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第89話 魔を作りし者

 1500年と少し前のことです。

 ある島で、二人の赤ちゃんが産声を上げました。

 先に生まれた一人は男の子、後から生まれたもう一人は女の子でした。

 ご両親はとても複雑な想いで双子の誕生を祝ったそうです。

 二人が生まれたその島には、とても残酷な風習がありました。

 島の火山に毎年生まれてきた赤子を一人、生贄として捧げる儀式です。

 生贄を捧げることで、火山の怒りを鎮めるためのものです。

 そうしないと、火山が怒って島中を炎で包んでしまうからと。

 おかしいですよね。

 そんなことで火山を抑えられるわけがないのに、火山が大人しくなるのは生贄のおかげなんかじゃなく、その際に複数人で行うお祈りのおかげ、つまりは無意識のうちに魔法を使っていたからだったのに、ダンテドリ島の人はみんな本気で生贄の効果だと信じてやってたんですよ。

 ええ、そうです。

 ダンテドリ島です。

 あの島には元々人が住んでて、それなりの文明があったんですよ。

 まあ、今言った馬鹿な風習が当たり前にあるようなところでしたけどね。

 とにかく、双子が生まれたことで、その年はそのどちらかが生贄にされることになりました。

 双子の両親はどちらを選ぶか、生まれた時からもう決めてありました。

 女の子の方が生まれた時、その子は光り輝いていたそうです。

 この子はきっと特別な存在だ、きっとなにか大きなことをしてくれる、そう確信したそうです。

 だから生贄には男の子の方を選び、あなたの分まで残った方を愛情たっぷりに育てるからと、火山に投げ入れてしまいました。


 その生き残った女の子が私です。

 クク=ヴォルゲです。


 両親が期待した通り、いえ、それを遥かに超えて、私は成長していきました。

 私が生まれた時に両親が見た輝きというのは、私が持つ魔力そのものだったんです。

 体の成長に比例して魔力は桁外れに増大していき、5歳になる頃には島で私より強い人間はいませんでした。

 私が時折放つ輝きも、日増しに強くなっていきました。

 7歳になって、私はちょっとした偉業を成し遂げました。

 島の火山をたった一人で抑え込むことに成功したんです。

 もう生贄も必要なくなり、元々必要なんかじゃありませんでしたけど、とにかく無駄な犠牲は出なくなりました。

 島の人々は私に感謝し、私こそが救世主だと祭り上げました。

 とてもいい気分でしたよ。

 干上がるくらいの晴れが続いていれば雨を降らせてあげるだとか、そんな簡単なことでみんな私に感謝するんですから。

 まあ、誰もそんなことできないから感謝されるわけですけどね。

 とにかく、私は生まれ持った強大な魔力で他の人から見れば不可能なことも可能にしてみせました。


 ちょっとした違和感にみんなが気付いたのは、それから50年ほど経った頃です。

 私の見た目が15歳くらいからずっと変わらないままだったんです。

 両親が亡くなっても、私と同じ年頃の人がみんなおじいさんおばあさんになっても、私の見た目は変わらないまま、今ケインさんが見ているこの姿のままでした。

 でもそれも、私が特別だからということで済まされました。

 むしろ、私が実は人間じゃなくて神様なんじゃないかって話まで持ち上がったくらいです。

 大した問題にはなりませんでした。

 そう、私が100歳になろうとしていた、あの日までは。


 ダンテドリ島を囲む海はひどく荒れていて、外から人が来るというのはそれまでほとんどありませんでしたが、その日は違いました。

 必死で小船を漕いでたどり着いた人が一人いたんです。

 とても疲れた顔をしていて、何故わざわざ来たのか理由を尋ねると、この島の人間は何も知らないのかと怒ったように話し始めました。

