5-2
☆
「んぅ...おはよう...。」
「おはよ。」
若干遅めの起床であるハーゲンティに挨拶を返し、コーヒーを口に含みながらパソコンでの勉強を再開する。
「お勉強?」
「そうよ。時間が無いの。」
話しながらも目は画面の情報を追い、手はマウスとキーボードの操作で忙しなく動いている。
「私も宿題あるから見て欲しいんだけど...。」
「学校行ってるの?」
「ううん。お家で問題集とかやって、偶に先生が来るの。」
「ふーん。ま、いいわよ。持って来なさい。その前に、シャワー入ってから行きなさい。」
「はーい。」
ハーゲンティはドタドタと走ってシャワーを素早く済ませると、またドタドタと走って自室から勉強道具を持って来た。
それからメイドが持って来たサンドイッチを食べながら、勉強を進める。
ハーゲンティの宿題も教えながら勉強をしていると、時間は昼近くになっていた。
「もうこんな時間か。...ハティ、私少し出かけてくるわ。」
「お出かけ?私も行きたい!」
「知り合いにと会うから私一人よ。今度買い物でも...ケーキバイキングとかどう?次連れて行ってあげる。」
「本当!?...じゃあ、我慢する。」
「ありがと、ハティはえらいね。それじゃ、ちょっと行ってくる。」
ハーゲンティの頭を撫でてから、外出する準備をして部屋を出る。
そのまま地下の駐車場に向かい、車の後部座席に座る。依然のリムジンタイプでは無く、見た目は完全に装甲車である。
「『シルバーサーティーン』の前までお願い。」
「かしこまりました。」
運転手に目的地を伝え、車は間もなく走行を開始した。
シナトラが乗っているのはマローダーと呼ばれる車であり、軍用のジープより一回り大きく、遥かに優れた防御力を持つ。乗っているのは、それの民間モデルをVIP用に改造したもの。
(乗り心地は最悪だけど...この車なら余程の事がない限り壊れないし、一先ずは安心よね...。)
しばらく走ると車は目的地に到着する。運転手に店の前で待機するよう指示し、車を降りてVIP用の出入口へ向かう。
カメラに金貨を見せると、以前と同じように中に通された。
そのまま地下に向かうと、ユダがナイフを磨いていた。
「お嬢様、お待ちしておりました。」
「用意は出来てる?」
「ええ、こちらに。しかし驚きました。何故わざわざ起こし頂いたのですか?」
「自分の手で確認したかっただけ。銃に細工をされたらいざという時に大変じゃない?」
その言葉を聞いたユダの表情は、抑えているだろうが不機嫌さを隠せていなかった。
「その様な事は...。」
「私はまだ信用して無いわ。誰も。勿論、あの牛頭もね。」
そう呟きながら、ゆっくりと拳銃を分解して行く。片方が完了した所で、2丁目のチェックに移る。
「傷を負わされた子猫は神経質なの。ごめんなさいね?」
「...手持ちの情報を纏めると、大体の事情は理解出来ます。私に言えるのは、『信用の無い相手に売る物は無い』という事だけです。私ならお嬢様の力になれます。」
チェックを終えた拳銃にマガジンを挿入し、スライドを引く。もう片方でも同じ操作をした後、着ていたコートの内ポケットに拳銃を差す。
「大丈夫よ...確かに受け取ったわ。でも、私の力になるかは私が決める。OK?」
「...どうぞ、今後もご贔屓に。」
「それじゃあね。Ciao!」
☆
銃を手に入れたシナトラは車に戻り、運転手に次の指示を出す。
「近くにカフェがあったわね。そう、『CAVELA』って所。」
「畏まりました。」
目的地まで時間は掛からないが、もう一度デザートイーグルを構えてみる。イメージは出来ているが、二丁拳銃での実戦経験は全く無い。
(ま、なんとかなるでしょ。)
ちょっと楽観的だなと反省していると、指定したカフェに到着する。車は路肩に止めさせ、1人で店内に入る。
「カフェラテをアイスで。砂糖は...2個下さいな。」
ドリンクを受け取り、外の席に座る。一人用の小さいテーブルにドリンクを置き、1度香りを楽しんでから、シロップを入れてよく混ぜる。
暫くカフェラテを味わいながらゆったりとしていると、第六感が何かを感じ取った。
『嫌な予感』とも言うべきそれは、道を走ってカフェに近付いて来る1台の軽自動車から発せられている。
カフェラテをテーブルに置き、ゆっくりとコートに仕舞ってある拳銃を持ち、テーブルの下で引き金に指を置く。
軽自動車から男が1人出て来る。男は周りを見回した後、こちらのいる方向を見る。少女と目が合った男は、仲間に手で指示を出していた。
「練習する良い機会だから構わないけど、首都でドンパチなんて正気じゃないわね...。」
迎撃しようとしている自分もどうだかと、心の中で苦笑して襲撃に備える。
車の助手席から1人、後部座席から2人が降りて来た。
もはや隠そうともしない男の持つ銃は、遠目で見ても名前が分かる物だった。
