6-1『Reglas de compromiso』
これ以降人が死にまくります。宜しくお願いします←
「...で、何で貴方が居るのかしら?」
翌日の朝、部屋でハーゲンティと出掛ける準備をしていると、何故か準備を整えたアガレスがドアを開けて入って来たのだ。
「奢らせてもらおうと思ってね。それに、可憐な少女2人だけだと、色々面倒な事が起きそうだろ?...本音を言うと、今ベレト達が狙うのは絶対に君だ。一緒にハティも行くのなら、僕も着いて行く。」
アガレスは開いたドアにもたれたままそう話し、本音の部分を小声で告げる。
その可憐な少女2人で行く予定だったのだが...と言いかけた所で、ハーゲンティの嬉しそうな顔を見て言葉を飲み込む。
「...分かったわ、3人で行きましょ。」
「やったー!3人でお出かけ!お屋敷の外に出るのは1年振り!うふふ!」
「ハハッ、決まりだな。良い店を抑えてるんだ。...護衛の配置を開始しろ。よし、じゃあ行こうか。」
アガレスはスマートフォンで護衛に指示を出す。一瞬で顔付きが変わるの見ていたシナトラは、ハーゲンティが怖がらないのかと、変な心配を抱いていた。
ハーゲンティに腕を絡められているシナトラは、先行するアガレスの後ろを追い掛けながら質問を投げる。
「護衛はPMC?」
「まさか。僕専属の傭兵だ。お気に入りでね、強化兵士も2人居る。」
強化兵士とは、脳の機能拡張に適性のある者のみが受けられる『強化』を受けた特殊な兵士の事だ。
専用の強化外骨格アーマーを身に付け、魔物や敵対的な異世界難民に対応するのが主な任務である。
「特区公社からの引き抜き?」
「一応な。色々縁があって、ウチで雇えた。運によるところが大きいね。」
「ふーん。」
「最新式の電磁加速バレルを搭載したスナイパーライフルも用意してる。ASB発生装置もある。ハティに傷が付く事は万に一つも無い。最強だ。」
「そうだと良いけど、カルテルの殺し屋共は子供を狙わずに撃つなんて芸当、絶対に出来ないわよ?いっぱい来たらどうするの?」
「その時は君の出番だ。期待してる。」
(最悪シナトラに何かあってもハーゲンティだけは絶対に守る。許せよ。)
「はぁ...別に良いけどね。」
(最悪コイツは死んでも良いけど、ハティだけは守らなきゃね...。)
はしゃぐハーゲンティを見詰めながら、2人はその笑顔を守ると固く誓ったのだった。
...多少すれ違ってはいるが。
☆
メキシコシティ、『5月5日通り』に面するホテルの3階。そこにお目当ての店、『Tiempo de dicha』はあった。
シナトラはブッフェ形式で所狭しと並べられた様々な種類のケーキ達を見て、アガレスが『良い店』だと言っていた事に少し納得していた。
「ショートケーキにロールケーキ、ブラウニー、ザッハトルテまであるのね。ブッシュドノエル...まだ7月だけど。」
「パステル・デ・トレス・レーチェスもあるわ!お姉ちゃんも一緒に食べようね!」
パステル・デ・トレス・レーチェスとは、生クリーム、コンデンスミルク、エバミルクを数時間染み込ませたスポンジケーキを使ったスイーツである。
そこに、追加のホイップクリームやチョコソースも乗せるので...カロリーは、推して知るべし。
「えー...でもカロリー高いし...?んー...でも良いか!いいわ、食べましょ。」
「やった!絶対に美味しいから!取ってくる!」
「慌てないの。走ると転ぶわよ。」
はしゃぐハーゲンティとそれなりに楽しむシナトラを眺めていたアガレスは、コーヒーを片手に少し誇らしげな顔をしている。
彼の目の前に置かれた皿にはチーズケーキが置かれていた。
「楽しそうでなによりだ。奢る僕にも箔が付く。」
「ハティも楽しそうだし、貸し切りにしたのも良い判断ね。」
