アルブール王国
ここ、アルブール王国はアルブール城を中心にして、そこから街が広大に広がる大国である。
規模としては、近隣国の中でも1番広い国土を誇り、人口も多いことから、これまで商業を中心に栄えてきた。
また、クリストフ魔法学校の存在も大きい。
魔法学校を卒業した者の多くは、ここアルブール王国に残りそのまま仕事に就く者が多い。
そのため、世界中から魔術に心得のある者がこの国に集まっているおかげで、他の国に比べ魔術を応用した街のインフラや科学技術が進歩している。
例えば、各家庭では水が自動で出るから水汲みは不要であったり、魔術を基にした自動ランプの普及により夜でも市街は明るいなど、様々な面でアルスの育った村とは大違いだった。
こうした住みやすさもまた、アルブール王国を大きくしている理由の1つだろう。
そしてなにより、この国には近隣国最強と言われる魔術師団が存在するおかげで、国の安全が保証されているというのが1番大きい。
中でも、魔術師団の団長であるサミュエル魔術師団長の力は凄まじく、1人で一国を相手できる程卓越した魔力を秘めていると言われている。
以前、国の近くにグレータードラゴンが現れた際も、サミュエル団長直下の1部隊のみで退治したらしい。
そんな、人の領域から外れていると言われる程、凄まじい魔術力を有するサミュエル団長の庇護下にある事で、この国の安全は護られているのであった。
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「ほう、これは中々、人の世界も1000年前とは見違えるようになったな。」
「そうですか?でも僕も初めて村からアルブール王国へ来たときは驚きましたね。」
「ふむ、建築物や環境は勿論なのだが、なにより皆が活気づいておる。」
使い魔召喚を終えると、今日はもう授業は無いという事なので、アルスはアスタロトさんを連れて王国を色々案内する事になった。
結局、自分の部屋は不要と言い張るアスタロトさんに、スヴェン王子もアルスも根負けしてしまい、特例でアルスの部屋で一緒に住むこととなってしまった。
幸い、魔法学校の生徒は入学できた時点でかなりの優遇をされており、1人1人に割り当てられる部屋は1人で住むには十分過ぎる程広いため、余っている部屋を使って貰う事で落ち着いた。
隣を歩くアスタロトさんは、街中で角を生やした女性がいたのでは流石に目立つという事で、魔術で角を隠し、服装もスヴェン王子の計らいで一般的な人が着るような純白のワンピースに着替えている。
元の黒と赤のドレスでは目立ち過ぎるだろうとの配慮だった。
アスタロトさんは若干腑に落ちないような表情を浮かべていたが、アルスもそう思うからそこは従って貰うよう説得した。
正直、あのドレスの格好でアスタロトさんが街を歩くだけで、すれ違う男性の全てが釘付けになるだろうから。。
しかし、角を隠して服装を変えたところで、アスタロトさん自身の美しさは変わらないため、結局街行く男性は皆アスタロトさんに視線が釘付けになっていた。
確かに今の見た目は、悪魔というより普通の人間にしか見えないのだが、整った顔立ち、サラサラの黒いストレートヘアー、すらっと伸びた足、透き通るような肌の白さ、その全てが人間の限界突破をしているのだから仕方がない。
「アルスよ、あれはなんだ?」
「え?あぁ、あれはアルブール名物のアルブール団子ですよ。」
そんなアスタロトさんの姿にアルスも思わず目を奪われていると、アスタロトさんから声をかけられた。
慌てて指差す先にあるものを確認すると、そこにあったのはこの国名物のアルブール団子屋さんであった。
甘くモチモチした三色の団子が、串に刺さっているものだ。
せっかくだからと、アルスはその露店でアルブール団子を2つ注文し、1つをアスタロトさんへ差し出した。
「はい、どうぞ。甘くて美味しいですよ。」
「……いや、欲しかったわけではないのだが。。まぁ、せっかくアルスが我にくれた物だ、ありがたく頂くとしよう。」
そう言うとアスタロトさんは、団子を1つパクり。
「……美味いな。」
「口に合ったなら良かったです。」
「ふむ。ありがとう。」