『AK-47』...のデッドコピー品だ。3人が似たような物を持っており、1人は『UZIサブマシンガン』で武装している。
「あのガキだ!や」
「そういうの、今から殺る相手に聞こえちゃダメじゃない?」
男の1人が声を上げたが、最後まで言い切る前に額に穴を開けられて倒れる。それを皮切りに、残りの3人が少女を狙って一斉に銃を撃ち始める。
「うわあああ!?」
「た、助けてくれえ!!」
「イヤアアア!」
突如始まった銃撃戦に、カフェ周辺に居た人は巻き込まれてしまっていた。
「あっぶない...なァ!!」
「ほおあっ!」
「ミゲル!畜生!」
シナトラは銃弾をテーブルで防ぎながら移動し、テーブルを相手の方にぶん投げ、男達がそれを避けた隙に1人始末する。
激昂した男が何も考えず乱射するが、シナトラは既にマローダーの陰に避難していた。 威力の高い7.62×39mm弾といえど、戦車砲弾すら弾く特殊装甲は貫通出来なかった。
銃撃が止んだ一瞬、隠れていた車から飛び出し、残った男二人の心臓と頭に1発ずつ。計4発の弾丸を叩き込む。
「出して。家に戻るわ。」
絶命したのを確認してから、急いで現場から離れる為に車に乗り込む。現場に急行しているパトカーのサイレンを聞きながら、少女は悠々と拠点である屋敷に戻って行った。
☆
屋敷に到着しエントランスに入ると、イライラした様子のベレトが居た。
「んなっ!?お、お前...!?」
「ん...?」
ベレトの反応を見て、シナトラの疑問は確信に変わった。
すれ違いざまに、立ち尽くすベレトへそっと囁く。
「ダメじゃない...殺すなら入念に準備して、綿密に計画を立ててやらなきゃ。ガキの雇うチンピラに任せるなんてナンセンス。」
「...なっ...!」
驚きと共に振り向くベレトにシナトラも振り向き返す。
人差し指を唇にあて、驚きと怒りに染まるベレトに美しく、そっと微笑む。
「...やるからには徹底的に殺るから覚悟しなさいね?皆殺しにするから精々頑張って。それじゃ、アディオス♪」
一瞬だけ笑みを消し、最後は同じ微笑みを見せながら自室に戻る。
少女にとって、銃を持った虫ケラより戦闘による洋服の汚れと、肌のケアの方が大事だった。
☆
夜、シナトラは自室でジャズを聞きながらブランデーを味わっていた。
ただ、少女にとっての酒という物は嗜好品では無く、耳にこびり付いている幻聴を誤魔化す為の薬のような物だが。
入浴の後のスキンケアも済ませ比較的ゆったりとした時間を過ごしていると、スマートフォンに着信があった。
「...。」
『シナトラか?アガレスだ。夜分にすまない。』
「何の用?」
掛けてきたのは養子の中では長男に当たるアドレスだった。
『ベレトが家を出た。アムドゥスも同じくだ。父さんは彼らのカードや口座は凍結させたと言っていたが...一体何があった?』
「私は刺客を返り討ちにしただけ。」
『なるほどな。返り討ちにしたのも驚いたが、何故そんな事になった?』
「煩かったから少し遊んであげたの。ま、どのみち皆殺しにする予定だったから気にしないけどね。」
電話の向こうからアガレスのため息が聞こえる。シナトラは迷惑を掛けたなと思いつつ、この屋敷にずっと居るつもりも無かったし別にいいかとも考えていた。
『...一度話がしたい。君が何故銃を持った男4人を、無傷と言っていい状態で殺せたのか。そして君の過去について色々と』
面倒になってきたのでシナトラは電話を切った。話の途中だったとは知っていたが、眠気には勝てずそのままベッドに潜り眠りについた。
睡眠不足はお肌の敵なのだ。
☆
「き、切られた...?」
かなり一方的に、しかも話の途中で電話を切られたのはアガレスにとって初めてだった。
「...聞きたい事は多いが、話す気は無さそうだな...。どうしたものか...。」
自室のデスクで腕組みをして悩んでいると、ふと机に置いてあった写真に目が行った。
以前ハーゲンティをアメリカのテーマパークに連れて行った時の記念写真だ。
(あの娘も気難しい性格だったな。ハティと同じ様に、彼女も僕を信頼してくれるだろうか。)
そんな事を考えていると、ふと脳裏を過ぎるものがあった。
「そう言えば、ハティがいつになくご機嫌だったな...。確か、今度ケーキバイキングに行くと言ってたが...なるほど、そういう事か。」
アガレスの中で可愛い義妹の機嫌が良かった理由が、今考えている予想と結び付いて行く。まだ彼の中では想像の範囲だったが、賭けてみるには十分だとも思えるものだった。
「利用する様で悪いが、仕方あるまい。...奢りなら許してくれるだろうか。」
段取りを考えつつ、アガレスは眠りに入る。『乙女心より正直勉強と仕事の方が簡単だよな』とか頭に浮かべながら。
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