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第93話 決して諦めず道を斬り開く

 氷塊を突き破り、向かい合ったコンリード・バートン号の船首に立つケインを見て、ゴアは呟いた。


「ただの真似事ではないようだな……!」


 一瞬遅れてククも気付いた。

 ゴアが看破した通り、コンリード・バートン号はケインが魔力によって動かしたわけではなかった。

 魔力ではなく、ケインの『意思』によって動かされていた。

 それは、キャプテン・オーロの至宝であったこの船が、彼を一時の主人と認めたことに他ならない。

 それでもいつまで主人と認められるのかわからない、ましてや元々敵であった相手の所有物、ケインにとってはその場限りの相方に過ぎなかった。

 ならばこそ、使える時にその威力をふんだんに使いたかった。


「来るぞ、クク」


「わかってますよ、ゴアくん」


 ククとゴアがそれぞれの両手に魔力を込めると同時に、コンリード・バートン号に備えられている大砲、八門全てにケインの魔力が込められた。


「全弾装填!!頼むぜオーロ!!!」


 大砲ひとつひとつに込められた魔力の威を感知し、ゴアは戦慄する。

 とても今まさに死の一歩手前まで踏み込んだ男のものとは思えないほどの力だった。

 先程までケインが武器としていた愛だけではない。

 何かが、ゴアもククも知らない何かがケインを更に強くしていた。


「……関係ない。殺すか殺されるか、それ以外に決着はないのだからな!!」


 自分に言い聞かせながら、ゴアは両手の魔力を開放した。


「『魔王フルチャージダークネスツインバスター』!!!」


 同じ構えで、ククも続く。


「『魔神フルチャージディスペアーダブルパニッシャー』!!!」


 極大の光線が二本放たれた時、ケインも全ての大砲から光線を発射した。


「『海賊の激情(センティオーロ)砲撃狂想曲(リングラツィアメント)』!!!!」


 双方が放った光線の激突は、凍り付いた海を一瞬で融かし尽くし、なおも激しさを増していく。

 ゴアとククはその場から退かずに光線を撃ち続ける中、眩しさで見えはしないが、確かにケインが近づくのを感じていた。

 ゆっくり、しかし着実に、激しくぶつかり合う光線に退くどころか前進している。

 コンリード・バートン号が、ケインを決して立ち止まらせない。

 進む先にある『宝』へと、主人を運ぼうとしているのだ。


「忌々しい船だ……!!」


 ゴアが苦笑したのも束の間、ついにコンリード・バートン号は光線を跳ね除け、二人の眼前へと迫った。

 同時に、大砲から発射されていた光線も途切れた。

 船首で息を乱すケインを見て、ゴアは好機とばかりに船を殴り飛ばした。


「ちぃっ!」


 ケインは咄嗟に跳び退いて巻き添えを喰らうことはなかったものの、コンリード・バートン号は海面に叩きつけられ、そのまま沈んで行った。


「バートン!!」


「船を気にしてる場合じゃありませんよ!」


 ククの両手が迫っていることに気付き、ケインも同様に両手を突き出す。


「『プーカ……!」


「ゼロ』!!!」


 同時に放たれた相手の動きを封じる浮遊魔法は、中央で反発し合い、互いに決して譲らない。


「くううう……!!」


「ぬぅぁあ……!!!」


 僅かでも緩めると命取りになる状況に、ククもケインもそれ以外の行動が出来ずにいた。

 即ち、今、自由に動けるのはただ一人。


「どの道、動きを封じられたと言うわけか!!」


 勝ち誇った笑みを浮かべ、ゴアはまたしても右手に魔力の大鎌を作り出し、ケインの首へと振り下ろした。

 もう近くに剣も刀もない。

 確実に首を斬り落とし、それで終わる。

 はずだった。


「……なんだと……!?」


 大鎌はケインの首に触れることなく、大きな半透明の『腕』のようなものに阻まれていた。

『腕』は二本、ケインの両肩から生えるようにして出現していた。


「馬鹿な……ロレッタ=フォルツァートの『腕』だと!?何故おまえに……!!」


「ケインさん……!?」


 コンリード・バートン号を操った先程より、二人に与えた衝撃は大きかった。

 それにはお構いなしに、ケインは『彼女』へと言葉をかける。


「手を……この場合は『腕』を……貸してもらうぜ、女王」


「我がデュナミク王国の至宝を事後承諾で借りようなどとは、随分と無作法な行いではありませんか、勇者よ」


 幻聴が聞こえる。

 かつての敵による、穏やかな声の幻聴が。


「あなたが今使っているのは、紛れもないあなた自身の力。使い方を模倣しているに過ぎないのです。決してデュナミク王国の力などではありません。そのことを肝に銘じて、せいぜい戦ってみせるのですね」


「ああ!!」


 自身の両手はククに向けたまま、両方の『腕』を広げてケインは構える。

 その様を見て、ゴアは笑った。


「……そうか、おまえの強さとは……」


 ゴアの拳とケインの『腕』がぶつかり合う。

 激しい殴り合いが始まった。


「おまえの強さとは、敵に対して向けられる『愛』、『愛』こそがお前を強くし、奇跡を起こすのだと、そう思っておった!!俺も、あのドーズも、おまえ自身さえも、そう思っておっただろう!!」