「彼女は人見知りだからな。テーマパークに行った時だって、『僕以外君を見てる人なんて居ない!』って言って、ようやく行きたいアトラクションとかを言ってくれた。...懐かしい。ここまで元気に育ってくれて本当に有難いと思うよ。彼女の両親も喜んでくれるだろう。」
感慨深そうな面持ちでそう呟くアガレスの顔は、既に一人前の父親の顔だった。
そこに、様々な種類のケーキを皿に乗せたハーゲンティが戻って来る。
「ハハハ、沢山持って来たなハティ!」
「お兄ちゃん、このショートケーキ美味しいよ!はい、あーん!」
「くれるのか、ありがとう!んんっ、美味しい!ハティはケーキを選ぶ才能があるな!」
「えへへ...お姉ちゃんにはこれ!あーん!」
「はいはい、あーん。ん、美味しー!脂肪と糖が怖いけど、止め時が分からない!」
シナトラも、この時ばかりは年頃の少女の顔をしていた。ハーゲンティと一緒にケーキを楽しみ、会話に花を咲かせていた。
楽しい時間を過ごし、幸せを感じていたシナトラは、ふと窓の外、道路を挟んだ向かい側のビルが気になった。
机を指で小さく叩き、小声でアガレスに話し掛ける。
「この店に来る事を知ってる人間は?」
「ここのオーナーは知り合いだ。今日はそれにパティシエが3人程...何かあったのか?」
「ガラスは防弾?」
「ああ。...だから、何かあったのか?」
「バリア発生装置を貸して。」
「...これだ。」
アガレスは小さな持ち手の付いた盾のような物をシナトラに手渡す。
「持ち手のスイッチを押している間はバリアを展開出来る。何時間かは保つだろうから、稼働時間は気にしなくていい。」
「了解。少し不安だけれど。」
「...なあ、もう言ってくれても良いんじゃないか?何か気付いた事でも?」
アガレスは、シナトラが急に警戒し始めた事に対し疑問を抱いていた。
『嫌な予感』はあくまで自分の感覚で非科学的なもの。根拠として喋りたくは無かったが、仕方なく打ち明ける事にした。
多少世迷言の様でも、装備も借りておいて黙ってる訳にはいかない。
「嫌な予感がするの...誰かに見られてるわ。」
「何処からとかは、分かるか?」
「ええ。あの向かい側のビルから...」
そう言って向かいのビルを指差し、ゆっくりとその方向に顔を向けたその時。
「Oh...」
件のビルの窓からロケットランチャーを構えた男が見える。狙いは明らかにこの店で、今まさに、トリガーを...
「fuckin shit!伏せて!!」
バリア発生装置を起動しながら、シナトラはハーゲンティを抱いて床に伏せる。アガレスと護衛達も急いで床に伏せる。
一秒も経たずに爆発と衝撃波に襲われる。運良く狙いが逸れてビルの壁に当たった様だが、店の窓ガラスは全て割れ、コンクリートの壁は大きく抉れていた。
「うっ、ぐ...み、皆無事か?」
「私は大丈夫...。」
「ハーゲンティもぶじ...きゅう。」
咄嗟に展開していたバリアに守られ、シナトラ達は奇跡的に軽傷で済んでいた。爆音による耳鳴りも収まり始めた所で、ようやく普通に動き出せる。
急いで身を起こし、ロケットランチャーの次弾を放とうと構えて居た男の眉間を正確に撃ち抜く。
男は既に引き金を引いていたのか、向かいのビルの一室が爆発と共に派手に吹き飛んだ。
「...アガレス、ハティをお願い。それと、傭兵を2人程借りても?」
「構わんが、どうするつもりだ?」
「決まってるでしょ。全員殺すのよ。報復よ。私がアイツらを片っ端から殺るから、貴方は隙を見て護衛と車に行って。」
「...囮にする様で気乗りしないが、頼む。」
「元からそのつもりだったのではなくて?」
アガレスは一度驚いたような顔をした後、直ぐに不敵な笑みを浮かべる。
「気に入った!帰ったら秘蔵のロマネ・コンティを開けよう。2000年物だ。」
