5-1『Alquimista?』
与えられた部屋には既に先客が居た。背中まで伸びた銀髪をツインテールで纏めた美しい少女。
服はシナトラの物など比べ物にならない程のフリルの付いた黒のドレス。
「...こっちのセリフ?...お姉ちゃんの『こっち』は...えっと...私。えぇと......あっ!私はハーゲンティ。9歳だよ。」
ハーゲンティと名乗る少女は指差し確認で意味を理解した後、名前と年齢を明かす。
「そ。私はシナトラ。」
「シナトラお姉ちゃんは何歳?」
「342。人間で言うと...12くらい?」
「ふーん。」
「ふーん。じゃない。何でアンタは私の部屋にいる訳?」
ハーゲンティはベッドに寝転びながら、不満と怯えの混じった顔で質問に答える。
「ベレトが帰って来たから急いで隠れた。アイツは嫌い。」
「ベレト...あぁ、さっき股間を蹴ってやったクソガキね。あんなゴミクズに遠慮する必要なんて無いと思うけど?鬱陶しかったら殺せば良いし。」
「お姉ちゃんはベレトより強いの?」
「多分ね。それより、カラミティの養子について教えてくれない?教えてくれたら部屋に隠れてもいいし呼べば助けてあげるわ。」
「本当!?」
ベッドから飛び上がって喜ぶハーゲンティに若干驚きつつ、しっかりと頷く。
「えっと、1番上がアガレスお兄ちゃん。優しくて物知りなんだけど、偶に気持ち悪いの。あ、あとね、世界一のがんすみすってのになりたいんだって。」
(1番上はお兄ちゃん付けるのね。後気持ち悪いって...ロリコンなのかな...。)
「2番目はベレト。すぐ怒るしすぐ怒鳴るしし汚いし!金の延べ棒を作れとか言ってくるし断ったら何時も怒鳴るし...。とにかく嫌い!」
「やっぱり碌でもない奴じゃない...。」
(でも金の延べ棒作れって...ハーゲンティにそういう力があるって事?)
(それに、カラミティが言ってたカルテルと手を組もうとしてる奴ってのは、多分コイツね。だとしたら、下部組織のリーダーってとこか...。)
「3番目はアムドゥス。コイツもアガレスお兄ちゃんと同じくらい気持ち悪いけど、優しくも無いから嫌い。この前なんて夜部屋にこっそり入って来たのよ!信じられない!」
(手を出す方のロリコンって訳ね...それに、ベレトと繋がってる可能性もある。ベレトは金と暴力、アムドゥスはそれにプラス女ってとこか...。)
「それでそれで、4番目が私。」
「さっき金の延べ棒がなんたらって言ってたけど、そういう力があるの?」
「ハーゲンティは錬金術が使えます!時間がかかるしあんまり沢山は出来ないけど、魔力と鉄を使って金とか作れちゃうよ!後は土や鉄で壁とかトゲトゲ作ったり、機械をはっきんぐ?出来ちゃいます!」
胸を張って自分の能力と出来る事を自慢するハーゲンティ。
錬金術で電子機器をハッキング出来るのか聞きたかったが、それは一度飲み込んだ。
「ハーゲンティは凄いのね。」
「そうだよ〜!...あ、もうこんな時間。お姉ちゃんもお夕飯食べに行こ?」
「え。え〜?」
正直カラミティの言っていた夕食の集いには行きたくない。一人で食べたいし、何より面倒事が起きそうな気がしているからだ。
「駄目...?」
「...分かった。案内してくれる?場所分からないから。」
鞄をテーブルに置きながら、バレないように拳銃をポケットに忍ばせておく。
「やったー!こっちだよ!」
「はいはい。走らない走らない。」
出会った時の物静かさと神秘的な雰囲気は何処へやら。ハーゲンティはシナトラの手を引いて駆け出して行く。
手を引かれるがまま付いて行くと、着いた部屋には大きい大理石のテーブルがあり、椅子も何個か用意されていた。
そして、シナトラとハーゲンティより先に、一番早く着いたであろう人物が一人コーヒーを味わっていた。
「ハティか...早いな。何時もは渋るの、に...ハ、ハティ、そちらの方は?」
読んでいた本から目線をハーゲンティに移した男は、シナトラを視認して一瞬固まるが、眼鏡を拭きながらハーゲンティに質問する。
「聞いてないの?今日からお屋敷で暮らすシナトラお姉ちゃんです!」
「シナトラよ。貴方がアガレス?...まあ適当によろしく。」
「う、美しい...。」
「は?気持ち悪...。殺してあげましょうか?」
「はうっ...!し、失礼。少し取り乱した。」
アガレスと呼ばれた眼鏡をかけた黒髪の青年は一瞬胸を抑えた後、直ぐに平静を取り戻す。
「シナトラと言ったな。新しい養子という事だったな。僕はアガレス。宜しく頼む。」
アガレスはそう言い、握手をしようと笑顔で手を差し出す。普通の女性ならかなりときめく場面だが、シナトラは手袋を外そうともしない。
「え?嫌よ。」
「くうっ!...ふふ、手厳しいな。」
「ハティ、コイツいつもこんな?」
「いつもより気持ち悪い...。」
「はあっ!...ふふ、たまらんな...。」
アドレスはどうやら手を出さない代わりに、気持ち悪さが振り切っている人物の様だ。
少女2人が真性の変態に慄いている時、また1人部屋に誰かが来る。