そう言うと、無心でまた一口団子を食べるアスタロトさん。
この、団子を無心で食べる可愛い存在が、まさかかつて世界を滅ぼした大悪魔だなんて、この街の人は誰も思いもしないだろうな。。
なんて事を思いながら、その後もアスタロトさんと一緒に色々と街を散策しつつ、今日は行きつけのレストランで食事を済ませ帰宅する事となった。
―――――
「お前がアルス・ノーチェスだな?」
「は、はい、そうですけど、魔術師団の方がどのようなご用件でしょうか?」
食事を終え寮へと帰ろうとしていた所、気が付くと周りを魔術師団員数人に囲まれていた。
「我々に同行して貰おう。勿論、隣の女性もだ。」
「ふむ、貴様らの目的はどうせ我であろう?別に構わん、目的を述べよ。」
「……いいだろう。大悪魔アスタロトよ、我らが魔術師団長サミュエル様がお前との面会を希望している。よって我々と同行願う。」
「随分と一方的だな、嫌だと言ったら?」
「……無理矢理にでも連れていく。」
「ほう、貴様らにそれが出来ると本気で思うか?……せっかくアルスとよい1日を過ごしていたというのに、台無しではないか。」
そう言うと、怒りを露にしたアスタロトさんから物凄い魔力が溢れだした。
魔力は渦となり、辺りを風圧でかき乱す。
あまりの魔力量を目の当たりにした魔術師団の人達は驚愕し、そして何も出来ずその場で立ち尽くす事しか出来ないでいた。
「……手荒な事はやめろと言ったはずですがね。」
そんな魔術師団の後ろから、アスタロトさんの放つ圧にも臆することなく1人の男性がゆっくりとこちらへ歩み出てきた。
白いウェーブのかかった髪に、丸い眼鏡、魔術師団の服を着ている背の高い初老の男性。
そう、アルスもよく知っている彼こそが、
「アスタロト殿、部下が不躾な物言いをしたようで申し訳ない。私はアルブール王国魔術師団長を勤めるサミュエルと申します。」
「ほぅ、貴様がサミュエルか。」
そういうとアスタロトさんは、魔力の放出を止め、そしてサミュエル団長に何用かと続きを促した。
「……下手な前置きは不要ですね。是非一度、かつてこの地を滅ぼしたと言われる貴女と、力比べをしてみたいと思っているのです。私もこの国の守護者として、そのような存在相手にどこまで通用するのかを試したいと思いまして。」
「ふむ、我と戦いたいと言うか。我は別に構わんが、今はアルスの使い魔故、それは我にではなくアルスに確認してくれ。」
「ほぅ、なんと!かの大悪魔が本当に今は彼の使い魔なのですか!……これはこれは、中々愉快な事になっていますね。」
そう笑うサミュエル団長は、アルスの方を向いて「いいかね?」と改めて聞いてきた。
良いか悪いかなんて、正直アルスにはよく分からない。
でもきっと、いくらサミュエル団長をもってしてもアスタロトさんには届かない。
それを分かっていて、この戦いを許可して良いのだろうか。
この国の最高戦力であるサミュエル団長が負けたとなっては、国政レベルで影響が生じるのではないだろうか。。
であれば、断った方がいいのだろうと思ったが、そんな事サミュエル団長がそこに思い至らないわけがなかった。
そう思いサミュエル団長の表情を伺うと、僕の考えている事など全て分かった上で、大丈夫ですよと言うような顔つきでそっとこちらに頷いた。
であれば、国を思うからこそ、純粋に守護者としての実力を確認したいという事だろうか。
確かに、サミュエル団長程の方が本気を出して戦える相手など、きっとこの世界には多くはないのだろう。
そして何より、サミュエル団長個人としての欲求も強いのだろう。
自分では敵わないであろう、未知なる存在を前にどれだけ今の自分が通用するのか。
サミュエル団長を見ると、それを試さずにはいられないといった様子だった。
「……分かりました。サミュエル団長がお望みであれば、戦いを受け入れます。いいかな?アスタロトさん。」
「アルスがそう判断するのならば、我は構わん。それに、我もこやつには少し興味がある。」
「受け入れて頂き、ありがとうございます。では、場所を移しましょうか。」
嬉しそうに頷いたサミュエル団長は、こうして魔術師団専用の訓練場へとアルス達を案内した。
次回、最強の大悪魔 vs 王国最強