「ローストビーフもお願いね。」
「特製のオニオンソースも付けよう。」
「決まりね。それじゃ行って来る。ハティを頼んだわ。...そこの2人!突っ込むわよ!」
「「了解。」」
武装した護衛2人を引き連れ、エレベーターでは無く非常用階段で下に向かう。
「あっ!」
「女の子!?」
同じ階段を使って1階から上がって来た男2人を、銃を構えられる前に射殺する。
明らかに実戦慣れしていない雰囲気と、咄嗟に出してしまっただろう驚いた様な声。
死体を見ると年齢は16、17位といったところか。
「ガキの部下はガキか...。これはコカインかガンパウダーでもやってるわね...しょうもない。」
ベレトがトップに立っている組織は、恐らく麻薬カルテルの下部組織だろう。売人や鉄砲玉をある程度管理する為のギャング集団だ。
(アムドゥスはただお零れに与ってるだけってとこか。話を聞くならこっちね。)
階段を駆け下り素早くクリアリングし、そのまま1階に下りる。エレベーターの前で待ち伏せしていた男3人の頭を素早く撃ち抜く。
「ぐおぉっ!?」
「あら。」
シナトラより先にホテルの入口を出た傭兵が蜂の巣にされてしまう。傭兵を射殺した男の1人が入口から突入して来る。
「ハァァ!」
「なんだコイツ!?ぐあっ!」
バリアを展開しながら突撃し、怯んだ隙に男に飛び蹴りを食らわせる。想定外の威力に、男は自動ドアを突き破って外に吹き飛んで行った。
蹴られた男は、入口付近に停車していた軽自動車のフロントガラスに叩き付けられ、あえなく絶命した。運転席と助手席に居た男は、慌てて車から降りてしまう。
「ジョシュー!クソ!ぶっ殺してや...あ」
「コイ、ツ...!」
仲間の死に怒り奮起するが、戦場となったこの場での油断は即、死に繋がる事になる。
「See Yah!」
ドウンと重い炸裂音が2回鳴り、迂闊な2人の男は頭を撃ち抜かれ倒れ伏した。
銃声が止み、これで終わりかと思った時だった。
男が1人、軽自動車に乗ろうと走るのが見えた。
「グアァッ!?クソッ!痛え!」
走る男の左脚の大腿部を撃ち抜き、その場で転ばせる事に成功する。傭兵はその場に待機させ、男の傍に行きもう1発、今度は右脚の大腿部に弾を撃ち込む。
「ウワアァァ!?クソッタレ!」
「貴方だけ逃げるのは狡いわよねえ?」
「クソッ!クソォ!お前を捕まえれば10万ドルだったんだ!こんなバケモンだなんて聞いてねえ!」
男は脚を抑えて一心不乱に叫び散らしている。それを睥睨していたシナトラは、撃ち抜いた男の右脚の大腿部を思い切り踏み付ける。
「ぐあああああ!!チクショウ何なんだよ!!殺すぞテメェ!!」
「誰に殺すよう言われたの?」
「...ハァ...あァ?言うわけねえだろ耳長の分際で...ぐわぁぁぁああ!指が!俺の指がァ!」
黒幕を言わない男の指に向け、躊躇無く銃の引き金を引く。高威力のマグナム弾は男の右手薬指と小指を粉微塵に粉砕する。
指を再生させようにも、肝心の指が完全に吹き飛んでいては不可能だろう。
もっとも、痛みに悶える男が生きて病院等という大層な施設に行けるかは分からないが。
「ハーイ、正直に答えてね坊や?お姉さん、正直に言ってくれないともう1発撃っちゃうかも〜。」
「な、なんだよ!お、おま、お前!」
「誰に指示されたのかな?」
「ぐっ...クソッ...!い、言えねえ!...ぐあああああ!!クソがああああ!痛え...痛えよお...!」
次は左手の人差し指、そして中指が吹き飛んだ。男は既に満身創痍どころでは無かった。
「まだ指は両手で6本もあるじゃない。後2、3回は遊べるけど...どうする?まだ粘る?」
「ヒイィ!わ、分かった!言う!言うからもう勘弁してくれぇ...。」
