大魔王
「ガルド!!」
フェンリルに敗れ、元の姿に戻って倒れ伏せてしまったガルドの元へと駆け寄るソリンとマリー。
二人は、ガルドへ向けて必死に治癒魔術を施すが、出血は止まっても中々傷は塞がらなかった。
ソリンにしてみれば、そもそもが無謀と思えた此度の戦いだが、それでもこれまで共に駆け抜けてきたガルドだからここまでついてこれたし、ここでガルドを失うわけにはいかなかった。
「邪魔だ、下がれ。」
そんな二人を無視するように、突如ガルドの元へと現れたのはアスタロトだった。
「き、貴様!!ガルドには、ゆ、指一本触れさせないぞ!!」
突然現れたアスタロトに困惑したソリンとマリーは、慌てて臨戦態勢をとる。
だが、目の前のこの大悪魔には、きっと傷一つ負わせる事が出来ないであろう事はこれまでの経緯で十分すぎる程理解していた。
「慌てるな、傷を癒してやるだけだ。」
だが、そんな二人の事など全く気にしない様子で、ガルドへ向けて治癒魔術を施すアスタロト。
拍子抜けした二人は、自分達ではどうにもならなかったガルドの傷がすぐに塞がっていく様子に驚き、そしてただ見守る事しかできなかった。
「傷が……本当に……。」
「先程のポチの一撃は回復不可能の一撃だ。であれば、時を巻き戻す治癒方法でしか傷は塞がらぬ。」
「時を……巻き戻す……?というか、ポチとは……。」
「あぁ、そこにいるフェンリルだ。あれは我の使い魔だからな。」
「魔王が使い魔……どうやら、最早我々の常識が通用する話ではないようですね。」
いくら治癒魔術を施しても塞がることはなかったガルドの傷を、時を巻き戻すというあり得ない魔術で簡単に治し、そしてかつてこの地の魔王であるフェンリルを使い魔とし、ポチと名付けてしまうこの大悪魔は、最早ソリンの物差しなどで測る事など不可能な相手なのだという事を改めて理解した。
「だ、大悪魔アスタロトよ……此度の件は妾達の方で落とし前を付けさせて頂くが故……どうか穏便に済ませてはく、くれぬだろうか?」
ガルドの傷を癒すと、何事も無かったかのように立ち去ろうとするアスタロトに向かって、声を震わせながらサリエラが声をかけた。
ソリンは驚いた。
正直ガルドよりも確実に格上だと思われるあの冥府の魔王であっても、この大悪魔の前では恐怖をしているという事に。
「……落とし前?」
アスタロトは、サリエラの方を振り返ると、お前は何を言っているのだ?というような表情を浮かべながら返事をした。
それを受けたサリエラは、どうやらこの大悪魔の機嫌がかなり損なわれてしまっている事を瞬時に理解し、焦りからこれまでの人生で経験した事の無い滝のような汗が噴き出してきた。
「では、あれはなんだ?」
サリエラを無視するように言葉を続けるアスタロトの視線を辿り、サリエラも慌てて背後を振り返った。
するとそこには、ここに来るはずではない人物が立っていた。
◇
「サ、サタン!?それにベルゼブブも!?何故ここに!?」
「相手はあの大悪魔だ、お前だけでどうにかなるわけなかろう。そして案の定、事態は最悪な状況なようだな。」
サタンは、周囲の状況からこれまでここで起きたことを推測し、そしてそれは最悪な状況である事を理解した。
何故か1000年前に死んだと思っていたフェンリルの姿が見えるが、どうやら今のフェンリルは大悪魔側に寝返っているようだから、一先ずは置いておく事にした。
そしてサタンは、こちらを見つめるアスタロトと視線を交わす。
1000年前のあの日、自身に絶望というトラウマを植え付けた大悪魔と再び対峙する事となったサタン。
その状況を前に、サタンはあろう事か己の足が震えている事に気が付いた。
仮にも大魔王である己が、恐怖で震えているのだ。
これ程滑稽な話もないだろうと、思わず自重に満ちた笑みを浮かべてしまった。
「大魔王サタンか。貴様はここへ何しに来た?」
アスタロトがこちらへ向けて質問をしてくる。
そしてその語気には、露骨に不愉快さが含まれていた。
