夜空
「ふむ、丁度いいな。面を上げよ。」
「……へっ?」
訪れる最後を覚悟し、その時をただ待っていたダイルであったが、目の前に立つ大悪魔は止めを刺すこと無く、代わりに何故かダイルに話しかけてきた。
「お前ぐらいの力量なら丁度良い、我を手伝え。」
「て、手伝うって?え?」
訳がわからない。
手伝うってなんだ?
だが、徐々に冷静さを取り戻してきたダイルは、自分の置かれている状況をすぐに理解した。
何がなんだかは全然分からない。
だが、この大悪魔は命を奪うのではなく、何か目的があって、そのためにダイルを利用しようとしているのだ。
であれば、ダイルはこの危機を生きて切り抜けるためには、大悪魔の言う事を全て受け入れるしかないのだ。
「お前にはやって貰う事がある。それから、お前の他にも権限者とやらがまだおるのだろう?サイリスと言ったか、そいつ以外の権限者の元へ案内せよ。」
「あ、ああ。任せてくれ。しかし、俺はてっきり殺されるのかと……。」
「ふん、我を覗き見ていた程度で、その都度命を奪っていてはキリがなかろう。我はお前の力量を確かめに来ただけだ。まぁ、死に物狂いで力を発揮して貰うために多少煽りはしたがな。」
そんな事を語る大悪魔に、ダイルは開いた口が塞がらなかった。
どうやら、最初からこの悪魔の手のひらの上でダイルは転がされていただけのようだ。
だが、これはラッキーだ。
こんなとてつもなく恐ろしい存在が、意外にも寛容なのだ。
訳がわからない状況は続くが、この大悪魔は思ったよりも話の通じる相手である事に一先ずは安心した。
大悪魔は、どうやら他の権限者にも用があるようだ。
つまりは、これからもう一人ダイルが選んだ他の権限者もまた、この大悪魔により服従を強いられる未来が待っている。
であれば、あいつしかいない。
そうしてダイルは、言われるがままもう一人の権限者の元へと大悪魔を案内する事となった。
――――――
アスタロトさんが消えて二時間程経ったが、未だ戻らないアスタロトさんにアルスは少し心配していた。
「なに、アスタロトさんであれば大丈夫さ。彼女に関与出来る存在なんて、この世界にはいないだろうからね。」
「あはは、そうですね。もうしばらく待ってみます。」
心配するアルスに気を使ってか、スヴェン王子が声をかけてくれた。
「しかし、ここはよく星が見えるね。キレイだ。」
「えぇ、アルブールは夜でも明るいですからね。夜空にはこんなに星が沢山あった事、すっかり忘れてました。」
縁側に座り、アルスは一人星を眺めていたのだが、スヴェン王子も隣に座ると一緒に夜空を見上げた。
「僕は、ここへ来て本当に良かったと思ってるんだ。これまでアルブールの王子として、国の事だけを考えて行動してきた。けれど、一度外へ出てみると、学ぶがまだまだ沢山ある事を知れた。」
「学ぶこと、ですか?」
「あぁ、例えばこの夜空だってそうさ。同じ夜空なのに、アルブールで見ていた景色とはまるで違うではないか。ましてや、ここはこれまで敵地としてしか捉えてなかったゴエティアの中だ。だが実際はどうだろう、この広がる夜空はアルブールで見るものよりもキレイだし、この地に住む魔族達は、アルブールの民達と同じく普通に生活をしているじゃないか。結局僕は、固定観念に縛られたただの世間知らずだったわけだ。」
少し自重ぎみに語るスヴェン王子。
でもそれは、アルスも同じだった。
ここへ来るまで、アルスはゴエティアも魔族も、とにかく恐ろしいものという程度の認識しかしていなかったのだ。
そりゃ、実際に魔族は人間よりも強い力を持っているし、過去何度も衝突を繰り返してきている存在であるのは確かだ。
でも、それは人間同士でも同じ事だし、ここゲンブの皆のように争う事無く交流できる魔族も存在するのだ。
だから結局、人も魔族も互いに向き合ってこなかっただけなのだと思う。
そしてそれは、裏を返せば互いにしっかりと向き合う事が出来れば、共存の道だってきっとあるという事だ。
何故なら、マークとミスズのように、人と魔族であっても強い信頼関係を築く事が実際に出来ているのだから。
「あの時勇気を出して誘ってくれたミスズくんには、改めて感謝しないといけないな。」
そういうと、スヴェン王子は立ち上がり大きく背伸びをした。
だが、スヴェン王子は急に何かに気付いたような表情を浮かべた。
「あれは、なんだと思う?」
そう言われたアルスは、直ぐ様スヴェン王子の視線の先を確認した。
すると、ゲンブの里へと複数の魔族が近い付いて来ているのが見えた。
「あれは……恐らく魔族ですね。それも複数人。」
「あぁ、そしてきっと、あれは穏やかな理由じゃないだろう。すぐにジンさんへ報告した方が良さそうだね。」
スヴェン王子の意見に賛成したアルスは、すぐにジンさんを呼びに行こうとした。
「おっと、ここから動く事は許さないぜ。」
だが、そんなアルス達に向けて突如背後から声がかけられた。
驚いて声のする方を振り返ると、そこにはどこから現れたのか、黒ずくめの男が一人立っていた。




