生い立ち(幼児~小学校)
4 生い立ち(幼児~小学校)
私は三人兄姉の末っ子(男の子)として生まれ育ちました。兄、姉、私の順番の兄姉でした。末っ子なので兄姉の中では一番甘やかされていたのでしょう。そのため、自己中心的で我が儘な性格であると言われて来ました。しかし、自分がアスペルガー症候群であることを知ってからは、アスペルガー症候群の特性であるところの、人の心を読むことが出来ないことや、人の気持ちを想像することが出来ないことが、自己中心的で我が儘な行動に関係しているのだと思っています。私の母は私が大人になってから
「お前は最後の子供だから一緒に過ごす時間が一番短くなるし、それに、優しい心を持った人になって欲しいと思ったので、出来るだけ優しく接してやったのよ。だけど、お母さんが間違えだった。お前を甘やかしたせいで、お前は人の気持ちの分からない人になってしまった。お母さんが悪かったんだよ」
と、懺悔をするように言ったことがありました。確かに甘やかして育てることで我が儘な性格になることもあるでしょうが、私の場合は、アスペルガー症候群の特性が、我が儘な性格と人の気持ちが分からないことに大きく影響しているのだと思います。
対人関係については、物心ついた時から、引っ込み思案で、自分から友達の輪の中に入って行くのが苦手な子供でした。いつも一緒に遊んでいた幼なじみが二人いましたが、この二人の幼なじみが、他の友達と一緒にいると、その子供とは馴染む事が出来ず、けんかをするか幼なじみを独占するような行動をとっていたと思います。そのため、幼なじみの親は、私が幼なじみの家に遊びに行っても、すでに他の友達が来ているときには、私を家に入れず、帰らせたものでした。
正月などに親戚の家に行けば、そこには沢山の従兄弟が集まっていましたが、私は従兄弟たちと遊ぶことも苦手でした。従兄弟の中で一人だけ同学年の男の子とは楽しく遊んで過ごすことが出来たのですが、その従兄弟以外の従兄弟が入って来ると、とたんに自分の周りに見えない壁を張り巡らせて自分の殻に引き込もったようになってしまいました。そのため、親戚の家に行くと、従兄弟と遊ぶより、祖父や伯父たちが炬燵を囲んで世間話をしている中に一緒にいて、話を聞いていることの方が多かったのです。
小学校での勉強は良くできました。テストでは百点満点を取ることも度々ありました。また、五歳ころからピアノを習っていたこともあり、音楽が目立って出来ていました。私が小学生のころは、男の子が音楽が出来ると、「女だ」と言われて冷やかされたものです。
体育では、短距離走が速く、マット運動や鉄棒が得意な反面、野球やサッカー等の球技がとても下手でした。たいがいの子供は、どんな運動種目でも得意なスポーツ万能型か、どんな種目も下手な運動音痴型に分かれていたようでしたが、私は得意・不得意の落差が大きかったのでした。アスペルガー症候群の特性として、動作のぎこちなさということがあるそうですが、私は足が速く、ジャンプする時などの筋肉のバネは人に優っていましたが、飛んでくるボールに対処するような時には、動作が固くなり、ぎこちなくなってしまうのでした。この運動の特性は中学、高校、大学と同じように続きました。
勉強の成績がとても良い割に、私は字がとても下手でした。読みづらい汚い字を書いていました。男の子であっても、中学、高校、大学と進んで行くにつれて、字は上手くなり、達筆とまではならなくとも、普通の大人が書く字を身に付けていくものですが、私は、社会人になった今でも、字が汚いままです。署名したり手書きメモを渡したり、悪筆をさらけ出さなければならなくなる場面はたくさんあります。字が下手であることもアスペルガー症候群の特性だそうです。
小学生の頃の私は、空き箱や発泡スチロールや牛乳瓶の蓋などを使って工作をすることが得意でした。私が空き箱を組み合わせてつくった、自動車などのおもちゃを作り、六歳年上の兄も私の作ったおもちゃで遊んでいました。
また、五年生位の時に、当時出回り始めた8ビットのパソコンを買ってもらい、BASICというプログラミング言語で、自分でゲームを作ったりすることにのめり込みました。
その他に、アスペルガー症候群的な行動として思い起こされるのは、普通に布団に入るよりも、マットレスと敷き布団の間に体を入れる方が気持ち良く感じて好きだったことです。押し入れに畳んで収納してある布団の間に潜り込むことも好きでした。その他にも、体がぴったりと入るような狭い隙間のような中に入ることが好きでした。