 その人が言うには、もう何年も前から世界中のあちこちで戦争が起きていたそうです。

 彼がいた国も戦争で滅んでしまったので、安息の地を求めてダンテドリ島まで火山を目印にやって来たとのことでした。

 そんな彼を可哀想に思って、島のみんなで温かく迎えてあげることになりましたが、何日かして突然彼は言いました。


「お前は何者だ?何故お前の居るこの島だけが平和なんだ?お前はこの島で何をしている?いや、お前は……」


 その後続けた言葉は忘れもしません。


「お前が外の世界に何かしたのか?」


 たった一言、そのたった一言が、周囲の私を見る目をがらりと変えてしまいました。

 世界を混乱に陥れ、自分の居る場所は平和だと人々に信じ込ませようとしている化け物なんじゃないかと、疑うようになったんです。

 もちろん私は否定しましたが、心からそれを信用する人はいませんでした。

 100年も島に住んでいた私よりも、ほんの数日いただけの人間の言うことを真に受けたんです。

 おかしいですよね。

 自分たちはずっと平和に安全に生きていられたのに、突然私を疑うなんて、最初から何も信じていなかったのと同じじゃないですか。

 ずっと私のことを、怖がってたってことじゃないですか。

 私よりも外様の人間の方が、まだ自分たちに近しい存在だって、そう思ったってことじゃないですか。

 ですけど、あの時の私はまだ怒るよりも悲しみの方が強くて、島の人や外から来たその人に対して何かするようなことはありませんでした。

 決定的なことが起きたのは、それから1ヶ月経ったある晩のことです。


 私は、島の外から来た彼と、彼に連れられた島の何人かに寝込みを襲われました。


 槍や剣を何度も何度も振り下ろされ、家には火をつけられました。

 抵抗ですか?

 しませんでしたよ。

 する必要なんてありませんでしたから。

 槍も剣も、私の肌には触れましたけど傷はつけられませんでしたし、火だって燃やしたのは私の家だけでしたからね。

 抵抗はしませんでしたけど、彼らが家に火をつけたと同時にあれももうやめにしました。

 何をやめにしたか?

 私を島の人が神様だなんだと持ち上げたきっかけを、そう、火山を抑えるのを、やめにしたんです。

 なにせ何百年も魔法で無理やり抑え付けられていたのをやめにしたんです、その反動で起きた大噴火、あれはとてつもないものでしたよ。

 夜だったのに、島中が真昼よりも明るくなったんですからね。

 ほんのちょっぴりしか魔法を使えないようじゃ、あれを生き残ることはとてもできません。


 ええ、死にましたよ。

 みんな、みんな。

 焼け落ちた家から出た後でちゃんと島中確認しましたから。

 草木も動物も、生き物なんて残ってない、ただの燃えかすだけになった島を、ぐるりと歩いて見回ったんですから。

 みんな、みーんな。

 私が殺したんです。

 悲鳴も恨み言も聞くことなく、誰一人残さず、みーんな殺したんです。

 さて、島の人を皆殺しにした私が、その後どう思ったでしょうか。

 一人って寂しいなあ、そう思ったんです。


 でも、また島の外から誰かに来られるのも嫌でした。

 火山を抑えるのも、いざやめてみればまたやるのって面倒くさいなあって、そう思いました。

 私を傷つけようなんて考えない、仲良くしてくれる、火山が噴火しても生きていられる、そんな生き物が必要でした。

 だったら作っちゃえばいいじゃん、そう思って生み出したのが、『魔獣』という存在です。


 魔獣を作るのってとても楽しかったですよ。

 どういう生き物なのか、何を食べるのか、何が好きで何が嫌いか、どれくらい生きられるのか、強さはどれくらいか、そういう生き物としてのルールを決めるところからスタートしました。

