1つ屋根の下
「アルスの寮はここからどれぐらいの距離にあるのだ?」
「え、えーっと、そうですね、歩いて15分と言った所でしょうか。」
「そうか、少し面倒だな。」
「まぁ、ゆっくり歩いて行けばそのうち着きますよ。」
ちょっと一旦落ち着きたいアルスは、幸い寮までの距離はあるため帰り道これからの事を整理しようと考えていた。
そんな事を考えながらアルスが返事をすると、アスタロトさんは急にアルスを掴んで、そして抱えた。
これは、お姫様抱っこというやつである。
「アルスも疲れておろう、今日のところはさっさと帰るとしよう。」
「だからって何故僕を抱えたのです!?」
「なに、ちょっと空を飛ぶだけだ。」
そう言うと、アスタロトさんの背中から黒い大きな翼が2つ現れた。
え!?翼!?ていうかお姫様抱っこ!?と訳がわからずパニック状態のアルスを余所に、アスタロトさんはアルスを抱えたまま空へと飛び出した。
「じ、地面が遠くに!!」
「ん?あぁ、飛ぶのは初めてか?」
「あ、当たり前ですよ!使い魔も無しに空を飛ぶことなんて出来ないですから!」
「アルスはグリフォンが欲しかったと言っていたな。どうだ?我はグリフォンより速いぞ?」
既にグリフォンより速かったアスタロトさんだが、そんな事を言いながら更に加速してみせた。
「ア、アスタロトさん!分かりました!分かったのでもう少し速度をー!!」
「落としはせんから安心せよ。それで、寮はどこか教えてくれ。」
「あ!あれですっ!あの!赤い屋根の!大きいぃ!建物ぉ!!」
寮はどこかと聞かれても、速すぎてそれどころではなかった。
なんとか下を向くと、丁度寮の屋根が見えたので、死ぬもの狂いで場所を伝えたアルスであった。
「アルスよ、ここで良いか?」
「……はい、ここです。。」
「どうした?顔色が悪いぞ?」
「……いえ、大丈夫です。。お構い無く。。」
訓練場を飛び立ち、ものの一分足らずで寮まで着いてしまった。
そんな事よりも、あまりの速度に絶叫していたアルスは、むしろ徒歩で帰ってくるよりもクタクタなのであった。
「ここが、僕の部屋になります。」
もういいや、とにかく早く休みたいと思ったアルスは、そのまま寮へ入ると、アスタロトさんをアルスの部屋へと案内した。
「ほぅ、中々良い部屋ではないか。それによく片付いておる。」
「物が少ないだけですけどね。」
寮は全部で三部屋あり、内1つはリビングとして食事が出来るようテーブルが置いてある。
そしてもう1つの部屋にはベッドと少ない私物を置き、残りの1つは空き部屋となっている。
本当に、我ながら広いだけで物の無い殺風景な部屋だと思う。
「では、この使っていない部屋が今日から我の部屋という事で良いな?」
「え、ええ、そうですけど、本当にここで大丈夫なのですか?今ならまだアスタロトさんの部屋を借りる事だって……。」
「充分だ、問題ない。」
そう言うと、突然アスタロトさんは魔法陣を展開し出した。
え?今ここで魔法!?なんで!?
と思い慌てて声をかけようとしたが次の瞬間、なんと魔法陣からは大きなベッドが1つ出てきた。
「これでよし。」
「いやいやいや!今ベッド出しました!?どこからこんな大きなベッドが出てきたのですか!?」
「あぁ、空間魔術で我の住む世界から私物を引っ張ってきただけだ。」
空間魔術?え、なにそれ?
うーん、名前から察するに、おそらく別の世界と空間を繋げて物を取り出したのだろうか。。
って、そんな滅茶苦茶な魔術まであるんですかアスタロトさん!!
「そうか、アルスは初めて見るのか。中々便利であろう。」
そう言うと、アスタロトさんは用事は済んだとばかりにリビングへ移動しテーブルへと腰かけた。
「疲れたろう、アルスも座るとよい。」
「は、はい。」
ここ、元はアルスの部屋なのですけど……と思ったが、今日からは二人の部屋だったから可笑しくは無かった。
二人の部屋……。
ダメだ、さっきまですっかりその事を忘れていたというのに、また意識してしまった。
アルスは高鳴る鼓動をなんとか抑えながら、言われるがまま向かいの椅子へ腰かけた。
「可愛いなアルスは。そんなに我と共に住むのが恥ずかしいか?」
「お、お見通しですか。。そ、そりゃそうですよ!女性の方と一緒に住むなんてお母さん以外初めてですから!」
「では、我が初めてを奪ったわけだな。」
そう言うと、アスタロトさんは悪魔的な笑みを浮かべながらこちらを見つめてきた。
丁度テーブルの上には胸が乗っており、その……た、谷間が丸見えなんですけどっ!
するとアスタロトさんは、アルスの視線に気付いたのかニヤリと笑い、腕で更に谷間を強調して見せてきた。
あぁ、、やっぱりこの人悪魔だ。。
アルスはそう再認識させられた。。
「あっ、そうだ!お、お茶でも飲みますか!?」
居たたまれなくなったアルスは、立ち上がりお茶の準備をする事にした。
そうして、備え付けの魔道具のスイッチを入れる。
この魔道具は、スイッチを入れると魔石が反応して自動で火が起こせる便利道具だ。
「ほう、魔術も抜きに火を起こせるのか。」
「ひゃぁ!」
気が付くと、いつの間にか真後ろにいたアスタロトさんが耳元でそう呟いた。
耳に吐息が当たって変な声が出てしまった。
「ちょ、ちょっと!さっきからなんですか!?」
「すまんすまん、アルスが可愛くてつい悪戯してしまった。」
堪り兼ねて、これ以上からかわないで下さいと言うと、アスタロトさんは笑いながら謝ってきた。
「……その、アスタロトさんって本当に綺麗ですけど、笑った顔はそんなに可愛いんですね。」
「な、なんだいきなり!?」
今日一日アスタロトさんと行動を共にしたけれど、ちゃんと笑っているアスタロトさんを見たのは初めてだったため、勢いもありつい思った事を口に出てしまった。
すると、今度はアスタロトさんの方が少し顔を赤く染めると、そのままクルリと後ろを向いてしまった。
あれ?これってもしかして……恥ずかしがってます?
そうこうしている内にお湯が沸いたので、アルスは恥ずかしさを紛らわすようにお茶の準備を済ませると、再び二人は椅子へ腰をかけた。
これはもう同棲ですね。