親や先生を困らせるような悪戯もたくさんしたと思います。印象的に覚えているのは、小学校6年生の時、教育実習で私がいたクラスを担当した女子大学生に、実習授業の最終日に授業の感想や質問を自由に書いて提出することになった時のことです。私は悪戯心で「恋のABCって何ですか?セックスはしたことありますか?」と書いたものを提出しました。
この質問に返事は来ませんでした。その代わり、担任の先生から職員室に呼び出され、こっぴどく叱られました。教育実習の先生は私の書いた質問を見て泣いていたそうでした。
このような悪戯は、子供なら誰でもやるようなことなのか、それともアスペルガー症候群であることと関係があることなのか分かりませんが、一応記しておきます。
性的な話題が出たので書きますが、私は小学校六年生の時、同じクラスの中に好きな女の子が二人いました。この二人はそれぞれタイプの違う女の子でしたが、それぞれが私の好みにマッチしていました。もちろん告白したり、デートをしたりなどということはありませんでしたが、クラスメートとして話すことはあり、話が出来ると、とても嬉しい気持ちになりました。
また、家に帰っても、この二人が登場する、人には恥ずかしくて言えないような、ストーリー仕立ての性的な空想に耽っていました。
この二人と私は、別の中学校に進んだので、小学校を卒業した後は再び顔を合わせることはありませんでしたが、中学生の頃も高校生の頃も他に好きな女の子はいましたが、一方で、この二人のことも心のどこかで「また会いたい」と強く想い続けていました。
小学校六年生の男子が、好きな女の子の一人や二人いることは普通のことでしょうが、他人に関して関心の薄いというアスペルガー症候群の特性とは相容れないように思う一方、同じくアスペルガー症候群の特性である、特定の対象にたいする強いこだわりの表れなのかとも思われます。
アニメ「ドラえもん」の主要キャラクターであるジャイアンは、自己中心的で我が儘な性格を絵に描いたような存在です。ジャイアンは誰に対してでも高圧的で我が儘です。片や私は、やっと心を開く事が出来た数少ない友達に対して、自己中心的で我が儘と受けとめられるような行動をとってしまうのです。ジャイアンはきっと、「俺が日本一、世界一だ!」と思いながら我が儘に振る舞っているのでしょう。一方私は、傲慢な気持ちは微塵も持っていないのですが、他人の心が読めず、人の心の中を想像することが出来ないために、友達との遊びの中でも、相手の気持ちにかまわず自分のやりたい事を押し通してしまうのです。そして、定型発達(アスペルガー症候群等の発達障害ではないという意味で)の子供ならば、我が儘な振る舞いをしても、それを受けて不快に感じている友達の心を読み取り感じ取ることによって学習していくことにより、成長するにつれて矯正されていくのでしょうが、アスペルガー症候群の子供はそうはいかないのです。
しかし、小学生くらいの子供が、自己中心的で我が儘な性格であり、友達関係を作るのが下手だからといって、それで直ちに親や先生から問題児や障害児として把握される訳ではありません。むしろ、勉強が出来るということの方が前面に出て、問題行動は覆い隠され、優等生のような位置付けを与えられてしまうのです。
アスペルガー症候群の子供に対しては、挨拶や「ありがとう」「ごめんなさい」といった言葉を適時適切に使えるようにする等の、基本的なソーシャルスキルトレーニングをさせることが有効であるそうです。これは躾というよりは、機械的に社会的な立ち居振る舞いを教え込むという性質のものなのでしょうが、優等生にそのような障害児向けのソーシャルスキルトレーニングをさせようという発想は中々生まれないでしょう。しかし、知能が高くて勉強が出来ても、そのようなソーシャルスキルが年齢とともに自然と高まることはなく、礼儀知らずと思われたり、非常識と思われるような言動は、年齢が高くなればなるほど他の高い能力とのギャップとして目立ってくるのです。
ところで、幼稚園の卒園式や小学校の入学式での定番の童謡「ともだちひゃくにんできるかな」の歌詞は、いかがなものかと思います。アスペルガー症候群等の子供にとって、その歌を学校等で教えられて繰り返し歌うことは、百人ものたくさんの友達を作らなければいけないのだと、無理を強いられていることになると思うからです。校長先生が壇上で「友達をたくさんつくりましょう」と言うことも同じだと思います。たくさん友達をつくることも良いことでしょうが、アスペルガー症候群のような特性を持つ子供のことにも配慮して、少ない人数でも友達と親密で良好な関係を作ることも良いことだと教えて欲しいと思います。