 顎を跳ね上げられながらも、ゴアは言葉を続ける。


「だがそれだけではなかった!!『愛』が最も顕著に表れるだけに過ぎなかったのだ!!全く、笑い話にもなりはせん!ドーズなど比べものにならんほどの化け物を、俺は相棒に選んだわけだ!!」


 ケインを殴打しながら、ゴアは言葉を続ける。


「全てだ……!!『愛』だけではない、おまえが見聞きし、体験し、感じてきたこれまでの全て、全てがおまえの強さになっておる……!!今、この時まで、俺は知らんかったぞ……!生きてきた全てを強さに変えられる者など!!それが……それがおまえだ!!!」


「だったら!!!!!」


「ぐぅっ!!」


『腕』にゴアが殴り飛ばされた衝撃がククにも伝わり、浮遊魔法を中断せざるを得なくなった。

 ケインもまた、息を整えている内にロレッタの『腕』が消失していたが、代わりに刀が右手に握られていた。

 海へと沈んだ刀が、『氣界念繰』で回収されたのだ。


「だったら……もうわかるよな?俺はおまえたちを止める。おまえたちを救うんだ!!」


「おまえとて……それは出来ん。諦めろ、この戦いの決着は、殺すか……殺されるかだ!!!」


 ゴアとククが全身に魔力を漲らせ、再接近を試みる。

 ケインは左手を突き出し、友へと言葉をかけた。


「ザック!!」


 友の幻聴が応える。


「おお!!!」


「何!?」


 一瞬、新たな呪文かと身構えたゴアとククだが、次に唱えた呪文が二人を更に戸惑わせた。


「『ボヤ』!!!」


 ケインの左手から放たれたのは、ごく小さな火炎弾だった。

 数は多いが、それでも威力はこれまでと比べて貧弱極まりない。


「ここにきて低級魔法だと!?何を狙っておる!!!」


 停止して防御の態勢を取ったゴアに、ククは声を荒げた。


「駄目!!ゴアくん!!避けなきゃ!!!」


「何だと!?」


 だが既に遅く、火炎弾は悉くゴアに命中した。

 それでゴアにダメージが入るわけがなかったが、ケインの狙いが別にあることを、ククは見抜いていた。


「『リスペル・バーリービーボ』!!!」


「『テテレポ』!!!」


 無数の火炎弾を雷撃魔法に変換し、動きを封じる。

 ククはケインの狙いを寸でのところでゴアと共に瞬間移動魔法により回避し、背後へと飛んだ。

 だが、瞬間移動した先で待っていたのは、


「ケインさん……二人!?」


 二人に増えたケインの姿だった。

 無論、それは『魔王パワーマリオネット』によって分身したものに過ぎなかったが、瞬間移動で回り込んだと思った矢先だったために、判断が一瞬遅れた。


「『二人が紡ぐ無限の力(ツインフィニティ)』!!!」


 二人のケインがククとゴアへと迫る。

 対するゴアも、負けじと叫んだ。


「本家を見せてやるわ!!!『魔王パワーマリオネット』!!!!」


 ゴアの分身が二体、ケイン二人の行く手を阻んだ。

 分身に相手を任せて後退しながら、ククは異変に気付いた。

 二人のケインが、どちらも刀を手にしていないのだ。


「……しまった!!」


 ゴアが分身を二体作ったのと同じく、ケインも分身を二体作っていたのだ。

 本人はククと全く同じタイミングで瞬間移動魔法を使い、力を溜めていた。

 分身たちが相討ちで消滅したのを見てゴアも気付き、遥か上空を見上げた。

 眩しさにククもゴアも目を細めたが、それは太陽の光ではない。

 太陽は雲に覆われ、隠れている。

 太陽よりも確かな光を、勇者ケインが放っていた。


「おぉぉぉぁぁああああああああ……!!!」


 雄叫びと共に魔力と光を強め、刀を両手に持ち、真上に振り上げる。


「────っ!」


 瞬間、ククの目に映ったもの、それはケインによって斬られる彼女自身の姿だった。

 それを見たのはククだけでなく、ゴアもだった。

 ゴアには覚えがある。

 ケインと戦ったショーザン=アケチが死の淵で体得した奥義。

 構えることによって一撃を確約する、極めし者の剣技だ。


「私たちを……殺してくれるんですね」


 目を潤ませながら、ククは両手を広げようとした。

 それを制止し、ゴアは全身に魔力を滾らせる。


「全身全霊で迎え撃つ。それがあいつへの、最期の礼だ」


「…………うん………………」


 黒い魔力を纏い、ゴアとククは飛び出した。

 最期の一撃を放ち、玉砕するために。


「これで決着だ!!諦めろケイン!!!!」


「ショーさん!!!俺に力を!!!二人を救う力をくれ!!!」




「私の剣は、相手を殺すためだけにあるんですよぉ」




 幻聴が聞こえる。

 何度も殺し合った、最初の敵の幻聴が。


「ですがぁ、あんたならもしかしたら、剣で相手を救えるのかも……しれませんね」




「オオオオオオアアアアアアアアアアア!!!!!」


 かつてない光を纏い、ケインは刀を振り下ろす。

 出会った全ての人々の声を聞きながら。


 母の、ザックの、ブンの、スカーの、サラミ婆さんの、シマシマの、クラリの、ショーザンの、ライガの、シーノの、スコットの、赤影の、青影の、緑影の、黒影の、桃影の、オーロの、ロレッタの、カウダーの、父の。