「〜♪おっ、ハティにぃ、かわい子ちゃんが居るじゃん。でもエルフかぁ、もうちょっとグラマラスな方が好みかなあ。でも顔はキレーだし...。」
次に来たのはウェーブの掛かった金髪が煌めく、軽薄そうな狼の耳と尻尾を生やした青年だった。入って来るなりハーゲンティに舐め回す様な視線を向けた後、隣のシナトラの肩に手を回そうとする。
「おいアムドゥス、失礼だぞ!貴様は礼儀という物が...」
アガレスが窘めようとした時、アムドゥスの手がシナトラの手刀によって叩き落とされる。
アムドゥスの手首から骨の砕ける音がする。
「ぐあぁっ!?このガキ...!殺してや、ぎゃあッ!?」
激昂して左手で拳を作ったアムドゥスの膝を、渾身の蹴りで砕く。
「アァァ...メスガキがァ、この俺にィ...おぶァっ」
堪らずうずくまったアムドゥスの横顔を、逆手持ちした拳銃のグリップ部分で思い切りぶん殴る。顎骨の砕ける音と共に、アムドゥスは床に倒れ伏す。
そのまま撃鉄を起こし引金に手を掛けるシナトラを見て、アガレスは慌てて止めに入る。
「待てシナトラ!やり過ぎだ!銃を収めろッ!」
「黙ってて。...私、こういうクソガキが一番嫌いなの。狭い世界でトップに立って、王様気分で突っかかって...。ああムカついてきた...!」
「聞け!この場に父さんが居ない以上、俺がゴールドウィンのトップだ。父さんの屋敷で余計な血は流させん。...頼む、この通りだ。」
アガレスはその場に跪き、躊躇い無く地面に手を付きシナトラに頭を下げる。
「お願いだ...ハーゲンティに人が死ぬ所は見せられない。アムドゥスには僕から言っておく。それでもダメなら次は...殺しても構わない。」
少しの時間睨み合った後、シナトラは溜息をつきながらアムドゥスに突き付けていた銃を下ろす。
「...はぁ...アンタの覚悟は伝わった。部屋に戻るから夕食は持って来させて。」
「...ああ、伝えておく。」
「ごめんねハティ。」
「あっ、お姉ちゃん...。」
シナトラはハーゲンティの顎にそっとキスをして部屋を出て行く。残されたアガレスは、シナトラに対する自分の認識の甘さを痛感していた。
(なんて奴だ...!成人した男の獣人をあっさりと倒せるものか!?動きにも隙が無かった。アレを養子に迎えるとは...一体、父さんは何を考えてる...?)
「アガレスお兄ちゃん!私もお姉ちゃんの部屋で食べるから!」
「あ、ああ...。」
結局、取り残されたアガレスは気絶したアムドゥスを使用人に預け、その後は1人で夕食を済ませたのだった。
☆
部屋に戻ったシナトラは、置かれたビーフシチューとパンを黙々と食べていた。片手でタブレットを操作し、他言語等の知識をひたすら頭に入れて行く。
食後も黙々と勉強をしていると、ロックしているはずのドアが開き、眠そうに瞼を擦るハーゲンティが入って来る。
慌てて構えかけた銃を机の引き出しに戻す。
「ハティ、どうしたの?」
「...ん...一緒に寝よ...。」
「良いけどお風呂入った?」
「...まだ。」
「一緒にはいるわよ。ほら。」
「えぇー。」
渋るハーゲンティを脱衣所に連れて行く。服を脱ぐ前に、湯船の準備もしておく。
服を脱いだシナトラの体をハーゲンティは興味津々に見たり触ったりしてくる。
「お肌すべすべ。でも傷がいっぱい。」
「くすぐったいからやめて。ほら、さっさと脱ぐ。」
「うわーい!」
ハーゲンティの服も脱がし、共にシャワーを浴びる。そう言えば、こうやってゆっくりとお風呂に入るのは久しぶりだなと思った。
依然捕まっていた時も、そういう趣向の事はさせられたが。
湯船に浸かり、ゆっくりと息を吐く。
「アツカンっての、飲んでみたいわね...用意してもらおうかな。」
「あったかーい...ぶくぶく...。」
「ハティ、寝ちゃダメよ。...そろそろ出よっか。」
ハーゲンティの手を引き、脱衣所で自分の身体も拭いて寝巻きに着替える。いよいよ瞼を支え切れなくなったハーゲンティをベッドに放り、向かい合う様にベッドに入る。
目の前で眠る少女の頭をそっと撫でながら、目を瞑り眠る準備に入る。
(妹が居たらこんな感じなのかな...?守ってあげたい...お兄様もきっとそう思ってくれてた。)
「...お姉ちゃん?」
「ハティ?ごめんね、起こしちゃった?」
「うぅん...お姉ちゃんから怖い空気が出てたから...私、何かしちゃったかなって...。」
シナトラは正直驚いた。小さい子には色々な物が見えると聞いた事はあるが、こんなにも速く察知出来る物かと、素直に感心までした。
まず最初に他人の心配をする辺り、他意は無くても怖がらせてしまった自分が悪いと、自分の中で反省した。
「ありがと、大丈夫。ちょっと怖い夢を見ちゃっただけだから。」
「...本当?」
「ホント。さ、もう寝ましょ。」
「ふぁ...。」
「寝ちゃった。自由ね...ふわぁ。」
起きてすぐ伏せたかと思うと、直ぐに眠ったハティを眺めながらシナトラも眠りについた。
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