 途中で面倒くさくなって、食べるものは全部共通にしました。

 人の嫌う瘴気、それがいいと思い、ダンテドリ島を瘴気が発生する土地に作り変えてしまいました。

 まあ、当時の死体だらけの島には、人体には無害でも瘴気自体は充満してましたけどね。

 人間は寄り付けない、だけど魔獣や……私は住むことができる、そんな土地に作り変えました。

 そして瘴気の中から、ごく自然に、ごく不自然に、魔獣たちは生まれました。

 パンパパイヤ、コワモテウサギ、ボーダードラゴン、色んな種類の魔獣が、私が決めたルールに従って誕生しました。

 時々、私の想定外の強さを持った魔獣が生まれましたが、そんな子たちにはお祝いとして名前をつけてあげました。

 氷王ロズはその最初の一匹です。

 そんなわけで、私は自分で生み出した魔獣たちと一緒に幸せに暮しました。

 めでたしめでたし、とはなりませんでしたけどね。


「創魔神様、島に向かってくる者がいるようです」


 10年も経たない内に、ロズからそんな報告を聞くことが多くなりました。

 その頃には私は『創魔神』と呼ばれるようになっていました。

 世界を創った神に対する、魔獣を創った私への称号に相応しいと、ロズが付けてくれたものです。

 そんな創魔神の私は、ダンテドリ島に近づこうとする人間を追い払うように魔獣に命じる日々でした。

 瘴気と魔獣しかないような土地にわざわざ攻め込むような余裕は人間にはないと思っていましたが、私は勘違いをしていました。

 世界中で起こっていた戦争は、嘘のように全て終わっていたんです。

 戦争どころではなくなったからです。

 ダンテドリ島の火山を大噴火させ、奇妙奇天烈な生物を生み出した人類の脅威を、取り除かなければならなくなったからです。

 つまり、私ですね。

 排除しようとする人間が何度島に近づこうが、決して侵入を許しませんでしたし、決して命は奪いませんでした。

 無闇に殺すのは嫌でしたし、殺せばより数を増やして挑んでくるに違いないとロズに言われてましたからね。

 殺そうが殺すまいが、追い返すごとに数を増やして攻め込んできましたが。

 何年経てども諦めずに来られると、さすがにうんざりしてしまいました。

 住む場所を変えるためにロズを連れてダンテドリ島を去りました。

 誰も近づかないような場所が必要でした。

 ですが、大抵のところに人が住んでいて、住んでいなくてもすぐ来られるような場所しかありませんでした。

 だったら、作るしかありませんよね。

 世界の果てと言われる海に、大陸を作りました。

 そこに立派なお城を建てて、周りには瘴気を発生させて、魔獣たちも新しく生まれさせて。

 ええ、そうです。

 それが魔界の始まりです。


 魔界を創り上げたことで、私の周りにはより多くの、より強い魔獣が集いました。

 新しいお友達に竜王ゼブラたちも生まれて、とても賑やかでした。

 みんなが私の言うとおりに動いてくれましたし、誰も私のことを嫌いになんてなりませんでした。

 みんな仲良く、幸せに。

 そうして何百年も過ごして……いたかったんですけどね。

 また魔界を攻め込もうとする人が何度も何度も何度も現れました。

 どうして、人間は私たちを脅威と決めつけたんでしょうね。

 ただ私は寂しくないように、大勢の家族と過ごしたかっただけなのに。

 放っておいて欲しいだけなのに。


「生き物の枠組みから外れた存在が集まって何を企んでいる。人間の住む世界を混乱に陥れ、支配するつもりなのだろう」


 何度そんな風な言葉を聞いたでしょうか。

 何度人間に敵意を向けられたでしょうか。

 たかだか1000年の間に。

 何度。

 私は何もしようと思ってないのに。

 ただ普通の人間と違った生き方をしていただけなのに。

 ただ誰よりも強かっただけなのに。

 私より特別な存在がいないからって。

 私より強い存在がいないからって。

 何度疑われ。

 何度殺意を向けられ。

 どれだけ、嫌われ。




 だったらもう、本当に人間の敵になっちゃった方が良くないですか?




