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四十代目勇者ケイン=ズパーシャが最強になるまで  作者: M.P.HOPE
旅立ち 世界の真実と魔王ゴア
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第0話 初代勇者ドーズ=ズパーシャ

 瘴気が視界の妨げになるほど濃く充満し、紫に変色した海。

 潮の流れは激しく、勢いを緩めることはない。

 対岸にかすかに見える不気味な巨城のシルエット。

 作りたてのイカダを浅瀬まで押しながら、ドーズ=ズパーシャはそのシルエットを鋭く睨み付ける。


「あれか」


 魔界。

 海の向こうに位置する、人間が生存し得ない強烈な瘴気を放ち、凶暴にして極悪なる魔獣が犇めくその場所を、人はそう呼ぶ。

 ここは既に魔界の入り口。

 そしてドーズが見ている巨城のシルエット。

 それこそが魔獣を従える魔王・ゴアが鎮座する王城である。


「ようやくここまで来れたな」


 ドーズは鋭い眼つきはそのままに、少しだけ頬を緩ませ、イカダを押す力を強める。

 これまでに魔界へ挑戦した人間は数知れず。

 100年以上にも亘る魔王ゴアと人間との対立に、19歳という若さで、ドーズは終止符を打とうとしていた。

 後ろから近づいてくる足音に気付かないふりをして、出発しようとした時だった。


「待ってください!」


 息を切らせながら少女は叫んだ。

 呼び止める声にもドーズは振り返らなかったが、イカダからは手を放し、その声に答える。


「お嬢さん、見送りは街で済ませたハズだね?」


「ごめんなさい…でも、やっぱり……私……」


 少女が泣いていることは、声から察せられた。

 だが、やはりドーズは振り返らない。


「魔王ゴアを倒さなければ、永遠に平和は訪れない。魔獣に親を殺された君ならわかってるだろう?」


「そんなことは…!でも…!だけど……!」


「勇者としてぼくは選ばれたんだ。魔王を倒しに行くのが勇者の使命。誰だって知っていることだ。お嬢さん、君が知らないわけはないよね」


 ドーズの語気はとても優しく、しかし少女に「納得しろ」と言い聞かせるように力強いものだった。

 少女は涙を拭うと、後ろからドーズに抱きつく。


「そんなこと……全部、わかっています。だけど私は……もう誰も……失いたくないんです。……ドーズさん……あなたのことも……!」


 言いながら、少女の目からは涙が更に溢れてきていた。

 ドーズは抱きつく少女の手を掴む。


「ぼくを失う?そんなことが心配だったのかい?」


 笑いながらの言葉に、少女は抱きつく力を強めながら言う。


「それが何より怖いんです!恐ろしいんです!!あなたには長い間街を守ってもらっていました!優しい言葉もかけてもらいました!そんなあなたが!!もう二度と会えないかもしれない……それが……それが………」


「……ごめんね。冗談で言ったつもりじゃないんだ」


 ドーズは更に語気を優しくして言う。


「街で襲ってきた魔獣がぼくに傷一つ負わせることなく吹き飛んでいったのを見ただろう?ぼくが死ぬわけがないんだよ。いいかい?ぼくはね、最強なんだ」


 16歳の少女に向けるより、むしろより小さな幼児に向けているような、しかしドーズにとっては本心からの言葉だった。

 少女を安心させるためだけでない、自信に満ち溢れた「勇者ドーズ」の本心の言葉だ。

 その言葉と、ドーズの手のぬくもりに、少女はほんの少しだけ安堵の表情を浮かべる。


「最強……ですか」


「そう。誰もぼくを殺せない。ぼくは誰にも負けない。魔王だってホホホイのホイだ」


「ホホホイ……ぷっ」


 少女は噴き出すと、ようやくドーズから手を放した。


「顔……最後まで見せてくれないんですね」


「……お嬢さんの顔見ちゃうと行くの嫌になるからね。勇者だって人間だ」


「ふふっ」


「はははっ」


 二人は笑い合う。

 お互いに顔は見なくとも、それだけで心が通じ合うような感覚だった。

 もうそれだけで十分、きっと相手もそうだろう、と、ドーズは思った。

 そのまま再びイカダに手をかけようとした時だった。


「みっつ…約束してくれませんか?」


「みっつ?おっと」


 少女からの思わぬ提案に、危うく振り返りそうになるのを堪えながら、ドーズは答えた。


「守れるかは保証しないけど、とりあえず言ってみてよ」


「はい。ひとつは、絶対に生きて帰ってくること」


「するまでもない約束だね。あとふたつ言ってごらん」


「ふたつめは、次に会うときにはちゃんと名前で呼ぶこと。私にだって、サヤっていう名前があるんですからね」


「……それはちょっと恥ずかしいかな……」


「…お嬢さんって呼ぶ方が恥ずかしくないですか?私はかなり恥ずかしいですよ?」


「…まあ、考えとくよ。みっつめは……あぁぁ!?」


 ドーズが言い終わる前に、サヤは彼を思い切り突き飛ばした。

 完全に不意を突かれたドーズは、滑稽なほど弓なりに反った格好でイカダに打ち付けられてしまった。


「イテテテ……あーあ」


 ドーズが気が付く頃には、既にイカダは岸からかなり離れた距離まで進んでしまっていた。

 それなりに凝った進水式をしようと考えていたドーズは、不機嫌そうに振り返った。


「サヤーーー!!みっつめの約束ってなんなんだーーー!!」


 先程までの振り返らない拘りはどこへやら、ドーズは思い切り叫ぶ。

 サヤは微笑み、腹部をさすりながら、ドーズへ叫び返す。


「この子が生まれたら!!あなたが名前つけてくださーーーい!!!」


「えっ!?」


 勇者は思い切り目を見開いた。


「ちょっと待って!!子どもって!!いつ!?なんでそれ早く言っ」


 それより先の言葉は、激しい波の音でかき消されてしまった。







 この1ヶ月後、サヤはドーズの生まれ故郷、レイブ村へと移住した。

 レイブ村では、以後200年間、次のように語り継がれている。



 勇者ドーズ=ズパーシャは、魔王ゴアとの戦いで、名誉の戦死を遂げた。


 以下はそれに伴う村の掟である。


 彼の尊い犠牲は決して無駄にはしない。

 今一度、村で最も肉体に優れ、清き心を持つ者を勇者と定め、魔王討伐のため送り出す。

 送り出した勇者が5年経っても戻って来なかった場合、これを戦死と判断し、再度、勇者を選別し、また送り出す。


 魔王ゴアを滅ぼすまで、これを繰り返す。


 世に害及ぼす魔獣滅びるまで、これを繰り返す。


 人生きる世に真なる平和戻るまで、これを繰り返す。

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