も私を探しているから」


「そ、それってどういう…」


「でもあの人が本当に欲しているのは、きっとあなた。だからあなたが最初に会わなければならない。『アディオ』」


 クラリが呪文を唱えると、ケインは凄まじい速度で遥か上空に飛び去っていった。

 外に出て上を確認したブンだったが、そこにはもう勇者の影も形もなく、ただ生い茂る木々の葉だけがあった。

 小屋に入りながらブンは言った。


「今の『アディオ』って何の呪文だよ?」


「各地を見て回ってきたくせに知らないの?『プーカ』の類似呪文よ。他者を好きな場所に移動させる呪文ね」


「それで、ケインはどこに行ったんだ?」


「だから言ったでしょう。彼が会わなければならない人の所よ。彼、多分またここに来るから、そうしたらあなたたちは、改めて自覚することになるでしょうね。あなたたちが必死に調べあげたことさえ、全てが真実とは限らないということを」


 魔女はそう言って、小屋の扉を閉めた。

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