魔王始動
「クソ!事態は最悪だ!」
広い部屋の中に、一人の男の憤りの声が木霊する。
その憤りはぶつける対象もなく、虚しくただ鳴り響く。
奈落エフを統べる魔王ガルドの右腕である実力者、ソリンは酷く動揺していた。
「しかし、こうも簡単に権限者どもがやられちまうなんてな……。」
ソリンへの報告のためにやってきたソドムもまた、あり得ない事態に動揺が隠せないでいた。
権限者の二人、ガリュウとダイルについては勝手に行動する事は予測されていた。
しかし、ソドム達にはそれを止める術もなければ、下手に彼らに干渉すると要らぬ争いに発展しかねない危険もあったのだ。
だが、それでも全力で止めるべきであった事を後悔した。
ソドムは知っていたのだ。
あの大悪魔の持つ力とは、自分達が何人束になっても届かない高みにいる相手である事を。
その事を、聡明なソリンは理解してくれた。
権限者であるソドムが全力で警戒すべきだと警鐘を鳴らす相手を、彼は見誤ったりはしないのだ。
しかし問題はガルドの方だ。
奴はあろう事か、そんなガリュウやダイル達を餌にし、大悪魔のお手並み拝見とばかりに様子を見ようと考えたのだ。
そうじゃない、あれは最早そういう事が許される相手ではないというソドムの説得も虚しく、ガルドは考えを変える事なく何も対処はしなかった。
その結果、奴らは大悪魔と接触し、そして案の定蹂躙されてしまったのである。
そして、ソドムとしてはもう1つ大きな誤算があった。
それは、あの大悪魔に敗けるのは当たり前だと分かるのだが、あろう事か人間の子供に権限者が追い込まれてしまったのである。
あのガキ達は何がどうなってるんだ?
何故あれ程の魔術を扱う事が出来る!?
確かに、以前偵察を行った大悪魔と彼らの戦いの中でも、とても人間が扱うレベルではないと思われる高位の魔術が飛び交っていた。
だが、あの程度であれば魔族の中にも扱える者はいる。
人間が扱うから驚いただけで、魔術事態は珍しいものではなかった。
そのあと、一人の少女がそれらを超越した魔術を扱った事には心底驚いたが、どうやらあれは天使による操作がされていたからのようで納得したのだ。
だがなんだ?
それと同等、いや、それ以上とも思わせる魔術を一人の少年が放ったのである。
その魔術の威力は凄まじく、一瞬にして爆発に包まれたと思えば、そのままソドムが使役していた虫までも一緒に焼き尽くされてしまった。
あんな魔術、下手したら同じ権限者である魔女マリーでも扱えるかどうか怪しい程だった。
この奈落エフで、最も魔術を扱うのに長けているマリーをも下手したら上回る程の魔術を、何故あんな少年が扱う事が出来るのか全く理解が追い付かなかったのだ。
「二人とも、何をそんなに慌てているんだ?確かにあの二人も権限者の地位にある者だ、それなりには強い。だが、我らに比べれば所詮は野良だ。今の俺ならば、一人で二人を相手しても問題はなかろう。それだけの話ではないか。」
状況は最悪だっていうのに、事態を全く理解していない一人の男。
奈落エフの現魔王であるガルドは、狼狽えるソリンとソドムを鼻で笑いながら余裕を崩さなかった。
この場にいる三人の中で、ガルドだけは自分が敗ける事なんて微塵も考えていないのだ。
「権限者を倒す程ならば、やはり相手に不足はないようだな。安心しろ、俺がその大悪魔を倒してしまえばいいのだろう?すぐに終わる。」
尚も全く状況が読めていないガルドは、そんなあり得ない事を口にした。
あれに勝つだ?
冗談は寝て言え。
確かにガルドは強い。
それはもう、今のガルド相手には権限者が束になっても敵わない程に。
だがそれでも、あれとガルドでは比べ物にならないのだ。
蟻が象に、メダカがクジラに、人が神に勝てるわけがないように、あの大悪魔相手に我々が勝とうとする事事態ナンセンスなのだ。
自分達に出来る事はたった1つ。
それは、あの存在と極力関わらないようにする事、それだけなのだ。
「前魔王であるあいつは結局帰って来なかった。ならば、その大悪魔とやらを倒し、名実ともにこの俺が最強である事をゴエティアに広めてやろう!」
そう言うとガルドは、不適な笑みを浮かべながら部屋の出口へ向かって歩みだした。
「待てガルド!ど、どこへ行くんです!?」
「決まっている。大悪魔のところだ。」
「ま、待ってください!それは危険すぎる!今はまだその時ではないっ!!」
「ソリンよ……いつからお前はそこまで腑抜けになってしまったのだ?この奈落を統一した我らが、どこぞの悪魔一人相手に敗けるというのか?それ以上は冗談にしても流石につまらないぞ……。」
必死にガルドを止めようとするソリンに、哀れみを籠めてガルドが答える。
どうしてお前はそんな弱腰になってしまったのかと、ガルドはソリンの言う事など全く聞き入れなかった。
そしてそのまま、ガルドは部屋から出て行ってしまった。
「終わりだ……この国はもう……。」
「ソリン、悪いが俺は降りるぜ。あんなのとやり合っても、秒で無駄死にするだけだ。」
「分かりました……。私はガルドと共に向かう事にします。他の権限者には、我々が大悪魔の元へ向かう事だけは伝えておいて欲しい。実際にこの目で見て、不味いと判断されれば即座にガルドを止めるのが、私の役目です。」
「百聞は一見にしかず、だな。だが、そんな悠長な隙はあれの前では無いと思うぞ?」
「でしょうね、であれば、私も最後まで戦うしか無いのでしょうね。」
「無駄死にするだけだぞ?」
「それでもです。私は常にガルドと共にあるのですから。」
諦めたような、なんとも言えない表情を浮かべながらそんな事を言うソリンに、ソドムはそれ以上止めはしなかった。
ソリンは不本意ながらも覚悟を決めたのだと、その表情から痛い程伝わってきたからだ。
「では、あとの事は宜しく頼みます。」
「お、おい!あとの事ってなんだ!?俺は面倒事は御免だぜ!?」
「色々ありましたが、我々の仲ではないですか。遺言だと思って聞き入れて下さい、頼みましたよ。」
「ちょ!おいっ!!」
そうして面倒をソドムに押し付けながら、ソリンもまたガルドを追って部屋を出ていってしまった。
部屋には、残されたソドムの大きなため息だけが木霊した。
「……ったく。死ぬなよ。」
二人が去っていった扉へ向かって、ソドムはそう小さく呟いた。
いつもありがとうございます。
次回、ついに最初の魔王激突!!