 そして、


「ケイン!!!!!」


「ケインさん!!!!!」


 ゴアと、ククの。


「『決して諦めず(ケイイイイイイン)……」


 出会った全てを力に変えて。


道を(ズッ)……」


 勇者は今、全盛期を迎えた。


斬り開く(パーシャアアアアア)』!!!!!」




 大いなる力と光りにククは包まれ、目を閉じた。

 痛みはなかった。

 死への恐怖もなかった。

 ただ、斬られたという実感と、最愛の人に向けられた愛だけがそこにあった。

 1500年生きた中で、最も貴く、そして最も長い一瞬だった。

 瞼の裏にある白の世界が黒に変わる時、それが死なのだろう、そう思いながらその時を待った。





 黒一色の世界でいつまで経っても自分が死んだように思えないククは目を開けた。

 そこは、遠くに魔界が見える海岸。

 ぼんやりと眺めながら胸に手を当てると、傷ひとつなく、血も一滴すら流れていなかった。

 痛みはなかったものの、確かにケインに斬られた感覚はあった。

 しかし、傷はなく、生きている。

 後ろを振り返ると、ケインと、ゴアがいた。


「え……」


「……よう、向かい合うのは初めてのことだな、クク」


 ククから切り離されている以外は何の異常もない様子で、ゴアは手を振った。


「え、いや、でも、どうして……あっ」


 動揺したククは、自身の髪と肌の色が元に戻っていると共に、魔力が消失していることに気付いた。

 ケインに斬られた、しかし、生きていて、魔力がなくなっている。

 そして、ゴアが自分と別れて存在している。


「……まさか」


 ケインは微笑んだ。


「そう、ククとゴア、二人の『存在』を斬り分けたんだ」


「そんなことが……」


「そんなことがあるのさ」


 ケインは両手を腰に当てていたが、ゴアに右手を掴まれ、ククの前に突き出された。

 ケインの右手はぶるぶる震えていた。


「全く、奇跡を起こして自慢げにしておるくせに、内心は不安と恐怖で満ちておったとはな」


「だってしょうがないだろ……!!」


「まあ、それを乗り越えるから勇者なのだろうがな」


 ケインに手を振りほどかれながら、ゴアは尋ねた。


「が、これで終わりではないだろう?俺とククを分離させたところで、俺を生み出したのはククだ。今は魔力を失っておるように見えるが、いつその『器』に魔力が満たされるかはわからん」


 ゴアが言ったことは、ケインも承知していた。

 今は普通の人間と変わらないように見えるが、普通の人間になったという保証はない。

 いつ、どのような形でも、きっかけがあれば魔神に戻るかもしれない。


「それをどうするのか、考えた上でやったのだろう?」


「これが必要のようね」


 どこからともなく、黒魔女クラリが現れた。


「うおおお!?」


 驚きでゴアは尻もちをついた。


「ゴア様、魔王の御姿で子供の御姿と同じようなリアクションをされては威厳なくなりますよ」


「ふん、子供の姿でやったような折檻をされたくなければ黙っておれ……それより、どうせずっと見ておったのだろうが、出てきたとあれば、ケインにあれを渡すということだろう?」


 クラリはローブの袖から黒き禁断(ブラックスウィート)を取り出し、ケインに手渡した。


「あなたはクク様とゴア様に殺すことを望まれながら、あえて生かした。今後の危険について考えなかったわけでもないでしょうに、生かす道を選んだ。だったら、その責任を取ることを決意したってことよね?」


「責任、か……」


 果実を持つケインの手は、もう震えていなかった。

 右手に果実を握りしめ、左手でククの肩を掴んだ。


「そうだよな」


「ケインさん?」


「クク、俺は君が言った通り、多分今のままだとあと100年も生きられない。だけど、だからって永遠を生きようとは思わない」


「それじゃあ……」


「だって、君がいないのに永遠の命を得たって、意味ないじゃないか」


 同じ時を生きられないのなら、生きている意味はない。

 それは、ククが抱いたのと同じ想い。


「……ケインさん」


「これは願いじゃない、誓いだ。俺は君より一日長く生きられるなら、それでいい。君が今日死ぬなら、俺は明日まででいい。君がまだ1000年生きるなら、俺も1000年生きてやる。君が生きている間、俺も側で生きていく。そして……」


 ケインは、果実をひと口齧り、飲み込んでから言葉を続けた。

 一切の代償を支払わなかった、万全の肉体で。





「君を一生幸せにする」





 飛び込んできた少女の体を勇者はしっかりと抱きとめた。

 二人の唇が重なるのを、魔王と魔女は見届けた。

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