銃を突き付けられ、男は怯えて震えながらも、呼吸を整えようと深呼吸をするが上手く出来ず落ち着くのに何秒か掛かった。
「...お、俺達は『グレミオ・アパン』ってギャングだ。ボスの...ベレトに、アンタと一緒にいた男、そしてもう1人のガキを殺すよう言われたんだ!...チクショウ、言っちまった!」
「私ではなくアガレスとハティを...?理由とかは?」
「一緒に居た眼鏡の男とガキは後から邪魔になると言ってた!それと、ア、アンタは生け捕りだと言われてた。」
「生け捕り?」
殺しではなく生け捕り。
アガレスとハーゲンティが狙われるのはまだ分かる。アガレスの頭脳とハーゲンティの錬金術の才能、この2つが組み合わされば脅威となる事ぐらい、2人の事をよく知るベレトであれば容易に理解出来るだろう。
では何故?ベレトとアムドゥスに喧嘩を撃った自分こそ、真っ先に狙われるべきだとシナトラは考えた。
(いや違う。奴の私怨を抑え込める奴が居るんだ...。)
ギャングを実質的に管理しているのは当然麻薬カルテルだ。ギャングのボスのプライドを容易に捻じ曲げられる人物で、かつ少女を生け捕りにしたい相手。
必然的に因縁のあの男に結び付く。
「アァ...アレハンドロかぁぁぁぁ...!!あのクソ野郎...絶対に殺してやる!!」
「ヒィ!」
「...ふぅ、まあいいわ。...それじゃ、最後に何か言い残したい事はある?」
「へ?」
男は痛みに悶える事も忘れ、きょとんとした様な放心した様な顔になっている。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!見逃してくれるんじゃ...!」
「言ってないでしょ。...でも色々としゃべってくれたし、放っておいても殺されるだろうし。ま、いいわ。ほら立って。」
「ク、クソ...!」
男は忌々しそうにシナトラを睨んだ後、自分で立ち上がり傷口を抑えながら、ゆっくりだが必死に歩き始める。
男が背を向けたところで頭を撃ち抜く。
「シナトラ!敵はもう居ない!警察がもうすぐ来る。早く乗れ!」
「電話したらそっちに行ったのに。」
「スマートフォンがダメになってる。周りの全部。...取り敢えず車に乗れ。話はそれからだ。」
アガレスに促され、シナトラは車に乗り込む。ハーゲンティはまだ目を覚ましていなかった。
ポケットからスマートフォンを取り出す。
「...本当だ。ダメになってる。...いや待って、動いた。」
「...俺のもだ。さっきまで動かなかったのに...。そう、眠ってたみたいに...。」
「ふわぁ...あれ?なんか...バーンってなってそれで...眠っちゃってたみたい。でもまだ眠いから寝るね...お休みなさい...。」
シナトラとアガレスは互いに顔を見合わせる。
恐らく2人の考えている事は同じだ。
数秒後、思い出したかの様にシナトラは話し始める。
「...襲って来たのはベレトの組織の奴らね。恐らくアムドゥスも一緒に居る。アガレス、警察に根回しと情報収集をお願い。特に奴らの隠れ家、拠点、ヤクの取引場所、経営してる店。」
「任せろ。君は?」
「その間にパーティーの準備を済ませるわ。クラッカーやパウンドケーキも買わないと。」
「1人でやるのか?」
「ええ勿論。ベレトにとってハーゲンティは血の繋がりが無くても家族だったはず。それを承知で巻き込んだ。報いは受けさせる。それに...」
シナトラはただ微笑んでいるだけでは無い、様々な感情を含んだ笑みを浮かべる。
美しいピンクシルバーの髪を手で弄りながら、表情は蠱惑的な魅力を湛えていた。
「殺さなきゃいけない奴が居るの...。殺るなら徹底的にやるわ。皆殺しにしてやる...ゴミクズ共...!」
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