サイクロプス
「……待て、ミスズ。後ろの奴はなんだ?」
一触即発の空気は脱したが、ドルが異常に気付いてそうミスズに問いかける。
「ドル、ダメだよ。アスタロトさんには何もしたらダメ。」
何の事を言っているかすぐに察したミスズは、さっきまでのにこやかな笑顔からスッと真顔になり、ドルを制止した。
「ミスズ、今なんと言った?」
「アスタロトさんだよ。」
「アスタロト……だと?」
「うん、そう。あのアスタロトさんだよ。」
その名を聞いて、表情を変えるドルとゲル。
ここ魔族の国ゴエティアに住む者で、その名を知らない者などいないのだ。
大悪魔 アスタロト。
それは、かつて魔族の全てをたった1人で滅ぼしたとされる凶悪な悪魔の名だ。
すると、後ろの馬車から1人の女性がゆっくりと降りてきた。
悪魔だった。
漂う気品とその見た目の麗しさから、ドルとゲルは咄嗟にその存在がただ者では無いことを理解し、そして発せられる圧を前に気圧され、思わず臨戦態勢を取ってしまった。
本能が危険を察知したのだ。
この女は、とにかくヤバいと。
「なんだ?我に楯突くのか?」
「お師匠!やめて!ドルとゲルは私の知り合いなの!ここから先にある私たちの里を守ってくれてるの!」
不味い空気を察したミスズが、すぐさま両者の間に立ち両手を広げる。
「殺しはせん、少し遊んでやるだけだ。」
そう言うと、一瞬にしてアスタロトはその場から消えてしまった。
「なっ!?ど、どこへ行った!?」
突如として目の前からアスタロトが消えた事に驚くドルとゲル。
咄嗟に辺りを見渡し警戒をするが、アスタロトはどこにも見当たらなかった。
「ここだ。」
すると、上空から声がかけられた。
慌てて二人は上空を見上げると、そこには翼を広げたアスタロトが宙に浮かんでいた。
「第9位階魔術 重力球。」
そして、アスタロトから1つの魔術が放たれた。
放たれた重力球により、サイクロプスであるドルとゲルの鋼のような巨体が、一瞬にして地面に張り付けにされてしまった。
人間は勿論、他の魔族や魔物でも比較にならない程の身体能力を持つサイクロプスをもってしても、放たれた重力を前に抗う事は許されなかったのだ。
そして、放たれた重力は次第に強まっていき、その身が地面にどんどんめり込んで行くが、二人は身動きが取れないため成す術など最早何も無かった。
これまで、ここに立ち入ってきた者は全て排除してきたドルとゲルの二人。
人間でも魔族でも関係なく、ここから先への侵入を許した事など1度も無かったのだ。
だがこの瞬間、その人生において数回しか経験した事がなかった敗北を、久々に味わう事となってしまったのだった。
しかも、まともに戦う事すら許されず、たった1つの魔術でいとも簡単にだ。
「これで満足か?」
倒れ伏す二人の前に降り立ったアスタロトは、そう言うと放っていた魔術を解除した。
「……あぁ、どうやら本物のようだな。」
たとえ大魔王相手でもそれなりに戦える自信があるドルとゲルだが、先程の圧倒的魔術の前では1秒も抗う事が許されなかった。
だから、認めざるを得なかった。
この悪魔は、本当にあの伝説の悪夢、アスタロト本人なのだと。
「ドル!ゲル!大丈夫!?もう!!お師匠やりすぎですっ!!」
ミスズが急いで倒れる2人の元へ駆け寄った。
「大丈夫だ、自分で起きれる。それよりも、大悪魔相手にお師匠とは?」
「あ、うん!アスタロトさんは私のお師匠様なの!おかげで、今の私は以前の私よりもっと強くなってるよ!多分、里の誰よりもね。」
あの大悪魔が師匠?
何故?と理解が追い付かないドルとゲルだったが、少なくともミスズと目の前の大悪魔の関係は悪くはないという事に安堵した。
この力が敵として向けられたなら……考えるだけでも恐ろしかった。
それが、1000年前起きた事だと言うなら、今の二人には言い伝えは真実である事が理解できた。
自分達が、これまで全く歯が立たなかった魔王や権限者達。
当然彼らは、サイクロプスである二人から見ても恐ろしい存在なのだが、この悪魔のそれは比べ物にならないのだ。
この悪魔なら、もしかしたら……。
「我はこの国に興味などない。そこのミスズに誘われ、里へと案内されているだけだ。」
「あ、あぁ、話は分かった。ここから先は道も分かりづらい、案内しよう。」
「そうか、助かる。」
こうして、アルス達はサイクロプス二人に案内され、無事ミスズの里へと到着したのであった。
いつもありがとうございます。
お陰様で、前回の投稿でブクマ200件到達致しました。
こうして皆さんに評価やブクマして頂ける事で、かなりモチベーションに繋がっております。
今後とも宜しくお願い致します。