それだけで、更にサタンの緊張は高まり、自然と額から汗が垂れてきた。
「ここは我の管理する土地、ゴエティアである。故に、この地で争いが起きれば、それを統治するのが我の役目。」
「ほう?ならば我を排除すべく、1000年前の続きをここでするか?」
サタンの返答を受けて、アスタロトから発せられる圧力が一段階高まった。
その瞳は赤く輝き、漆黒の翼は大きく開かれた。
今のアスタロトから発せられる圧は、1000年前の当時魔族が滅ぼされた際のそれよりも、一段と激しさを増していた。
それは、ガルドの部下であるソリンやマリー、そしてこの地に居合わせている全ての存在がその発せられる圧力を前に恐怖しているのが一目で分かる程に。
そして、サタンも理解した。
この問いへの回答によって、己の、そしてこの地の未来は決まるのだという事を。
そのプレッシャーを前に、大魔王である自身が目の前の悪魔への恐怖から逃げ出したくなっているのだ。
そんな状況で、まともな思考など回るはずもなかった。
「そ、それは……。」
「もういい、散れ。」
言い淀み、答えを見付けられないサタンへ向けて、アスタロトから無情な言葉が向けられた。
そしてアスタロトは右手を掲げると、サタンでも見たことの無い巨大な魔法陣をこちらへ向けて展開した。
最早この場をやり過ごす事は不可能である事を悟ったサタン、そしてサリエラや共に来ていたベルゼブブの3人は、ただの悪あがきと知りつつも慌てて臨戦態勢をとる。
まさに絶体絶命の状況である。
大袈裟でもなんでもなく、あと数秒後に自身と共にこの地は跡形もなく吹き飛ぶのであろう事を本能が悟り、警鐘を鳴らす。
我々は、決して抗ってはならぬ、神にも等しい相手と再び敵対してしまったのだ。
この1000年間、再びこの大悪魔がこの地へと現れる事を想定し準備を続けてきたのだ。
だが、それでも全く敵うビジョンなど見えなかった。
そして我々が出した結論は、”決して大悪魔には関わらないこと”だった。
だからあの時、ガルドや他の魔王達を好きにさせるべきではなかった。
最悪あの場で全員殺してでも、止めるべきだったのだ。
そんな後悔をしたところで、後の祭りである事に変わりはなく、悔しさから唇を噛み締めるサタン。
巨大な魔法陣は漆黒の稲妻が纏い、今まさに発せられる寸前といったところだった。
その圧倒的な力を前に、サタン、サリエラ、そしてベルゼブブは終わりを覚悟した瞬間だった。
「アスタロトさん!!ダメです!!」
突如、この場にいた一人の少年からアスタロトへ向けて声がかけられたのだ。
その声は、怒るアスタロトの耳にもしっかりと届いたようで、魔術が発せられる寸前で止められていた。
「……アルスか?」
「はい!僕だけでなくここには皆います!!だからそんな強大な魔術、ここで使ったらダメです!!皆死んでしまいます!!」
「……そうだった、な。すまぬ。」
アルスという少年の一言に、我を取り戻した様子のアスタロトは展開していた魔術をそっと閉じた。
そして、それと同時に先程まで発せられていた圧も消え去ってしまっていた。
助かった。
今まさに絶体絶命であったサタン達は、一先ず危険を回避出来た事に安堵した。
緊張からの解放に、あのサリエラですら腰を抜かし思わず尻もちをついてしまっていたが、今回ばかりは無理も無かった。
しかし、サタンですらまともに身動きが取れなかった先程の状況で、あのアスタロトへ向けて大声を発し、そしてアスタロトを我に返らせてしまったあの少年は一体何者なのかという疑問がサタンの中で浮かび上がったのであった。
かなり更新が遅れてしまい、申し訳ございません。
オンオフ共にバタバタしており、執筆の時間が中々取れませんでした。。
ですが、この作品の執筆は必ず続けて行きますので、どうかこれからも宜しくお願いします。
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