 魔王ゴアはそうした理由で生まれました。

 人間と完全に敵対するため、でも私自身が手を下す勇気もなかったので。

 私の悪意と力を、代わりに振るってくれる存在が欲しかったんです。

 それが魔王ゴアです。

 私にとって最高に都合の良い、私が負うべき全ての罪を被ってくれるためだけに作られた存在。

 私の代わりに人間の敵になってくれるためだけに生まれた存在。

 ゴアはそのことを知りません。

 自分がどうして、どういったきっかけで生まれたのか、何故魔王である自分の中に私という人格が存在するのか、知りませんし知ろうともしません。

 そういう風にできてます。

 そういう風に、作りました。

 便利でしょ?

 魂を切り分けて作ったせいか、私本来の強さよりもいくらか劣る魔力ではありましたが、わざわざそうしただけの価値はある理想的な存在でしたよ。

 そんなわけで、私の悪意を存分に人間たちに向けたゴアは、地上支配のために動き始めました。

 私はと言うと、嫌なこと全部ゴアに押しつけて、ただの女の子になりました。

 寿命が果てしなく長いだけの女の子に。

 たまーに顔を出しては、魔獣たちと仲良く遊んで、また引っ込む、そんな日々になりました。

 幸せな日々。

 それに終止符を打った人物がいること、ケインさんは知っていますよね?


 そう、ドーズ=ズパーシャです。

 かつての私と同じく、周囲とは比較にならない強さを生まれながらに持った、特別な存在。

 そんな彼が、私と違って歪むことなく成長し、魔王ゴア、つまり私を討ちに来たのは皮肉と言う他ないでしょう。

 彼は魔王ゴアを凌駕するほどに強く、ようやく殺せるというところまで頑張りましたが、あと一歩で重大なことを見落としてしまいました。

 私の存在に、気付けなかったんです。




 私が生き延びるため、ゴアの魂を一部分だけ連れて逃げたことに、気付けなかったんです。




 え?

 あれはゴアがやったことじゃないのかって?

 ゴアはそう思っていたんでしょうね。

 いえ、私がゴアにそう思い込ませていたのかもしれません。

 何せ私の罪を被るための存在なんですから、私がやらかしたことさえ自分がしたと思っても不思議ではありません。

 私が咄嗟にゴアに与えていた力の一部を引き戻して行使したのに、それを都合良く……私にとって、都合良く解釈しても不思議ではないんですよ。

 で、私が何故そうしたのかについてですが、それはとても素直な感情によるものです。

 死ぬのが怖かった、ただそれだけです。

 1000年以上も生きておいて不思議に思うかもしれませんが、死ぬのって何年経っても怖いものなんですよ?

 まあ、人それぞれなんでしょうけどね。

 話が逸れましたが、そうして私とゴアは生き延びました。

 ですが、ここで不測の事態が起きました。

 逃げ延びた先で自らを封印した代償として、ゴアは力を、私は記憶を失いました。

 ケインさんに出会った時も、私は何も知らない、覚えていないただの女の子でしたよ。

 完全に失ったわけじゃなく、ぼんやりと、勇者という存在に恐れに似た感情はありましたけどね。

 瘴気を得たゴアが力を取り戻すのに連動して、私の記憶も戻るようになっていました。

 私が何者なのか。

 私が何をしたのか。

 私が背負うべき罪は、どれほどなのか。


 ケインさんが女王ロレッタを倒したことで、全てを思い出しました。


 こんな記憶、なくなったままで良かったなんてことも思ったりしましたが、いざこうして話してみると、やっぱり取り戻して良かったと思いますね。

 あれだけのことをした私が、何も知らないで生きるなんて許されないじゃないですか。

 生きるなんて、許されないじゃないですか。


 ねえ、ケインさん。

 世界に平和を齎す勇者さん。






 私を殺してくれませんか?

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